「カシューナッツな夕食」




「ただいま〜!」
と、無駄に元気の良い声。
時刻は夕方の4時半、妹が帰ってくる時間だった。

「うお〜!ノドがカラカラじゃ〜!カラカラ祭りじゃ〜!」
そう言って変な踊りをしながら妹が帰還、
台所に入ってくるなり冷蔵庫に一直線、勢いよく扉を開ける。

…ガチャ!

「お、リンゴジュース発見!お宝ゲットだぜ!」
妹は豪快に冷蔵庫を物色、喉の渇きを癒すアイテムを手にする。
…それにしても安いお宝だな。

「…んぐ、んぐ、…プァ〜ッ!
美味い!こりゃ青森産のふじ100%モノだね!」
扉は開けっ放し、そしてラッパ飲み…
妹は本当に行儀が悪い。そして頭も悪い。口も悪い。ついでに足クセも悪い。

「…長野産の王林(おうりん)だよ、バカ」
それまで妹の行動を黙って見ていたが、ここでようやく口を開く私。
色々とツッコミポイント、注意したい点はあったが、
どうせこの馬鹿娘に言ったところで直るとは思わない。
そんな訳でりんごの品種と産地の訂正をしてみたのだが…

「うわ!姉だ!どうしてここに!?」
馬鹿娘、予想以上のリアクション。
…別に隠れていた訳ではないのだが…

「今週はテスト週間で学校が早く終わるのよ。
前から何回か喋ってたと思うけど?」
そう言いながら私は妹に近付き、手にしていたジュースのパックをスッと取る。
そして戸棚からコップを取り出し、コポコポ…と注ぎながら言葉を続ける。

「それからこのジュース、果汁50%よ?」
「なっ!?」
「…パッケの表示、ちゃんと見なさいよ」
「盲点!」
ぬかった!まさかこの私がそんなミスを!…と言わんばかりの妹。
…っていうかこんなの盲点にならないって。

「まったく、せめて冷蔵庫の扉は閉めなさいよね。
アンタが外国人タレント枠で1万円節約生活に出たら、
間違いなくオロゴンに怒られるわよ。しかもおかしな日本語で」
そう言って私はパックを戻し、パタンと冷蔵庫の扉を閉じる。

「大丈夫、冷蔵庫は初日からコードを抜くから。
…っていうかバリバリ日本人だもん!チャイドル枠で出るっちゅうねん!」
「うわ、ノリツッコミ。しかもチャイドルって」
またしても言及していきたいポイント満載のセリフ。
とりあえず初日から冷蔵庫の電源を抜くのは失敗なのでは?

「…あ、そんなことよりお姉ちゃん、どうしてこんな時間に家にいるの?」
と、急に話題を変え、節約生活トークを終わらせる妹。
…う〜ん、こっちはまだ色々とツッコミを入れたかったのに。

「テスト週間で学校はお昼でおしまい。
…先週から何回も言ってたはずよ?」
「そうだっけ?」
「少なくとも今週に入ってからは毎日、
朝ごはんの時にテストの話をしてたと思うけど?」
「あ、そういえばそうかも」

…まったく、なんでこう記憶力がないんだか。
「…はあ。もうアンタはお気楽でいいわね。
こっちは色々と大変だってのに…」
「え〜、お姉ちゃん成績いいんでしょ?
そんな大変そうには見えないなあ。むしろワタシの方が大変?」
「それはアンタの学習態度と頭が悪いからでしょ」
「うわ、何気に頭が悪いって言った!実の妹なのに!」
「そう言われるのがイヤなら少しは勉強しなさい」
「やだなあ、お姉ちゃんまでママと同じことを…って、
あれ?そういえばママは?」
そう言って妹はキョロキョロと周囲を見渡し、母を捜す。

「…ん」
そんな妹に私はテーブルに置かれていた一枚のメモ書きに目を向け、
書かれた内容を見るよう促す。
「あれ?置き手紙?…どうしたんだろ、家出かな?」
とんでもないことをサラリと言いつつ、メモを読み始める妹。
「なんでメモ書き=家出になるのよアンタは。
別に家を出るような理由、お母さんにないでしょ」
「わかんないよ?私たち子供には判らない夫婦の事情とか、
昨日の晩ご飯の評判が悪かったとか…」
「並列するには無理のある理由ね…」
夫婦の事情と晩ご飯の出来を天秤にかけるのかこのコは…

「ふむふむ、ママはお友達とお食事会、
パパは外でご飯を済ませてくる、か…」
「そういうコト。ご飯は炊けてるから後は適当に、だってさ」
「2人ともいいなあ、外で美味しいもの食べれて」
「いいじゃない、たまには」
「それはそうだけどさ…。
で、どうするのお姉ちゃん?今日の晩ご飯、お米だけはイヤだよ」
「私だって嫌よ。仕方ないから適当に何か作るわ」
「え〜」
マジで嫌そうな顔をする妹。…この小娘が。
「大丈夫よ、そりゃあお母さんの作るご飯よりは美味しくないケド、
普通に晩ご飯くらい作れるって」
「そうかなあ〜?」
と、私の言葉を信じない妹。
…声を大にして反論出来ないのが辛い…

「だってさ、お姉ちゃんが作れる料理って言ったら、
ほぼインスタント状態の物しかないじゃん」
「そんなコトないわよ。…ええっと、例えば…」
「ほら、例えばの時点で詰まってる」
「うっ」
「カレーとシチュー、インスタントのグラタンと丼物シリーズ、
ソースを和えるだけのスパゲティ…、そのくらいでしょ?」
「違っ…」
「い〜え、違いません。どうせラーメンとかヤキソバが作れる、
とか言うんでしょ?そんなの普通に作れて当然です〜」
「くっ…」
読まれた!?
私は反論するために挙げようとしたメニューを次々と先に言われ、
何も言えなくなる。

「あ〜あ、お米は炊いたって事は、ウチでご飯を食べないといけないんだよね。
どこかに食べに行く、ってのは出来ないなあ」
炊飯器のフタを開け、お米の残量を確認しながらそう言い、
妹はオーバーに首を振る。
「そうね、一応メモには『食材の買い物は可。後でレシートを渡せばその分のお金は払います』って書いて―」
「え、そうなの!?」
私の言葉に過剰に反応…というか文字通り飛びついてくる妹。
…メモに書いてるじゃない、ちゃんと見なさいよね…

「じゃあアレじゃん、すっごい豪華で高い霜降りの牛肉とか、
大トロとか買ってもオッケーってことでしょ!?やった〜!!」
ガッツポーズ、そしてバンザイ、そしてガッツポーズ(大)と、
妹は喜びを表現する。
「…はあ」
そんなハイテンションの妹に対し、私はわざと大きくため息をつく。
…もう、ホントこのコは…
「あのねえ、確かに買い物したらお金は出してくれるって書いてるケド、
そんな高いもの買ったレシートを見せたらどうなるかくらい判るでしょ?」
「…ハッ!?」
妹、フリ−ズ。
「…うぬぬぬぬ…、チクショー!」
そして地団駄。お子様丸出しで暴れまくりである。
「ガッテム!シット!ファック!そしてジュテーム!」
「最後の違う!っていうか女の子がファックとか言わない!」
「じゃあアモーレ?」
「それも違う!ああもう、意味が判らないなら使わない!」
「…ちぇっ」
そう言ってプイッと顔を横に向け、実につまらなそうな顔を見せる妹。
…ああもう、すぐに話が脱線するんだから…

「とりあえず!」
私は話を元に戻そうと暴走気味の妹の首根っこを掴み、
強制的にイスに座らせる。
「なんだよ〜、もっと優しく扱えよ〜」
「はいはい」
「うわ、これでもか!ってくらいの生返事じゃん」
…グイッ
「イタタタ、イタイよもう!やめてよ、縮むって、
これ以上縮むのは将来的によくないって〜!」
「だったら黙っとけ〜」
このバカを大人しくされるにはコレが一番!ということで、
私は妹の脳天にげんこつを当て、ゆっくりと捻りながら押し付けていく。
効果はテキメン、妹はすぐに観念して暴れるのを止める。

「…ふう」
「何だよもう、一仕事終えた〜!みたいな顔しちゃって。
…そういう顔はおいしい晩ご飯を作ってから見せろよな〜」
「…」
グリグリ…
「ノーッ!ギブ、ギブアップ!むしろネバーギブアップ!」
…いやいや、ネバーを付けると意味変わるから。
私はそう心の中でツッコミを入れ、攻撃の手を止める。
「も〜、話をややこしくしないの!」
「…は〜い」
「うむ、よろしい」
満足そうに頷き、私はようやく本題に入る。
「…で、今日の夕食だけど、面倒だからスーパーのお惣菜、
それか冷凍食品にするけど文句ないわね?」
「ええええ〜」
と、思いっきり嫌そうな顔になる妹。どうやらバリバリ文句があるようだった。
「いいじゃない、お惣菜だって結構おいしいわよ?
後片付けも楽だし、何より失敗がないわ」
「どっちも失敗のしようがないでしょ…
っていうか冷凍食品すら満足に作れないなんて人としてどうかしてるよ」
「そう?意外と冷食って難しいのよ?
イカの天ぷらなんか暖めすぎると爆発しちゃうし、
エビチリや肉だんごも穴を開けないと大変なことに…」
「…うわ〜、色々失敗してるよこの人」
冷め切った目で私を見る妹。
…しまった、余計な失敗談を語ってしまった…

「と、とにかく!今日は簡単に済ませまるの!わかった!?」
さっきとは違う、悪くなった体裁を整えるために声を荒げる私。
…ああ、とってもカッコ悪い。
「え〜、ここはやっぱちゃんと作るべきだよ〜
きっとお母さんもそれを望んでるって、そうに違いないって」
「…イヤよ、だって作るのは全部私になるんだし。
その上アンタに文句を言われるなんてゴメンよ」
「言わないよ〜。それに今日は手伝うって。
…何なら私がメインでお姉ちゃんがアシスタントでもいいよ?」
「いや、それはダメ。そればっかりはダメ」
「何でよ〜?」
「アンタ、料理なんてしたことなんてないでしょ。
逆に私が「何でよ〜」って言いたいくらいだわ」
「いやいや姐さん、それは違いまっせ」
「誰が姐さんよ。って言うかそのおかしな口調は何?」
「…下っ端のチンピラ?」
「や、半疑問系で聞かれても…」
「もう、ノリが悪いなあ。そんなんじゃ私達にはついていけないよ?」
「…スイマセン、小学生についていく気はこれっぽっちも無いんですけど」
「え、そうなの!?」
「そこで驚くんかい」
あ、思わずツッコミを入れちゃった。しかもニセ関西弁で。
…ちょっと恥ずかしいかも。
「まあそんなこんなでお姉ちゃん、今日は2人でごはんを作りましょ〜!」
「理解に苦しむくらいノリノリね…」
どうしてこんなにハイテンションなんだろう、このコ。
「…はあ、もうわかったわよ」
「え、え?なになに?今何て言った?」
私の言葉に「勝った!」と言わんばかりの顔になり、
その上でわざと聞き返してくる妹。…この小娘が。
「2人でご飯を作る、って言ったのよ」
「やった〜!わ〜い!」
「…はあ。本当はすぐにでも机に向かいたいんだけど…」
「いいじゃん、お姉ちゃん勉強出来る人なんだから」
そう言ってサラッと話を流す妹。…他人事だと思って何と適当な。
「…ま、不安な教科は今日一日に固まってくれたし、
このまま意地を張っても仕方ないしね」
って言うか素直に夕飯の支度をした方が結果的に勉強時間が増えるに違いない、
私はそう判断し、この一度言い出したら止まらない&止められない性格を持つ、
困った妹に従う事にした。

「…さ、それじゃあ買い物に行きましょうか。
冷蔵庫、そんなにたくさん入ってる訳じゃないし」
「うん!」
一度部屋に戻り、着替えを済ませてきた私。
対する妹は外から帰って来たばかりなので、着替えの必要はない。
「早く行こうよ〜、お店は待っててくれないよ〜?」
「いやいや、お店はちゃんと閉店まで待っててくれるから」
「いいから早く〜」
少し待たせてしまったせいもあり、妹はジタバタしながら私をせかす。
「ほら〜、さっさと靴を履きやがれ〜!
早くしないと玄関のカギをしめて先に行っちゃうぞ〜?」
「そんなコトされても内側から普通に開けれるって」
「クッ、まさかこんな所に名探偵がいたとはな」
「…何を探偵モノお約束のセリフを吐いてるのよ」
すでに準備を済ませ、家のカギを手に玄関先で待っている妹にそう言いつつ、
私は急かされるまま靴に足を通す。
「よっしゃ、お姉ちゃん大地に立つ!これで出撃だね!」
…何やらツッコミポイント全開なセリフだが、ここはあえてスルー。
私はさっさと歩き出し、近所のスーパーへと向かう。
「ああっ、そんな!?」
その行動が予想外だったのか、妹は情けない声を上げながら駆け寄ってくる。
「ひどいよ〜、先に行くなよ〜」
「…アンタ、さっきまで散々「早くしろ」って言ってたじゃない」
「それとコレとは別物〜!」
…都合のいい話だな〜
私はそう思いながらも、口に出すとまたしても面倒になると踏み、
話題をコロッと変えることにした。
「…で、アンタは今日、何を食べたい…っていうか何を作りたいの?」
「…はい?」
妹は私の問いかけに対し、素で聞き返してくる。
…まさか何も考えてない?
いやいや、あれだけ強力に夕食作りをプッシュしたのだ、何か案が…
「…どうしよっか、お姉ちゃん?」
「ノープランニング!?」
まさか、が当たってしまい、思わず英語でツッコミ&聞き返しをする私。
「あはは、お恥ずかしい限りで…」
それに対し、妹はテヘッと苦笑いでごまかそうとする。
「…はあ」
と、ため息。何かしら言葉を続けようとしたが、脱力感が勝ってしまい、
適当な言葉が出てこない。
「ありゃ、結構なガックリっぷりで」
「誰のせいよ…」
「もしかして…あっしのことですかい?」
「他に誰がいるってのよ?」
「残念ながら誰もいませんねえ」
開き直りが80%、悪びれた様子20%、そんな感じの妹。
…まあ2割でも反省してるならいいか。
「…仕方ないわね。スーパーに着くまで今日のメニューを決めましょ」
「おいっす!もういっちょ、オイース!」
「いいから、そういうのは今いらないから」
「…残念」
本当はこのネタに関しては私も乗りたいのだが、それをやってしまうと、
スーパーを通し越しても続けてしまう恐れがあるので泣く泣く封印。
…長さん、貴方の残してくれたものは私が引き継ぎます。

「…さて、と。それじゃ今日の晩ご飯だけど、和洋中ならどれがいい?」
パンと手を叩き、私は完全に調理モードに頭を切り替え、
妹にメニューの希望を取ってみる。
「ええっと、どうしよっかな…」
「判ってると思うけど、あんま高いものとか、難しい料理はナシよ?」
「は〜い。自分で自分の首を絞めるまねはしませんよ〜」
…何か釈然としないセリフだが、残念ながら何も言い返せない。
くっ、もう少し料理のスキルがあれば…
「あ、そうだ!」
私の料理に対する劣等感をよそに、何かひらめいた様子の妹。
「ハイハーイ!わたくしめに提案がありまっす!」
「…どうぞ」
「鳥のカシューナッツ炒め!これが食べたい!」
「…ほう」
どうせハンバーグとかそのあたりのメニューだろうと思っていたが、
妹の口から出てきたメニューは予想外のものだった。
「どうしてまたカシューナッツ炒め?」
「あのね、この前テレビでやってたの!で、スゴイおいしそうだったの!」
「へ〜」
歳相応と言えばいいのか、お子様丸出しで目をキラキラさせて喋る妹。
思わず私もごくごく普通に受け答えしてしまう。
「ねえお姉ちゃん、今日の晩ご飯はそれにしようよ?ね?ね?」
「…う〜ん、確かにいいなとは思うんだけど…」
「けど?」
「イマイチ作り方が判らないのよね、中華って。
味は知ってても、それを再現するだけの腕は持ち合わせてないわ」
「い〜や〜、今日は鳥のカシューナッツ炒めがいい!
今の私は炒められたい気分なの〜!」
と、駄々をこね始める妹。
…炒められたい気分って何だ。
「あ〜あ、もう道の真ん中で暴れない!
もう、作ればいいんでしょ、作れば!」
「うん!」
私が折れた瞬間、コロリと笑顔に変わる妹。
まったく、調子がいいんだから。
「…その代わり失敗しても文句ナシよ。わかった?」
「うん!」
一応は先に明言しておき、釘を刺しておく私。
…どうせ効果はないんだろうなあ、とか思っているのは内緒である。
「鳥のカシューナッツ炒めか…。料理レベルの低い私には超難問だわ」
「大丈夫!私も手伝うよ!」
気合十分、意気込みだけは特級厨師並みの妹。
しかし悲しいかな、戦力として期待は出来ない。
「…ありがと」
「うわ、何その「意気込みだけよくてもねえ」みたいな言い方?」
「実際その通りじゃない」
「そんなことないもん!…お姉ちゃん、家庭科の成績は?」
「…え?基本的に『3』だけど…」
「私は常に『2』!ホラ、これでお姉ちゃんと私、足して成績は『5』だよ!
これなら大丈夫!2人でだったら満干全席だって楽勝だって!」
「その足し算は間違ってるって…」
どういう理屈だよ。それに満干全席って…
「とりあえずですよ、メニューは決まったんだし、
もうグダグダ言わずに作るしかないのです!」
「はあ…」
「そんな訳でお姉ちゃん!」
「…なんでしょ?」
「鳥のカシューナッツ炒めを作るには何を買えばいいの?」
「え…」
「あ、もちろん鶏肉とカシューナッツが必要なのは知ってるよ。えっへん」
「威張るな威張るな」
「…でもね、他には何が必要か全然わかんないんだよね。えっへん」
「だから威張るトコじゃないって」
「もう、そんなツッコミはいいから、何を買えばいいのか教えてよ〜」
「ちょっと待ってよ、私だって詳しくは知らないわよ」
「え〜、そうなの〜?」
意外そうな顔で私を見る妹。もし知ってたらあんなに難色は示してないって。
「鶏肉とカシューナッツ以外、か。
う〜ん、確かピーマンが乗ってたと思うけど…」
「あ〜、わたしピーマン苦手〜。だからいらな〜い」
「ダメよ、ちゃんと食べないと。それに彩りも大切でしょ?」
「え〜、じゃあ他の緑色っぽいので代用しようよ」
「何を使う気よ?」
「…バラン?」
「バランって…、あのお弁当の仕切りに使うビニールの笹?
ダメよそんなの、食べれないじゃない」
「ちぇっ、やっぱりか」
予想していた回答が返ってきたらしく、つまらなそうな様子の妹。
「それよりもホラ、もうすぐスーパーに着くわよ。
買わないといけないもの、決めないと」
「あう〜、でもでも、何を使うのかなんてよくわからないよ〜」
「鶏肉とカシューナッツ、ピーマンにタマネギ、あとは…
ニンニクとショウガ、それに調味料ってトコでしょ。…多分」
「多分って割にはスゴイ的確っぽいよ?
さっきまでわからないって言ってた人じゃないみたい」
「まあ当たってるかどうかは別にして、
このくらいあれば近いものは出来るでしょ」
「あ、お姉ちゃんお得意の妥協案だ」
「うるさいわね、おいしくない夕飯をガマンして食べるよりはマシよ」
「そうだけどさ…、何かつまんないんだよね」
「いいのよ。それにまだ買い物の段階でしょ?
どうせ作る時になったら嫌でも退屈はしなくなるって」
「うわ、自虐的な発言だな〜」
「しっかり作り方も知らない料理を家庭科の成績『2』と『3』が作る…
成功する確率を計算するだけムダね」
私は自分でそう言っておいて肩を落とし、
つくづく自分の料理スキルの無さを嘆き、痛感する。
「…まあお姉ちゃん、わたしたちにはまだまだ時間もあるし、
他にいいトコもたくさんある?じゃない」
「何か途中にいらない?マークが付いてたような…」
「あはは、気のせい気のせい。…それよりスーパーに着いたよ。
ほらほら、レッツお買い物!」
妹にあやされている感バリバリだが、あえて大人しくしておく私。
…うん、今日のお料理、がんばらないと。

ガラガラ…
私達2人はスーパーに着き、早速買い物を開始する。
さっきまでの間に大体買うものは決めたのだが…
「もう、買い物カゴ1つで足りるって言ったのに…」
「いいじゃん、やっぱスーパーに来たらこのカートを押さないと!
そしてスキをみてはお菓子をカゴに入れないとね」
「…後半の行為、やったら承知しないわよ?」
「ぶう」
何だよぅ、冗談だよう、と呟きながら膨れる妹。
いや、今のは決して冗談などではない。…気をつけないと。
こうして私は食材をカゴに入れつつ、妹の行動に監視の目を光らせることに。

「〜♪」
…サッ
「ダメよ、さりげなく入れても気付くって。
っていうかバレないようにするならもっと小さいお菓子を選びなさいよ」
「ちぇっ」
「それにそのわざとらしい口笛、
警戒して下さいって言ってるのも同然じゃない」
そう言って私は「お徳用ポップコーン」の袋を手にした妹に、
さっさと戻してくるよう売場を指差す。
「…」
私の言葉に無言で従う妹。
…これは怪しいな、そう思ってカゴの中をよく見ると、そこには板チョコが。
「先のポップコーンは囮か…、なかなかやるじゃない」
しかしまだまだ甘いわね。私は妹が戻ってくる前にチョコも棚に戻し、
気付いていないフリをして買い物を続ける。

まずは乳製品の棚の前。特に買うものはないのだが…
「あ、見てお姉ちゃん。コーヒー牛乳安いよ、買おうよ」
「今日の料理には合わないでしょ。飲物はウーロン茶を買うわ」
「え〜、ヤダ〜。あれはおいしくないよ〜、そもそもウーロンって何だよ〜」
「知らないわよ。…っていうか、そこに文句をつけるのも珍しいわね」
「目の付け所が違いますから」
「…どうだか」
「うわ、全然信じてないし」
「ま、確かにアンタにはコーヒー牛乳のほうがいいわね。
仕方ない、安いから買ってもいいわよ」
「ホント!?やった〜!」
…やれやれ、なんだかんだ言って私も甘いな。

続いては精肉コーナー。買うのは勿論メイン食材の鶏肉。
「ええっと、鶏肉は…と。あら、何か大きいパックしかないのね」
「そうだね、これじゃあちょっと2人分にしては多いよ」
「う〜ん、それに改めて見ると、やっぱり下準備とか面倒だなあ。
…ねえ、鶏肉を切ったり揉んだりするの、アンタの仕事だからね」
「イヤだよ〜。わたし、皮の部分が気持ち悪くて触れないもん」
「何言ってるのよ、アンタ鶏皮の煮物とか大好きじゃない」
「それとこれとは別なの〜」
「思いっきり同じじゃない…」
「とりあえず私はイヤだからね。…鳥だけに」
「…」
「…」
「…」
「…ゴメン、今の忘れて」
「…了解」
さすがの妹も今のは失敗だったと認めたようで、素直に謝ってくる。
…まあ確かに「とりあえず」と「鳥だけに」をかけたのは少々頂けない。

「う〜ん、困ったなあ。よ〜く考えてみると、
鶏肉をどうすればいいのかも判らないんだよね、私」
「え?フライパンで焼くんじゃないの?」
「何かね、記憶では一回油で揚げてたような気がするのよ。
しかも小麦粉かな?それじゃなきゃ片栗粉をつけて」
「あ〜、言われて見ればそうかも。
わたしがこの前テレビで見た時も、衣っぽいのが付いてたもん」
「どうする?下味とかもよく判んないから、唐揚げの素でも使う?」
「それじゃあ完全に唐揚げじゃん。何かそれは違うような…」
「しかも結局は誰かが生のお肉を切らないといけないのよね」
問題は解決せず…というか、さらに厄介になったような気がする。
さて、この鶏肉問題、どうするべきか…
「…う〜ん、それじゃあ超妥協ってコトで、お惣菜の唐揚げを使うとか?」
「あ、それいいかも」
「えええ〜、お姉ちゃんそれ本気で言ってる?
わたし、半分以上冗談のつもりだったのに…」
「私は本気よ。お惣菜なら中が生で食べられない、とかもないだろうし、
最悪の場合は唐揚げとして食べればいいじゃない」
これは名案、とばかりに盛り上がる私。しかし妹は不満そうだった。
「…さっきまで言ってたコトと違うじゃん。
作るからにはしっかり…とかいうのはどこに行ったのよ?」
「う…」
「ホラ詰まった」
「…じゃあアンタがお肉を何とかしなさいよ」
「それはまた別のお話。…そういう話題のすり替えってよくないと思うな」
「うわ、ムカツク言い方」
「…でもなあ、このままじゃお肉が入っていない炒め物になっちゃうし…
やっぱりお惣菜の唐揚げを買うしかないのかなあ?」
と、妹は冗談交じりで言ったはずの案に乗るそぶりを見せる。
「そうそう、ここは手堅く失敗の少ない道を選びましょ」
「…う〜、仕方ないなあ。ここは1つ、お姉ちゃんを見習って妥協しますか」
「何かものすごくイメージ悪くない、私?」
これじゃ私がいつも妥協してるみたいじゃない。
…そんなんじゃないんだけどなあ。
「まあまあ、気にしない気にしない。
それじゃお姉ちゃん、お惣菜コーナーに行きましょ〜♪」
「コラ!お店の中は走っちゃダメでしょ!
ああもう、カートでドリフトは危険だってば〜!」
「うお〜、買物最速理論じゃ〜!」
ガラガラガラ…、キリキリッ!という音を立て、走り去っていく妹。
私はその暴走カートを追いかけ、慌てて後を追うことに。
…あのバカ、後で思いっきり叱らなくっちゃ。

「…はあ、はあ」
妹を追いかけ、ようやくお惣菜コーナーの前に着いた私。
するとそこにはコロッケの試食に興じている妹の姿があった。
「あ、このコロッケおいしい♪」
「…何をのんきに試食なんかしてるのよ、このバカ」
ピシッ!
「痛っ!」
素早く正面に回ってのデコピンが炸裂、妹に適度なダメージを与える。
「まったく、危ないでしょ、あんなスピードでお店の中を…
それにカゴの中に入ってる物のことも考えなさいよ」
「あ、それは大丈夫。積荷には十分注意してたから」
「…はあ。まあいいわ、それで唐揚げはもう買ったの?」
誰かにぶつかったとか、売場に激突した形跡もないようなので、
とりあえず説教は後回しにする事に。
…帰りは家に着くまで延々と注意してやるんだから。
「ええっとね、一応はパック売りのをカゴに入れたんだけど…」
「けど?」
「何かスゴイ味付けが濃そうなんだよね。
…これって唐揚げとして食べる分には合格だけど、
炒め物に使うにはちょっとよくない気がするんだよね」
「下味が下味になってない、ってコトね」
「そうそう、これじゃすごいしょっぱいお肉になるか、
お肉以外は味がないかのどっちかになっちゃうよ」
「そっか…」
困ったな、また新しい問題が…
っていうか1食料理を作るだけで普通ここまで悩む?
「こうなったらアレだね、お姉ちゃん」
「何よ?」
「薄味の唐揚げをつくってもらっちゃおう!」
「…は?」
「いいからここはわたしに任せて!
お姉ちゃんは少し遠くで見てればいいから」
そう言って妹は唖然とする私などお構いナシ、
タタタタ…と、量り売りをしているおばちゃんの元へと駆け寄る。

「すいませ〜ん」
「はい、いらっしゃいませ」
「あの、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「あらあら、どうしたのかな、お嬢ちゃん?」
…うわ、何だあれ。
思わず自分の目を疑ってしまう私。
妹は今まで見た事のない、素直ないい子っぷりを発揮し、
人の良さそうなおばちゃんに話しかけている。
「ええっと、わたし、晩ご飯のおかずを買ってくるように言われたんですけど、
この唐揚げってどのくらいしょっぱいか教えてもらえますか?」
「どのくらいって…。ねえお嬢ちゃん、どうしてそんな事を聞くのかな?」
「はい、うちにはおじいちゃんがいるんですけど、
塩分の取りすぎはダメだ、って言われてるみたいなんです」
「そうなんだ〜」
「でも、おじいちゃんは鳥の唐揚げが大好きで、
わたしも食べさせてあげたくて、その…」
…上手い!何てナチュラルな演技!
妹の隠れた才能に驚く私。…まあ勿論ウソはいけないとは思うのだが、
それ以上に感心してしまい、怒る気が失せてしまった。
…おばちゃん、本っ当にごめんなさい。

「そっか…、おじいちゃん思いのえらい子だねえ。
よ〜し、お嬢ちゃん、ちょっと待っててね」
おばちゃんはそう言うと、対面コーナーから調理場の方へと歩き出し、
中で揚げ物をしていた別のおばちゃんの所へ行って何やらお願いをしている。
「…うわ、何か頷き合ってる。…ハッ!そして冷蔵庫から鳥らしきお肉を!」
まさかここまですんなり事が進むとは…
私は妹の演技の上手さもさることながら、
おばちゃん達の人情に感謝…というか申し訳ない気持ちで一杯になる。
しかし妹はそんな私の気持ちとは裏腹に、
『やったぜお姉ちゃん!』と言わんばかりの笑顔をVサインと共に向けてくる。
そして妹は私達にしか判らない・伝わらないであろう独自のゼスチャーで、
『今夜はホームランだ!』という意思表示を見せる。

「…今夜はホームランだ!って…、古いよ」
と、思わず口に出してツッコミを入れてしまう私。
こんな昭和のネタ、どこから仕入れてくるんだ妹よ…
まあそれをしっかり理解している私も私だが、
それ以上にあの平成チルドレンが知っている事が不思議でならない。
…あのコ、学校やクラスで浮いてなきゃいいけど。
「ま、あの性格だもんね、多少言動がおかしくても大丈夫でしょ」
何やら微妙にヒドイ事を言っているような気がしないでもないが、
私は気にする事無く、そう言って勝手に安心する。

そして5分後、妹は揚げたての薄味から揚げをゲットして戻ってくる。
…しかも普通に売られている唐揚げより安価で、というおまけ付きで。
「へへへ、やりましたぜアニキ、ちょろいもんでさあ」
「…はあ、アンタねえ…」
「あ〜、わかってますって。ウソはよくない、でしょ?」
「だったらやめなさいよね、適当な家族設定まで作ることないでしょ、もう」
「いや〜、自分の演技力、アドリブの能力を試したくなりまして…」
「アンタ、おかしな大人にひっかからなければ、いい役者になるわよ」
「ありがとうござ〜っす」
「それにしても…、まさかこんなにおまけしてくるなんて思わなかったわ」
私はそう言って買物カゴの中に入ったから揚げの包みを見る。
通常100g150円の所、何とおばちゃんは100g80円で売ってくれたのだ。
…あ、「売ってくれた」じゃなくて「作ってくれた」になるのか。
「そうだね、さすがにこれは少し申し訳ない気持ちになるよねえ」
「きっと原価スレスレよ、この値段。
…ねえ、本当にもうこんなコトしちゃダメだからね?」
「揚げたて〜、揚げたて〜♪」
「…聞いてないし」
妹は私の注意を完璧にスルー、得体の知れない踊りを織り交ぜ、
オリジナルのから揚げソングを歌っていた。

…こうしてメイン食材を手に入れた私達は惣菜コーナーを後にし、
残りの材料を買い揃えるべく店の中を歩き回る事に。
まだ買っていないものはタマネギなどの野菜と調味料だった。
「…さて、それじゃ次は野菜ね」
「は〜い。ええっと、使うのはタマネギだけだよね?」
「ブー、不正解。ピーマンも使います〜」
「アウーチ」
「残念そうな顔をしない。…ホラ、野菜売場に着いたわよ。
それじゃピーマンはアンタに選ばせてあげる。好きなのを取りなさい」
「ふんだ、そんな選択権なんかもらっても嬉しくな…」
「ん?どうしたのよ?」
途中で言葉が止まった妹に声をかける私。
「ねえお姉ちゃん、あそこにあるのもピーマンだよね?」
そう言って妹が指差したのは普通のピーマンの横にある、
オレンジや赤などの色鮮やかなピーマンだった。
「ええ、確か呼び方はパプリカとかになると思うけど、
まあピーマンであることには変わりないわね」
「ね、アレにしよ?あの赤いヤツにしよ?」
「別にいいんじゃない?じゃあカゴに入れて」
「うん!」
…何であんなにテンション上がってるんだろ。
私は嬉々として赤ピーマンの選別をしている妹を怪訝そうに見る。
「おかしなコトを考えてなければいいけど…」
あれだけピーマンを嫌がっていたのだ、何か裏があると思ったほうがいい。
「よし、これがいい!この赤いのが一番カッコいい!」
そんな私の心配(警戒?)をよそに、妹は購入するピーマンを1つ決め、
買い物カゴへと入れる。…今のところ変わった点は特にない。
「…ん、何か疑いの視線」
「そりゃあピーマン嫌いのアンタが急に動き出せば警戒もするわよ」
「信用ないなあ」
「じゃあ私が納得するような理由説明でもしてもらおうかしら?」
「これなら食べれるかな、って思っただけですよぅ」
「本当にそれだけ?」
「なんだよ〜、信じろよ〜。赤いピーマンって甘いってのを聞いたから、
試してみたかっただけなんですってば〜」
「…」
現在、納得した度合いと疑いの度合いはちょうど50%ずつ。
確かに赤いピーマンは熟している分、甘みがあるみたいだけど…
本当にそれだけ?
「…ま、邪推しても仕方ないか。とりあえずは信じましょ」
「うわ〜、執行猶予付きの仮釈放みたいな判決だねえ」
信用ねえなあ、という顔の妹。
今回は特に何かを隠すでなく、本当のコトを言っているように思えるが、
いかんせん相手は名演技を難なくやってのけるヤツだ。
「はいはい、何とでも言いなさい。
…ホラ、次はタマネギよ。これもアンタに選ばせてあげるから」
「え〜、いいよ別に。タマネギなんか選びようがないじゃん。
あるとしたらネット入りで買うか箱で買うかくらいだよ〜」
「…箱単位で買ってみなさい?アンタだけこれから毎日、食事はタマネギオンリーよ」
「オンリー!?」
「そう。お茶碗にタマネギ、お味噌汁の器にもタマネギ、
当然おかずを盛るお皿にもタマネギ。…しかも全部生で」
「フレッシュ!?」
「よかったわね、これで血はサラサラよ」
「…スイマセン、このネットに入った3コ入りのでいいです」
「うん、よろしい」
…と、私の完全勝利で終わるタマネギバトル。
いつまでも妹に振り回されっぱなし…というのはよろしくない、
やっぱりこうじゃないとね。

そんなこんなで私は気分をよく必要な野菜を買い、
続いて調味料売場へと向かう。
ここで買うのは…
「ねえお姉ちゃん、カシューナッツ炒めって何で味付けするの?」
「…」
「お醤油とか塩だけじゃないよね。
トウバンジャンとかオイスターソースとか使うのかな?」
「…」
「って、もしかしてお姉ちゃん…?」
「ゴメン、全っ然わかんない」
「ええええ〜」
マジ!?本当に!?お姉ちゃんのくせに!?と言わんばかりの妹。
そしてオーバーに呆れ顔を見せ、さらにため息まで吐く。
「なによ、知らないものは知らないわよ。
作ったこと無いって何回も言ってるでしょ!?」
「…うわ、何か怒ってる」
「アンタの!その態度が!さらに怒らせる要因になってるのよ!」
言葉が早いか、それとも手が早かったか。
そんな勢いで私は妹の顔に手を伸ばし、凄まじい速さで頬を掴む。
「イタイ、イタイッ!頬は伸ばすものでも抓るものでもないよぅ!」
「うるさい!じゃあ何のためにあるのよ!」
「膨らませて可愛さアピー…いだだだだ!」
頬を抓ったまま、両腕は完全に頬を捕えて離さない。
そしてリズミカルに上、上、下、下、左、右、左、右…と手を動かす。
「ダメ、ダメだよお姉ちゃん!わたし1UPしちゃう!」
「しない!」
「じゃあバリアとオプション2つが…」
「つかない!」
この期に及んでまだボケれる余裕があるとは…
私はそう思いながらも妹の頬にとどめを刺すべく、
それまでの抓りに加え、捻りの力をさらに足す。
ギリギリギリ…
「オーウッ、チギレチャウヨー!」
「どうしてカタコトになるのよ…」
ここまでくるとさすがというか何というか…
とりあえず私は妹の芸人根性(?)のようなものに負け、
頬を捻っていた手を離す。
「あ〜、痛かった…。ありゃもう少しでちぎれてたね」
「ちぎれないって」
「…で、どうすんのよ?ここにある調味料、全部買うの?
それとも直感を信じて適当に選ぶの?」
かなり不機嫌そうに聞いてくる妹。
…そうだ、頬を抓ってる場合じゃなかったんだ。
「う〜ん、どうしよう…。
とりあえずラベルとかに料理例が書かれてないか見てみないと」
そう言って私は近くにあった中華っぽい調味料のビンを取り、
裏面に張ってあるラベルに目を通す。
「ええっと、これはドウチジャンってヤツね。
…ダメだ、どんな料理に使うか書いてないわ」
「こっちは…チーマージャンだって。
何かバンバンジーのタレに使うみたいだよ」
「じゃあそれも違うわね…って、何じぃっと見てるのよ?」
「あはは、今日のご飯はバンバンジーでもいいなあ…と」
「…」
「ああっ、ウソウソ!冗談!ライアー!ジョーダンズ!」
今までの苦労を…という感情を込めた私の睨みに対し、
瞬時に前言撤回&慌てて謝る妹。…とりあえず最後のは違うと思う。
「まったく、何を言い出すかと思ったら…
アンタが食べたいって言うからわざわざこうやって―」
「ごめんなさいもうしませんだからゆるしてくださいおねがいします!」
「あのね、早口言葉じゃないんだから…」
本気で謝っているかどうか怪しいところだが、面倒なので言及はヤメ。
…それよりも今は調味料を選ばなきゃ。
そう思い、私は再び棚から調味料のビンを手にしては説明書きを見ていく。
「う〜ん、これは違う…。こっちはどうだろ?」
「…あ、そうだ」
と、何か思い出した様子の妹。
「どうしたの?」
「あのさ、この前テレビでやってた時のことを少し思い出したんだけど、
中華スープを少し入れるのは間違いないっぽいよ?」
「へ〜、中華スープねえ。炒め物にも使うんだ…
わかった、じゃあ悪いけど、適当に選んで持って来てもらえる?」
「了解で〜す」
「お願いね。私はずっとここで調味料を見てるから」
「うん、それじゃちょっと行ってくるね」
妹はそう言って顆粒だしの素や固形コンソメ、
その他各種スープの素が並んでいる棚へと走っていく。
「…さ、私もしっかり探さないと」
手にしたビンを元の場所に戻しながらそう呟き、私は新たに調味料を手に取る。続いて出てきたのはXO醤という聞きなれないもの。
「ふ〜ん、こんなのもあるんだ。ええっと、使い方は…っと」

調味料の入ったビンとにらめっこをすること数分、
私は今日の料理に使えそうなものをまだ見つけていなかった。
「お待たせ〜、持ってきたよ〜」
そうこうしている間に妹が中華スープの素を手に戻ってくる。
「…あ、じゃあカゴの中に入れておいて」
依然ラベルを読み漁っている私は適当に返事をしては次のビンに手を伸ばす。
「お姉ちゃん、まだ見つけてなかったの?」
「うん…、一応候補はいくつか出てきたんだけどね…」
「なになに?どんなの?」
「説明に『炒め物に使えます』って書いてるのが幾つかあったから、
とりあえずそれはキープかな、と」
「ふ〜ん、それでも結構あるんだねえ」
妹は私が候補として寄せた調味料を見ながらそう言うと、
その中から適当に2〜3個のビンを取り出す。
「もうさ、悩んでても仕方ないんじゃない?
ここは1つ直感を信じて、これで作ってみようよ」
「…そんなアバウトな」
「だってお姉ちゃん悩むと長くなるんだもん。
こんなの適当でも何とかなるって」
「…」
確かに妹の言う通り、いくら考えても仕方ないかもしれない。
私は少し悩み疲れていたこともあり、素直に頷くことにした。
「そうね、まあ最悪の場合はお醤油と塩で味付けすればいいし、
それにアンタが選んだ中に正解が入ってる可能性もあるもんね」
「うんうん」
「…よ〜し、それじゃあコレとコレを買って、と。
あとは肝心のカシューナッツでお買物は終わりね」
「おー!」
元気な返事にガッツポーズまで付け加える妹。
…もしかしたらそろそろお腹が空き始めたのかな?
ふと腕時計に目を向けると、時刻は5時半近く。
そろそろ家に帰り、食事の準備を始めた方がいい時間になっていた。

ガラガラ…
「ええっと、カシューナッツってどの売場にあるのかなあ?」
買物カートを操縦していた妹はそう言いながら棚をくまなく見ていく。
…こういう時、このコの観察力は役に立つのよね。
私は絶えず目を動かしている妹を見ながら、時折カートの進路方向を変える。
こうでもしないと他のお客さんや商品に突っ込んでしまうのだ。
…ま、必死になって探し物をしてるんだし、しょうがないか。
「あ、お姉ちゃん。もしかしたらお菓子の材料コーナーにあるんじゃない?
アーモンドとか、シナモンとかはあそこだもん」
「そうね、あそこになら並んでるかも」
「それじゃ行ってみよ〜!」
と、意気揚々に売場に向かった私と妹だったが…

「…高っ!」(×2)
2人の声が見事に、そして珍しく重なる。
それだけお菓子用のカシューナッツは高かった。
「う〜ん、完璧なハーモニクスでしたなあ」
「そうね、認めたくはないけど、やっぱ姉妹だわ私達」
「ちょっと、認めたくないは余計じゃない?」
「まあいいじゃない、それより今はこの値段よ。
いくらなんでも高いわよ、コレ」
「う〜、確かにこれはちょっと高いかも…」
「まさか8粒で300円近くするなんて思わなかったわ。
いくら袋に『高級製菓用』って書いててもねえ」
「ホント、こんなの一口で食べれちゃうよ。
…ねえお姉ちゃん、ここじゃなくておつまみコーナーでも見てみようか?」
「うん、その方がいいかもね」
妹の提案に対し、素直に頷く私。
こうして私達は売場を移動、ホタテの燻製やタラチーズ的なものが並ぶ、
おつまみコーナーへと向かった。

「…あ、このイカの形をしたヤツ、わたし好き〜」
「はいはい、すり身を揚げたようなおつまみね。
私も好きだけど、やっぱりチーカマが一番かな?」
「お姉ちゃん、チーズもカマボコも好きだもんね」
…と、おつまみコーナーに着いた私達は、
カシューナッツそっちのけで「好きなおつまみ談義」に花を咲かせる。
普通、女の子であれば先の製菓コーナーの前で盛り上がるべきなのだが、
私達姉妹にとってはこっちの方がよかった。
「わたし、一度でいいからサラミを「これでもか!」っくらい食べたいな〜」
「確かにサラミはおいしいけど…
あれは食べ過ぎると次の日にニキビという魔物に変わるからちょっとね」
「いいじゃん、ニキビくらい。
出来たら片っ端からブチブチつぶせばいいんだよ」
「そんなコトしたらお肌が大変なことになっちゃうわよ」
「年頃の娘さんは苦労が多いねえ」
「…アンタもあと数年すればイヤってくらい実感するわよ。
ってな訳で私は「さけるチーズ」、アレをお腹一杯食べたいな♪」
「それも十分カロリーが高そうな…」
「いいのよ、チーズは色々健康にもいいみたいだから」
「お姉ちゃんってそういう情報を信じるよね。…もんたの思うツボだよ?」
「別にあの顔黒オヤジの言いなりになるつもりはないわ。
…ホラ、それよりカシューナッツでしょ?」
「あ、そうだった」
本気で忘れていたのか、妹はそう言うと慌てて売場に目を向ける。
…さて、私も探さないと。

「ねえねえお姉ちゃん、こんなんあったけど…」
「どれどれ、ちょっといい?」
「はい」
「ふ〜ん、『ビールに最適!もう止まらない!』か…
また安易で工夫のないキャッチフレーズだこと」
「そうだね、それじゃあ新しい購入層はゲット出来ないよね」
「…ビールが止まらないってコトは、結構しょっぱいかもね、コレ」
「まあおつまみだからね。塩味を利かせないとダメでしょ」
「それが嫌なら製菓用の高いのを買え、か…。
世の中って上手くいかないものねえ」
「…うわ〜、カシューナッツで世の中の不条理を感じてるよこの人」
「うるさいわね」
「でも、やっぱりこっちのおつまみの方が安いね。
…と言っても結構いいお値段はする訳ですが」
「それでもあっちよりは全然安いわ。これくらいなら全然オッケーでしょ」
そう言いながら妹が持ってきた袋の値札シールを見てみると、
量はさっきの3倍以上入っていて、値段は大差なし…というカンジだった。
「そうだけどさ…、どうしても柿ピーとかと比べちゃうんだよねえ」
「柿ピーと比べるからそうなるんでしょ。まったく…」
「…そうだ、ねえねえお姉ちゃん。
この際だからは今日はカシューナッツじゃなく、ピーナッツにしようよ」
「アンタもしかして…」
「そ。柿ピーを買って分別するの。…で、余った柿の種は2人で食べるの。
どう?この方が安上がりだし、いい案だと思わない?」
自信タップリ…というか、これしかない!という勢いでプレゼンしてくる妹。
…いやいや、それはおかしいって。
「ダーメ。何でそんな面倒な作業しなくちゃいけないのよ。
柿の種とピーナッツ、別々に売ってるでしょ?」
「…ッ!!?」
「何でそんな『その手があったか!』みたいな顔してるのよ。
…もしかしてマジリアクション?」
私の問いかけにコクコクと頷く妹。…うわ、このコやっぱバカだわ。
「ホラ、そんな所でフリーズしてないで、さっさとレジに行くわよ」
そう言って私は妹の首元を掴み、そのまま引きずっていく事に。

これで買物は終了、あとは家に帰って料理を完成されるだけである。
…まあそれが一番の難関なのだが。
とりあえず私は今買った材料を頭の中に叩き込み、
どうすればそれらしい料理になるかをシュミレートする。
…が、悲しいかなそう簡単に完成図が出来上がることはなく、
余計に混乱するだけに終わってしまった。…料理ってムズカシイ。

「さ〜て、これからが本番よ」
「…」
スーパーからの帰り道、私達はそれぞれ1つずつスーパーの袋を抱え、
我が家を目指して歩いていたのだが…
「…」
妹、先程からずっと無言。
「何?まだイジけてるの?」
「う〜、まさかお菓子のダブルトラップが見破られてるとは…」
…そう、このバカは買物の途中で行ったお菓子紛れ込ませ作戦、
ポップコーンを囮に板チョコを…という策を見破られたことに対し、
相当ヘコんでいたのだ。…ったく、このお子様め。
「くそ〜、上手くいったと思ったのに…
レジで「え、こんなの買ってません」っていうお姉ちゃんが見たかった…」
「…アンタ、やっぱいい根性してるわ」
「あ〜あ、それで仕方なくチョコを購入、
帰り道はそのチョコを勝ち誇ったように食べる、という作戦が…」
「ふふん、まだまだ甘いわね」
「うううう〜」
本当に悔しそうな様子の妹に対し、してやったり顔の私。
全くの正反対、対照的な表情で2人は家路へと着いたのだった。

ガチャ…
「ただいま〜っと」
「あ〜、お腹空いた。ねえお姉ちゃん、早く作ろうよ〜」
「はいはい、その前に靴を脱いで手を洗う!
ご飯を作るのはそれからよ」
「わかってるよぅ、もう…」
先程までの不機嫌っぷりは消え、妹はすでに調理モードに入っていた。
…意気込みは買うけど、全然料理できないでしょ、このコは。
私は軽くため息を吐きつつ、買物袋を手に台所へと向かった。

「…さ、それじゃあ材料を出して…って、何コレ?」
手を洗い、母のエプロンを装着した私は、まず買ったものを並べる事に。
すると予想外…というか、今日の料理に必要のなさそうなものが出てきた。
唐揚げ、タマネギ、カシューナッツ…といった食材の中に紛れていたのは、
インスタントの卵スープの素だった。
「卵スープ…、卵スープ…って、まさか!」
あのバカ、これを中華スープの素だと思って持ってきたんじゃ…?
そうだ、確かあの時、私は調味料選びをしていて、
何を持ってきたのか確認してなかったんだ…
「ああもう、炒め物を作るのに卵スープの素って…
ちょっと考えたらわかるでしょ!?」
思わずガクッと頭を下げてしまう私。
まさか食材を並べている時点で問題が発生するとは…
「って、あのバカはどこに行ったのよ?」
ふと回りを見渡すと、台所及び居間に妹の姿はない。
確かさっきまで近くにいたハズなのだが…?
「あれだけ手伝うって言ってたのに…
もういいわ、私一人で作ったほうが効率がいい…って、あれ?」
こうなる事は想定の範囲内…ということで、私は気を取り直し、
再び買物袋から買ってきた食材を取り出す。
…が、今度は買ったはずのものが見当たらない。
それは妹が変に執着した…というか興味を持った赤ピーマン。
まさかあれだけどこかに落としたとは考えられない、
だとしたら一体どこに?

…ガチャ。
その時だった。台所と廊下をつなぐドアがゆっくり開き、
何やらおかしな格好をした妹が姿を現す。
「…デーンデン、デーンデン♪」
と、何やらテーマ曲めいたものを口ずさみ、台所に入ってくる妹。
その格好は毛布をマントのように纏い、
腕と首にはジャラジャラとアクセサリーを身につけていた。
…ん?っていうかこの曲、どこかで聞いたことが…
「…私の記憶が確かならば、今日の我が家の夕食は…
そう、鳥のカシューナッツ炒め」
「鉄人!?まさかアンタそれ加賀のモノマネ!?」
「…」
私の問いかけに妹は少し顔を赤くし、小さく頷く。
…とりあえず言いたいことはたくさん、それこそ山のようにあるが、
何より先に、照れるくらいならやるなよ、と言いたい。
「え〜、私の記憶が確かならば…」
「もういいから!それ以上は見ているこっちがキビしいから!寒いから!」
「…」
モノマネと呼ぶにはあまりにもお粗末…というか、
出だしの「私の記憶が〜」というフレーズを口にしただけの妹。
さすがに自分でもそのあまりにも低いクオリティに気付いたのか、
言葉に詰まり、無言になってしまう。
「…」
しかし、格好が格好だけに、いつもの口調に戻るのも躊躇っている様子の妹。
そしてしばらく考えた後、口に出した言葉は…
「私の記憶が確かならば…」
「もうやめなよ〜!そこまで連呼したらただのボケたおじいちゃんだよ〜!」
懲りない妹に対し、悲痛な叫びにも似たツッコミをする私。
だがそれでも妹はモノマネ(?)を崩さず、そのまま台所に入り、
テーブルからいつも自分が座っているイスを取り出し、その上に上がる。
…このコ、一体何を始める気なのかしら?
何がなんだか判らないが、とりあえず私は黙って様子をみることに。

「…」
「…」
無言で正面を見据える妹と、その様子を無言で見る私。
…傍から見ればこんな異様な光景はないだろう。
スッ…
と、ここで妹はマント(本当は毛布)に手を入れ、何かを取り出そうとする。
「…?」
何をやらかす気だろう?私はそんな事を考えながら妹の行動を見つめる。
「…」
少しの間の後、とうとう妹がマント(私にはやっぱり毛布にしか見えない)
から手を出す。
その手に握られていたのは、何とさっきまで私が探していた赤ピーマン。
…一体いつの間に?というツッコミを入れようとしたが、
その前に妹が動き出し、同時に私もこれから何が起きるのかを察知する。

…シャクッ!
とてもみずみずしい音が台所に響き渡り、
続いてシャクシャク…という租借する音が聞こえてくる。
そして妹は正面を向いたまま満面の笑顔を浮かべ、満足そうに何度か頷く。
「笑ってる!このコ、『鉄人』のオープニングの真似をして笑ってる!」
思わず解説交じりのツッコミをしてしまう私。
ハッ!?まさかこのコ、赤いピーマンを見た時、
ここまでやる事を考えていた…!?
「…Allez cuisine!(アーレ キュイジーヌ![訳:いざ、キッチンへ!])」
「!!」
そしてあの決め台詞が炸裂。
ここだけはバッチリ決まった…ような気がする。
「…ふう、満足満足」
そう言って妹は小さくジャンプをしてイスから降り、
身に纏っていた毛布を居間のソファー目がけて投げつける。
「アンタねえ…」
「あ〜、暑かった。やっぱ加賀のコスは冬に限るね。
…さ、それじゃあ料理開始といきますか」
「あれをコスプレと言うアンタの感覚が判らないわ…」
額に手をあて、呆れながらそう言う私。
「そうそう、ハイこれ。お返しします」
妹は手にしていた赤ピーマンを笑顔で私に手渡す。
「いやいや、いくら満面の笑顔を見せても、
歯型付きで返すのは許さないわよ?」
「そこを何とか!わたしも決して初めからこうするつもりは…」
「バリバリあったでしょ!」
「ひぃ〜、お助け〜」
「…ったく、「お助け〜」じゃないわよ、もう」
私はそう言いながら大きく息を吐くも、「よしっ」と声をあげ、
頬を軽くパンパンと叩く。
「おお、気合十分だね、お姉ちゃん」
「こうでもしないと乗り切れないからね」
…どうせ料理中も何かしら問題を起こしてくるに違いない、
それに私自身、しっかり料理を完成させれるとは限らない。
…うん、頑張らなくっちゃ。
こうして私は1人でテンションを上げ、料理に取り掛かる。
隣には戦力未知数(おそらく激低)の妹が手伝う素振りを見せているが…
正直これほど頼りないパートナーはいない。
…予想していた事とは言え、正直気が重かった。

料理開始から2分後、まずは食材を水洗いする私達。
「はいお姉ちゃん、こっちは全部洗ったよ」
「ありがと。それじゃあ野菜から切っていきましょうか」
「うん。…あ、タマネギはお姉ちゃんお願いね」
「はいはい、どうせそう言うと思ってたわよ」
「むむ、何かシャクゼンとしないなあ。
…いい!じゃあ私が切る!見事なみじん切りを見せちゃうんだから!」
「いやいや、みじん切りにしなくていいから。
適当な大きさに切るだけでいいのよ」
「わかった。じゃあ切る!」
「本当にいいの?涙が止まらなくなっても知らないわよ?」
「ふんだ、涙なんて流さないもん!
わたしは鉄の女よ?サッチャーの生まれ変わりよ?」
「…」
「完全スルー!?」
私の反応の無さにショックを受ける妹。
…意外と無反応っていうのも使えるかもしれないわね。
そんな事を考えるも、どうせ有効なのは序盤だけ、
きっと無言なのをいい事に騒ぎ立てるに違いない。
…多用は禁物、か。
「さあ、それじゃあ私はピーマンを切ろうかしら」
「あう〜、まだタマネギを切ってないのに涙が…」
と、イジケモードに入る妹。
これはこれで厄介…というかウザったかったりする。

…トントントン、トン…
「うっ、ううう〜」
…トン、トン…トン…
だんだんと包丁の音が遅くなり、代わりに妹の情けない声が増えてくる。
「うううう、おねえじゃ〜ん、だずげで〜」
包丁を手にして1分、自称鉄の女はタマネギにやられていた。
「あ〜あ、もう顔もタマネギもグシャグシャじゃない。
ホラ、これで顔を洗ってきなさい」
私はそう言ってフェイスタオルを手渡し、変わりにタマネギの前に立つ。
「あびばどう〜」
泣きながら感謝の意を述べる妹だが、
悲しいかな彼女の「ありがとう」は「アビバ堂」にしか聞こえない。
…アビバ堂って何だ。

調理開始から10分後。
材料を全て切り終え、私達はフライパンを火にかけていた。
「よ〜し、暖まったら油を引いて…と」
「あれ?ニンニクとかショウガってこの時入れるんじゃないの?」
野菜を入れる間際、妹がふと疑問を口にする。
ちなみに妹は先程顔を洗い終え、すっかり回復していた。
「…そうかも」
「うわわ、大変だよ〜。お姉ちゃん、早く切らないと〜!」
「大丈夫、このくらいパパッといけるわ。…はい、持ち場を交代!」
「え、えええ〜?いきなり焼き場担当ですかい!?」
「黙ってるだけでいいから!」
私はそう言いながらニンニク、ショウガを取り出し、細かく切り始める。
しかしそれより早く火にかけていたフライパンが熱され、
もくもくと白い煙が立ち込める。
「お、お、お姉ちゃん!早く早く!」
「バカ!一回火を止めればいいだけでしょ!?
それと早く換気扇のスイッチを入れる!」
「オスッ!」
私に指示に素早く反応、テキパキと動く妹。
一見すると活気のある厨房のように思えなくもないが、
そのやり取りはあまりにも初歩的なものである。
「よ〜し、どっちも切れた。
それじゃあ早速コレをフライパンに…てい!」
ジャアアアアアアァァッ!
「!!?」
「ひゃあ!?」
一旦火を消したとは言え、フライパンは十二分に熱を持っており、
刻んだニンニク、ショウガを入れた瞬間、凄まじい音を上げ、
さらに油が跳ねまくる。
「水が!まな板の水があっ!」
「クッ、私としたことが!」
…と、フライパンを前にてんやわんやの私達。
まだ料理はその形すら見せていなかった。

そして調理開始から15分後。
先程の失敗を生かし、適度な温度に油を暖め、
刻んだニンニク、ショウガを入れて香りを出す。
「あ〜、いい匂いだねえ」
「ホント、中華料理!ってカンジがしてきたわ」
ザッ!
…ジャアアア…
続いてタマネギ、赤ピーマンを入れ、しんなりするまで炒めていく。
もしかしたらピーマンはもっと後に入れるべきだったかもしれないが、
もう入れてしまったのだから仕方ない。
…ま、少しくらい炒めすぎでも大丈夫でしょ。
「ええっと、そろそろ味付けね」
「…お姉ちゃん、大丈夫だよね?
完成したらマーボー豆腐だった、とかないよね?」
「いや、その方がスゴイから」
っていうか物理的に無理でしょ。もしそうなったら面白いけどさ。
「さて、と。まずはお醤油を入れて、次は…オイスターソースかな?」
「…」
黙って見ているものの、その顔は「うわ〜、適当だ〜」と言わんばかりの妹。
…それは私もそう思っているのだよ、マイシスター。
「で、中華スープがないから、代わりにお酒を少し入れてみようかな。
…あれ、料理用のお酒が切れてる…」
私はあるものだとばかり思っていた料理酒が空だった事に気付き、
急いでストックしている分がないか探す。
「ええっと、ここには…無い。ここにも…無い。
うわっ、どうしよう!?」
「お姉ちゃん、まず火を止めなきゃ。お酒はわたしが持ってくるから」
「わたしが…って、ドコから持ってくるのよ?」
…カチッ
私はコンロの火を止め、妹に聞き返す。…が、すでに妹の姿は台所になかった。
「リビング!お父さんのお酒が入ってくる戸棚にならきっとあるよ!」
「ああ、なるほどね」
やや遠くから返って来る妹の声に納得、
結構役に立つじゃない…と、感心する私。
しかし、さすがはバカ妹。そんな感情を瞬時にブチ壊してくれた。
「ねえお姉ちゃ〜ん、何か色々種類があるよ〜?」
「日本酒でいいわよ〜」
「オッケー、了解しました!
…ええっと、日本酒、日本酒…っと」
妹はそう言って父の戸棚を散策、何やらカチャカチャと音を立て、
たくさんあるお酒のビンから日本酒を探す。
「おっ、何かイイカンジの日本酒発見〜♪
お姉ちゃ〜ん、これでいい〜?」
「これでって…、見えないわよ」
「あ、そっか。
ええっとね、何か白い紙っぽいのに包まれてる日本酒を見つけたよ〜」
「白い紙っぽい包み…」
よく判らないけど、すごい高いお酒のような気がする…
「…ねえ、そのお酒、何て書いてある?」
あまり高いお酒を使うのはよろしくない、
そう判断した私はとりあえず銘柄やその他表記から情報を得ようとする。
…まあ日本酒の知識など持ち合わせていないのだが、何かは判るかもしれない。
「ええっと…、何だろ、ちょっと読みにくい漢字なんだけど…
ダイオウジョウ?って書いてるよ〜?」
あまり自信がないニュアンス満載でそう言ってくる妹。
「ダイオウジョウ…?」
大往生…、大往生…、そんな名前、お酒に付けるかなあ?
私はそう思い、何か語感の近い、もしくは字体が近い語句を考える。
「…大往生、ダイオウジョウ、台王城、だいおうじょう…」
しばらく同じ言葉を繰り返す私。
…と、そこである単語がピンと浮かんだ。
「大吟醸!?」
確かに私はお酒の知識はこれっぽっちもない。
が、この単語くらいは聞いたことがある。
大吟醸…、詳しい基準までは判らないが、
日本酒のランクで最高級の種類に付けられる名前…だった気がする。
「ちょっ、それはマズいって!とりあえず持ってくるのはストップ!」
「え〜、何て言ったの?」
「ああっ!軽く振り回しながら持ってきてるし!」
「どうしたのお姉ちゃん?メチャクチャ慌ててるよ?」
「いいから!私のことはいいからそのお酒を置いてくる!」
「え〜、なんでよ〜?せっかく持ってきたのに。
開けようよ〜、使おうよ〜」
「ダメよ!もしかしたらすっごく高いお酒かもそれないのよ、それ」
「まっさか〜、ウチのパパ、お酒にお金をかけるような人じゃないって〜」
私の言うことを全く聞かない妹。
それだけではなく、何と手にした日本酒を開けようとする。
「あれ?未開封だ…。もう、面倒だなあ」
「なっ、何やってるのよバカ!!」
…ポン!
私の制止も虚しく、栓を開ける妹。
そのやけに軽快な音が台所に響き渡る。
「えへへ…、やっちゃいました」
「いやいや、「やっちゃいました」じゃないわよ!
何で私の言うことを聞かないの?たまには素直に従いなさいよ!」
「わ、お姉ちゃんがマジギレしてる。
…もしかして、ヤヴァイことしちゃった?」
「ええ、かなりね」
「どどどどど、どうしよう?セメダイン?アロンアルファ?」
「ストップ!それはダメ!何よりやっちゃダメー!」
高級日本酒を巡り、またしてもてんやわんやの2人。
料理の進行状況はやっと半分を越えた、というところだった。

調理開始から25分後。
あれから何とか日本酒を元の場所にしまう…というか開けた形跡を隠し、
台所にある調味料だけで味付けをする私。
醤油、オイスターソースに続き、塩、コショウを適量、
そしてここで鳥の唐揚げとカシューナッツを投入、全体をよくかき混ぜる。
「よし、何となくだけどイイカンジになってきたわね。
ええっと、後は仕上げに…っと」
「ゴマ油でしょ!」
「よく知ってるわね」
「えへへ、そこだけはテレビでやってたんだ」
「…まあそこだけ知ってても仕方ないんでしょうけどね」
「うわー、言うことがキッツイなー」
「事実よ。…さ、これで完成…かな?
自分で言うのも何だけど、それなりにいい出来なんじゃない?」
「…でも作ってる途中、一回も味見してないじゃん」
「う…」
そう、妹の言う通り、この料理をしている間、
どちらも味見をしていない。
別に怖かったからではない…と思いたいのだが。
「だ、大丈夫でしょ。変な匂いもしてないし、色も一応まともだし…」
「かなり程度の低い大丈夫だね…」
「うるさいわね、もう。…ホラ、盛り付けるからお皿を出して!
あとお茶碗と箸、それと卵スープを入れる器もね」
「は〜い」
妹はそう返事をすると、いつも使っている食器を取り出し始める。
「それにしてもあれだねえ、スープ付きの食事になってよかったね」
「…まあね」
妹がマジで間違えた卵スープだが、本来の使い方として使うことにした。
…怪我の功名と言っていいのだろうか、こういうのは。
カチャカチャ…
「はい、これで準備はオッケー。
それじゃあパパッと盛り付けて、ちゃっちゃっと食べますか。
…で、2人で落ち込む、と」
「そこまでプランを立てないでよね、もう…」
本当に起こりそうでイヤな妹の言葉を払拭するようにそう言うと、
私は気を取り直して出来上がった料理を盛り付けにかかる。
…はあ、こうやって気を取り直したの、何回目だろ。

調理開始から40分後。
テーブルに座った私達の前には、妹が食べたいと提案した、
鳥のカシューナッツ炒めとご飯、それと卵スープが並んでいた。
「…」
「…」
そしてもう1つ、調理開始から40分が経っていたが、
それと同時に調理完成から10分も経過していた。
つまり、料理が食卓に並んでから今までの10分間、
どちらもまだメインの料理には箸を付けていない…ということである。
「…」
ズズ…
「…」
ズズズ…
私も妹も、手を付けるのは卵スープだけ。
そしてスープに浮いている少量の卵とニラをおかずに、
ご飯をちびちびと食べていた。
「…ねえ、食べないの?」
「アンタこそ先に手を付けなさいよ」
…完成した料理、鳥のカシューナッツ炒めは決して見た目は悪くない。
匂いもそれっぽいし、使った材料にも問題は無い。
おそらくちゃんと食べれるクラスの出来だとは思う。
勿論それには何ら確証はないのだが…
「違うんだって、2人とも変に構えてるからいけないのよ。
どちらかが一口食べたらパクパクって続くんだって!」
「…じゃあお先にどうぞ。早く食べないと完全に冷めちゃうよ?」
「むう…、わかったわよ。普通に食べれることを証明するんだから…」
そう言って私はグッと指先に力を入れ、箸を料理が盛り付けられた皿に伸ばす。
選んだのは少し小さめの鶏肉と赤ピーマン。私はそれらを箸で掴み、口へ運ぶ。
「…」
ああ、いよいよ…みたいな目で私を見る妹。
だからそんなに大袈裟なものじゃないって。
…パクッ
何事も無く、すんなりと。
そんな感じで私は掴んだ鶏肉とピーマンを食べる。
「あ」
短い声を上げる妹。そしてなぜか負けじと箸を動かし、
凄まじいスピードで料理を口に運ぶ。
「…」
「…」
…モグモグと口を動かし、無言のままじっくりと料理を味わう2人。
そして出てきた言葉は…
「うん、普通に食べれる」
と、私。
「あれ、普通に食べれる」
と、妹。
短い言葉ではあるが、2人の感想は結構違ったものだった。
「…ちょっと、どうして「あれ」が付くのよ」
「え、だって…、そりゃあ…」
「もう、情報一切無しから作ったにしては上出来じゃない。
そりゃあこれが本物の味付けか?って言われると困るけどさ」
「う〜ん、ちょっと野菜に火が通り過ぎてメタメタしてるケド、
これくらいなら全然平気だよね」
「まあね。…そりゃあ文句を付けるなら私だってあるわよ。
もうちょっとしょっぱくしてもよかったかな?とか、
最後にラー油を入れる、っていう手もあったな…とか」
「あ〜、ラー油はいいね。何か本格的な香りがすると思う」
「…それは本格的とかじゃなくて、ただのラー油の匂いなんじゃないの?」
「うわー、話に乗ったらコレだよ」
「うふふ、冗談よ。確かにその方が本格的な味になるかもね」
「お姉ちゃん、かなり機嫌いいね…」
「まあね♪」
妹の言葉に思わず笑顔で答えてしまう私。
実際、とても楽しい…というか、ちゃんとしたものが作れて嬉しかった。
「うんうん、ご飯にも合うし、大成功って言ってもいいんじゃない?」
そう言って妹はガツガツとご飯を口に入れ、さらに鶏肉を頬張る。
「あ〜もう、お行儀悪いんだから〜」
一応は注意するものの、ここまで豪快に食べてもらうと悪い気はしない。
「…」
妹のようにはいかないものの、私も口一杯にご飯を頬張っては、
会心の出来となった炒め物を食べていく。
…こうして私達はいつもより少しだけ遅い夕食を満喫し、
そのまま2人仲良くお風呂にまで入り、久々に夜遅くまでお喋りをした。
料理を作るまで、もしくは買物の途中など、結構トラブルが多く、
いつも以上に口ゲンカをしてしまったが、最終的には仲良く落ち着いた。

…うん、今日は色々あったけど、トータルで見れば楽しかったかな。
夜遅く、私はベッドに横になりながらそんな事を考える。
「ふわ…、でもちょっと疲れたかも…」
あくびをしながらそう言うと、私はそのまま目を閉じて眠りにつく。
出来れば明日もいい日でありますように…
ガラにもなく、そんな事を思いながら。

…が、現実というものはそう上手くは、そしてキレイにはいかない。
私はそれを次の日の朝に実感することに。
…ドンドン!
「んん…」
部屋のドアをノックする音で目覚める私。
心なしかいつもより強い調子で叩かれているような気がした。
「はい…」
と、まだしっかり起きていないものの、とりあえず返事をする。
…ガチャ
すると入ってきたのはウチの母親。
…あれ、何か機嫌が悪そうだぞ?
「ちょっと!何なの、あの台所は!?」
「え…?」
「フライパンや調味料は出しっぱなし、お皿は洗ってないし…
ダメじゃない、しっかりお片づけくらいしなさい!」
「…ああ!」
料理に成功したことですっかり忘れていた。
そういえば昨日、ご飯を食べ終わった後、食器をシンクに置いたままにして、
そのまま放置しちゃったんだ…
「いっけない!ゴメンねお母さん、すぐに2人で片付けるから!」
私はそう言うと妹の部屋にダッシュ、そのままノックもせずに突入し、
妹の布団をガバッと剥ぎ取る。
「コラ、起きろ!」
「…う、うううう〜」
私より数倍寝起きの悪い妹は突然の事にうめき声を上げ、
まるでイモ虫のように丸まってしまう。
「ていっ!」
これに対し、私は強制的…というか実力行使で対抗。
無理矢理妹を起こし、そのまま台所へ連行する。

…そして10分後。
「…」
「…」
カチャカチャ…
と、食器の触れ合う音。
そして絶えず流れている、ザーッという水道の音。
「…もう、何でこうなるかなあ?」
「知らないわよ。っていうかアンタ、もうちょっとそっちに寄りなさいよ。
狭くてロクに洗い物も出来ないじゃない」
「何よ、お姉ちゃんこそもっとヒジを立ててぶつからないようにしてよ。
さっきからガンガン当たってくるんだから〜」
「あのねえ、そっちなんかお皿を洗う度に水が跳ねるのよ?
文句を言う前にまずそれを直しなさいよ」
「水が跳ねるのはお姉ちゃんも一緒だよ〜」
「…2人ともお喋りしない!口を動かさないで手を動かす!」
「…は〜い」(×2)

…と、まあこうして私達姉妹は昨夜の仲良しモードなど完全に消え、
いつもの口ゲンカを繰り返す2人に戻っていた。
「…もう〜、お姉ちゃんのせいで怒られた〜」
「何言ってるのよ、悪いのはアンタでしょ?」
母に聞こえないよう、小声で口ゲンカを再会する私と妹。

やはり2人は一般的に言われている「仲良し姉妹」にはなれないみたいです。
…はあ(ため息)


                  「カシューナッツな夕食」 END









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