「ウエストタイトストーリー」



気だるい雰囲気の昼下がり。
私は大学の近くにある喫茶店に呼ばれていた。
彼女――中学からの友人である果穂(かほ)から連絡あったのは昨日の晩。
何やら私に聞いて欲しい事があるらしく、猛烈に会って欲しいとお願いされた。
「好きなものを好きなだけおごるから」という魅力的な提示もあり、私は他ならぬ友人のため(何かこう言うと白々しいな)、こうして指定された喫茶店で紅茶を飲んでいた。

そして待つ事10分強、店に見慣れた顔が現れる。
同じ大学に通うも学部が違うため頻繁には会えないが、友人の顔を忘れる程私は薄情じゃない。それは向こうも同じようで、果穂はすぐに私に気付き、笑顔で手を振りながら近付いてくる。

「ごめんね明菜(あきな)、待った?」

「ううん、全然」

「急にゴメンね〜」

「いいわよ、別に」

人懐っこい笑顔は相変らず、まるで昨日も会ったかのような感じで果穂は私の向かいにちょこんと腰掛け、それに私は笑顔で答える。
もうこれだけで私達は10年来の付き合いのよう。本当はまだ知り合って6年だけど、「あれ? 幼稚園から一緒だっけ?」と思えるのはやっぱり果穂の人柄だろう。
良く言えば純情無垢、少し悪く言うなら天然。彼女の事を「無邪気」と表現する人がとても多いが、全くもってその通りだと思う。

……さて、そんな純情天然娘が私に何の話があるのだろう。

「あれ、紅茶だけ? もっとケーキとか頼んでいいよ?」

「うん、ありがと。甘いのは果穂が注文する時に一緒に頼むから」

「そ、そう……」

一瞬だけだが、確かに表情を曇らせる果穂。私以上の甘党が何を躊躇っているんだろう。
結局彼女はその後オーダーを取りに来た店員にレモンティーだけを注文。でも私には好きなものを頼むよう薦め、それに流されるように私は「じゃあチーズケーキを」と言ってしまう。1人で食べるのは気が引けるんだけどなあ。

「……ちーずけーき、かぁ」

店員が「かしこまりました」と言って立ち去った後の事。
憧れのような、欲しいけどそれは遠い存在、みたいな口調で呟く果穂。
……うん、やっぱり何かおかしい。

「ねえ、どうしたのよ果穂? 急に会って話したい事もそうだけど、大好きなケーキを我慢するなんておかしいよ」

「う、うん……。実は話したい事とケーキの事はだいたい同じ、だったり、するんだよね……」

「え、同じ?」

何だろう、この歯切れの悪さは異常だ。
いつもはハキハキ喋るのに、今の果穂は明らかに迷っているというか落ち込んでいる。それでもどうにかそういう感情を出すまい、普段通りに振舞おうとしているのだが、残念ながら私にはバレバレだ。友達なめんなっての。

悩み事……かな。

昨日の電話で「会いたい」と言って来た時はいつもの感じだったので、私は遊びの計画や買物の相談なんかだと思っていた。
でも今、こうして好物に手を出さないとか歯切れが悪いとか、普段ではありえない果穂を見ていると、何かとても重大な事を抱えているように思えて仕方ない。別にこの前会った時は悩みや不安事があるようには見えなかったんだけど……

「ええっと、どう話せばいいのかな?」

「とりあえず思いついた先からでいいから喋って。……聞いて欲しい事があるんでしょ?」

「……(コクリ)」

申し訳なさそうに果穂が頷く。まあこれで悩み事であるのは明確、後はもうその悩みの内容と重大度を聞きださないと。
私はそう考え、果穂が口を開くのを待つ。らしくない戸惑いを見せているのは相当に重く暗い話なのか、それとも話すのが恥ずかしい内容なのか……

「あのね、実は恭介(きょうすけ)の事なんだ」

「三橋君?」

果穂が言う恭介、私が言う三橋君というのは果穂の彼氏の名前。近くの大学に通う同い年で、付き合ってもう2年は経つ高校の元クラスメートだ。
仲はとても良く、お互い別のアパートを借りているけど半同棲に近い状態。モデル並のスタイルと明るい性格で高校の時から女子にモテモテだったけど、誘惑に負けず果穂一筋を貫いている自慢の彼氏……のはず。一体三橋君と何があったんだろう。

「恭介ったらヒドイの! いきなり私の腰を触ってきて、太い太いって言ってくるんだよ!」

……ああ、はいはい。

なるほどね。判らなくもないわ。
私は軽く何度か頷き、向かいに座る果穂の身体に視線を向ける。

身長は私と同じくらいだから157センチ前後、体重も体形からして40キロ台後半、といったところだろうか。
これで大体判ると思うが、彼女は決して太っている訳ではなく、またスタイルだって悪くない。そりゃあもっと出るトコ出てる娘もいるけど、このくらいがちょうどいいって人はたくさんいる……と思う(詳しくは知らないけど)

大きさより形、そして形より感度、という考えの私からしてみたら果穂は全然合格、適度な揉み心地と抜群の感度は世の殿方もきっとご満足頂ける仕様だと自信を持って言える。

もしかして三橋君、このコンパクトハイクオリティの良さが判らないとでも?
見せ掛けだけの乳に心移りしちゃった? 重量感求めるとか愚行に走った? ネットか何かで海外産のスゴイの見ちゃった? 何にせよ許さーん!!

「大丈夫よ果穂、もっと自分の胸に自信持ちなさい!」

「ふへ? むね……?」

「……あ」

そうだった、果穂は一言も胸の事なんて喋ってない。ウエストが太いと言われた、としか言ってないのに私が勝手に話を進めちゃったんだ。

これは大失敗。少し妄想が暴走して脱線してしまった。
私はコホンと咳払いして一旦自分自身をリセット。何事もなかったかのように振舞う事にした。

「今のは何でもないわ、ウエストの話だったわよね?」

「……仕切りなおした?」

「……」

きっと今、私の顔は赤くなっているに違いない。完全に見透かされてるのはお互い様だったみたいだ。うーん、どっちもどっちだなあ。

「ほら、早く話を続けなさい!」

「ふえーん、開き直ってるしぃぃ」

そう言って非難の目で私を見てくる果穂。そのくらいで涙目にならないで欲しい。可愛くて仕方ないじゃない、もう。

「……うう、それじゃあ話を続けるね」

「はいはい、そうなさい」

こうして途中少しの寄り道はあったが、ようやく果穂は本題――三橋君とのやり取りについてを語り出す。
まあ仲良しカップルの痴話喧嘩を愚痴交じりに聞かされるだけだと思うが、冒頭の果穂のおかしな態度は正直気になる。もしかしたらきっかけは些細な事だけど大事件に発展する系の話かもしれないので、とりあえず私はしっかり彼女の話を聞く事にした。

「前にも何回かこういうのはあったんだ」

「三橋君が果穂をからかってくるの?」

「うん。いきなり脇腹掴んで「にくにく〜」とか「太いなー」とか言ってくるの……」

「まあ三橋君スタイルいいからねえ」

でもそれを鼻にかけたり、「どう? 俺カッコいいでしょ?」みたいなオーラを出す事もないし、別にそこまで気にしなくても……
私はそう思い、三橋君を擁護する訳じゃないけど彼のスタイルを認める発言をしてしまう。

……が、それがいけなかった。

「明菜もそう思ってるんだ」

「え?」

「私の事、ウエスト太い子って思ってるんだ。寸胴だと思ってるんだ。樽が服着て喋ってると思ってるんだ」

「いや、そんな事は――」

誰もそこまで言ってないじゃない。樽が服着てるとかどんだけ口が悪いのよ。
そう言おうと私は口を開くのだが、その出鼻を挫くように果穂が言葉を続ける。

「彼氏が自分の服を着れるってすごく落ち込むんだよ?」

「え……」

さすがに言葉を詰まらせてしまう。いくら三橋君が細いといっても、果穂より20センチも身長高いんだよ? そんな彼が女物の服、それも果穂のが入っちゃうの?
私は果穂の言葉を受け、今彼女が着ている服を三橋君が身に付けているところを想像する。……あら、意外と女装もいいじゃない――って、ダメダメ! 今はそういう妄想で楽しんでる場合じゃないわ。

「しかもそれがこの前もっとひどくなったんだよ!?」

「もっと……?」

ひどくなったってどういう事? まさか調子に乗って三橋君がお化粧なんかしてウィッグまで付けちゃったとか? うひゃー……って、だからそういうのはやめなさいって。

「私のジーンズ履いて「うわ、ダボダボだあ」って言うんだよ?」

「それは……きびしいわね」

もし私に彼氏がいて、その彼氏が全然私より身長高くて、そんな彼氏に自分の服を穿かれて「大きいね」とか言われたら……落ち込むどころの騒ぎじゃないわね。
私はようやく事の重大さを認識。果穂の心中を察し、その勢い余って思わず世の細い男性全てに殺意を抱いてしまう。お前らもっと食えよ、もっと太くなれよ!

「ううう、ダボダボって……」

「で、でもそれは冗談半分なんでしょ? 笑わせようとしてやってるんでしょ?」

「笑えないよぅ」

「そ、そうね。ごめん」

しまった、軽率な事を言ってしまった。気休めになるかと思って冗談ではないかと言ったのだが、果穂のジーンズが三橋君にとってダボダボだったのは紛れもない事実。本人にしてみればとても笑えたものではないだろう。

「ひどいよ! わざわざ私の前で穿かなくてもいいじゃない! 隙間とか見せ付けなくてもいいじゃない!」

語り始めこそ借りてきた猫のように、言葉尻が消え入りそうに喋っていた果穂だが、次第に口調が荒くなる。現場を見ていないのでなんとも言えないが、きっと三橋君はかなり果穂の神経を逆撫でしたのだろう。まあそれも相手の性格をよく知っているから出来る事、ある意味仲良しの証拠でもあるんだけど……

「うーん、今回はちょっと三橋君のやりすぎかな」

向こうの言い分も聞きたいところだけど、やっぱり友達として果穂に賛同する立場を取る私。きっと彼もそこまで悪気があってやったんじゃないと思うし、そう思いたい。

「でしょでしょ? 明菜もそう思うでしょ? そりゃ確かに前よりちょっと太っちゃったけど、そこまで言う事は――」

「え、太っちゃったの?」

おっと、それは聞いてないぞ。
今度は私が彼女の言葉を遮る番だった。もし果穂の言う「ちょっと」が本当にちょっとなら問題はないが、ちょっとでは済まされないレベル――例えば「結構」とか「かなり」と言った方がいいレベルなら、三橋君の反応も当然になってくる。これはもしかしたら雲行きが怪しくなってくるかもしれないぞ。

「う、うん……。最近は運動する事もなくなってきたし」

また急にしょんぼりした感じになり、なおかつ遠慮がちな上目遣いまで使ってくる果穂。……うーん、ひょっとしたらひょっとするかも。

「で、実際どれくらい増えちゃったの?」

「ええっと、部活やってて一番痩せてた時に比べて……ゴニョゴニョ」

私に顔を近付けるよう手招きし、耳元で小さく増えたキロ数を告白する。
その体重増加は私的判断から言うと……ギリギリアウトー!

「ちょっと、そんなに太ったの? 赤ちゃん2人分くらいあるじゃ――んぐっ」

「わーっ、わっー!」

慌てて私の口を押さえ、果穂は「それ以上言うなー!」とすごい剣幕で迫ってくる。
わかった、もう言わないからその手を離して。っていうかもう口押さえてるっていうより喉輪かましてるじゃん。さすがにこれ続くと死ぬわ。

「……ハッ、ごめん明菜!」

「う゛、う゛ん……」

「だ、大丈夫!?」

「ええ、何とか。……それにしても果穂の喉輪、強烈ね」

何度か咳払いをして呼吸を整え、ようやく受け答えする私。これからはあの手に十分注意しないと。

「ごめんなさい……」

「いいから。そんなシュンとするんじゃないわよ」

ほんともう騒いだり落ち込んだり忙しいんだから。
やっと話が本題に入ったと思ったらこれだ。私は心配の目でこちらを見てくる果穂を手で制し、話を再開するよう促す。

「で、それからどうなったの? 続きあるんでしょ?」

「う、うん。まあそんな事があったから、私ダイエットする事にしたの」

「へえ」

「もう言われっぱなしはイヤだ! 見返してやるんだから! って思った」

あら、珍しく意欲に燃えてるじゃない。
果穂がダイエットするなんて言い出したのは初めてかも。過去の記憶を遡りながら私はそう心の中で呟き、次なる果穂の言葉を待つ。

「……と、そう思い立ったのが3ヶ月前の事。そしてこの前――」

「ちょっ、ちょっと待って! 今なんて?」

え、この話はリアルタイム進行じゃないの? 3ヶ月前の話なの?
じゃあどうして今このタイミングで私が呼ばれたの? 電話口じゃ急を要するみたいな感じだったじゃない。

「え? だからダイエットをしようって決意した時の話だよ?」

「それが3ヶ月前?」

「そうだよ?」

お互い言葉の最後に「?」が入る噛み合わない会話が続く。
てっきりここ数日の話だと思って私は聞いていたけど、果穂としてはまだ話の冒頭、経緯を順に追って話していただけの模様。
つまりこの話は彼女のダイエット宣言ではなく、これから語られるであろうその後の出来事がメインという事……なのかな?

「ええっと、じゃあ私に聞いて欲しいのはダイエットの苦労話?」

「それもあるけど……大事なのはもっと別の事、かな」

「もっと別……って事は「ダイエット成功した私を褒めて」的な話?」

「うーん、遠いような近いような、でもやっぱり遠いような……」

もう、一体なんなのよ。私はクイズがしたい訳じゃないのよ。
曖昧な返答を繰り返す果穂に対し、そう心の中で不満を漏らす私。でもここで怒り出してしまうのは得策ではないと思い、表情を変えずに口を開く。

「いいわ、とりあえず順を追って話して」

「うん、わかった」

きっとその方が説明しやすい、聞いてて判りやすいと思ったのだろう。果穂は頷きながらそう言うと、ダイエットを決めた後の事を話し始めた。

「そんな事があって私は痩せようって思ったの。目標は恭介のウエスト63センチより細くなる事。体重よりもウエストが最優先だから、ダイエットって言うよりシェイプアップになるのかな?」

「まあ、そうかもね」

っていうか三橋君のウエスト細すぎでしょ……。63センチって何よ。
果穂の言葉を軽く受け流すように答えたが、実は地味に三橋君のウエストに驚いていた私。果穂もなかなかの強敵を相手にしちゃったわね……

「でも私はこの事を恭介に知られたくなかったのね。秘密にしててある日いきなりドーン! って発表したかったの」

「ふーん、驚かせたかった訳だ」

「だって悔しかったんだもん。見返したかったんだもん。勝ち誇りたかったんだもん」

口を尖らせ、イタズラを注意された子供のような口調で答える果穂。
別にそれが悪いと言ったつもりはないんだけどなあ。

「まあその気持ちは判らないでもないわ。三橋君っていつも冷静だもんね」

「そうなの! 私が何か驚かそうとしても、いつも棒読みで「うわーおどろいたー」って言うんだよ?」

「うーん」

確かにこれは言われると気分はよくないだろう。でもちゃんとリアクションを取ってあげてる三橋君偉い! という解釈も出来る訳で……
悩むわ。果穂がどういう驚かせ方をしたのか次第ね。まあきっとこれに関しては三橋君の反応で正解のような気がするけど。

「だから今回はどうしても気付かれたくなかったの。でもこれが色々大変でさ」

「どういう事?」

「まずダイエット食品みたいなのは買えないでしょ? そんな今まで一度も買った事がないものが部屋にあったらすぐバレるじゃない」

「確かに」

そうか、痩せたいけど気付かれたくない場合はその手の商品があるだけでアウトになる訳か。これは意外と痛いかもしれないわね。

「当然シェイプアップ関係の機具も即バレだし、お腹に貼って振動させるのなんか買ったらそれこそバカにされるし」

「まあそうなるわね」

食品にも機具にも頼れないダイエットか……。これはなかなか難しいんじゃない?
私がダイエット、と聞いてまず思いつくのが深夜の通販番組。それもどうかと思うんだけど、何かドロドロした飲物を毎日飲むやつとか、マッチョの外人が笑顔で効果を説明してくるマシーンとか、どうしてもその辺りが出てきてしまう。
でも今回はそれらの安易なダイエット・シェイプアップ商品は使えない。なるべく早く成果を出して彼氏を驚かせたい果穂としてはかなりヤキモキしたんじゃないかなあ、と思う。勿論地道にジョギングとかジム通いっていう手段もあるだろうけど、半同棲してるとそれもバレそうだしなあ。

「だから私、色々考えて出来る事は何でもやろうとしたのね。1つ1つじゃ効果が薄くても、組み合わせればきっと上手くいくんじゃないかって」

「うんうん、いいんじゃない?」

これには素直に同意するしかない。果穂の言う通り、ダイエットは運動とか食事とか全方位から攻めた方が相乗効果がある、みたいな事をよく聞く。
私は意外としっかりとした作戦を練り、ちゃんと計画を立てた果穂に感心しながら話を聞き続ける。

「そしてちゃんと目に見える形でゴールを作ったの」

「ん、どういうコト?」

「62センチのジーンズを最初に買ったの」

「はいはい、なるほどね」

これもいい案じゃない。ただ「痩せる!」って思うより、具体的な目標があった方が頑張れる。しかもそれが目に見えて判るというか、体感出来るというのはもっと明確になってやる気が続くよね。うん、偉いぞ果穂。

「それから私すごい頑張った。すごい我慢して努力した」

「へえ、すごいじゃない」

意欲に燃える果穂を見て素直に褒める私。これが恋する女の子の彼氏に対する頑張りね。……まあ今回はそこまで純粋な動機でもないけど。

「で、どんな事したの?」

「まず夜食は禁止、甘い飲物も口にしない事にしたの」

「うん、これはよくある手段ね」

まあ基本は抑えておくべき、といったところかな?
でも甘いもの大好き、ご飯の代わりにケーキとチョコでも平気、と豪語する果穂にしてみればかなりの決断なんじゃないかな、と思う。

「日付変わったらどんなにお腹すいてても食べないの。ラーメンもお菓子もグッと我慢」

「……え? それ普通もっと早い時間から始めない?」

っていうか12時過ぎにそんな食べる機会なんてないでしょ。私は思わず素でそう聞き返してしまう。よく言われてるのは9時とか10時頃だと思うんだけど……

「そうなの?」

「ま、まあいいけど……」

じゃあそれまでは何時頃まで食べてたのよ? という言葉を飲み込み、キョトンとした顔で私を見る果穂に「いいから話を続けな」と促す。……きっと午前2時とか3時とかでも平気でパクパク食べてたんだろうなあ。

「それとお昼も少なくしたの。いつもはおにぎり4個だけど3個にしたりとか」

「……3個でも多いような」

しかもどうせ唐揚げクンとかコロッケとかも付けちゃうんでしょ? 私見たんだからね、コンビニで「そこにあるフランクフルト全部下さい」って言ってる果穂を。あと冬場にピザまん買い占めた事も知ってるんだから。

「カレーだって500グラムから400グラムにしたし、トッピングだって揚げ物を頼まないようにしたんだよ?」

「いや、カレー自体がカロリー高いと思うんだけど……」

ああ、あのカレー屋さん好きだって言ってたもんね。
私は100グラム単位で注文出来る某カレーチェーン店に2人で行った時の事を思い出す。確かあの時はトンカツを2枚乗せたカレーを食べていたような……

「おやつも減らした。大好きな板チョコも1日1枚にしたし」

「……ごめん、ちょっといい?」

さすがにもう黙っては聞いていられない(まあおにぎりもカレーも軽く口挟んじゃってるけど)と思い、私は果穂に手を突き出して喋るのを静止。それのどこがダイエットなのかを問い質そうとする。っていうかよくそれで今の体重で収まるわね。普通ならもうブクブクよ?

「なあに?」

「今まで何枚食べてたの?」

とりあえず全体的なツッコミの前に、1日の板チョコ消費量を聞いてみる。
あの口調からして1日1枚ペースは我慢した結果そうした、みたいなニュアンスだ。もしかして毎日食べてるの?

「午前午後で1枚ずつ」

「……あ、そう。1/2になった訳ね」

「すごいでしょ?」

「どっちかって言うとそれ以前のあなたがスゴイわね」

半分にまで減らしたんだよ、えっへん! みたいな顔の果穂に対し、私の反応と表情は「それは引くわ〜」という感じ。まさか板チョコの認識でここまで差が出るとは思わなかった。

「とりあえず果穂、あんた食べすぎよ」

「えっ?」

「普通の人にしてみたら果穂のダイエット期間中の量でも多いと思う」

「そうなの? だって恭介も同じくらい食べるよ?」

「あ、そう……」

2人して羨ましい体質ね。果穂も三橋君もどれだけ基礎代謝量が高いんだろう。
でも逆に言えばそこまで太りにくい体質の果穂が太った、という事は大変な事態なのかもしれない。……ま、これで少しはすぐ太っちゃう人(主に私とか私とか私とか)の気持ちが判るでしょう。っていうか痛感しなさい!

「と、まあ食べ物に関してはそのくらいかな?」

「ええええー?」

それだけ? おにぎり1個減らしてカレー100グラム減らしてチョコ1枚にしたくらいでダイエット?
何その緩すぎる減量作戦。もしかしてそれで成果あったの? もしそうだとしたら腹いせに今すぐ店員呼んでアップルパイをホールで頼んで食べてやるんだから。私は太っちゃうけど果穂の財布にダメージ与えてやる! 姑息だぞ私!

「ねえ、まさかとは思うけどそれで少しは痩せたの?」

「うん、まあちょっとは」

「うわああああん、てんいんさーん!」

「ど、どうしたの明菜?」

「うっさいやい、すいませんアップルパイ下さい! ホールで!」

「えええー!?」

まさかの回答に半分おかしくなりながら、宣言した通りアップルパイをホールで注文する私。……もう何なのこの体質差は。

「あ、でもね明菜、痩せれたのは食べ物の制限だけじゃないんだよ?」

「運動でしょ? 何よ、毎日トライアスロンとフルマラソンでもしたって言うの?」

「うう、怖ぃ……」

果穂が怖がるくらいの挑発的な態度を取る私。
食事関係があんな甘い制限で痩せれるなら運動はそりゃあもう激しいのをしないとね。っていうか超ハードな運動じゃないと納得いかないわよ。

「で、実際はどんな事したの? やっぱりどこか外出先で?」

「違うよ、基本的に私の部屋」

「じゃあ何? 最新のダイエットマシーンでも使った?」

「うーん、そういうのじゃないけど、機械は使ったよ」

さっき自分で「同棲だからジムもマシーンも相手にバレる」と言っておきながら、その2つをまず疑ってしまう私。だって他に思い付くものがないんだもん。
まさか地道に腹筋とか背筋の繰り返し? とも考えたけど、果穂は機械使ったって言ってるし……

「何て言えばいいのかな、家にあるもので代用したって感じ?」

「???」

「探せば意外とあるんだよ。例えば洗濯機」

「洗濯機?」

さっきから私、頭の上に「?」浮かびすぎ。っていうか洗濯機でダイエットって言われてすぐに「ああ、あれね」なんて思い付く人いないでしょ。

「うん、脱水の時にまたがって乗るとロデオマシーンみたいなんだ」

「……」

絶句。まさか大学生にもなって洗濯機にまたがるという発想が生まれるとは……
考え付いた時点でもちょっとどうなの? という感があるのに、果穂はそれを実行しちゃってるから怖い。私は脳内で洗濯機にまたがっている果穂をイメージ。振動で声を震わせながらも「これいいかもー♪」とか言ってる図が明確に浮かぶ。……子供か!

「あとお腹を付けて振動させたりとかね。アブフレックス洗濯機だね」

「いや、だねって言われても……」

反応に困るわよ。どう答えれば正解なのか判らないって。
とりあえずアブフレックス洗濯機って言葉には突っ込みたい所だけど……それより1つ確認しておかないと。

「それ、まさか三橋君に見つかってないわよね?」

「えへへ、それが2回見られちゃった」

「……」

えへへ、じゃないわよ。何そんな痴態&奇態シーン見られて笑ってるのよ。
普通ならドン引きされるか「え? 欲求不満?」とか勘違いされるわよ?

「……一応聞くけど、どんな反応されたの?」

「ふへ? 何か優しくぎゅってしてくれたよ?」

「そう……、いい彼じゃない」

「うん、見つかった時は怒られるかなーって思ってたんだけどね」

果穂、本当にいい彼氏見つけたわー。何か私まで嬉しくなっちゃう。
でも三橋君もまた器の大きい人ね、動じずに果穂を抱きしめるなんてなかなか出来ないわよ。身近な所に完璧超人っているものね。

「……で、他には? まさかそれだけじゃないでしょ?」

もしこれで「え、そうだけど?」とか言われたら私も帰ってすぐ洗濯機にまたがる必要がある。……まさかね。きっと他にもあるに違いないわ。お願いだから違うって言って。

「うん、あるよ。他には……そうだなあ、冷蔵庫とか?」

「は?」

またダイエットやシェイプアップには無縁の家電が出てきたぞ。
そりゃあまあ中に入ってる食べ物をどうこう、って話なら無縁でもないけど、そういう事じゃなさそうだ。

「重いもの持ち上げたら身体引き締まるかなーって思ってさ」

「……もしかして抱え上げたの?」

「うん。でも3回でやめた」

「……そう、正しい判断ね」

だんだん冷静になって対処、反応してる自分がいる。慣れってすごい。
まあ何といっても相手は脱水時の洗濯機を見てロデオマシーンを連想して実際に乗っちゃう子、冷蔵庫をダンベル代わりにしても不思議じゃない。何ならよく3回でやめたわね、という感じすらある。

「バランス崩して中に入ってた卵全部割っちゃってさ」

「……ああ、そう。理由はそれなんだ」

納得。もし卵が割れなければもっと続けていたんだろう。そしてその光景を三橋君に見つかってまた優しく抱きしめられるんだろう。……いいなあ、理解ある彼氏って。

「だからその日のご飯はオムレツ生卵ごはん丼」

「……何その1つの食材ふんだんに使いすぎな感じの料理」

「丼にご飯持って生卵とお醤油かけて混ぜて、その上にジャンボオムレツ乗せるの」

「……それ、三橋君も食べたの?」

「そうだよ?」

恐る恐るといった感じで質問する私に対し、ケロッとした顔で即答する果穂。
いやいや、あなたが1人で卵割っちゃったんでしょ? その後始末を事情を知らない三橋君に頼んじゃダメでしょ……

「彼、何か言ってなかった?」

「うん、身体痒くなったって」

「可哀相……」

「???」

もう三橋君いい人すぎ。きっと完食したんだろうなあ……って、それ確実にアレルギー反応出てるじゃない。何してんのよ果穂、「ほへ?」って顔してるんじゃないわよ。

「……で、他の家電シェイプアップだけどさ」

「まだあるんだ……」

罪の意識がないって怖いわー。どうしてそんなさらりと話題転換出来るのよ。少しは彼の事を気遣いなさい、いたわりなさい。

「エアコンで部屋の中暑くして布団に包まって寝るの。名付けてお手軽サウナ」

「もはやただの我慢大会ね……」

まあたくさん汗をかくのはダイエットになるだろうけど、やり方が極端すぎるのよね、果穂の場合。
私は海苔巻きのように布団に包まり、「あついなー」とか言ってる果穂の姿を想像する。とてつもなく容易にイメージが湧いた。っていうか最初からそのサウナ作戦でいけばいいじゃない。

「あとは『ういー』だっけ? 恭介が持ってるからあれでヨガとかやった」

「アレがあるなら他の事はしなくていいじゃない!」

洗濯機以降は果穂の話を冷静に聞き流していた私だが、さすがにこれにはたまらず大声を上げてしまう。あんないいものがあるなら迷わずそれ使いなさいよ。あんなの半分ダイエット専用機じゃない。
私はそんな思いを果穂にぶつけようとするのだが、彼女は持ち前のマイペースっぷりを存分に発揮し、私の追及が始まる前に話を切り上げる。

「で、そんな並々ならぬ努力の甲斐ありまして」

「並々ならぬ努力、ね……」

もういいわ、やっぱりあなたには敵わないわ。
追求の出鼻をくじかれた私はそう言ってガックリと肩を落とし、反論するのをやめる。果穂にしてみれば並々ならぬ努力なのだろうから。

「ん? どうしたの?」

「ううん、何でもない。続けて」

「で、その結果なんと! 彼よりウエストを1センチ細くする事に成功しましたー!」

「え、ホント……?」

思わず目を見開いてしまう私。友人としては「よかったじゃない、おめでとう」というのが正解なのだろうが、どうしても聞き返してしまう。そんなので痩せるなら私だって今日から布団に巻き付いて暖房MAXにするわ。……まあどうせこのダイエット法が成立するのは果穂だけなんだろうけどさ。

「うーん、私すごい! これも心を鬼にして頑張った結果だよ」

「にわかには信じられないけど……まあすごいじゃない」

「うん、これも全部私の意志の強さ、努力の結晶ね」

「そんなに意志が強いとは思えないけど、事実は事実か」

勝てば官軍、勝者が歴史を作る……か。
今ここで私が何を言っても、どう異議を唱えても果穂のウエストが元に戻るわけじゃない。そう思った私はここでやっと素直に彼女を褒めるモードになり、成功の秘訣なんかを聞いてみる事に。

「やっぱり食欲が一番の大敵な訳?」

「そうだね。だから目に付くところに余分なお菓子があったりするともう大変! 食べたくなっちゃうから全部恭介に食べてもらうの」

「へえ」

そういえばお菓子全部を禁止にした訳じゃなかったもんね。1日1枚は板チョコ食べてるのにウエストはタイトになるんだ。チョコレートダイエットってあながち嘘じゃないのかも。
……でも果穂が食べてるチョコはカカオ成分の高い甘さ控え目のじゃなくて、普通の甘いチョコなんだよね。前なんか徳用の音符付いたチョコを1日で2袋食べたりしてたし、やっぱり果穂は特別なんだわ。うーん、羨ましい。

「でね、彼の部屋に遊びに行ったりするとやっぱり美味しそうなものが冷蔵庫に入ってたりするのね」

「まあそうでしょうね。三橋君はダイエットしてないんだから」

「でも痩せようとしてる私からしてみれば拷問なのね。だからその時ある甘いものは全部彼に食べさせるの。むりやりにでも」

「……え?」

ちょっちょっと、さすがに無理矢理にでもってのはダメでしょ?
そんなの果穂が冷蔵庫の中を見なければいいじゃない。わざわざ開けて美味しそうなのがあったら食べさせる、なんて暴君もいいところよ。
……と、私はだんだんダイエットの秘訣とは言えない手段になりつつある果穂の話に不安を覚え始める。何か方向性がおかしくなってきたぞ。

「外にご飯食べに行っても太りそうなものは彼に食べてもらったし、ダイエットしてるって知らない友達からケーキとか貰ったら、すぐ彼のとこに届けに行くの。もうすっごい我慢したわ」

「……」

それは我慢って言わないんじゃないかな。どちらかと言えば「押し付け」とかその辺の言葉になるような……
っていうかもう「果穂が痩せる」というよりは「三橋君を太らせてる」ようにしか見えないんだけど。……まあ本人達が問題ないと思ってるのなら私は何も言わないけどさ。

「でもまあよかったじゃない、ちゃんと目標が達成出来て」

「う……」

「前もって買ったジーンズも穿いたんでしょ? どう、三橋君驚いた?」

「それが、実はさ……」

例え果穂の取った行動が三橋君を太らせていたとしても、彼女のウエストが目標の細さになったのは変わりない。
私はそう思い、果穂が喜んで乗ってきそうな話題を降るのだが……なぜか彼女の表情は冴えない。というかこの喫茶店に入ってきた直後くらい暗い。

「ちゃんと穿けた事は穿けたのね。それで恭介もそれ見て驚いてた」

「じゃあいいじゃない。何も落ち込む要素はないと思うけど?」

「うん……、問題はその後なんだ」

「その後?」

何だろう、また話の起伏が激しいというか二転三転しまくりというか……
私はここからさらに別の展開を見せそうな果穂の話に耳を傾ける。

「私、ウエスト絞れた事も嬉しかったんだけど、それ以上に恭介の驚いた反応が嬉しかったのね」

「でしょうね。ビックリさせるのも目的だったんだし」

「それが私、ちょっと調子乗りすぎてさ。勝ち誇ったように「どうだ、参ったか〜」って言ってたら恭介がカチンときちゃって……」

「……どれだけ調子乗っちゃったのよ」

三橋君が目に見えて不機嫌になるなんてそうある事じゃないわよ?
まったく、どうせ何回もしつこく言いまくったんでしょ? 勝負してた自覚のない相手に「参ったか」はダメよ果穂。

「それで恭介、私に「リベンジしてやる!」って言い出して、たった2週間で追い抜かれちゃったの」

「う〜ん」

……意外と容赦ない事するのね、三橋君。
私は反応に困りながらそんな事を考える。でもまあ果穂が3ヶ月かかったものを2週間でひっくり返すなんてさすがだわ。多分きっちりと計画立ててダイエットしたんだろうなあ。

「うううう、せっかく頑張ったのにまた「太い太い」って……」

「でもほら、別に果穂のウエストがダイエット前に戻った訳じゃないんだからさ、そこまで落ち込まなくてもいいじゃない」

今にも悔し泣きしそうな果穂を前に、とりあえず何とか慰めようとする私。
すぐに追い抜かれたのはショックだと思うけど、太っちゃうよりは全然いいじゃない。そんなニュアンスの言葉をかけたのだが……

「それがね明菜、実はここからが相談したい事なんだけどさ」

「はい?」

聞いて欲しい話ってここからなの? すごく前置き長くない? っていうかまだ続きがあるの?
もう話はあらかた終わったものだとばかり思っていた私は軽く錯乱。そういえば最初の方で「ダイエットの苦労話でも成功談でもない」って言ってたような……

「恭介にすぐ追い抜かれちゃった後、私もうガックリしちゃってさ」

「まあ……それは仕方ないわね」

「ここでまたダイエットする気になれればよかったんだけど、逆の方に行っちゃったんだよね」

「逆の方?」

あれ、何かイヤな予感がするぞ。ダイエットの逆って言ったら……ねえ?
頭の中では「まさか、そのまさかなの?」と思いつつ、私は果穂を信じて次の言葉を待つ。

「……ヤケ食い、しちゃいました」

「じゃあ私に聞いて欲しいって話は……」

「リバウンドしちゃった、どうしよ〜!?」

「知らないわよ!」

何だろう、この無駄に廻り巡ってのリバウンド報告。
これならまだ単純に「聞いてよ、太っちゃった〜」みたいな話の方がスッキリしてていい。

「……」

私の手元には半分くらいまで減ったホールのアップルパイ。
とりあえず彼女の愚痴にも似た懇願はまだまだ終わりそうにない。

……仕方ないなあ。

せめて彼女が満足するまで喋らそう。
幸いというか残念ながらというか、このアップルパイがなくなるまではまだ結構な時間を要する。それまでは話を聞こうじゃない。
私はそんな事を考えながら、サクッとフォークをパイに突き刺す。……正直ホール丸ごとは多すぎたと思う。そして飽きてきた感もある。

……そうだ。

私はちょっとした悪戯? を思い付く。
今目の前にいるのは、ダイエットに失敗してリバウンドしてしまった甘いものが大好きな友人。そんな彼女にこのフォークに刺さったアップルパイを笑顔で薦めたらどんな反応をするんだろう。

反射的にパクリと食べるも、直後に「こらー!」と怒ってくるのか。
それとも「意地悪〜」と拗ねるのか、はたまた別の反応を見せてくれるのか。
ちなみに私の予想は……正直どうなるか判らない。誘惑に負けて一口、また一口と食べてしまい、結局残り全部食べちゃうかもしれないし、「ここで食べたらまた恭介に何か言われる」と堪えるかもしれない。どうなるか楽しみだ。

……おっと、その前に。

私はこっそりと脇のイスに置いた鞄から携帯電話を取り出す。
そしてアドレス帳を開き、目の前にいる友人の彼氏宛てにメールを作成。

ちなみに内容はこうだ。

もし我慢出来たなら『果穂の事、今日は優しく接してあげて』と。

そしてもし食べてしまったのなら……うふふ、決まってるじゃない。

『今日の果穂は特別揉み応えがあるわよ』

うん、こんな感じかな。
……さあ、それじゃあ試してみようかしら。

「……はい、果穂」

「……え?」

私はとびっきりの笑顔と共に、アップルパイを果穂の口の前へと運ぶ。
そしてしばしの間の後、果穂が動きを見せる。


……メールの出だしは『今日の』から始まる方になりそうだった。







                                 「ウエストタイトストーリー」 END



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