「ジャガ、コロ、サラダ 〜ある姉妹の夕方に〜」



「…ん」
目が覚めると空はオレンジ色になっていた。
「…寝ちゃったのか」
私はまだ焦点の定まらない視界の中、近くに置いてあった携帯で時間を確認する。
時刻は午後6時を少し過ぎたところだった。
「…あれ、この匂い…?」
おそらく台所で母が夕食の準備をしているのだろう、ようやく機能し始めた私の身体…というか鼻が階下から漂ってくる匂いをキャッチ、そして同じく正常に働くようになった頭で匂いの元を探り当てる。
「…うん、ジャガイモだ」
そう、この匂いはジャガイモを茹でている時の匂い。間違いない。
「と、言うことは…」
食材が判明したところで私は続いてメニューの考察に入る。
カレー…はこの前食べた。そうなると残りの選択肢は…
「肉じゃが、ポテトサラダ、コロッケ…ってトコかな?」
うん、どれもあり得る…というか他に母が作るジャガイモ料理を私は知らない。
「う〜ん、何だろう…」
私は次に続く匂い、肉じゃがなら醤油、サラダならマヨネーズ…といった感じで母が何を作ろうとしているのか探ろうとしたが、同時に食卓に並ぶであろう焼き魚の匂いによって遮られてしまった。
ちなみに我が家の献立には焼き魚+先に私が挙げた3品の料理全てが組合せとして存在している。
つまりこの”本日のおかずに焼き魚がある”という情報はジャガイモ料理の特定には至らないのだ。

トントントントン…
「…ん?」
その時だった、階段を駆け上がって来る音が聞こえてくる。
このやたら元気がいい&軽快なテンポは…
ガラッ!
「ただまー」
「…”い”を抜かすな」
「ういー」
…バカ妹、帰宅。
今年で小学5年生になるというのに、女の子らしさは微塵も見られないオコチャマである。
大人しくしていればそれなりに可愛くも見えるのだが、残念ながらこの小娘は相当騒がしい。…残念。
「あ、ねえねえ、今日の晩ごはんはおイモ料理だね」
「そうみたいね」
「お母さん、今日は何を作るのかな?」
「さあ?私は肉じゃがのような気がする…っていうか肉じゃがが食べたい。そんな気分」
「わたしはコロッケがいいな〜」
「アンタの好物だもんね」
「うん!」
そう言って大きく大きく頷く妹。
…まあ私もコロッケは嫌いではない。でも今日の気分は肉じゃが。これは譲れない。
「でもポテトサラダもあり得るんだよね。ウチのパパン、お母さんの作る無駄に甘いポテトサラダが好きだから」
…ああ。
そうだよなあ、と私は気の抜けたような息を1つ吐く。この3品はそれぞれ私達家族の好物なのだ。
しかし残念なことに私は母の作るポテトサラダがあまり好きではない。
理由は今の妹の言葉にもあるように、甘いから。何度もやめて欲しいと言っているのだが、母が作るポテトサラダは不当に甘い。
このあわよくばシュガーレス、隙あらばノンカロリーの時代に逆行するかのように、ウチのサラダには砂糖が存分に入っている。
さすがにこれではご飯のおかずにはならないし、私だって一応年頃の女の子、皮下脂肪的なものは付けないに越したことはない。
「さてさて、今日は誰の好物が晩ごはんのおかずとして出てくるのでしょうか?」
「…」
誰の好物が出てくるか、か…
それはつまり、”ここ最近、母に気に入られるようなことをしたかどうか”もしくは”機嫌を損ねる、マイナスになるような事をしたかどうか”による総得点数で決められる、という可能性が高い。
…母にはそういうところが往々にしてあるのだ。

だとしたら誰が…?
と、私がそんなことを考えていると、ふいに妹が口を開く。
「むふふ〜、今日はコロッケかなあ?」
私と同じ考えに至ったのかどうかは判らないが、何やら自信ありげな口調の妹。
「だってわたし、昨日の晩ごはんの後、お皿洗いを手伝ったもん」
…なるほど、そう来たか。
しかしそのくらいであれば私にも互角以上に渡り合えるカードがある。
「いや、肉じゃがね。私は昨日、お風呂の掃除を念入りにしたもの。タイルの間もピッカピカよ?」
「ああ〜!お風呂をキレイにしたの、お姉ちゃんだったんだ〜!うう、これはピンチかも…」
よし、肉じゃが優勢。
「あ!」
と思ったのも束の間、妹は大きな声を上げ、頭上に豆電球を点灯させたかのように何かを思い出す。
「そうだ!わたし、先週のテストで92点取ったんだった!」
「なっ!?」
いきなり逆転された!?
このバカ、確かテストの平均点数はよくて50点台…、それを90点オーバーするとは…
「くっ、このミラクルには勝てないかも。肉じゃがはおあずけか…」
「へへ〜ん、やったね!」
「…」
勝ちを確信したようにガッツポーズまで取るバカ。
悔しいがこれにはさすがに負けてしまいそうだ。
「ふんふ〜ん、コロッケコロッケ〜。♪いざすすめや〜キッチ〜ィ〜〜ン〜〜」
「いやいや、歌い方おかしいから」
声伸ばしまくり、こぶし利かせまくりでジャガイモを目指そうとしているバカにツッコミを入れるが、「敗者の言葉など聞く耳持たんわ!」と言わんばかりにシカトを決め込んでくれる。
そしてバカは勢いよくソファーに座り、鼻歌混じりでTVのスイッチを入れる。
「♪ぐにぐ〜にとつぶ〜せ〜っと。さて、何か面白い番組やってないかな〜?」
そう言って次々とチャンネルを変えるが、時間帯的にほとんどの局がニュースを流していた。
「ん〜、どこもニュースばっかりだにゃ〜…って、あああああああ〜!!!」
つまらなそうな声を発していたのが一転、突然大声を上げる妹。
「どうしたバカ?」
「しまった〜、思いっきり忘れてたよ〜。今日は25日じゃん、パパンのマネーデーだよぅ〜」
「ハッ!?」
そうか、そう言えば…
「うわ〜ん、コロッケがポテトサラダに〜!甘いのヤダ〜!」
「く…」
私としてもサラダよりはコロッケの方がいい。
しかし、父の給料日にはどう頑張っても、例えこのバカがテストで100点を取っても勝てないだろう。
「うが〜、当選確実だったのに〜!ダークホースがあぁぁ〜、サラリー新党があぁ〜」
…いつの間に選挙に?っていうかサラリー新党って何だ。
凄まじいスピードでのた打ち回り、まるで釣り上げられた魚のようにソファーの上で暴れる妹。
が、しばらくジタバタした後、すっ…と立ち上がり、何か意を決したような表情で私を見る。
「…な、何よ?」
「お姉ちゃん!ここは共同戦線だよ!」
「…はあ?」
「こうなったら2人のいいトコを合わせて立ち向かおう!もしかしたら勝てるかもしれない!」
「や、さすがにムリ…」
「そんなコトないもん!2人の可愛い娘だよ!?きっとパパンの給料、手取りにして32万4800円に勝てるよ!」
「…どうして父の手取額を知っている?」
「それはこの際どうでもいいの!」
いやいや、どうでもよくはないって…
「それにしても…」
父め、手取りで32万か。年齢から考えるに、これはなかなかの高給取りなのでは?…まあサラリーマンの平均月収なんて私は知らないのだが。
「う〜ん、む〜ん…」
と、私が父親の手取り額について考えていると、その横ではバカが足りない頭を必死に回転させ、逆転勝利を収めるべく画策していた。
「…っていうかさっきのセリフ、自分で自分のことを”可愛い”って言う?」
「うるさい!」
「む…」
このコ、何か知らないけど本気だ…
まさかそこまでコロッケが食べたかったとは…
「…ふう」
「む?何よそのため息。まだ何か文句でも?」
「仕方ない、私も協力しよう」
「え、ホント?やった〜!」
それまでのムスッとした表情が一変、今にも抱きついてきそうな勢いで笑顔をこちらに向けてくる妹。
「…まあ私が味方に付いたところで依然戦局は劇的に不利な訳だが」
「いいの!今は少しでも敵勢力に対抗するため、戦力を合わせることが先決なの!」
「はあ、さいですか…」
熱くなってるな〜、このコ。
私は心の中でそう呟きつつも、妹のために、そして夕食のために考えを巡らせることにした。

…そして数分。
「う〜ん」
「むう…」
「母のため、他に何かしたか…?」
「なかなか思い浮かばないにゃ〜」
「別に一発逆転を狙わなくていい、小さなものの積み重ねの方が有利に働くことだってある」
「なるほど、『小さなことからコツコツと』ですな!」
「そ。…あ、別に眼球を開いて言わなくてもいいから」
「うわ〜ん、きよし師匠〜!」
…どうして泣く?
「ま、そんな訳で愚妹、何かないの?」
「うにゃ〜、そんなコト言われても…」
そう言って妹は頭をグシャグシャを掻き毟り、唸り声を上げながら考え込む。
「…あ」
「お、何か出てきた?」
「ええっとね、この前ワタシ、回覧板をお隣の佐々岡さんに届けに行ったよ?」
「ふむ」
なるほど、と私は軽く頷く。

…何だ、その程度か、と思ってはいけない。
このお隣の佐々岡さん、決して悪い人ではないのだが、「超」が付く程のお喋り好きで、一度捕まったら相手が誰であろうと最低60分は拘束される、という困ったおばあちゃんである。
そのため、セールスマンもあの家には近付かない、という噂が近所でまことしやかに囁かれている。
「どう?意外とこれはいいんじゃない?夕方の忙しい時間帯だったし、ママも助かったと思うよ?」
「…残念だけど、それはむしろマイナスポイントね」
「えええ〜?なんでよぅ?」
「その回覧板、ウチのハンコが押されてなかったみたいで返って来たわよ。…勿論佐々岡トーク付きで」
「ああああああ〜!、そういえばハンコ押すの、忘れてた〜!」
ガックリとうなだれる妹。そしてソファーからズルズル…と床に落ちる。
「…で、捕まったのはお母さん?」
「うん。…『映画1本見たのと同じくらいの時間を使った』って言ってた」
「あわわわわわ…」
「アンタ、本当にダメね」
「ぐっすん、返す言葉もないですぅ…」
「それにいくら小さなことでもいい、って言っても、回覧板を渡しに行くのはやっぱり弱いわ。例え相手が佐々岡さんでも、たった1回じゃね」
「う〜、じゃあ何回くらい行けばいい?」
「…5000回?」
「ひぃぃぃぃ!?ごごごご、ごせんかい〜!?」
「お隣さんがすっご〜く遠いトコに住んでて、渡しに行くのも一苦労、っていうのなら話は変わってたんだろうけどね」
「ええっと、それは北海道の酪農地帯くらい?」
「ううん、最低でもアイダホ。もしくはニュージャージー」
「国外!?」
「ええ」
…まあアメリカに回覧板なんて習慣はないだろうが、賃金換算するとそのくらいは必要だろう。
「…ふむ、事態は悪化の一途だな」
「どうしよう、お姉ちゃん?」
「…そうだ、そう言えば今日の朝食とお弁当、私が作ったんだった。母が大層喜んでくれたぞ」
ふふん、というカンジでわざと多少いやらしく、そして勝ち誇ったような表情で目の前にいるバカを見つめる私。これが格の違い、姉の強さなのだよ。
「あ〜、今日のお弁当、お姉ちゃんだったんだ。…あの中に入ってたオムレツ、柔らかすぎて崩れてた、ってお母さん言ってたよ?」
「なっ!?」
「お弁当で半熟はダメだよ〜」
「しまった…」
「あ〜あ、これじゃプラスマイナスゼロってトコかなあ?」
ダメじゃん、と言わんばかりの口調の妹。
…よかった、「これが格の違い〜」とか口に出さないで。
「く…」
「その点、私は一昨日のお使いで大活躍だったもんね〜」
今の会話の間に何か思い出したのか、妹はそう言って大して大きくもない胸を張る。
「大活躍ねえ…」
「一昨日、お母さんに頼まれて、商店街に買い物に行ったんだけど、八百屋さんのお兄ちゃんに『キミだけには特別におまけしてあげる』って言われて、すっごくサービスしてもらっちゃった。イエ〜イ。高島」
「…高島、ときたか」
「何かね、メモに書いてたダイコンを買ったんだけど、1本丸ごとだったから買い物カゴに入らなかったのね。で、『お兄ちゃん、大きくて入らないよぅ』って言ったら急に喜んで、すごく安くしてくれたの」
「…は?」
「その後、『ダ、ダメだよ、そんなトコ』って言ってくれたらニンジンとピーマンはタダでいい、って言われて…」
「……」
…それ、マズくね?
っていうか確定じゃない?
「それでね、今度少し遊んでくれたらもっとオマケしてくれるって」
「…遊びに行っちゃダメだからね」
「えええ〜、何で〜?」
だってオマケしてくれるんだよ?と言わんばかりの顔で聞き返してくる妹(世間知らず)。
…オイオイ、それはいくらなんでもマズイよシスター、特定の条例に引っかかりそうな匂いプンプンだよ…
「どうしても」
「別にいいじゃん、だってイタズラしてくるような勇気もないカンジだったよ?」
「…」
前言撤回。彼女は世間知らずではありませんでした。ああ恐ろしい。
「とりあえずダメなものはダメ!万が一ってコトもあるでしょ!?そしてもうその八百屋さんには行かないこと!いいね!?」
「は〜い。…ちぇっ」
口を尖らせ、小石を蹴るような仕草をする妹。
…ふう、まったく。
「ほら、本題から逸れちゃったじゃない、今はそんなコト話しる場合じゃないでしょ?」
「あ、いっけね」
「…何?その『テヘ』って顔と自分の頭をコツンと叩くアクションは?」
「ええっと…、可愛さアピール?」
「半疑問系で返すな」
「いいじゃない、っていうかお姉ちゃんこそ本題から話を逸らしてるじゃん。ダメだよ?」
え、怒られてる?悪いのは私なの?
「…で、お姉ちゃんは何かないの?経緯はどうであれ、私はすっごく安く買い物したんだよ?」
「う〜ん、そう言われても…」
「お姉ちゃん、この前のテストは?」
「93点」
「その前のテストは?」
「96点」
「下がってるじゃん!お姉ちゃんのバカ!」
「なっ…!?」
この小娘…、いつも2枚合わせて90点程度のクセに…
「ホラ、何かないの?お母さんが私たちのために肉じゃがやコロッケを作ってくれるようなイイことは?」
「そんなコト言われても…」
「ブーブー、金返せ〜」
まるで某競走馬マンガに出てくる観客のような顔でヤジを飛ばしてくる妹。
くっ…、どうして私が。
「…あ、そうだ」
別に鼻穴のデカイ白馬がきっかけとなって思い出した訳ではないが、夕食の献立決定に対し、プラスになりそうなことを1つ思い出す。
「なになに?何かあった?」
「うん、そういえば…」
そう言って私は通学カバンを開け、中から1枚の封筒を取り出す。
「それは?」
「うん、私立の大学から送られてきたナントカ状、ってヤツ。何か試験の結果を問わず、受験してくれたら無条件で合格させてくれるんだって。…しかも特待生扱いで」
「ふ〜ん、それってスゴイの?」
「…まあ、それなりに、ね」
「あら?歯切れが悪い」
「う〜ん、こういうのって確か本当はやっちゃいけなかったと思うんだよね」
「青田刈り、って言うんだっけ?」
「アンタ、何でそんな言葉を知ってるのよ…」
まさかウチの妹の口から青田刈りなんて言葉が出てくるなんて…
このコの情報ソースは何?
「…ま、そうなるわね」
「ダメじゃん、この裏口入学娘!」
「まだ行くって決めた訳じゃないわよ!」
「それならいいケドさ。ふん」
「…」
無闇やたらと大きな態度を取る妹に対し、ドス黒い”何か”が続々と出てきそうになるも、それらを必死に押さえつける私。
…ああ、姉って損。
「でもアレだよね、お姉ちゃんのそれって、きっとお母さんは喜んでくれないよね」
「そうね」
妹の言う通り、母はこういった裏でのやり取り的な物事をよしとしない。
なので例えこの封筒を見せても、おそらくプラス査定にはならないだろう。
…ホント、上手くいかないものだ。

「う〜ん、やっぱり簡単には出てこないのかなあ〜?」
「普段から常に親孝行してます!…とは言えないからね、私たち」
「それなりにいい子にはしてるんだけどな〜」
共同戦線を張って10分強、私たち姉妹連合軍は完全な手詰まり状態に陥っていた。
「…今月の携帯料金、いつもより安くしたよ、って言っても…」
「元々の通話料が高いもんね、お姉ちゃんは」
「しかも料金を払ってるの、私自身だしね」
「…うにゃ〜、これはもうお手上げかも…」
「むう…」
「イヤだなあ、激甘ポテトサラダ」
「そうね…」
「この前なんかデザートのメロンより全然甘かったもんね」
「甘かったわね…」
「ぐ〜、う〜」
「…」
唸る妹、無言になる私。
それは手詰まりによる敗北感からか、それとも先日のメロン以上に甘いポテトサラダを思い出して意気消沈してしまったのか…
「む〜、仕方ない、こうなったら…」
「こうなったら?」
「直接お母さんに『お願いだからコロッケか肉じゃがにして』ってお願いしよっか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「そうね」
「うん」

こうして私と妹は台所に向かい、今日の献立に異議申し立て…というかなるべくソフトな言い方でメニューの変更を求めることにした。

ガチャ…
台所のドアを開けると、母はご機嫌でキッチンに立っていた。
「ふんふ〜ん♪」
「あの、お母さん?」
「あら、2人揃ってどうしたの?」
「ええっとね、今日の晩ご飯なんだけど…」
「ん?今ちょうど出来たところよ?」
「えっ…」
「ええーっ!?」
しまった、遅かったか…
「うふふ、今日のお夕飯はねえ―」
と、そこまで母が喋った時だった。

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴り、続いて「ただいま〜」という父の声が。
「あら、お父さんだわ」
そう言って母はパタパタとスリッパを鳴らし、玄関へと歩いていく。

「…ご飯、もう出来ちゃったんだ…」
「そうみたいね…」
「やっぱりポテトサラダかなあ?」
「見てみよっか」
「うん…」
半ば諦めが入っているのか、元気なく、そして希望を抱くこともなく、私達はキッチンの中へと進む。
するとそこには…
「あ…」
「肉じゃが…だ」
「コロッケ…」
「そしてポテトサラダも…」
…何と、まさかの3品揃い踏み。完全に予想外の展開だった。
「アイヤー」
「これはまた…」
「想定外ですな」
「そうね…」
衝撃の結末…とまではいかないが、全く頭に無かった献立構成に急に肩の力が抜ける。
「何やってたんだろね、わたしたち…」
「…ね」
何も言ってくれるな、妹よ。
むなしくなってくるじゃないか…
「ただいま。…おや?2人ともどうしたんだい、こんな所でボ〜っと立って?」
と、ここで手取り32万が登場、いつものホンワカした口調で話しかけてくる。
「お、今日はみんなの好きなものばかりだな。はっはっは、よかったなあ〜」
「そうなのよ、今日は少し時間があったから、ジャガイモで3品作ってみたのよ」
「お疲れさん、じゃあ早く食べようか」
「はい、すぐに準備しますから」
玄関先で受け取ったと思われる父の上着をハンガーにかけ、早足でキッチンに戻る母。
その表情は見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの笑顔で、この一連のやり取りは絵に描いたような幸せ夫婦そのものだった。
「…はあ」
ホント、この2人は仲がいいなあ。そりゃあサラダも甘くなりますわな。
…ま、夫婦円満で何よりですよ、ええ。
そう心の中で呟き、どこか腑に落ちない気持ちを無理矢理にでも収めようとする私。
この仲良し夫婦を見ていると、それまで私達がしてきたことが虚しく思えて仕方ない。…はあ。
「う〜、何だかなあ」
と、隣にいた妹も私同様、どこか釈然としない表情を浮かべていた。
「…ねえお姉ちゃん」
「何?」
「もしかして私たち、結構やさぐれてる?」
「…かもね。とりあえずあの2人にはどう頑張っても勝てないわね」
「やっぱり?」
「…ええ」
「お互い、心に栄養を与えないといけないですな」
「…そうね」
こうして私達はキッチンの中央、出来たての料理を前にガックリうなだれる。
「さ、2人とも手を洗って座りなさい」
後方から聞こえる母の声。
振り向くと母は冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、早くも食卓に着いている父の元へ運ぼうとしていた。
「…は〜い」
「今いきま〜す」
そう言って私達は2人並んで蛇口の前に立ち、一緒に手を洗う。
「あ、石鹸取って」
「…ん」
「ああっ、ちょっと投げないでよ!」
「それくらい取りなよ」
「手で渡せばいいじゃない…って、コラ!水を飛ばさないの!ちゃんとタオルで拭きなさいよ!」
「自然乾燥でいいも〜ん」
「ダメ!ああもう、アンタも一応女の子でしょ!?もっとこう、おしとやかにねえ…」
「一応って何さ!思いっきりX染色体2個あるっちゅうねん!」
「そうじゃなくて!」
今さっき”心に栄養を〜”と言っていたとは思えない勢いで口論に発展する私達2人。
しかし、向こうにいる両親にはこの光景すら平和そのものに写っていた。
「はっはっは、2人は仲良しだなあ」
「そうね、さっきも一緒に台所に降りてきたのよ」
「いいなあ、賑やかで。…うん、今日のポテトサラダも美味しいよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「あ、ソース取ってもらえるかな」
「はい、どうぞ」
と、笑顔で私達を眺めつつ、一足先に楽しい食事を始める両親。


…どうやらウチは幸せ家族のようです。




                 「ジャガ、コロ、サラダ 〜ある姉妹の夕方に〜」 END









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