「おしぼりアナグラム」
「すいませーん、さっき注文したの、まだ来ないんですかー?」
「申し訳ありません、まだ出来てないんです。本当に申し訳ございません」
「そうですか、わかりました」
――お昼時。俺は友人とメシを食いに来ていた。
まあ時間的に混むのは覚悟していたけど、ここまで頼んだものが来ないとは思わなかった。もう何分経ったんだろう。
「……」
「ん? どうした? 紙おしぼりなんかジッと見て」
ふと席の向かいを見ると、友人が箸やスプーンと一緒に付いてきたおしぼりの包みを見つめていた。
「……ひまつぶし」
「ひまつぶし?」
「ん」
「おしぼりで?」
「ん」
短い返事が続く。きっと彼が言う暇つぶしを今も行なってる途中なのだろう。
ここは黙っていた方がいいかな? それとも色々聞いて一緒に楽しめる暇つぶしなら混ざった方がいいのかな?
そんな事を考えていると、俺の考えを読んだのか、向こうから声を掛けてくる。
「……見てみ、これ」
「OSHIBORI……。何でローマ字表記なんだよ、純和風アイテムだろうが」
「まあそういうツッコミも出来るけどさ」
そう言って一旦言葉を区切り、彼は俺の目を少し見つめながら質問してくる。
「……アナグラム、って知ってる?」
「アナグラム? あー、何か聞いた事あるぞ」
その言葉を聞き、俺はすぐにイメージが湧くも、よく考えるとそれはホログラフだった。えーっと、何だったかなー? マジで聞いた事あるんだけどなー
「そか」
もし知ってるならゆっくりでいいから思い出してよ。そんな感じで俺を見る友人。これは思い出して次のステップ、彼の言うひまつぶしをやらないと……って、ああそうだ、思い出したぞ。
「確かアレだろ、上手く説明できないけど、言葉遊びっていうか並び替えみたいなやつだろ?」
「お、正解」
少し口元を緩ませ、ピンと人差し指を立てる友人。
これで話がスムーズに進む、よかったよかった。そんな思いが見て取れた。
「そうだな……ワタシ(私)の並び替えでタワシ(束子)、とか?」
「うん、すごいすごい。それだよ」
ご名答! みたいな表情を浮かべ、ニッコリ笑う。他の人に同じ事を言われ、同じように接されたら「ガキ扱いされてる?」と思ってしまいそうな事も、彼なら不思議とそういう感情はない。これが人柄というやつなのだろうか。
「で、そのアナグラムがどうした?」
「さっきからヒマだからこの「OSHIBORI」でアナグラム考えてた」
「へー、何かずっと黙ってたと思ったらそんな事やってたのか」
そういや昔っから頭良かったもんなー
俺は感心しながらそう言い、彼がパズルやクイズの類が大好きだった事を思い出す。
「……やってみる?」
「おう」
彼には劣るかもしれないが、俺だってこの手の頭の体操みたいな遊びは得意な方だ。受けて立つに決まってる。
俺は彼の提案に乗り、このおしぼり(=OSHIBORI)の並び替え、アナグラムで何か単語は出来ないか考え始める。……うん、これはいい時間潰しになるぞ。
「……う〜ん」
「出来た?」
「そう簡単にひらめくもんじゃねえだろ。つーかお前は何か出来たのか?」
いくら何でもせっかちすぎるだろ。まだ考え始めてから1分も経ってないっての。
俺は心の中でそう呟きながら、逆に友人に向かって聞き返す。どうせ彼の事だ、俺が聞き帰すのは予測してるんだろ? ふんだ。
「ん、まあ少しは」
「へー、ちょっと参考までに聞かせてくれよ」
ほらやっぱり。しかも「少しは」とか言ってどうせ結構あるんだろ? ふんだ。
……何だこの俺のキャラは。
「いいよ。……そうだな、キレイにまとまったところでORIBOSHIなんてどうよ?」
「オリボシ……。ああ、織星か。確かにキレイにまとまってるな。お前のキャラじゃねえけど」
「うるさいなー、その辺は自分でも判ってるよ」
口を尖らせる友人。本人の言葉通り、ガラにもない言葉を言ったという自覚はあるのだろう。
「ははは」
「まあ回答例としてはこんなもんかな」
「ん。参考になったよ」
「じゃあ頑張って考えて」
「おう」
俺は勢い良く返事をすると、再び熟考を開始。頭の中に各アルファベットを思い浮かべ、シャッフルを繰り返しては意味が通じる組み合わせを探していく。
「……お」
「見つかった?」
「ちょっとキビシイけど……SHIBORIOはどうよ?」
「?」
ええっと、それは言葉的にどこで区切るの? みたいな表情を浮かべる友人。
うーん、やっぱり言うのやめとけば良かったかな。
そう思いながらも俺は一応説明を始める。……まあ説明・解説を入れないと通じない時点でダメだとは思うんだけどね。
「絞り王。何か知らんけどスゲー絞るの」
「搾取? 圧政してるって事?」
「……いや、そこまでは考えてなかったけど、まあそんな背景でいいんじゃね?」
「ふ〜ん、まあアリだね。……じゃあ俺がさっき思いついたのもアリかな?」
「お、どんなのだ?」
「……SHIRIBOO、で尻棒」
「何か……よくわかんねえけど、どことなくいやらしさを感じるな」
「確かにどこか官能的な部分はあるよな」
まあ"どこか"というよりは完全に官能小説に出てきそうな隠語(淫語?)であり、おそらく2人共イメージとして浮かんでいるのは肉棒なのだろうが、そこはあえて触れないでおこう。……もっとまともなアナグラムを考えないと。
――しばしの間。
「じゃあこれは?」
「なに?」
口を開いたのは友人。さすがはおしぼりを見てアナグラムをやろうと考えた男、よく出てくるなあ、と感心しながら回答を聞く俺。
「HOBOSIRI、でほぼ尻」
「9割方尻って事か」
「そ。……どういう状況かは全くイメージ湧かないけど」
「だな。ほぼって事は正確には尻じゃないって事だもんな」
「っていうか尻ネタで押すなあ」
せっかく俺がまともな路線で行こうとしているのに、それを見事なまでにぶち壊す友人。アナグラムのアナは尻の穴かよ。……あ、もしかして今、結構上手い事言った?
――再び両者シンキングタイム突入。
「あ、これはいいんじゃね?」
と、口を開いたのは俺。どうにか単語として成立する組み合わせを見つけたので言ってみる事に。
「なになに?」
「IBOSHORI、でイボ処理」
「ええっと、それはイボコロリ的な発想?」
「そうそう、そんな感じ。最初は「イボ勝利」でもいいかなー? って思ったんだけど、イメージ図が全く浮かばなかったからやめた」
「まあ……確かにイボが勝つシュチュエーションってよくわからないよね」
「だな」
自分で言ったのに「よくわからないよね」という言葉に同意しちゃってるよ俺。
でもまあ相当無理しても「人体内嫌われ選手権」的な催しでの対決カード、イボVSニキビみたいなものしかイメージ出来ないもん、仕方ないよね。
……って、そんな催しをすぐ思い浮かべれるならもっとマシなアナグラムを思い付けって話なんだけど。
「あ!」
「ん?」
何かを閃いたのか、友人が声を上げる。
かなり出来のいいアナグラムワードでも見つけたのだろうか。
「イボ処理に対してイボ勝利だよ!」
「……いや、そんな自信満々に言われても」
これならどうだ! と言わんばかりの友人に対し、こっちのテンションは残念な事に低い。イボ勝利だよ! って言われても……ねえ。
「だからイボに効く薬を塗ったんだけど効果ナシ、つまりイボ勝利だよ」
「ああ、はいはい。……お前、想像力豊かだな」
「……何かあんまり嬉しくないけど、とりあえず褒められたみたいだからありがとうって言っとくわ」
「ん」
短く返事をする俺。
確かに今の説明は判りやすいし、言葉の意味も通じる。
……でもさ、もうイボから離れようぜ。何で言い出した俺より熱心になってるんだよ。
俺は心の中でそんなツッコミを入れながら、再びおしぼりでアナグラムを開始する。さすがに友人もこれ以上イボを語る気はないようで、同じく頭の中で並び替えを始める。ちなみに頼んだ料理はまだ来る気配はなかった。
――しばしの間。
「出来た」
「お、どんなのだ?」
「RIOSHIBO、でリオ死亡」
「ええっと、それはリオって子が死んだの?」
どんどん苦しくなってね? そんな言葉が出かかったが、俺も人の事は言えない。イボよかリオの方がいいだろう。
「うん。……どう?」
「どう? って言われてもなあ……。暗いよ! とかネガティブじゃん! とかしかコメント出来ねえ」
「そっかー」
残念がっている表情と、やっぱりなーという表情が混じった感じの友人。
まあ本人としても自信たっぷり、という訳ではないとは思うけどさ。
「どうせならさ、「リオ志望」にしてブラジル行きてー! みたいなのにすればいいじゃん」
「おお、その手があった。……やっぱすごいね、アナグラムの才能あるって」
「ん〜、あんま嬉しくねえ」
何気なく言っただけなのにまたエラく感心する友人。よくよく考えるとリオ志望もそこまで上手くないと思うんだけどなあ。
「うん、これはもうアナグラニストを名乗ってもいいんじゃないかな?」
「イヤだよ。それに何か言いにくいし」
「じゃあアナリストにする?」
「いやいや、それだと意味違ってくるし」
「……残念」
自分の提案が却下され、ションボリする友人。
これはわざと……だよな? さすがにアナリストは色々違うだろ。
俺は今の友人の言葉が本気かどうか判らないまま、とりあえず称号に関してはツッコミを入れてみる。まあ「じゃあ何て呼ぶ?」と言われたら悩むところだけど。
……アナグラー? いや、何か違うな……って、そんな事より今はおしぼりでアナグラムを考えなきゃ。
――そしてしばらく熟考。
「……ん! ……いや、これは変だな」
「何だよ、言ってみろよ」
アナグラムを思いつくも、自問自答の後引っ込める友人。言うのを止めたくらいなのでそこまでの出来ではないかもしれないけど、こういう言い方はとても気になるので聞いてみる。
「おかしいよ? かなりおかしいよ?」
「いいって別に。そこは躊躇わなくていいだろ」
「じゃあ言うけど……意味とか求めないでよ?」
「了解」
かなり強めに念を押されしまった。それだけ意味のない言葉を思いついてしまったんだろうけど……ここまで言われると逆にフリのように感じてしまう。期待しちゃうって。
「……HIBOSHIOS」
「ん? どゆコト?」
はい? 今なんと? 俺は自信なさげにボソっと喋る友人の言葉がよく聞き取れず、速攻で説明を求める。……ヒボシオーエス? 綱引き的な事?
「日干しOS。……パソコンのOSを干すの」
「……」
「……」
お互い無言。
俺はあまりの予想外な言葉の出現に絶句、友人は「これ以上の説明はない!」と言わんばかりの様子。これは……正直どうなんだろう?
「……あの、陰干しね。直射日光はよくないと思うから」
「お、おう……。そうだな、よく判らんが陰干しの方がいいんじゃねえか?」
何だろう、古くて使ってないパソコンにカビが生えないように……みたいな作業を想像したけど、これで合ってるのか? 服とかの虫干し的発想でいいのか?
と、かなり曖昧なれど一応頷く俺……だったが、頭の中にはまだ幾つかの「?」マークが浮かんでは消えずにいた。
まあそれは俺のイメージ図が「田舎のおばあちゃんが古い日本家屋の中、最新のパソコンをまるで山菜のゼンマイを扱うように干している」というシュールなものだったからかもしれない。何かHDDとか全部外して手もみとかしてるの思い描いちゃった。
……うーん、カオス。
って、だから脱線ばっかりしてないで俺も考えなきゃ。
――再び間。
「さすがにそろそろ尽きてきたね」
5分は経っただろうか、それまで「う〜ん」と唸っていた友人が観念したように口を開き、頭をポリポリと掻き出す。
……友人から謎度満載の日干しOSが出された後、2人は再びおしぼり、アルファベットにするとOSHIBORIの8文字で何かアナグラムは出来ないかと考えるのだが、両者共に「これは」という言葉は出てこなかった。
「ああ、意味がちゃんとあって説明ナシでも判る、ってのはキビしくなってきたよな」
「だよねー」
うんうんと俺の言葉に頷く友人。まあそれでも両者共に1つずつ、俺は「RIBOOSHI」で「リボ押し」、つまりリボ払いを強く奨めるという意味の言葉を考え、友人は「SHIORIOB」で「しおりOB」、つまり古くなって役目を終えたしおりという意味の言葉を出していたのだが、先にも言った通り、「これは」という出来ではなかった。……っていうかOSとかOBとか好きだよなこいつ。
「一応ね、さっきからもう1つ、浮かんで頭から離れないのはあるんだけど……やっぱり意味がね」
「いいじゃん、とりあえずでも言葉になってりゃセーフだろ。言ってみろよ」
何だよ、尽きたとか言ってストックあるんじゃん。こっちなんかリボ押しで完全にネタが尽きたってのに。……やっぱり彼は頭がいいというか、発想力や頭の回転が早いんだろうな。すごいね。
「……ええっと、SHOBOIRIってのなんだけど」
「ショボイリ? ……弱火で炒る、的なコト?」
「そうそう、ショボ炒り。……すごい、よく判ったね。さすがアナリスト」
「……嬉しくねえし。あとその称号おかしいって」
「手厳しいねえ。……じゃあどういう呼び名はいいかなあ?」
う〜ん、さっき「やっぱり頭いい」とか言っちゃったけど、前言撤回かなあ。
確かに発想はすごいよ? でもショボ炒りだしなー。ちょっと褒めるのが早すぎたかも。「すごいね」って言うのは完成した言葉を聞いてからだね。
と、アナグラムそっちのけでそんな事を考える俺。対する友人も言葉の並び替えではなく、アナリストに変わる呼び名を考えているようだった。
「じゃあアナグラマーにする?」
「えー、それも微妙だなー。何か穴ぐら掘って暮らしてる人みてえでイヤだ」
さっきアナグラーという言葉を考えてる人が言う事じゃないけど、どっちにしてもおかしいよね。あとツッコミ入れておいてなんだけど、自分の考えたアナグラーの方が穴に住んでる人っぽいよね。
……さて、アホな事言ってないで他にまだ出来ないか一応考えてみるか。
――しばしの間。
「……出来た」
今回先に口を開いたのは俺。
さっきから友人ばかりがアナグラムを完成させていたが、今度は俺の番……といきたいんだけど、正直どうなんだろうこれ。あー、出来たなんて言わなきゃよかった。
「ん、どんなの?」
「これは歴代でもトップクラスの出来だ」
「へえ、すごいじゃん」
「……まあトップクラスなのは意味不明度なんだけどさ」
「あ、そっちなんだ」
はい、そっちなんですスイマセン。
あまりに完成したワードがひどい出来だったので、逆にもったいぶってみたんです。こうしてわざとハードルを上げておいて下をくぐる、みたいなパターンもアリでしょ? ……ええ、すごい姑息なのは重々承知ですよ。
「封印しとく?」
「ううん、聞いとく」
一応出し惜しんでみるも、即答で聞く事を望む友人。
もう、イジワルなんだから。後悔しても知らないんだから? ……何だこのキャラ。
「そうか、じゃあ言うわ。……IBORISHO」
「……???」
「まあその反応で正しいと思うぜ。だって完全に架空のものだからな」
「ええっと、つまりどういう事?」
さすがの友人もこの言葉の意味は理解出来なかったようだ。当たり前といえば当たり前か。だって架空だし。前後に色々言葉付けないと通じないし。……さて、そんじゃまそろそろここらでネタばらしをしますかね。
「春の甲子園初出場校、井掘商……みたいな?」
「……ええー」
「そんなガッカリすんなよ、批難の眼差しでこっち見んなよ」
「だってさー、それはさすがにないよー」
真面目に意味を考えて損した、と言いたげ、またそんなの出したらキリないじゃん! とも言いたげな友人。だからトップクラスの意味不明だって最初に言ったじゃん……
「いや、もしかしたら本当にあるかもしれないぜ? どっか俺らの知らない県の知らない町にさ」
と、それでもちょっとだけ食い下がってみる俺。もしこれで来年辺り、本当に甲子園に出てきたりなんかしたら面白すぎるんだけどなあ。
「そうかもしれないけど……そういうのは無しの方向でいこうよ」
「ん、了解」
まあそんなもしもの話、架空のものをオッケーにしたらつまらないしな。
俺は素直に頷き、次はしっかり意味のある言葉にしようと決めた。
――しばしの間。
「……BORISHOI」
「……え、何? いきなり?」
いきなり前置きなしで完成した言葉を喋る俺に戸惑う友人。今までずっと宣言してから発表、という形だったので、向こうからしたら奇襲みたいなものだろう。
「おう、出来たから言ってみた」
「そんな、突然呟かれても困るよ」
「すまんすまん。こう……いきなり文字が頭の中に浮かんだからさ」
「まあその気持ちは判るけどさ。……で、なんだって?」
「ボリショイ。何かサーカスにあったぽくね?」
「う、うん。確かに」
俺も友人もそこまでサーカスに詳しくはないが、多分これはあっただろう、というのが総意のようだ。最近は他のケダムだか何だかいうサーカスの方がよく聞く名前だけど、俺らが子供の頃はボリショイみたいな名前のサーカス団をよく耳にした……と思う。
「とりあえずこれはさっきの架空商業高校とは違ってアリだろ?」
「そうだね。っていうかサーカス云々じゃなくても、ボリショイってちゃんとしたロシア語だったと思うよ? 確か大きいとかいう意味だったような……」
「マジで?」
ここで博識というか雑学王な面を見せる友人。これには俺も普通に驚いてしまう。普通に生活しててロシア語を覚える機会なんてそんなにないと思うんだけどなあ。
「うん、確証は持てないけど多分……」
「オーウ、ハラショー!」
すげえ、俺すげえ。偶然だけどロシア語導き出しちゃったよ。そりゃハラショー!(俺が唯一知ってるロシア語)とか叫んじゃうって。
元はおしぼりなのに舞台は海外に! おしぼりインザワールド! 意味は知らん!
「……それ、意味判って使ってる?」
「いや、何となくノリで」
すいません張り切りすぎました。無駄にテンション上げちゃいました。
俺は半ば呆れ気味の友人の言葉に軽くしょんぼりしつつ、冷ややかな目を向けてくる雑学王に何とか一矢報おうとアナグラムを探す事に。……まだあるといいんだけどなあ。
――しばしの間。
「……ん、これはいけるんじゃねえか?」
頭の中にO・S・H・B・R・I(その内OとIは2つずつ)の各アルファベットを整列させては編隊を変える、という作業を繰り返し、SHIRO(白)から始まる言葉は何かないか、IBOを身体に出来る「イボ」ではなく「異母」で何か出来ないかと考えていた俺だったが、ここで1つのアナグラムが完成。早速友人に言ってみる事にした。
「お、思い付いた?」
「うん、HIBISOHO」
「……? ヒビソーロー?」
「日々早漏。もう毎日が早いの。マシンガンもいいとこなの」
それまで考えていた白でもなければ異母でもない、ただの下ネタと言われればそうかもしれない言葉だが、意味としては伝わるだろう。まあ説明のマシンガンもいいとこ、というのはどうかと思うが。
「そういう事か。……何だろう、卑猥って訳じゃないけど……よくそんな言葉が出てきたね」
感心するべきか、しないべきか。そんな複雑な顔をしつつ、これまた褒めてるのかどうか複雑なコメントを述べる友人。そしてその後、何かを察したように目を見開き……
「あ、もしかして……?」
と、あらぬ疑惑をかけてくる。何その超解釈。俺がそうだから考え付いたとか思ってんの? 勘弁してくださいよ。
「違う違う違う、俺は別にそこまでマッハじゃねえよ」
「えー、どうかなあ? 必死に否定するところが怪しい……」
あれ? 話がおかしい方向に行ってますよ? そして俺が大火傷する展開になりつつありますよ? おーい、戻ってこーい。アナグラム楽しいよー
――何とか誤解を晴らしつつ、またここでしばしの間。
「あ、これはいいよ」
今度は友人が何かを思い付き、クセである人差し指をピンと立てて俺に話しかけてくる。
「どんなの?」
「SHIOBORI」
「シオボーリ? 何それ、おしぼりの業界用語?」
単語を言われただけでは理解出来ず、とりあえず自分的解釈で解読してみる。だがどうやら俺の解釈はハズレらしく、友人は「うーん、残念」という感じで口元を「へ」の字に歪ませる。
「いやいや、俺業界人じゃないし。っていうかそんな言葉は某なぎらさんくらいしか使わないでしょ?」
「まあそうかも。……で、シオボーリって何?」
某もなにもなぎらさんって言ってんじゃん! というツッコミはさておき、俺は自分では解けなかったシオボーリという言葉の意味を求める。……どこか外国の言葉かな?
「塩暴利。何かの影響で塩の価格が上昇したの」
……はいはい、なるほど。そうきましたか。
俺は友人の説明を聞いて大きく頷く。「それは無理矢理だろ」とかいう反論はなかった。というかもうあらかた出尽くしたであろう状況でまだこういう言葉を思い付いた事に素直に感心していた。
「そういう事ね。あれだ、ある意味大塩の乱だ」
だからその感心を賛同に変え、もっと判りやすく解説に言葉を加えようとするのだが……
「それは違うくない? 大塩の乱だと値段が急騰したのは米じゃん」
と、正論で返されてしまう。確かにその通りなのだが、今まで随所に正論じゃない説明が出てきたのに、ここに来て常識を振りかざされるとは思わなかった。
「いやいや、だから「ある意味」って言ったろ? 別に完全に史実に照らし合わせなくてもいいじゃんよ」
「えー? だって正式には大塩平八郎の乱でしょ? 平八郎っていう下の名前も込みでアナグラムを完成出来てたらすごく上手だし、「ある意味」ってのも判るけど……」
「そんな都合のいい言葉なんて無いだろ? アナグラムをする前の状態の言葉で大塩平八郎(OOSIO HEIHATIRO)が入り混じった言葉なんてあるか?」
もしあるとしたらそれは単語じゃない。連語だ。そしてそんな高度で難解なアナグラムを解く気は全くない。
少々大人気ないが俺はそう言って友人に真っ向から反論。じゃあ並び替えて大塩平八郎になる言葉を言ってみろよ? 的な喋り方をする。
……まあ天国の大塩さんにしてみればいい迷惑、自分の名前で論争が起きるなんて思ってもないだろうが。
「そういう意味じゃないよ、何か争点おかしくなってきてない?」
「いーや、おかしくないね。むしろ変なところで史実を気にするのがおかしい」
お互い妙なポイントで熱くなり始め、一向に譲ろうとしない俺と友人2人。もしかしたらその原因は空腹からくるものかもしれないが、ここまで来たら原因なんか関係なく、どちらかが引くか折れるまで決着をつけなければ気が済まない。
「じゃあこっちもおかしいと思ってた事を言わせてもらうけど、最初の頃の「絞り王」って何だよ?」
「なっ、今頃それ言う? 後出しにも程があるだろ?」
「そう? それじゃあ近いところで井掘商とか出すよ?」
「いや、それはだから言う前に架空だってちゃんと言っただろ? 先に言ったっつうの、早々に注釈入れたっつうの」
「……この早漏」
「てめえ、違うって言ってんだろうが!」
既に大塩云々ではなく、今まで出てきた「少々難のあるアナグラム」に論点がズレまくる2人。俺も友人もこのおかしなヒートアップっぷりに歯止めをかける気はなく、さらにおかしな方向へと話が進んでいく。
「……いいや、ここで色々言っても意味ないや」
「じゃあどうすんだよ?」
「アナグラムで文句が出たなら、解決するのもアナグラムでしょ? 次にどっちが上手い言葉を出せるかで決めようよ」
「ああ、望むところだっての」
こうしてなぜか暇つぶしで始めたはずの言葉遊びは対決の種目となり、2人はそれまで以上に真剣な顔で手元にあるおしぼりの包みを見つめ始める。
――しばしの間。
「ORI……で檻にして……と」
「……HIROでヒーローはちょっと無理が……」
「待てよ、白棒(SHIROBO)だと……ああっ、Iが一個足りないか」
真剣対決となって数分、俺と友人は共に相手を納得させるだけの綺麗なアナグラムを発見しようと躍起になっていた。ここまで来るともはや意地と意地のぶつかり合い、自分が持つ全ボキャブラリーと発想の転換を駆使し、これ以上ないという言葉の組み合わせを捜すしかなかった。
「……誹謗をHIBOに……、いや、これは後が続かないな」
「そうか、ここは単独の意味のSOROを当てはめて……」
「うん、……HOBOで保母にして、と」
……と、こうしておしぼりを使ってのアナグラムは続く。
……肝心の頼んだ料理はまだ来る気配すらなかった。
「おしぼりアナグラム」 END
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