「こわいはなし」



夏。

唐突だが今は夏だ。

そしてこれまた唐突で申し訳ないが俺は怪談話が好きだ。

なので俺の中では夏といえば怪談。

スイカでも海でもプールでも24時間テレビでも野外フェスでも甲子園でもなく、夏といえば怪談話なのだ。

……が。

物事というのはなかなか上手く行かないもので、怪談話好きの俺にとってとても残念な事がある。

さて、それじゃあ1つ実践してみるか。

「なあ観羽(みはね)?」

「ふにゅ?」

俺は近くで携帯をいじっていた彼女を呼ぶ。

「あのさ、明日どっか行きたいトコある?」

「なになに、デート?」

「まあそんな感じ。……で、希望は?」

「ええー、どうしようかなー? いきなりだから迷うべさ」

「何でいきなりだと口調がカッペになるんだよ」

「うーにゅ、そういう仕様なのです」

「そうか。じゃあ仕方ねえな」

ちょっと頭が弱そうな気配を存分に醸し出しているが、別にこれが俺の言う「残念な事」ではない。

それでは実践の続きを。

「どこでもいいぞー? 海でも高原でもスイカ泥棒でも」

「スイカ泥棒はしなーいーよ」

「じゃあ市営プールでガキンチョの海パン脱がして放り投げて上がれなくする遊びでもやる?」

「やらないよー」

「そうか。……あ、そうそう」

「ふに?」

「市営プールって言えばさ、あそこの北側入口の更衣室あんじゃん? すげー古いの」

「うん、あるね」

「あそこの一番奥の全身鏡なんだけど、夕方4時頃に周りに誰もいない状態で映ると背後にビショ濡れの――」

「キャーーーー! イヤーーー!!」

「うわっ、うるせ!」

「やーなの! めーなの!」

……おいおい俺は園児か?
何だその制し方。めー! とかガキの頃も言われた事ねえぞ。

「やめてよね、そういう話するのー」

「……」

ああ、わかった、言わないよ。その類の言葉は口にしない。
だってこれからもバリバリ喋る気でいるし。めくるめく怪談トークに突入するつもりでいるし。

「返事はー?」

「……で、どこ行きたいんだ?」

「ううー、話かえるしー」

「いいから行きたいとこ言えよ、連れてってやるから」

「ホント?」

「ああ、昼飯もおごってやる」

「にゅにゅ♪ やったのですよ」

「そういやこの前、TVであそこのそば屋紹介してたじゃん?」

「あの山奥の?」

「あれ美味そうだったよな」

「じゃあそこ行く?」

「俺は構わんよ。……あ、そうそう。あの山登ったとこに赤い橋あるの知ってるか?」

「うん、トンネルの近くでしょ?」

「あそこさ、ちょっと前まで「ここで車を止めないで下さい」って看板あったんだよ」

「何で? トンネルの出口近いから?」

「いや、実はあそこって道路が開通した直後からおかしな体験談が多くてさ。車で走ってると窓をコンコン叩く音がして、『いれて、いれて』っていう声が――」

「ぎゃあーー! にゃーーッ! ダメーー!!!」

「うるせえっての!」

……と、まあこんな感じだ。

怪談大好き、恐怖体験談いつでも募集中の俺に対し、コイツは超が付くほど怪談が苦手。
だから俺は少しでも慣れさせるために隙あらば怪談話を雑談に組み入れるのだが、いつもこんな感じで大声でかき消されてしまう。

俺としては好きな彼女と好きな話題を共有したいし、俺の趣味の話として聞いてもらいたい。
新しく仕入れた話があれば報告したいし、幾つか喋ってどの話が怖かったかを聞いたりしたい。

でも見ての通り、こんな状態だ。
今まで1度として観羽の前で怪談話を喋り終えた事が無い。
これは俺としてはかなりのショック、大好きなラーメン屋の自分的オススメを食べさせたら「何これクソ不味い」と言われるよりも100倍はショックだ。

「フーッ! フーッ!」

「落ち着け、お前は威嚇するネコか」

「じゃあもうそういう話はしないの!」

「……はいはい。前向きに対処いたします」

「うー、ぶー」

「怒るのは勝手だが、今のお前かなりバカみたいだぞ?」

「……ふへ?」

「唸りながら頬膨らますとか完全にガキじゃん」

「むー」

だってそれはアンタが悪いんでしょー
間違いなくそう思っているであろう表情。怪談話が出来ないのは残念なのだが、絶えずこういう反応が返って来るのは面白い。
まあだからいつも不意打ちで怪談話をするんだけど。

「まったく、オメーのせいで全然明日の事が決まらねえじゃねえかよ」

「わたし、わるくない……」

「あーあ、こんなんじゃ明日のデートは無しだな」

俺はわざとらしくそう言いながら、近くにあったクッションを枕にして横になる。

「えー、やだー」

それは勘弁とばかりに近付いてくる観羽。機嫌取りの作戦か何か知らないが、横になった俺の横に寝転んでくる。

「さすがにこのクッションに2人の頭は乗らねえだろ」

「大丈夫だよー」

「そうかー? 頭ぶつけるんじゃねえの? ほらほら」

ガンガンと俺と観羽の頭がぶつかる。
正しくは俺がぶつけてる、になるのだがそんなのお構いなしだ。

「いたい、いたいよー」

「大変だな、今以上にバカになるぞ」

「それはダメー」

至近距離からの頭突きを何とか回避しようと観羽は必死だ。
つかそろそろ俺もちょっと頭が痛くなってきたな。

「……さてと」

「あ、止まった」

「これからどうすっかなー」

「え? 明日の事は?」

「まあそれもあるけど、晩飯は何にするかとか買物行くかとか色々あるだろ」

「あ、そうだね」

「うーん……」

俺は仰向けのまま腕を組み、天井の蛍光灯をぼーっと眺める。
そしてさっきの言葉通り、晩飯の事を考える……と見せかけて、やっぱり観羽に怖い話を吹き込ませる術を考える。

「……あ、そうそう。なあ観羽?」

「なーに?」

俺の問い掛けに対し、観羽は全くの無防備でこちらを顔を近付けてくる。
一応いつも怖い話を仕掛ける時は「あ、そうそう」っていうフリを入れてるんだけど、気付いてくれないんだよなコイツ。

「お前って寝る時、天井じっと見つめたりする事ある?」

「えー? どうだろうなー。あんま意識しないよー」

「そか」

「どうしてそんな事聞くの? ……ハッ、もしかして」

ようやく俺の悪巧みに気付く観羽。警戒体勢に入ろうと俺から距離を取ろうとするのだが……

「遅い!」

俺はガシッと観羽の頭を掴み、強制的に天井を向かせる。
そしてぐいっと捻り、天井の片隅に目線が合うように角度を調整する。

「ちょっ、何するのー!?」

「天井の角、見えるよな?」

「う、うん……。でもそれがどうしたのよ?」

「10秒でいい。しっかり見てくれ」

「見てくれ……って、これじゃ見るしかないじゃない!」

「いいからいいから」

確かに頭を完全に抑え付けられている状態では「見る」しか選択肢がないだろう。
俺はそんなごもっともな意見を軽く受け流し、頭の中で10カウントを取る。
そして10数えると今度は別の隅に観羽の頭を合わせ、同じく10カウント。
これを四隅全てやるつもりでいた。

「ねえ……これ何してるの?」

「聞きたい?」

「そりゃあ、まあ」

そうかそうか。それじゃあご希望通り教えてあげないとな。
きっと今の俺、かなりニヤニヤしてるんだろうな。
そんな事を考えながら俺は観羽の頭を完全ロックしたその状態のまま、トーンを落とした声で耳元に囁く。

「これは建物であれば部屋だろうと体育館でも出来るんだが、そこに幽霊がいるかどうかのチェック方法なんだよ。天井の四隅をしっかり見つめた後、天井の真ん中を見て人の顔が――」

「キャーーーーー!!!!」

「ぐわっ、耳元で叫ぶなっ!」

ブンブンブンブン!
凄まじい勢いで頭を振りまくる観羽。この状態を脱出したいのか、それとも暴れて俺の声が聞こえないようにする手段かは知らないが、かなりの勢いだ。……それにメチャクチャうるせえし。

「離してー! 見たくないよー!」

激しくイヤイヤをするように観羽は暴れ続ける。
目を瞑ればいいんじゃね? と俺は思うのだが、まあここはあえて言わないでおこう。

「さあて、それじゃあ最後に天井を――」

ガブッ!

「痛ぇ!」

まさかの反撃。観羽は俺の指に噛み付き、必死の抵抗を見せる。
これにはさすがに俺も手を離してしまった。

「……オメエ、いざとなったら見境ねえな」

「そっちが悪いんでしょー!?」

「まあそんな怒るなって」

「怒りたくもなるわよ!」

「ふーむ」

これは面倒だ。こうなると厄介なんだよなあ、コイツ。
俺はまるでこれから戦闘でも始まるかのように間合いを取り、こちらの動きに合わせようとしている観羽を見て頭を悩ませる。

……まあここはいつもの戦法で行くか。

どうしてここまで怪談話を聞かせたいのか正直自分でも判らなくなってくるが、こういうノリは決して嫌いじゃない。
本当はこんな自分の部屋で睨み合いながら話すより、雰囲気出して喋りたいんだけどなー

「なあ観羽?」

「なによー?」

「この話はある美大で起きた本当の話なんだけど……」

「ちょっと、何いきなり話し始めてるのよ!?」

脈略なんて一切無し、さっきまでは多少無理矢理でも伏線というか話の流れから怪談話にシフトしていたのだが、今回は直球勝負もいいところ。
俺は唐突に最近仕入れた怖い話を喋り始める。俺もこの前初めて聞いたんだが、この話は結構リアルな感じで怖いぞー?

「そこに絵を描くのが大好きな生徒がいたんだけど、好きなのはいいんだが実力はそんな高くなくてな。いっつもクラスメートの1人にバカにされてたんだ」

「だからやめてよー!」

観羽はそう言うと耳に両手を当て、小刻みに震わせる事で俺の声を聞き取りにくくする作戦に出る。しかも「あああ〜」と言いながら部屋を逃げだそうとしている。これは追いかけなければ。

「いつも自分の絵を酷評してくるクラスメートに彼は恨みを募らせてたんだけど、ちょうどそんな時に絵を使った呪いの方法を知るんだ」

「もういやー!」

トイレに逃げ込む観羽。それを追いかける俺。
どっちもいい歳した大人なのに、やってる事は小学生と大差ないってどういう事だ。まあ楽しければいいか。

……数分後。

「わかったわかった、もうこの話はしねえって」

「……」

俺はトイレの前、ドアに向かって話しかけていた。
勿論その向こう側には観羽がいる。きっと便座に腰掛けて涙目でドア越しの俺を睨んでいるに違いない。

「頼むから出てこいよ」

「……やだ」

「電気消すぞ?」

「ダメ」

「じゃあ出てくるんだ」

「……やだ」

と、さっきからこのやり取りの繰り返しである。
ったく、俺が優しく喋ってる間に出てくればいいものを。
この立場で言えば俺が有利なのに、それに全く気付いていない観羽。
電気のスイッチもこっち側、つっかえ棒さえ使えばドアを開けれなくする事だって出来るのになあ。

「じゃあそこにずっといるんだなー?」

「……うん」

「今からメシ食いに行くって言っても?」

「………うん」

あ、ちょっと悩んだ。
返事のタイミングがさっきよりワンテンポ遅れたのを俺は聞き逃さない。
敵は堅固に見えて実はかなり弱い。そしてヤワい。

「♪はん、はん、はんばーぐ」

「……」

「チーズバーグデッシュの400頼んじゃおうかなー?」

「………ごくり」

観羽、今完全にツバ飲み込んだな。はっきり「ごくり」って聞こえたぞ。
よーし、じゃあそろそろトドメに入りますか。

「もう一度聞く。まだ出てくる気はないんだな?」

「……ううー」

「そうか。わかった」

俺はそう言うと、トイレの電気のスイッチに手をかける。
この状況でやる事といえば勿論そう、怪談話だ。

「……あ、そうそう。なあ観羽?」

「……?」

怖い話が始まる時のお決まりの文句、「あ、そうそう」という言葉に今回も気付かない観羽。ここまで察しが悪いのは珍しいと思う。ニワトリといい勝負かもな。

「ちょうどお前が今トイレに入ってるのを見て思い出したんだけど、こんな話があってだな」

「……?」

「独り暮らししてる若い女の子が体験した話なんだが、夜中に勝手にトイレの水が流れる音、ドアが開く音が連続して起き――」

「っ!? ちょっとタイム!」

ドア越しにだが、観羽が大慌てしている様子がとてもよく判る。
袋の中のネズミ、トイレの中の観羽ってヤツだな。

「で、よく考えたら毎回同じ時刻にそれが聞こえるらしいのな。それがちょうどこの時間でさ。実は後になって判ったんだけ――」

「キャーーー!!!」

ガチャガチャッというカギを解除する音、そしてドアが開く音が立て続けに聞こえてくる。
そして次の瞬間、俺がトイレの明かりを消すと同時に観羽が飛び出してくる。

「やめてよーーーー!」

今日何回聞いたか判らない観羽の叫び声と抗議の言葉。
けしかけてる俺が言えた義理ではないが、いい加減学習してくれ。

「もう、どうして明日のデートの話がこんな嫌がらせになるの!?」

「知らんがな」

「ひっどーい! 鬼! 悪魔! 人でなし!」

「……おおう、何て古典的な罵声」

久々に聞くなあ、この「鬼! 悪魔! 人でなし」の3連コンボ。
俺はイラッとしたり心外と思うより前に、懐かしさを感じてしまう。
そして俺は今の言葉にあった「人でなし」からまた1つ、観羽に喋ったら面白い事になるであろう話を思い出す。

「……あ、そうそう。なあ観羽?」

「なによ?」

「今お前が言った「人でなし」だけどさ、これは昭和の始め頃まで東北地方で実際にあった風習なんだけど」

「……ハッ、また!?」

しまった、今回は気付くのが早いぞ。
さすがの観羽も話の冒頭部分だけで怖い話である事を察したようだ。
だが俺は構わず喋り続ける。

「とある小さな集落限定なんだけど、そこでは定期的に明らかに人とは違う子供が生まれる事があったらしいのな。その子供は見つかったらすぐに手足を縛って山の中に捨てるっていう掟があるんだが、ある時山の中で噛み千切られた縄が見つか――」

「いやーーーー!」

もうその設定の時点で超怖い話に発展するの確定じゃーん!
観羽はそう言わんとばかりに叫び、目を瞑って両手をバタバタ振りまくる。
その姿はどこに出しても恥ずかしいレベルのバカっ子だった。

「で、月日は流れてある暑い夏の夜の事、前に子供を山に捨てた人が住む家にドンドンと戸を叩く音が鳴り、「ただいま、開けてよ」っていう声が――」

「キャーーー! 聞きたくない聞きたくない!!!」

「震え上がった住人はずっと黙ってたんだけど、だんだん声が「開けてよ」から「開けろーー!」になっていって――」

「イヤーーー!! もうやめてーーーーー!!」

観羽はそう叫びながら洗面所、玄関先、台所を走り回る。
俺はそんな観羽の後にピッタリくっ付き、怪談話をしつこく話し続ける。

……と、まあこんな感じの2人。

俺と観羽にとって「こわいはなし」はそれぞれ別の意味を持っていた。

俺の「こわいはなし」は普通に「怖い話」の意味。
大好きな怪談話の俺にとってはそれ以外の意味はありえない。

一方観羽の「こわいはなし」は「怖いは無し」の意味。
つまり怖い話は嫌いだから無し、という意味だ。

怪談話を純粋に楽しみたい俺と、どう頑張っても楽しめない観羽。
付き合ってるのにこうも正反対というのはいかがなものかと思う。

うーん、難しい問題だ。




                                      「こわいはなし」 END



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