「はんぺん」




……きっと、疲れたいたんだと思う。

そして、先の一件で慣れてしまったんだと思う。

「ふう」

やれやれ、程度のため息。
最初見た時は「マジでか……」と「またかよ……」という思いから膝から崩れたが、今はもう平常でいられた。

寝ようと思って寝室に向かうと、布団が布団サイズのはんぺんに変わっていた。しかもご丁寧に掛け敷きで2枚。

「さて……と」

もう驚きの感情はほとんどない。焦りもない。タイムリミットもなければ自分への危害もないのだ、当然といえば当然か。

「まあ……もうメシは食ったんだけどな」

そう言いながら俺は布団大のはんぺんに近寄り、おもむろに端を掴んでちぎり取る。

「うん、はんぺんですな」

もしかしたら別の食べ物、例えば食パンの白い部分だったりするかな? とも思ったが、やはりはんぺん。触るとしっとりしていた。

「さすがにこれに挟まれて寝る気は起きねえな」

先の一件で疲れ果て、すぐにでも眠りに就きたいところだったが、いくらフワフワでもはんぺんサンドは勘弁だ。俺はもう少し夜更ししようと今ちぎったはんぺんを持ち、台所へと向かった。

――5分後、

「♪〜」

鼻歌交じりでコンロの前に立つ俺。そこには適当な大きさにちぎったはんぺんがフライパンに並び、軽く焦げ目がついていた。

「さ、醤油醤油……と」

ジュアァ……という音と、直後に立ちこめる香ばしい匂い。これははんぺんを使った王道の料理法だと思うのだがどうだろう。

「あとは好みで七味唐辛子をパラパラ、っと」

皿に適当に盛り付けた上から七味唐辛子を振りかけ、料理は完成。俺は醤油で程よく色付いたはんぺんをテーブルに運び、箸と缶ビールを用意する。

「さっきは飲まないって言ったけど……これ作ったら飲んじゃうよね」

そう言いながらプシュッとプルタブを開け、まずはゴクゴクとビールを喉に流し込む。そして間髪入れずにアツアツのはんぺんを口に運び、またビールをグビグビと飲む。……至福、といってもいい時間と空間だった。

「ぷはーっ」

誰と喋るでもなく、テレビを見ている訳でもなく、小粋な音楽も流れていない。
そんな何もない中で長々と飲むのはいくら酒とつまみが美味くても楽しくはない。
俺はひと時の至福タイムを満喫し、皿と箸をシンクに置く。洗うのは明日でいいだろう。

「さて……と」

腹も膨れたし、今度は本当に寝よう。
俺は軽く歯を磨いた後、適当な皿を食器棚から持ち出し、寝室へと歩いていく。

ガチャ

ドアを開けるといつの間にかはんぺんが元の布団に戻っていた……なんて事はなく、少しちぎった後のある2枚のそれが部屋に鎮座していた。

「明日はフライにでもすっか」

そう言いながら俺ははんぺんに近付き、さっきと同様に手で適当な大きさを掴んで皿に乗せていく。そして適量取ったところで立ち上がり、そのまま部屋の外へ。出る間際にエアコンのスイッチを入れ、冷房をかなり低めの温度に設定してしっかりドアを閉める。

「まあ1日で悪くなるとは思わないけど、匂いが部屋に付いたらイヤだしな……」

明日の夕飯のおかずとなるはんぺんを持ちながら、そう呟いて台所へ。そして俺は皿にラップをかけ、冷蔵庫へ。

「はい、これでオッケー……っと」

ええと、確か予備の毛布がどっかにあったよな。今日はそれにくるまって居間のソファーで寝るか。

俺は「ふあぁ……」とあくびをしながら大きく背を伸ばし、毛布を取りに行く。

――布団がいつの間にか巨大なはんぺんに変わっていた。

それだけ聞けば相当不思議な現象だろう。でも別にはんぺんは熱くないし、はんぺんに挟まれて動けなくなる訳ではない。

……それならいいじゃん、寒天より全然マシだって。

俺はそう心の中で呟きつつ、見つけた毛布を片手にソファーへごろり。
今度のゴミの日は少し早起きしないとな……と、はんぺんがある部屋の方向を見つめる。

……たくさん入るゴミ袋、買わないとな。




                                          「はんぺん」 END




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