「ドロップ 4つぶめ」
――バタン
車をドアが閉まる音。続けて反対側からバタンともう1回。
俺と飛鳥は車を降り、2人で駐車場を歩いていた。
「カゴは別々だからな」
「わかってるよ」
「予算は飲物込みで700円!」
「……遠足かよ」
――俺達は旅行に来ていた。
初日の宿がある町に着いて5分、俺達は目的地に着いた……訳ではなく、その少し前で地元のスーパーに寄っていた。
目的は肉でも魚でも野菜でも惣菜の弁当でもなく、お菓子やジュースの類。
今日これから泊まる宿は勿論食事が出るが、その後の部屋でまったり過ごす時用の買出しを先にしておこう、という話になっていた。
別にコンビニでもよかったのだが、ちょうどいいタイミングで地元チェーンと思われるスーパーを発見。何か地元名産の野菜やその土地の料理が見れないか、という興味も手伝い、ここに寄る事にした。
「別に飲物は宿で買ってもいいよね?」
「まあな。今買ってもぬるくなるだけだし、部屋の冷蔵庫は常備されてるもの以外入れれない仕様かもしれないしな」
「もしかしてあの1回取り出すと戻せなくて課金されるヤツ?」
「そうそう、それ」
本当の所はどういうシステムなのか判らないが、さすがに今宿に電話して「僕らが泊まる部屋の冷蔵庫ってどんなヤツですか?」とは聞けないし、そんなのわざわざ聞きたくない。
そんな訳で俺はぬる〜いジュースや酒は飲みたくない! という事でこのスーパーでは買わない事に決めていた。しかし飛鳥はというと……
「でもなー、宿の飲物がビックリするくらい高いっていう可能性もあるんだよねー。それを考えるとここで安いのを買う、というのもアリなような気がする」
「なんだ、その辺は意外としっかり者なんだな」
確かに酷いところは缶ジュース1本で160円とかいう足元見まくりの値段設定だったりする。しかし今回泊まる宿はそれなりに良心的な宿泊料金だし、事前にネットで調べた時もそんな話は出てなかった。だから俺は大丈夫だと思うのだが……
「とりあえず安ければ飲物もここで買おうかな」
「そうか。じゃあ俺もそうするかな」
そう言って俺は積まれているカゴを2つ取り、飛鳥に渡す。
ちょうど2人はスーパーの入口に差し掛かっていた。
「あ、果物とかよくない?」
「……いや、俺はいいわ」
店の中に入ってすぐの所にあったのは野菜と果物の売場。
飛鳥はそこに並んでいるリンゴやイチゴに興味が湧いたのか、そんな事を言ってくる。
だが俺はその問い掛けを即否定。だってさっきまでフルーツ味のドロップをずっと舐めてたんだもん。
「どうして? 美味しそうだよ?」
「いやいや、さっきまで必死にドロップ舐めてたっつうの」
「あ、そっか……」
おいおい、「すっかり忘れてたわ」みたいなリアクションしてんじゃねえよ。
俺は飛鳥の天然な反応に素で呆れてしまう。
俺達は数時間前に休憩がてらに寄ったコンビニで昔ながらの缶に入ったドロップを買い、運転中に2人で舐めていた。
途中そのカンカンのドロップを巡って(?)トラブルであったりバイオレンスな出来事に発展したりと色々あったが舐め続け、ついさっき最後の2粒を飛鳥と一緒に口に入れた。
今はもう溶けてなくなったが、それでもまだ口の中はアメを舐め終わった後特有の甘ったるい感じが残っている。それは飛鳥も同じはずだと思うんだけどなあ。
「まあいいや、飛鳥が食いたければ買えばいいさ」
「うーん、じゃあパス」
飛鳥は少しだけ悩んだ後、そう言ってリンゴが並ぶ棚をスルー。お菓子売場を目指してツカツカと歩いて行く。
「……当然の反応か」
リンゴよりイチゴよりチョコとポテチを取るよな、アイツは。
俺はそう呟くと飛鳥の後を追ってお菓子売場へ……行くと見せかけて別方向へ。
とりあえず先に酒売場に行ってビールとチューハイを漁るか。あ、それとチーカマとサラミもゲットしないとな。
「サラミサラミ〜っと」
即興のサラミソングを口ずさみながら酒売場に向かう俺。通路を歩いている途中、早くもお菓子売場に到着してカゴに詰め込んでいる飛鳥を発見するが、とりあえず今は触れないでおく。
だって「おっしゃー、買占めじゃー!」とか言って蒲焼さんガバガバ掴んでるんだもん。あんなのに関わり合いたくねえっての。
――数分後。
「さて、俺もそろそろお菓子売場に行きますか」
カゴの中にはビールを2本とチューハイを1本、それにイカの形をした揚げたヤツ(これ何て名前なんだ?)とサラミ。
最初に自分が言った予算700円はこの時点でオーバーしていたが、そんなのは気にせず俺は夜に飲む酒とつまみを選び、さっき飛鳥がいた売場に向かっていた。
「よう」
「あ、先に飲物見てきたんだ」
もう他の売場に移動したかな? とも思ったが、飛鳥はまだお菓子のチョイスに熱意を燃やしていた模様。現に今もコンソメ味とのり塩味のポテチを両手に持ち、どちらにするか悩んでいるようだった。
「その2択なら俺はのり塩だな」
「うーん、リッチコンソメなら迷う事もなかったんだけどねー」
俺にはリッチの有無で決断が鈍る意味が判らないが、飛鳥にとってはなかなかに重要な差らしい。つかリッチの方が美味いなら全部そっちにすればいいじゃん。
「聞いてよ、ここリッチコンソメ置いてないんだよ? おかしいよ」
「別におかしくはないだろ」
また何かおかしな事言い出したで? 俺はそう思いながら飛鳥のカゴを見る。
先の蒲焼さんの他、うまい棒の納豆味も買い占めていた。これを見ればおかしいのはどちらかと言うとスーパーより飛鳥のような気がする。
「もういいや、どっちもヤメ!」
「あらま」
「代わりに動物ビスケットとジャンケングミ買う!」
「……また随分かけ離れたものを代役に据えるんだな」
ポテチの代わりといったら普通コーンスナック系とかじゃねえの? それじゃなきゃエビせんみたいなヤツとかさ。
俺は大好きなポテロングとわさビーフを自分のカゴに入れながらそんな事を考える。まあ好きにすればいいけどさ。
「しかしジャンケングミとかまだあるんだな」
「懐かしいよね」
「パーが一番面積広いから得だ! とか思いながら買ってたよ」
そう言いながら俺は飛鳥の横に立ち、一緒にグミを手に取りながら子供時代の話をする。そういや動物ビスケットも昔からあるよな。
「そうそう、このクッキーってCMで牛乳に浸して食べてるけど、それってあんま美味しくないよね?」
「ああ、それに関しては同意せざるを得ないな。何か「こんな食べ方もあるよ! オシャレでしょ!?」みたいな意図が見え隠れするけど、クッキーはそのままサクサク食った方がいいわな」
「それとこの薄焼きせんべい、塩味が効いてるエリアと全然味がしないエリアがあるのよね。あれ何とかならないのかなー?」
「む、これまた激しく賛同するしかない意見が出てきたな」
こうして俺と飛鳥はお菓子売場で夜食べるものを物色しつつ、色んな商品に文句を付けていく。消費者って身勝手だな。
――その後、お菓子談義は時間の都合から終了。
2人は別々のカゴを持ち、別々のレジを通して別々に袋詰め。
そして俺と飛鳥はスーパーを後にし、車に戻る。
「よし、寄り道はここまでだ。行くぞ」
「うん」
目的の宿はここから10分もすれば着くだろう。俺はそう思いながらハンドルを握り、車を走らせる。
さっき買ったものは当然手を付けず、後部座席に置いたのだが……何故か飛鳥はそのまま助手席に持ち込み、さらにあろう事か袋をガサガサ漁っていやがる。
「おいおい、宿はもうすぐそこだぞ? 着いたらすぐメシなんだから今は食うなよ」
「判ってるよ、ちょっと買ったもの確認しただけ」
「何だ、買い忘れたものでもあるのか?」
「違いますー」
そう言いながらスーパーのビニール袋に手を突っ込み、どこか不穏な笑みを浮かべる飛鳥。これは何か企んでいると思っていいような気がする。
「あ、そうそう」
「……なんだ?」
「かなり前の事なんだけどさ」
「ん?」
どうした、何かちょっと改まった感じになったぞ飛鳥のやつ。
俺はハンドルを切る合間にチラリと助手席を見る。飛鳥は片手をビニール袋に入れたまま俺を見ていた。
「ごめんね、あの時は」
「???」
うわ、いきなり謝られたぞ?
そんな飛鳥が謝罪するような事なんて……そりゃあたくさんあるけど、わざわざ後から改めて「ごめんね」なんて言うなんて相当だぞ?
何だ? どの時だ? 俺は頭をフル回転させ、今日の道中での出来事を思い返す。
……股間への打撃? いや、それはよくあるな。
……カンカンの角で殴った? いや、ダメージ量にしてみればこれも日常レベルだな。
「悪い、わかんねえ」
「そっか。でもこれ見れば判ってくれるよ」
飛鳥はそう言ってビニール袋から何かを取り出し、それをコトリとダッシュボードに置く。
――カラカラ
するとその時、聞き慣れた音が鳴る。
それは今日何度も聞いた、カンカンに入っているドロップの音。
飛鳥はさっきようやく食べ終わったドロップをまた買ってきていた。
理由は……全く判らない。
「ほら、今回は普通のドロップじゃなくてのどにいいタイプのドロップだよ」
「……」
まだ意図が掴めないでいる俺。口調は確かに優しい感じだし、俺のために買ってくれたというのは判る。ただいくらのどにいいタイプだからって、1日で2箱もドロップ買うのはおかしいだろ。
「はい、それじゃあこれは全部舐めてね。……1人でな!」
それまで珍しく優しい口調、穏やかな様子でいた飛鳥だが、最後の最後で態度を豹変。「まさに外道!」というツッコミが最適な憎らしい表情を浮かべてきた。
「テメーこのやろ……」
一体何の恨みがあってこんな事をするんだよ。
俺は詳しい事はまだ判らないながらも、しおらしい演技付きで馬鹿にされた事実だけは理解。とりあえず反論しつつ、どうしてこんな嫌がらせをしてくるのかを考える。
「ふんだ、元はと言えばアンタが最初に下らない事してきたのが悪いんだからね」
「はあ? なんの事だよ?」
全然判らない。今度は俺が悪いとか言い出してきたぞ。
多少カチンとた俺はそう言い、飛鳥に向かって軽く言葉を荒げる。
しかし次の瞬間、そんな俺の態度は早くも一転する事に。
「私はまだ許してないわよ、おにぎりにドロップいれた事を!」
「うっ……」
なるほど、あの時の事か。まだ恨んでやがったのか。
俺は飛鳥の言葉に「そうか、悪い事したなー」という思考に一瞬傾くも、すぐに「いやいやいやいや」と思い留まる。
また相当序盤の話を蒸し返してきたな。っていうかこれはさすがにしつこいだろ。そして何より十分に報復してきたじゃねえか。
「ほらほら、あげるって言ってるんだから舐めなさいよ」
「うっせえ!」
誰がもうじき宿の美味いメシが食えるって時にのど飴ドロップなんか舐めるかよ。そんな事したら米も刺身も鍋も全部ハッカみたいな味が混じるじゃねえか。
想像しただけでも軽くオエッと言いそうな夕食模様に俺は思わず首をブンブン振ってしまう。もうこの時点で十分な嫌がらせが発動していた。
「いいから口開けなさいよ、食べさせてあげるから」
「そんな事したら飛鳥も道連れだからな?」
「な、何する気よ?」
「ふふん、昼やった事をそのまま夜に応用するだけさ」
「まさか……!?」
おにぎりドロップであれだけの破壊力なら、鍋物やお吸い物に入れたらさらに大変な事になるはず。それは飛鳥もちょっと想像すれば判るだろう。
俺はニヤリと笑い、「宿の夕食が楽しみだなあ」と言わんばかりに飛鳥を見つめる。
「ちょっと、それはやめてよね!」
「知らんなあ、約束は出来ないなあ。……ほら、それじゃあもらってやるからカンカンよこせよ」
「いやっ、やっぱりダメ! これは私の!」
「何だと、ズルいぞ飛鳥! それでも男か!?」
「200%女だっての!」
そう言いながら飛鳥はダッシュボードの上に置いていたドロップの缶を慌てて取り、俺に渡すまいと遠ざける。
――カラカラ
乾いた音が鳴る。最初聴いた時は懐かしい音だと和みすら感じていたが、今はもうそんな感覚は微塵もなかった。
――俺達の旅はやっぱり順調なんかじゃなく、波乱と起伏に満ちていた。
「ドロップ 4つぶめ」 END
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