「ドロップ 3つぶめ」



――旅をしていた。

愛車のハンドルを握り、最愛と腐れ縁の2つを兼ね備えた彼女と共に。

最後の休憩から約3時間、旅の日程としてはそろそろ本日の宿に着く、という所だった。

――カラカラッ

助手席からマラカスのような音が聞こえる。
見ると飛鳥がさっき買った缶入りのドロップを振っていた。それも結構な勢いで。

「なんだ、ご機嫌斜めか? それとも欲求不満か?」

「どうしてそうなるのよエロガッパ」

「僕はカッパじゃない」

俺は国営放送にて何度も再放送をしているアメリカの某ドラマ、高校白書と銘打ってるクセに主役達はどう見てもティーンズには見えないドラマの隠れ名セリフ、「僕はミネソタじゃない」を真似てみる。

「ふーん、エロって事は認めてるのね」

しかし悲しい事に俺の唯一にして渾身のモノマネは飛鳥に伝わっていなかった。
まあ唯一にして渾身の持ちネタがブランドンってのもどうかと思うのだが。

「……健全な青年レベルの性欲だと自分では思っておりますが」

「アンタが健全レベルならこの国で少子高齢化なんて問題起きてないわよ」

「言うねえ」

「死ねエロハゲ」

だから俺、ハゲじゃねえっての。毛根から活力みなぎってるっての。俺の頭こそがアートなネイチャーだっての。リーブ23くらいあるっての。
途中から全く意味不明になってきたが、まあそれはさておき……と。

「で、話戻すけど何でそんなガシガシ缶振ってんの?」

「こうでもしないとくっ付いてるのが離れないでしょ?」

「ああ。確かに」

飛鳥の言葉に納得する俺。
ちょっと前からドロップは缶の中で軽く溶けてくっ付き始め、舐めようと取り出すと合体したドロップばかりが出てきていた。
まあ中には組み合わせる事でいい感じな味になるケース(ピーチ+ハッカでピーチミント風)もあったが、大半が「頼むから単体で舐めさせてくれ」というもの。メロンコーヒーとかハッカコーヒーとかもはや罰ゲームだろ、という感じだった。

「私だって普通にドロップ舐めたいわよ」

相変らずカラカラと缶を振りながら飛鳥が本音を漏らす。
序盤は俺ばかりがハズレを引き、キワモノ担当は俺で決定みたいな流れだったが、途中からは飛鳥も結構な引きの悪さを発揮し、嫌いな味を連続で舐める羽目になっていた。

「そういや俺もしばらく単体の味で舐めてないな」

「でしょ? ドロップって味を組み合わせてナンボ、みたいなお菓子じゃないんだから」

――カラカラッ

そう言って飛鳥は再び手にしていたカンカンを振る。まあ言ってる事はごもっともなのだが……ずっと握ってるから熱で溶けるんじゃねえの?
俺は前から抱いていた疑問を再び思い返す。これはさっきも言ったのだが、なぜか認めてもらえなかった。変に強情なんだよなー

「でもさっきからちょっと強く振りすぎじゃねえか? そこまでやったらさらに融合するか粉々に割れるぞ?」

「そう? まあ言われてみればそうかもね」

――カラカラ

俺の言葉を受けて飛鳥はカンカンを振る強さを少し抑え、音も以前のものに戻る。変に強情な部分があるかと思えば一転して素直に……難儀な性格だぜ。

「なあ飛鳥?」

「なに?」

「あーん」

もう何回やったか判らない、大口を開けて「食べさせてちょうだい」のサイン。
しかしまだ成功したケース、つまり飛鳥がドロップを俺の口まで運んでくれた試しは1度もなかった。しょんぼりである。

「……しつこいなー。どうしてこだわるの?」

「男のロ・マンかな?」

「何その全身白ずくめのヒーローっぽい言い方」

「お前、結構マニアックなネタもいけるよな」

「うっさいやい」

飛鳥はそう言うとプイッとそっぽを向く。とっても素直じゃなかった。
別に口移しで食わせろと言ってるんじゃないし、これくらいノリよくやってくれてもいいのに。

「あーん」

「そんなに食べさせて欲しいの?」

「おう」

「何か狙ってる?」

「別に」

「ホント?」

「ああ。指までペロッと舐めたいとか、そういう事は全然考えてないから」

「……」

じっとりと、そしてベッタリとした非難の視線が向けられる。
チラリと飛鳥の表情を伺うと、これ以上ない嫌悪感を隠す事なく全面に出していた。

「こええよ」

「私はアンタが怖いわ」

「いいじゃんかよ、減るもんじゃないし舐めさせろよ」

「死ね変態!」

「ふぬあっ!?」

ガギッ!

何と事もあろうに飛鳥は持っていたカンカンの角で俺を額を殴ってきた。
凶器の使用は反則だ。というか俺は運転中だっての。そして死ぬほど痛いっての。

「……あ、へこんだ」

「おいおいおいおい」

冷静にツッコミを入れる俺。しかしそんなクールな態度とは裏腹に、殴られた額は熱を持ち、心なしか腫れてきていた。


――数分後。

「あー、気持ちいいわー」

「……」

カンカンの角で殴られた後、俺は自販機が置いてある所を見つけて一旦停車。
額に出来つつあるコブの痛みを取るべく、ジュースを買ってそれを額に当てる事にした。
最初は自分でジュースを持つつもりでいたのだが、責任を感じてか飛鳥が「私が押さえてる」と言ってジュースを強奪。
その結果俺は両手で運転し、そこに飛鳥が腕を伸ばしてジュースを押さえつけている、という状態。
状況が判らないと何をしているのか全くもって不明の構図である。事実すれ違った車の運転手に何回か「???」という顔で見られていた。

「なあ飛鳥、腕疲れてないか?」

「……ちょっと」

「ったく、素直に俺の口にドロップ入れてくれればよかったのに」

「だって私の指までベロベロ舐めてくるんでしょ? それはイヤだよ」

「そうか。難しい問題だな」

「……」

グリグリ

飛鳥は無言でジュースの缶を額に押し付けてくる。その力はなかなかに強く、コブが引っ込むか缶がヘコむか、という感じ。……普通に痛ぇよ。

「もう、何なのよこの構図は」

「シュールだよな」

「……はあ」

「もういいぞ飛鳥、後は俺が持つから」

俺はそう言って飛鳥の手からジュースを掴み、自分の額に当てる。
すると飛鳥はしばらく俺の顔をじぃ……と覗き込み、やがて観念したかのように「ふう」と息を吐く。そしておもむろにドロップのカンカンを取り、中から俺の一番好きなレモン味を選んで摘む。

「はい、あーん」

「いいのか?」

表情はほとんど無表情ではあるが,どうやら俺の希望を叶える決断を下したようだ。飛鳥は指先にドロップを摘み、俺の口元に運んでくる。しかもセリフ付きで。

「はい、あーん」

「チュパチュパすんぞ?」

「……はい、あーん」

あ、今一瞬間があったな。でもまあ否定の言葉は口にしてないし、これはOKサインだな。
俺はそう判断し、額に当てていた缶ジュースを一旦外して飛鳥の方に口を開いて向ける。

「あーん」

「はいどうぞ」

口の中にポトリと落とされるレモン味のドロップ。そして飛鳥はすぐに手を引っ込める事もなく、そのまま俺の唇に指を置く。

ちゅっ

それじゃあお言葉に甘えまして……という感じで俺は口を閉じ、飛鳥の指を軽く吸う。さすがに舌でペロペロというのは出来なかった。
……っていうか何やってるんだろうな俺達。

「満足?」

「ん」

俺がそう答えると飛鳥は指をゆっくり引き抜く。
ちゅぱ、という小さな音が鳴った。とてもエロスな感じだった。

「……この変態」

「この変態の彼女」

「うっさい死ね」

物騒な言葉とは裏腹に、諦めにも似た表情の飛鳥。どうやら俺は勝利したようだ。まあ何の勝負をしていたのかは判らないが。

「で、感想は?」

「初恋はレモンの味がするってのは本当だった」

「……バーカ」

それはドロップのせいだっての。
飛鳥はそう小声で呟き、何事もなかったかのように再びカンカンを持って軽く振る。

――カラカラ

結構中身は減ってきたが、カンカンからは変わらず乾いた音が聞こえてくる。
だがその音はさっきまで比べ、心なしか俺には嬉しそうな音に聞こえた。
それはカンカンを振っている人物、つまり飛鳥の心境を現しているのか、それとも俺が嬉しいからか。

ま、どっちでもいいか。

俺はそう思い、レモン味のドロップを右の頬から左の頬へと転がしては酸っぱい味を楽しむ。

……でも。

「出来ればどっちかじゃなく、両方だったらいいな」

気付くと心の声が実際の声として出ていた。
当然いきなりそんな事を言い出す俺に飛鳥は「?」という顔でこっちを見てくる。

さて、これは説明した方がいいだろうか。

俺は舌の上でドロップを転がしながら、そんな事を考える。


――残りのドロップはあと少し。

そしてまた、本日の宿までの道程もあと少しだった。


――俺達の旅は順調だ。





                                     「ドロップ 3つぶめ」 END



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