「ドロップ 2つぶめ」



――旅行をしていた。

交通手段は車、同行者は俺の彼女。

さっきまで俺達は道沿いのコンビニに寄り、休憩がてらに軽く小腹を満たしていた。
まあ色々あって結局そこでは全く休まる事はなく、何なら逆に疲労と傷を負ったくらいな感じになってしまったのだが、旅行自体に問題はなかった。

――カラカラ

「〜♪」

乾いた音と、ご機嫌な感じの鼻歌。
助手席に座っている飛鳥はさっきコンビニで買ってきた缶入りドロップを手にし、流れる景色を眺めながらドロップを舐めていた。

実はこのドロップこそが先の休息タイムを戦慄タイムに変えたキーアイテムなのだが、まあそれはさておき……と。

「なあ飛鳥、俺にも1つくれ」

そう言って俺は少し飛鳥の方に顔を向け、大きく口を開ける。
さっきから車内には飛鳥が舐めているメロン味のドロップの匂いが漂い、その甘い香りを嗅いでるうちに俺も舐めなくなってきていた。

「ん」

俺のドロップちょうだいアピールに対し、飛鳥はノリよく「はい、あ〜ん」と食べさせてくれる訳もなく、短く頷くとフタを取ったドロップの缶を俺に突き出してくる。

「……あのなあ、こういう時はだな、俺の好きな味を取り出して食べさせるもんだ――」

「ん」

俺の言葉を遮るように飛鳥はさっきより少し大きめの声を出し、さらにグイッと缶を近付けてくる。

……はいはい、わかりましたよ。

仕方なく俺は突き出された缶の下に手のひらをあてがう。
するとそれに合わせ、飛鳥は持っていた缶を軽く振る。

――カラカラ

乾いた音が鳴る。それはドロップのカンカン特有の音。何が出てくるか判らない、ドキドキとワクワクに満ちた音。
そして数回缶が揺らされた後、ポトリと1粒のドロップが俺の手のひらに転がり出てくる。

「……うわ、これかよー」

ドキドキとワクワクがガックリとしょんぼりに変わる。
出てきたのは俺が望んでいた黄色や紫色ではなく、茶色でもない黒でもない微妙な色のドロップだった。

「それ、チョコだっけ?」

「わかんね。チョコのようなココアのようなコーヒーのような、それでいてそのどれでもない味だった記憶がある」

そう、俺にも正確な味はわからない。ホント、この黒っぽいドロップは何者なのだろう。果物味の中にどうしてこんなのが混じってるんだろう。
俺は長年の疑問と不満をここで再び燃え上がらせてしまう。

「もしかしてかなり嫌い?」

「ああ。俺的評価だとハッカの次に嫌いだな」

そして俺はそんな大嫌いなハッカ味をさっき食べている。しかもありえない組み合わせで無理矢理食べさせられている。試さなくても脳内イメージで十分判ると思うが、とりあえず警告しておく。
ハッカと米と海苔は間違いなく合わない。あれは、地獄だ……!

「残念。でもまあこればっかりは運だからねー」

そう言って飛鳥は今回まだワーストとブービーしか出していない俺を見て笑い、再びカンカンを軽く揺らす。どうやら口の中にあったメロン味は舐め終わったようだ。

――カラカラ

「あ、やった」

「マジかよ……」

ポトリと出てきたのは俺が引き当てたかったレモン味のドロップ。ちなみに飛鳥もレモンは結構好きなはず。……何だこの対照的な差。

「なあ、こうか――」

「パクッ」

「……」

「え? 何か言った?」

「いや、なにも」

さすがは飛鳥。俺が交換を持ちかけようとするも速攻で口の中に入れやがった。
その後の「何か言った?」という言い方も存分に勝ち誇った感を出してる所が小憎らしい。

「……ま、いっか」

別にこれが最後の1粒ではない。俺は次があるさと言い聞かせ、何味か判らない、そして何色かも判らないドロップを口に放り入れる。久しぶりに舐めたが、やっぱり好きではない味だった。


――それから10分後。

「なあ飛鳥」

「なに?」

「……リベンジ」

ちょうど赤信号に捕まり、よそ見が可能になったところで俺は飛鳥の方を見る。
まあヤツの顔を見つめるというよりは手にしているカンカンに視線を向けているのだが。

「次はいいのが出るといいね」

「……それ、本心?」

「まさか」

清々しいほどの嘘宣言。相変らずストレートなやつだ。

「本心は?」

「延々とハッカ舐めてろハゲ」

「俺、ハゲじゃねーし」

もういいからさっさとカンカン振れよ。
俺はそんな思念を飛鳥に向けて発信しつつ、さっきと同じように手を突き出す。
すると飛鳥は「はい、それじゃ頑張って」と言いながらカンカンを傾けて軽く振る。

――カラ、カラ

何だ、ちょっと音が変わったぞ?
それまでは缶が揺れる度に乾いた音が鳴っていたのだが、今回は少し音色が違っていた。そこまで中身が減った訳じゃないのだが……

「あ……」

ポロンと出てきたのはモモ味と思われるピンク色のドロップ……とハッカの2粒。しかも単体同士ではなく、くっ付いて出てきた。

「少し溶けてきたね」

「オメーがずっと掴んでるからだろ」

「車の中が暑いからだよ」

非は私に無いと言わんばかりの飛鳥。どうしてまあこうも堂々と出来るんでしょ。怖いわー

「まあいいや、余計なオマケは付いてきたけど待望のフルーツだ。ピーチミントって事で」

そう言って俺は1粒になった2粒を口に含む。新たな種類ピーチミント味はなかなかにイイカンジだった。ハッカも組み合わせれば使える子になるじゃないか。

「それじゃあ私も」

「タラコ味引け、タラコ」

「ねえよ」

「じゃあイチゴおにぎり味」

「思い出せるな!」

本気で嫌そうな顔を浮かべる飛鳥。確かに俺もあれをもう一回食えと言われたらキレるわな。自害もいとわない覚悟だ。イートorダイというやつである。

――カラ、カラ

最初に比べて少々もっさりした音が鳴る。続けて飛鳥の手のひらに1粒のドロップが転がり込んでくる。……いや、出てきたドロップは俺と同じ”元1粒”と言った方がいいか。飛鳥の手のひらには3粒が1つに固まったドロップが乗っていた。

「……うわー」

「すげえな、色々と」

俺がここで言う色々というのは3粒が1粒に、というもの勿論あるが、その組み合わせもまた驚く対象だった。
色でいうと……黄、黄、黄。味でいうとパイン、パイン、レモン。飛鳥はまさかの同色3種類を引き当てていた。

「どんだけ黄色好きなんだよ」

「別に好きじゃないっての」

「しかしスゲーな、確率でいうとどのくらいなんだ?」

缶の中に入っているドロップは2〜30個くらいで、味が10種類くらいだから……知らねえや。計算するのも数式出すのも面倒臭ぇ。
俺は言うだけ言って考えるのを放棄、3粒固まったドロップを舐めにくそうに口をモゴモゴしている飛鳥を眺める事に。

「……何見てんの?」

「いや、リスみてえで可愛いなと」

「……何言ってんの?」

「いや、本当にそう思っただけなんだけど」

「……何恥ずかしい事抜かしてるの?」

「いや、抜かしてるはヒドくね?」

とっくに信号は青に変わり、俺は軽快な速度で車を走らせていたが、ちょうど真っ直ぐな道が続いていたので俺は飛鳥を見ながら運転していた。

「いいから前見ろ」

「へいへい」

ははは、ちょっと照れてやんの。
ぷいっと反対側を向く飛鳥を見て俺は1人でニヤニヤと微笑む。そして調子に乗って手を伸ばし、飛鳥の髪の毛を撫でるのだが、それはやりすぎだったようでペシッと払われる。オトメゴゴロというのは相当にフクザツなようだ。

「……」

「……」

珍しく無言が続く2人。いつもは基本的に罵り合いか皮肉合戦が行なわれているのだが、怒りからの両者無視という展開以外で無言が続くのはあまりない。
まあ曲がりなりにもカップルとしてそれはどうなんだ、という話ではあるのだが。

……まあいいや。

俺はそう心の中で呟くと、ハンドルを握り直して前を向く。
今舐めているピーチミントのドロップが口から消えたら、また飛鳥の名前を呼んで「あーん」って口を開けよう。
それに乗ってくれれば言う事なし、さっきみたいに「ん」だけでもそこから話を広げればいい。
今は無理して話しかけてもどうせ「黙れハゲ」とか「死ねハゲ」とか言われてお終いだろうしね。……って、俺は別にハゲじゃねーし。

そんな事を考えながら、俺は口の中のドロップを左右に転がす。
早く溶けねえかな。思い切って噛み砕くかな。そんな事も同時に考えながら。


――旅行はまだまだ序盤だ。





                                   「ドロップ 2つぶめ」 END


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