「SM 姉弟変態ディナー」
「……はあ」
と、いきなりため息スタートの俺。
「どうしたよ?」
さすがにそう聞かざるを得ない状況に口を出す相方。
「実は昨日、久々に家族全員揃って晩飯食ったんだけどさ」
と、乗ってきた相方に話を始める俺。
「おう、いい事じゃん」
頷く相方。
「俺、そんなアットホームな場でちょっとやらかしちゃってさ」
と、陰りのある表情を見せる俺。
「どうした? 何をやっちまったんだ?」
興味を示す相方。
「メシを食う場で……っていうか、そもそも家族にするような話じゃない事を喋っちゃってさ。もう大変だったよ」
と、俺。
「一体何をやっちまったんだ?」
話を促す相方。
「俺さ、結構な変態じゃん?」
と、同意を求める俺。
「まあな」
普通に同意してしまう相方。
「メシの時、いつもの感覚っていうのかな? 仲間内でいる時のテンションで喋ってたんだ」
と、俺。
「ほう」
頷く相方。
「で、何の話だったかは忘れたけど、親父がいきなり寒いギャグを言ってきてさ。黙れよ、っていう意味をこめて『ギャグボール咥えさせるぞボケ』って言っちゃってさ」
やっちゃった、という顔になる俺。
「おおう、何てストレートな」
呆れ+半笑いの相方。
「まあ当然シーンとなるわな」
「なるな」
うんうんと頷く俺。そして相方。
「静 ま る 食 卓」
強調する俺。
「いいよ、いちいち強調して言わなくても」
それを簡単に流す相方。
「あ、ちなみにコレ、全然序章だから」
注釈を入れる俺。
「マジ?」
驚く相方。
「静まり返った食卓に響く、『ギャグボールって何?』という妹の声」
と、俺。
「痛い、純粋な知識欲が痛いッ!」
と、相方。
「だから答えてやったさ、『ギャグボールってのはな、SMグッズの1つで口に咥えされる穴の開いたボールの事だ。強制的にヨダレをダラダラ垂れ流させるのがたまんねえんだ。これに追加でアヘ顔が俺的最強な』……って」
そう言ってビシッと親指を立てる俺。
「うわー」
棒読みで軽く引き気味な相方。
「静 ま る 食 卓」
繰り返してみる俺。
「だろうな」
やっぱり流す相方。
「冷 め 切 る 空 気」
追加してみる俺。
「盛り上がってたまるかよ」
クールに言い放つ相方。
「突 き 刺 さ る 母 親 の 視 線」
もういっちょ強調気味に喋ってみる俺。
「正しいよ、オメーの母ちゃん正しい」
うんうんと頷く相方。
「『お、わかってるじゃん』と話に乗ってくる姉、身体だけでなくおかずの皿まで遠ざける妹、『やるな兄者』と言わんばかりの弟」
と、俺。
「待て、おかしいのいる! その食卓におかしいのがお前以外にまだいる!」
慌ててつっこむ相方。
「未だ話を掴めないでいるおじいちゃん」
ここでじいちゃん投入。
「じいちゃんいたんだ!」
当然つっこむ相方。
「実 物 を 持 っ て こ よ う と す る 姉」
さらに衝撃の事実を告げる俺。
「所持!?」
驚く相方。
「……と、まあ俺の何気ない一言で姉の意外な一面を知った訳だが」
話を一旦落ち着かせる俺。
「いやいや、まとめんなよ。問題は山積みだろ」
そうはさせまいと相方。
「それからどうなったんだよ」
そして問いただす相方。
「聞きたい?」
じらしてみる俺。
「聞きたい」
素直に答える相方。
「それじゃあ……」
コホンと咳払い、状況説明を再開する俺。
「興 奮 を 隠 し 切 れ な い 父」
と、俺。
「うわー、最悪や」
顔をしかめる相方。
「泣 き な が ら 台 所 に 消 え る 母」
と、俺。
「当然だろうな」
父の時とは一転、同情するような相方。
「さ ら に 詳 し く 解 説 を 始 め る 姉」
と、俺。
「やめろ! これ以上ややこしくするな姉ちゃん!」
止めに入る相方。
「目を輝かせて話す姉、『いや、こんなのお姉ちゃんじゃない……』と怯える妹」
と、俺。
「トラウマや、完全にトラウマや……」
母に続き、妹に同情する相方。
「実 況 ス レ 立 ち 上 げ を 考 え 始 め る 弟」
と、俺。
「まさか弟……!?」
唖然とする相方。
「空 に な っ た 茶 碗 を そ っ と 出 す お じ い ち ゃ ん」
そして再び登場、おじいちゃん。
「食うね! おじいちゃん食うね!」
思わず感心する相方。
「そ し て 姉 の 話 は フ ィ ス ト プ レ イ に」
と、俺。
「だからやめろって! 親の前だぞ姉ちゃん!」
必死に止める相方。
「下 半 身 に 変 化 が 生 じ る 父」
と、俺。
「マジで最悪な、おめえんトコの親父」
怒る相方。
「興 味 を 示 す 妹」
と、俺。
「目覚めちゃった! さすが兄妹!」
無念! と言いたげな相方。
「新 事 実、 姉 の 好 き な プ レ イ は 聖 水」
臆する事なく姉の嗜好をバラす俺。
「聞きたくねえ! 知りたくねえ!」
なまじ面識があるためにショックを隠しきれない相方。
「そして再びギャグボールの良さを語る姉」
と、俺。
「ぶり返すな! もうやめるんだ姉ちゃん!」
泣き叫ぶ相方。
「お か ず の ミ ー ト ボ ー ル で 真 似 を 始 め る 妹」
と、俺。
「アーッ!」
もうだめだ、と嘆き出す相方。
「『 面 白 い の う 』 と 千 円 札 を 渡 す お じ い ち ゃ ん」
またしてもナイスなタイミングで登場のおじいちゃん。
「ダメー! そんなんで小遣いあげちゃダメー!」
おじいちゃんを諭す相方。
「衝 撃 の 事 実、 姉 が O L と い う の は 嘘」
と、俺。
「……」
絶句する相方。
「ま さ か の 展 開、 姉 は 知 る 人 ぞ 知 る S M ク イ ー ン」
と、俺。
「あああああああああ」
わなわな震える相方。
「謎のセリフ、『あのサイトで見た画像はお前か……?』」
と、俺。
「全然謎じゃねえし。っていうか親父どういうサイト見てんだよ」
父に関してはもう呆れるだけの相方。
「『あ、俺も見た事あるかも』と言い出す弟」
と、俺。
「ダメだ、この家族の男はみんなダメだ」
嘆く相方。
「妹 を そ の 道 に 引 き ず り 込 も う と す る 姉」
と、俺。
「断れ! 断るんだ妹さん!」
何とか止めようとする相方。
「『それは風営法違反だ』と言い出す父」
と、俺。
「そこだけ真面目でもなあ」
もはや親父のセリフの時点で受け付けない相方。
「残 念 が る 中 2 の 妹」
と、俺。
「フォーティーン!!」
英語で歳を叫ぶ相方。
「以上、昨夜の夕食風景。……な? やっちまったろ?」
と、状況説明を終える俺。
「……何かお前が普通に見えてきたよ」
見解を変える相方。
「あ、1つ言い忘れてた……」
と、思い出したようにポンと手を叩く俺。
「何だよ」
あまり聞きたくなさそうだが一応聞きかえす相方。
「終 始 全 裸 だ っ た 俺」
自信満々で自分を指差す俺。
「やっぱオメエが1番変態だ!」
ビシッ! と俺の頭を叩き、最後のつっこみを入れる相方。
「どうも、ありがとうございました〜」(×2)
礼。そして舞台をはける2人。終了。
「……って感じのネタを考えたんだけど、どうかな?」
全てを読み終え、パタンとネタ帳を閉じる俺。
「いやいや、『どうかな?』じゃねえよ」
渋い顔をする相方。
……ここは楽屋の中、俺は昨日の夜に考えたネタを相方に披露していた。
「だめ?」
「ダメだろ……」
自分では結構良い出来だと思って話したネタだが、相方の反応はよろしくない。
……残念だ。
「すいませーん、そろそろ本番でーす!」
と、そこへスタッフが俺達を呼びに入ってくる。
「あ、はい」
「出番まであと何分?」
立ち上がり、鏡の前で衣装の最終確認をする2人。準備は万全だった。
「15分です! 袖でスタンバイの方おねがいしまーす!」
「おいっす」
「うぃーす」
俺達が返事をすると、スタッフは別の楽屋へと走っていく。残された俺達はそのまま2人で楽屋を後にし、舞台袖へと移動を始める。
「……で、どう? 今のネタで行く?」
その途中、セットや小道具で溢れる廊下を歩きながら相方に問いかける俺。
「行かねえよ。っていうかこんなネタやれる訳ねえだろ」
舞台の上と変わらないつっこみ口調で返す相方。
「残念。いいネタなんだけどなー」
「おもしれえけど、さすがにアカンやろ。いつかショーパブの営業とか入ったらやろうぜ」
「そういうトコじゃないとダメか……。じゃあ今日はいつも通り、コンビニネタで行くか」
「それが無難だな」
「よし、行きましょ」
「ああ」
そう言って頷き合い、俺達は舞台袖に到着。
……今日の舞台は事務所直営の大劇場、客の入りはかなりいいらしい。
お笑いを始めて5年目、最近になってようやく仕事が貰えるようになってきた俺達。
これからも地道に舞台での漫才を続けていけば、先輩芸人が看板を張るTVの前説→ひな壇→準レギュラー……と、ステップアップしていけるかもしれない。
……と、王道の売れ方を夢見て頑張る2人の漫才コンビ。
しかし彼らの意に反し、2人はこの1年後、局地的な人気を手にする事になる。
そのきっかけは今のネタ。この日の仕事から2ヵ月後、2人は本当に地方のシューパブの営業の仕事を言い渡され、今の『SM姉弟変態ディナー』を披露して回る事に。
するとネタはどこに行っても大爆笑、その噂は色々な情報媒体を介して広まり、その年の暮れに「危険を承知で2人のネタを使いたい」と言い出すTV局プロデューサーが現れ、深夜枠ではあるがこのネタを書き換え&言葉の差し替えなしで放送する事に。
そして放送後、2人は特定の場所を中心に知名度をグンと上げる……のだが、残念ながら以降のTV出演依頼には繋がらなかった。
いくら深夜番組でも、地上波放送には少々適さないのでは? それが2人のネタを放送した局の見解。
こうして笑いは取れたのにTV局の仕事は取れなくなってしまった2人だが、代わりに舞台での仕事が急増。クチコミで面白さが伝わり、単独ライブをやればチケット完売も珍しくない、という状況になるまで、それほど時間はかからなかった。
基本に忠実な漫才、なかなかに上手い漫才を演るコンビ、という評価が一転、面白いけどTVでは使えない危ないネタを演るコンビ、という評価になるまであと1年。
そんな事を知らない、知る由もない2人は今日も舞台に立つ。
今はまだ当人達しか内容を知らないネタだが、これがしばらくの間、彼らの代表的なネタになる。
今の彼らは勿論そんな事は知らない、判る訳もないのだが、今日の楽屋でのネタ披露がこのコンビのターニングポイントになっていた。
2人がそれに気付くのは、これからもう少し先の事である――
「SM姉弟変態ディナー」 END