「うまきす」



――放課後、適度にその辺をぶらついた後の事だった。

「んー、ちょいと腹減ったな」

「お昼あんなに食べたのに? 私の玉子焼きとハンバーグ勝手に食べたのに?」

何気なくつぶやいた俺の言葉に、横にいたマキが反応。何やら微妙にご立腹の様子だ。

「根に持つなよ……」

理由は簡単であり明白。実は今日の昼休み、俺はヤツの弁当を少々……いや、それなりな量を横取りしていた。

「根に持つよー」

むー、と頬を膨らませ、うにうにと腕を振って悔しがる素振りを見せるマキ。実年齢を大きく下回る幼さっぷりを見事に発揮していた。

「しかし微妙な腹の減り具合だ。ラーメンや牛丼は少し多いけど、晩飯まで何も食わねえってのはキツイ」

だが俺はそれを軽くスルーし、誰に言うでもなく空腹の度合いを口にする。
するとマキはまだ不服そうな顔で、それでいて小憎らしい表情を浮かべ、嫌味を吐いてくる。

「食べ盛りだもんね。……ここ17年くらい」

「生まれてからずっとじゃねえかよ」

……ええ。実は俺、17歳なんです。そして横にいるちっこいのも同い年。
関係はちょっち前までは幼なじみの腐れ縁、今はまあ……交際中とかいう関係だ。

「私たちの付き合いの歴史は食べ物の横取りの歴史だからね。……で、その時のカズトの言い訳は決まって「だって俺、食べ盛りだし」と」

今のはもしかして俺か? というクオリティの低いモノマネをやってのけるマキ。正直ここまで似てないと怒りの感情は芽生えない。

「いいじゃねえか、マキだって自分より小食な男はイヤだろ?」

「それはそうだけどー」

「それにアレだ、いくらオールウェイズ空腹の俺でも、嫌いなヤツや料理下手なヤツのおかずは取らん」

と、ここで少し本音などをポロリと吐いてみる。おふざけは大好きな部類に入るが、誰も得をしない嘘は言わない。それが俺のポリシー。

「……え」

固まるマキ。まあ予想の範囲内の反応である。素直っていいなあ。

「ま、そんな訳でこれからも卵と肉方面を中心に横取りしていくんでよろしく」

それは遠回しの告白。これからもマキの弁当を食わせろ、これからもずっと今みたいな関係でいようぜ、そんな意味合いを込めて言ってみた。

「……はいはい。もう、仕方ないなあ」

照れるかと思いきや、マキは理解ある良妻の顔でそう言い、呆れと笑顔のハーフ&ハーフな表情を見せる。

「わかってくれて何より」

勝手知ったる仲というのは非常に楽で気持ちがいい。これはつい最近になって、正式に付き合いだしてから気付いたのだが、本音で接しても壊れない関係というのはとても素晴らしい。
と、俺はそんな事を考えていた。

「んー、でもそれだとこっちが損してるような……。釣り合い悪ぃー」

どうやら俺が考え事をしている間にマキは不満の感情を再燃してしまっていた模様。ハンバーグがメインの弁当でハンバーグを食べるのはもうやめようと思う。

「そうか?」

「うん、アンバランスだよ」

自信たっぷりにそう言い、大して膨らんでいない胸を突き出すマキ。
……そういえば昔、「自信で胸が育つんなら今頃バスト200センチオーバーだな」と言って殴られた事があったな。

「難しいもんですな」

「ええ、難しいのです。……そんな訳で何か埋め合わせしろ」

「なるほど、そうきたか」

頷いて同意を見せたかと思いきや、いきなりストレートな要求をしてくるマキ。
……どうだろう、「いくらでも埋め合わせするから胸に顔埋めさせろ」とか言ったら蹴られっかな?

「うーん、どうせだったら普段しない事がいいな」

頭の中で胸に飛び込まれているとも知らず、マキはそう言って俺へのおねだり内容を考え始める。どうやら多少は御奉仕してやらんとアカン流れになっている模様。ちょっち面倒かも。

「マジか……、そこはかとなく嫌な予感がするんだが」

「……」

うわ、本気で考えてる。妄想膨らませてる。
俺の言葉を完全無視するマキ。こうなった時のヤツはなかなかに危険である。

「むー、これはちがうー」

「……」

第一案、却下。どうやら意向に添えなかったようだ。

「……むはっ、これは!」

「……」

何か思い付いた様子のマキ。しかしその頭に描いたビジョンは遺憾なくエロス方面に偏ったものだったようだ。

「ダメ、それはダメ! まだお昼っ!」

「……」

いやいや、もう夕方だって。
っていうか何だその「まだ早いわ、お日様が見てる!」みたいなノリ。

「わわわわっ、カズトってば大胆!」

「おいそこの、勝手に俺を鬼畜にしてねえか?」

と、ここでとうとう口を出してしまう俺。
さすがにこの辺で止めないと、ヤツの意識があさっての方向まで飛んで行ってしまう。そうなると呼び戻すのが面倒なので、その前に釘を刺しておく事にした。

「……うん、この辺が妥当かな? 適度にバカップルっぽいし、清い交際に見えなくもない」

「自分でバカップル言うな」

俺の言葉が聞こえていたのか、それともたまたま妥協案が生まれたのか、マキはそう言って大きく頷き、俺を見つめてくる。

「ねえ、あれやりたいな。お菓子を端から2人で食べるやつ」

「はあ?」

素で聞き返す俺。これはちょっと予想にない展開だった。

「知らない? まずわたしが細長い系のお菓子を咥えてカズトに近付いて……」

「いや、その説明はいい。っていうか今の聞き返しはそういう意味で言ったんじゃねえ」

わざと言ってるだろ、それ……と言いかけたが、何かそれを言うと向こうの術中にハマったような気がするのでヤメ。普通に切り返してみる。

「なら話は早いね、うふっ☆」

「うわ、キャラに似合わねえ事してるバカがいる」

身体を妙にくねらせ、ご丁寧に人差し指まで立てるマキ。きっとコイツを知らないヤツが見たら「似合ってる」とか「可愛い」とか言うんだろうが、俺には違和感しかない。

「いいじゃない、やろうよー」

「んー。マジレスすると俺、あんま好きじゃねえんだよな、アレ」

かなり乗り気のマキには悪いが、ここは普通に断る事を選択。付き合いが長いのと馴れ合いは別だし、本意ではない妥協はよくない。
……って、何をそこまで真面目に言ってるんだ俺は。断る理由はもっと単純だろうがよ。

「ほへ? そなの?」

「アレに使うような菓子って総じて好きじゃねんだよ」

そう、断った理由はこれ。ただそれだけの事である。別にバカップル行為は何とも思わないが、それをやるために好きでもないものを食べるのはノーサンキューだ。

「そっか、カズトってポッキーもプリッツもあんま食べないもんね」

「そゆこと。俺が好きなのはスナック菓子、それも味の濃いーやつな」

別に大嫌いという訳ではないのだが、今マキが挙げた2つの菓子にはあまりよろしくない思い出があった。
その昔、俺は歳の離れたアニキに舐めてチョコがなくなったポッキーを新しい味のプリッツだと言われて食べた事があった。それはそれは不味い食べ物だった。変にしなびてるし、ロクに味はしないし、何よりアニキと間接キスをした事がショックだった。

「むー」

「だから別のにしろ。それに無理してカップルっぽい事をしなくてもいいだろ」

「……ふふふふふ、そうはいかんのですよカズトくん」

「誰だよそのキャラ」

不敵な笑みを浮かべるマキだが、いかんせん演技がヘタすぎる。ここは話に乗ってやるべきなんだろうが、このまま三文芝居に出演すると俺までサムい人になってしまう。そんな訳でここは静観の構え、と。

「食べ物を横取りされ続けて17年、わたしがカズトの好みを知らないとでも?」

「……は?」

何だ、かなり前から伏線張ってたのかコイツは?
だとしたらやるじゃねえか。俺はそう思いつつ、ヤツの出方を待つ。

「実はッ、今までのは全て前フリッ! 貴様は私の掌で踊っていたにすぎん!」

「ノリノリだなー」

うん、中途半端にこっちもキャラ作ったりしなくてよかった。さすがにこのノリに付いていくのは面倒臭ぇ。……だから俺は腹減ってるんだって。

「そこ冷めんな!」

「へいへい。……で?」

今にもキュ〜と鳴りそうな腹を撫でながらの曖昧な返事。普通ならこの辺で「ちょっとなにそれ!?」とか言って怒り出しそうなのだが、今日のヤツは一味違った。

「確かにわたしたちは幼なじみ期間が長すぎた! 付き合うようになったのも自然の流れ、いやむしろ惰性!」

「それは言いすぎだろ……」

持論を展開しているような、それでいて微妙に演説口調なマキに軽くツッコミを入れる俺。さすがに惰性で付き合っちゃアカンやろ。

「わたしだってこう見えて乙女なおにゃのこ! いろんなシュチュエーションを体験したいのです!」

「はあ、そうっスか……」

口調やら何やらの統一感がなくなってきたな。きっと言葉の体裁より感情、胸に秘めた欲望が大きくなったに違いない。……だから欲望膨らませないでムネとケツをだな……って、そこは触れないでおくか。

「中でも『両端からお菓子』は昔からやってみたかったsweetなaction!」

「無理して英語使うなー、頭悪いのバレるぞー」

中学の頃、英語のテストで「甘い」を「derisyasu」(デリシャス)と書いてしまった事のあるツルツル脳はいまだ健在のようだ。……コイツ、数学と科学は得意なんだけどなー

「うっせえ! いいから従え! たまには従え!」

「はいはい、わかったよ」

おいおい、従うのは「たまに」でいいのか? と思いつつも頷く俺。
……ったく、コイツの言動はいちいちツッコミどころと可愛いところがありやがる(←こんな事を普通に言ってしまう辺り、俺は相当毒されているかもしれない)

「にゃは、やったー!」

「で、何をどうする気だ?」

喜びを全身で表現、小躍りしながら俺の周囲を練り歩くマキに向かって問い質す。
ちなみにこの時、何かグルグル回られるのが嫌なので正面に来たところをガッチリ捕獲し、頭を掴んで持ち上げながら俺は質問していた。さすがにこの光景には通行人も軽く引いてたが、甘掴みアイアンクローをかけている俺も浮いているマキも全く気にしてはいなかった。というかマキに至ってはちょっと楽しそうだった。

「ふふーん、それはね……じゃーん!」

「お」

ぶらりんと浮きながらもカバンに手を伸ばしてガサゴソと漁るマキ。
得意気な顔でマキが取り出したのは国民的人気と知名度を誇る駄菓子、うまい棒だった。……いつから仕込んでたんだよ。

「今日使うのはカズト大好きうまい棒であります! それもタコヤキ味とメンタイ味! うまい棒界のツートップでございます!」

「まあそこに異論はないわな」

付き合いの長さが出る言葉、俺の好みを十二分に知っての言葉に対し、すんなり同意する俺。……まあ世界にうまい棒のタコヤキとメンタイが嫌いな人間なんて存在しない訳なんだが(←暴言)

「しかも予備としてもう1本ずつ用意している上、さらに控えとしてチーズ味とコーンポタージュ味が!」

「……用意しすぎだって」

っていうかそのカバンは何を入れるために持ってるんだよ。それに予備とか控えってなんだ。
俺は手品の如く次々と出てくるうまい棒を見て呆れ顔。ちなみに控え2種はマキの好きな味。自分も食う気満々じゃん。

「どうだ! これならカズトも食べる以外に道はなかろうて!」

「まあ……な」

「そんな訳でこのうまい棒でわたしの念願シュチュエーション、『端から食べあう』をやりたいと思います!」

「んー、そうなるのかー」

そこまでやりたかったんか、アレ……
俺はマキのテンションや言葉の端々から結構なマジっぷりを感じ、本気でやってみたかった事を実感する。……ここまで用意してるんだ、しっかり付き合ってやるか。

「てな訳で公園行くぞ! さすがに道を歩きながらうまい棒咥えるのはわたしにも抵抗がある!」

「……よかった、その辺の恥じらいは持っててくれて」

いくらマキの意向に従う事にしたとはいえ、さすがに道を歩きながらうまい棒を咥え合うのは勘弁……と思っていたのだが、どうやら場所移動がある模様。
俺は元気一杯、身体はミニマムなくせに態度はビップなマキの歩く後をついていく。どうやらヤツはそうとう喜んでいるようだった。

……と、こうして近くの公園へ向かって歩き出す俺達。
ちなみにその公園は遊具が置いてあるような児童公園ではなく、夕暮れ時や休日なんかは結構カップルが集まる雰囲気のいい公園。造った側もそういう目的を考慮したとしか思えないベンチの配置と茂みの高さっぷりで、聞くところによると夜中は茂みの中でお楽しみなカップルがわっさわさいるとの事。
まあ夕方からそんな破廉恥行為に興じている方々はいないだろうが、とりあえず俺とマキはそこで両端からうまい棒を食べ合うらしい。
……はてさて、どうなる事やら。


――10分後、公園到着。

「……ねえ、最初は何味でいく?」

「あ、選ばせてくれるんだ」

適当なベンチに腰掛けるなり、マキは速攻で事を開始しようと質問してくる。
それでも俺に何味にするか訪ねてくる辺りは律儀というか微笑ましい。しかも普段の口調とは裏腹に少し緊張気味だし。……くっ、不覚にも可愛いとか思ってしまったじゃねえか。

「う、うん、それくらいは……ね」

「これくらいでキンチョーすんなよ、同じ箸とかスプーンとかストローなんかはいっつもやってるだろ?」

っていうか今日の昼だってペットボトルのお茶を2人で回し飲みしたじゃん。
そんな事を考えながら何気なくそう言う俺。しかしマキにとっては全くの別物らしく、ちょっとムキになった様子で反論される。

「そ、それとこれとは違うよ。わたしにしてみたら特別なんだからっ」

「……さすがに顔を赤らめて言われると説得力があるな」

照れと恥じらいの混じった表情と口調、そんな普段とは少し違った様子のマキに対し、俺はそう言うと軽く頭を掻きながらさらに言葉を加える。

「特別……か。俺にはイマイチわかんねえけど、これはちゃんと付き合ってやんねえといけないっぽいな」

正直に思った事を伝える俺。願わくば完全に理解してやりたいのだが、やっぱウソはよくない。だからこれが俺に出来る最大限の思いやり。

「……ありがと」

「ん」

どうやら俺の思いはしっかり伝わったらしく、マキはそう言って微笑んでみせる。……そんな反応に平然とした感じで「ん」なんて頷いたけど、実は結構嬉しかったりする。

「……で、最初はどれにする?」

と、ここで仕切りなおしと言わんばかりに話を本題に戻すマキ。その顔はドキドキとワクワクで構成された期待に満ちていた。……何度も言うようだが、ヤツは本気だった。

「っていうか何回やる気だ?」

「え、それはカズトがもういいって言うまでだよ」

「そうなんか」

それはそれで責任重大だな……と心の中で呟く俺。
こっちとしてはもう十分だと思ってストップをかけたら、向こうはまだまだ続ける気満々だった、とかいう事になったらイヤだな。

「今日だと空腹が満たされるまで、になるのかな?」

「だったら結構食うぞ?」

まあ見たところマキが用意したうまい棒は全部合わせても10本弱、それくらいなら全然食い切れる本数だ。俺はマキが他にも予備やら控えを隠し持っていないかどうかを調べ、どこにも無い事を確認した上でそう言い、余裕な表情を見せる。

「い、いいよ。たくさんの方がわたしも嬉しいし」

「……」

「ど、どうしたの?」

「たまにそのストレートな部分が俺を撃ち抜くんだよな」

またしても本音をポロリとこぼす俺。
うーん、いくら本心とはいえ、実際に口に出すとやっぱ恥ずかしいな。

「……え?」

「んー、ていっ!」

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、「もう一回聞きたいな」テイスト満載で聞き返してくるマキ。さすがにリピートする気もなく、また非常にこっぱずかしい感もあったので、ごまかすようにデコピンを繰り出す俺。……好きな子にイタズラする小学生か俺は(苦笑)

「いたっ!?」

「照れ臭くなったので小突いてみた」

と、ここも思った事を正直に言ってみる。
くそう、痛がる仕草も可愛いじゃねえか。……かなりベタなリアクションだけど。

「いいよ解説しなくても。……っていうかそういう理由で人のおでこを突かないでよ」

「すまん」

「もう、早く選んでよね」

拗ねたような、それでいてこの状況を楽しんでいるかのようにも見える表情を浮かべるマキ。そして「どーぞ」と言いながら持っていたうまい棒を俺に突きつけてくる。

「そうだな……、どうせ全部食べるとは思うけど、それならそれで順番は大事だな」

「……」

両手にうまい棒を広げるようにマキが持ち、その中から1本を掴んで抜こうとする俺。それはまるでババ抜きをするかのような格好だった。……勿論うまい棒に引いてはいけない味なんかないけどさ(←どんだけ信者や。笑)

「よし、やっぱ最初は軽くジャブがてらにチーズだな」

何が「よし」で何が「やっぱ」なのかは全くもって謎なのだが、とりあえず俺はチーズ味をチョイスする。

「わかった」

マキはそう言うと選ばれなかったうまい棒達をベンチに置き、俺が掴んだチーズ味のうまい棒を手にする。そして包みを開け、チラリと俺を見て少し間を置いた後、可愛く先端を咥えて顔を突き出してくる。……何か普通にキスするよりドキドキした。

「……ん〜」

早くしてよー、と言いたげなマキの呻き声。今はそれすら可愛くて仕方なかった。おそるべきうまい棒の魅力……って言ったらマキに怒られるか。

「わかったわかった、今食うから」

……サクッ

「んんっ、ん、んん〜」(訳:いい? それじゃあ食べ始めるね?)

「ん」(訳:了解)

「ん〜ん」(訳:せーの)

サクサクサクッ……ゴチッ!

「痛っ!」

「イタッ……」

俺が勢いよく食べ過ぎた事に加え、意外とマキも食べ進むスピードが早く、うまい棒は瞬時に消えてしまう。そして勢い余った俺達はそのまま正面衝突、それなりな強さでお互い額をぶつけ合う。

「……なあ、どうしてうまい棒咥え合ってデコ同士がぶつからないといけねえんだ?」

「実はわたしも少しお腹すいてて……」

「それは先に言っておこうや。そりゃ2人してマジ食いしたらうまい棒も一瞬で消えるっちゅうハナシで」

「ごめん……」

反省しているのか、しゅんとした顔になるマキ。というか実際に「しゅん……」口に出して言っていた。反省している感が若干薄れた。

「ま、ブツはまだあるんだし、2人の好きな味も残ってるからいいか」

「そ、そうだね」

にゃははは、と笑うマキ。かなりの照れ隠し笑いだ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。

「ええっと、それじゃあ今度はタコヤキ味ね」

「お、2本目にして真打登場。……っていうかいつの間にか選択権奪われてね?」

「あああっ、ごめん! そんなつもりじゃ……」

「どういうつもりだ?」

「……」

なぜか顔を赤らめるマキ。そして俺をちょっと上目遣いで見てきやがる。
悔しい事に俺も少し赤くなった。
……ハッ!? だからタコヤキ味!? 真っ赤な顔にうまい棒を咥えれば立派なタコ……って、んなアホな。

「あ、あのね、固いタコヤキ味ならちょっとは長く持つかな……と」

「……はあ」

「あと途中でバッキリ折れたりするの、嫌だから……。ゆっくり食べていって、そ、その、最後まで、いきたいから……」

「〜〜ッ」

俺、マキ、共に超赤面。その赤さたるや今までの比ではなかった。
べべべべ別にキスくらいしてるじゃねえか、と心の中で弁解するも、いきなり噛んでる辺り俺も相当に恥ずかしがってるのだろう。

……くっ、周囲の冷やかしを黙らせるためにクラス全員の前で堂々と交際宣言をした上に抱き合って見せた事だってあるじゃねえか、これくらいでうろたえるな!
と、俺は過去の恥ずかしエピソードを引き合いに出し、平然を装うように言い聞かせる。でも効果は未知数。

「そ、それじゃあ2本目、いきますです……」

「お、おう、どんと来いってんだ」

もう何がなんだか、といった感じを往々にして含ませつつも、半ば強引な持って行きかたで本来の目的に戻ろうとする2人。

「ん」

「……(ごくり)」

俺の目の前ではタコヤキ味のうまい棒を咥え、再び顔を突き出すようにして待っているマキの顔。今度はお互いがっついて食べて激突、みたいな事はないだろう。つまりそれはマキが望んでいた、夢見ていた状況になるという訳であり、なくなったうまい棒の後にはお互いの唇が触れ合う事になる。……うわ、たまんねえ(何がだ)

「……」

そんな事を考えていると、マキが薄目を開けて「まだ来てくれないの?」と言った感じで俺を見てくる。そこには「もう、わたしだって結構恥ずかしいんだからね」的な意味合いも相当に含まれており、さらに咥えたうまい棒を突き出してくる。……いいから早く食え、という事だろうか。

……わかった、わかったって。
俺はマキの無言の圧力に対し、アイコンタクトでそう伝えると、思い切りよくその香ばしい匂いを放つちょっと硬いヤツに口を付ける。そしてゆっくりながらもザクザクと音を立て、半分ほど食べ進む。すると向こうも小さな口を一生懸命動かし、俺の食べるスピードに追いつこうとサクサク食べ進んで来る。

……むにゅ。

そして接触。こうして俺の唇にマキの唇が当たるようにしてうまい棒キス、略してうまきす(勝手に命名)が完成する。
普通に唇を合わせるのではなく、ワンクッションというか工程を1つ加えたこの行為。口の中にはまだ青海苔とソースのフレーバーが色濃く残り、何なら食べ切っていない部分もあるのだが、そこにマキの唇の感触がプラスされる事により、それはもう大変な状態になってしまう。
どう表現すればいいのだろう。食事中にじゃれ合っている時にするキスでもなく、頬についた米粒を食べてもらう時とも少し違うこの感覚。でもお互いの舌を入れまくり絡ませまくりのディープなキスとも違うし、咀嚼しているものを口移しで食べさせてもらう、といったアブノーマル度も感じられない。

……特種。
そう言い表すしかない状況に、俺はマキが言っていた「特別」の意味を何となくではあるが理解した気分になっていた。
……断言する、この食べ方はアリだ。さすがにいつでもどこでもは出来ないが、ただ同じ物を一緒に食べるでは味わえない一体感、相手に食べさせてもらうではなく2人が同じ関係にあるシンクロ率の高さはたまらないものがある。

好きなお菓子を食べながら好きな人とキス、よく考えてみればこんな美味しいトコ取りの行為はないかもしれない。
俺は先端だけを触れ合わせる軽いキスにも関わらず、相当な興奮を覚えるのと同時に、マキの唇の柔らかさや小ささを改めて実感。それにほんのり相手の唇からもうまい棒の味がするというのもまた何とも言えない良さがある。例えるならそれはポテチを全部食べ終えた後、指についた粉を舐める行為の最上位……といった所だろうか。とりあえずこれはメチャクチャいい。これはハマる。

「……ん」

ちゅぱ、という小さな音と共に2人の唇が離れる。マキの顔はいつもするキスの後より全然ぽーっとしていた。多分それは俺も一緒だろう。……だって顔が熱いのが自分でも判るもん。きっと真っ赤なんだろうな。

「……あはは、これは思っていた以上だね」

「たまらんものがあるな」

まずは感想を口にしないと……とでも思ったのか、マキは落ち着かない様子でそう言いながら俺を見てくる。両手をせわしなく動かしている辺り、かなりドキドキしているのだろう。

「やっぱりそうなんだよ」

「は?」

「だから、カップルがああやってお菓子を食べる理由。こんなにドキドキしてキュンってなってぽわっとするんだもん、みんながやるのも判るよ」

やや興奮気味に喋り出すマキ。その気持ちは俺もよーく判る。というか今までどうしてやらなかったんだろう? と悔やまれる程だ。

「……そうだな、それに食べたモンも何かいつもより美味く感じるし」

「今キスしてる人の口の中も同じ味なんだな、って思うと嬉しさ倍増だよね」

「ああ、それが例え10円の駄菓子でもな」

「……値段なんか関係ないよ。「何を食べるか」もちょっとは大事だけど、やっぱり「誰と食べるか」だと思うな」

そう言うとマキ再びうまい棒を取り出し、口に咥えておねだりをするような表情を浮かべる。マキが選んだのは俺が一番好きなメンタイ味だった。

「んーん(訳:どーぞ)」

「お、おう……」

「んんんんん、んんんーんん(訳:わたしの唇もたべちゃってね)」

「……ごめん、さすがにそこまで長いとわかんねえや」

「んんー」

……あ、怒っちゃった。
きっと最後のは何か言葉を発したのではなく唸ったのだろう。申し訳ないとは思うが、聞こえるのが「ん」だけじゃ理解出来ないって……と、心の中で言い訳がましく弁解する俺。

まあ何にせよここは頬を膨らませているマキをどうにかする事が先決だな。
俺はそう考え、マキの頭を撫でながら優しく微笑みかける。普段は見せない大サービスのスマイルだ。

「ん、んん……」

相変らず唸るような声を上げるマキ。翻訳すると「だ、騙されないんだから」とか「ごまかそうとしてもダメなんだからね」とかいう言葉になるのだろう。……ま、こういう部分も嫌いではないのだが。

「わかったわかった、むくれんなよ」

「んんん――ッ!?」

またマキが何か言おうとした瞬間、俺は一口で咥えられたうまい棒を平らげ、そのまま唇を押し付けるような形でキスをする。俗に言う「文句はキスで塞いじゃえ攻撃」である。……俗に言うのか?

「ん、んんっ……」

「……」

自分の口に含んでいた部分を食べつつ、俺の少々強引なキスを受け止めるマキ。苦しそうという事はないが、突然&予想外の展開にビックリしているようだった。

「……ぷはっ」

時間にして1分弱、ここでようやく2人は密着していた唇を離す。お互いかなーり名残惜しい感じは漂わせていたが、俺の口の中が微妙にピンチだったのでヤメ。さすがに一口でほぼ丸ごと食べると水分がなくなって厳しい。

「……も、もう、強引なんだからあ」

と、ノドの乾きを訴える俺の目の前では俯き加減で呟くマキの姿が。言葉だけなら少々お怒りのようにも聞こえるが、その口調はデレデレと表現するのが的確なまでに照れていた。

……こうして俺とマキは誰がどう見てもバカップル全開な行為に興じ、しばらくの間うまい棒を端から食べ合う→そのままキス→お互い恥らう→うまい棒を食べ合う→先とは毛色の違うキスをする→お互い恥らう……というコンボを繰り返す。用意のいい事にマキは飲物も準備していて、俺のノドの乾きが限界に達した頃を見計らって渡してくれた。
まあその前に「飲みたかったら「愛している」と言ってみろ」と、どこぞの世紀末救世主伝説なマネをするも俺の手刀により無効化した……という一幕もあったのだが、とりあえずはいつものように仲睦まじく(?)2人でジュースを回し飲みした。

そして残りのうまい棒もあらかた食べ終え、お互い適度に腹が膨れた頃、とうとう最後の1本がマキの手に握られる。味は俺が一番好きなメンタイ味だった。

「はい、それでは最後でーす」

「微妙なノリだな」

「さあ、カズト君はどんな食べ方を、どんなキスの仕方をしてくれるのでしょうか? 期待が高まります」

「うわ、何か急にハードル上げられたし」

「んん、んんん〜んん!(訳:さあ、張り切ってまりましょう〜!)」

俺の言葉を完全無視するような形で最後のうまい棒を咥えるマキ。どうやら俺に意見を述べる権利は存在しない模様。……確か最初は味とか結構な選択権があったはずなのに。

「……んー、まいったな」

マキの言葉を真に受けた訳ではないが、確かに最後は何か特別な事をした方が盛り上がるだろう。しかし今まで食べた数本の間にやりたいキスのシュチュエーションは大概やった……っていうかキスってそんなにバリエーションがあるのか?

「んんん〜♪」

悩む俺を尻目に、マキは歌なのか音楽なのか判らない音程を口ずさんでいる。うまい棒に空いた穴から音が聞こえてくるのだが、いかんせん非常に聴きづらい。……マキは歌うのが好きなくせにド下手だった。

「とりあえず……食うか」

ここでずっと考え込んでいると、また批難の目で見られそうだ。
俺はそう思い、特にいい案を思い付く事なくうまい棒を咥えてみる。当然目の前にはニコニコと笑っているマキの顔があり、さっきからずっと続くこの状況を楽しんでいるのか、それともこれからの俺の行動に期待を寄せているのかは判らないが、超ご機嫌で俺を見ていた。

……さて、これからが問題だな。

鮮やかなオレンジ色のそれを軽く一口食べながら、イイカンジの塩加減を存分に味わいながら、俺は今後の展開をそれなりに真剣に考える。何が最後に相応しい食べ方なのか、どうすればマキは喜ぶのか、どうやって食べれば笑いが取れるのか……って、最後のはちょっと違うか。

……このまま小一時間ほど黙ってマキを見つめてたら面白いかもな。
いや、きっと途中で「早くやらんかあ!」とか言って怒られるに違いない。

……どうだろう、このまま立ち上がり、咥えているうまい棒を折らずにどこまで歩けるかとかやったら盛り上がるかな。
いやいや、そういうお笑い的盛り上がりはいらないから。

……うーん、ここは1つうまい棒の穴を使い、思いっきり息を吹きかけて反応を見てみるか・
いやいやいや、それは――

「んんんんんん〜ッ!(訳:早くやらんかあ!)」

「!?」

……と、ここでタイムアップ。結局色々と考えすぎてしまい、マキを怒らせて締まった。
まあ怒らせたといってもうまい棒を咥えて顔を突き出している状態なので何ら怖くないのだが。

……仕方ねえな。まずは全部食べてキスの体制に持っていくか。

俺はそう考え、ノープランのままサクサクと食べ進めていく事に。……うん、やっぱメンタイうめえ。基本に忠実というか、王道はどんな状況でも外さないね。

「……」

そうか、王道か……。
きっかけは今の心の中で何気なく呟いた一言。俺は妙に手の込んだ事や出来もしない&ガラにもない演出の類はやめ、最後は普通にキスをする事に、本当にさりげなく、それこそ初めてした時のような遠慮がちで手探り状態に近い、今となっては超もどかしいであろうキスをする事にした。

「……」

「……」

ごくり、という音が聞こえた。
それは俺のノドが鳴ったのか、マキがこっちの気配を感じ取り、息を飲んだのかは判らない。しかし俺は特に何も考えず、そのままマキの唇に向けて自分の顔を近付ける。

……ちゅ

触れるようなキス。それもお互いの唇の先端がわずかに重なっただけのキス。
今まで何回も、今日だけでも相当な回数のキスをしてきたが、これが一番さりげなく、そしてとても自然な感じで出来たキスだった。

「……わ」

それはマキも同じ感想を持ったらしく、俺の唇が触れた部分を指で押さえながらそう言うと、じわじわと頬を赤らめ始める。どうやら今のキスは後から恥ずかしさが湧いてくる遅効性のキスだったようだ。

「……ど、どうだ? 最後はシンプルに、そしてさりげなくやってみた」

「う、うん……。いいんじゃ、ないかな……」

お互い照れながら、微妙にギクシャクしたやり取りをする俺とマキ。何か付き合い始めたばかりの初々しいカップルみたいだった。これはある意味バカップルより恥ずかしいかもしれない。

「そうか、それは何より」

「と、とても優しい感じで大変よろしゅうございました」

「……」

「……」

「……ぷっ」(×2)

いろんなものが目に余る自分達のやり取りに、同時に吹き出してしまう俺とマキ。人の事をどうこう言える義理じゃないが、それでもマキの「よろしゅうございました」はないだろう。

「あはは、なにやってるんだろうね、わたしたち」

「何って……、せ、接吻しまくってるに、き、決まってるだろ」

「噛まない噛まない、そして無理して接吻とか言わない」

「〜〜っ」

笑いすぎて少し目に涙を浮かべているマキと、どうしようもないグデングデンっぷりに頭を掻くしかない俺。まあどっちもどっち、お互い様といったところだろうか。……だからイイカンジで付き合えているのかもしれないけど。

「……でもさ、真面目な話とっても嬉しかったよ?」

「ん?」

「ちゃんとわたしの夢を叶えてくれて。……本当に前から、ちっちゃい時からやってみたかったんだ」

「そうか、そりゃよかったな」

「それに……さ。実は最後のキス、あれが一番の理想だった」

「……そ、そうか。そりゃよかった」

「あ、同じ事言ってる。……恥ずかしい?」

「多少はな」

にひひ……と含み笑いをしながら聞いてくるマキだったが、俺は普通に思った事をそのまま喋っていた。そして言い終わった後に「あ、今のはネタで返すべきだったな」と思い、ちょっとだけ後悔。するとマキはそんな俺の心を読んだのか、肩に手をかけてポンポンと軽く叩く。

「ダメだなあ、変に真面目なトコがあるんだよね、カズトは」

「うっせ」

「しかも考えている事ほとんど顔に出るし」

「それを察せるのはオメエくらいだっての」

「あ、そうなんだ」

意外そうな顔でそう答えるマキ。……そうなんだよ、他のヤツ相手じゃ心の内はそうそう読まれねえっての。

「にゃはは、それってちょっと嬉しいな」

「俺にしてみりゃ手ごわいよ……」

「これからも全部手の内読んじゃうんだから」

「……ま、マキならいいか」

「うっわ、恥ずかしい事を……」

「別にいいだろ」

「うん、全然オッケー!」

そう言うとマキはそれまで肩に置いていた手を伸ばし、そのまま首筋を沿って背中まで回し、ぎゅっと抱きついてくる。正面からここまで密着して抱き合うのは初めての事だった。……結構、いや、かなりドキドキした。

「……ね、もっかいお願いしていい?」

「了解」

マキの言葉に即答する俺。
さすがにいくら鈍くて気の聴かない俺でも、ここで「何を?」とかいうヤボな事は言わないし言えない。俺は目の前にあるマキの顔に自分の口を近付け、そのまま唇にそっと合わせる。

「……んっ」

「んー」

さっきよりは強い感触、高い唇と唇の密着度。そして触れ合う時間も全然長いキス。調子に乗って少しだけ舌を出してみた。……うまい棒の味がした。

「く、くすぐったいよー」

唇の先端を舐められ、マキはモジモジしながらそう言って俺を見つめる。目は多少批難の色合いを含んでいたが、それ以外の表情であったり口調は完全にデレデレに照れていた。凄まじい可愛いさを発揮してくれていた。

「……もう一回」

「え? えー!?」

……むちゅ

有無を言わさない俺の連続キス。しかも今回は完全にマキの唇周辺を舐める気でいた。マキの口には(勿論俺の口にもだろうが)今まで食べたうまい棒の粉が付いていて、ポテチを食べ終えた時の指先の状態をさらにすごくした感じになっていた。タコヤキ味のソースにチーズの香りにメンタイの色と味、それらが独自の配合でミックスされ、さらにそれが大好きな人の柔らかくて小さな唇周りに付いている……とくればもう舐めるしかなかった。……ええい、変態と呼びたきゃ呼んでくれい(←半ばヤケクソ。笑)

「ちょっ、くすぐったいってばー」

「いいの、気にしない気にしない」

「全然よくないって……んんん〜っ」

ちゅぱ、ぺろっ

嫌がっているような口調だが全然嫌がってはいないマキに対し、キス&舐めの波状攻撃(?)を繰り出し続ける俺。すぐにマキも観念した様子でそれに甘んじて受け入れるのだが、やはりというか当然というか、こっちの口に付いたうまい棒の粉を舐めてくる。何かスゲー気持ちよかったけど、かなりエロスな感じもした。……もう今度からは食べ合いとワンセットでやるの確定かも。

……んちゅ

「ぷはっ」

「……ふう」

お互いの唇周辺を舐めあう事1分強、ようやくお互いに口を離す2人。マキの顔を見るとほんのりピンクに上気していた。という事は俺も結構赤くなっているのだろう。

「な、なんかクセになりそうだね」

「そうだな、日課にしたいくらいだ」

「にににに日課!?」

「……おいおい、そこまで驚く事ないだろ。……いやか?」

「そ、そんなのイヤな訳ないでしょ……もう」

マキはそう言うと俺の胸に顔を埋め、ぐにぐにと押し付けてくる。どうやら相当に照れているようだった。いや、もはや悶えるに近いのかこれは?

ぐにぐに、ぐにぐに

「……」

ぐにぐに、ぎゅー

「……苦しくね?」

「だいじょうぶー」

顔を埋めてきた上、さらに強く俺を抱きしめてくるマキ。これは結構な圧迫っぷりだと思うのだが、本人は意外と平気な様子だった。
こうしてマキはしばらく俺に身体だけでなく顔も密着させてくるのだが、やがて満足したのか、ゆっくりと顔を離して俺に視線を向ける。てっきり照れながら、もしくはイタズラな表情を浮かべて何か喋ってくるかと思っていたのだが、意外な事にマキはかなり真剣な顔で俺の目を見ていた。

「あ、あの……さ」

そして妙に遠慮がちに、何か言いにくそうな事でも話すかのように口を開くマキ。

「ん? どした?」

何だろう、お願い事……か? それとも全然別の事を言ってくるのか?
全く見当の付かない俺はそんな事を考えながらも平然を装い、マキの言葉を待つ。

「もう舐めても味はしないと思うけど……、もう一回だけわたしの唇にキスしてくれない……かな」

「……」

「ぜ、全然おいしくない唇だけど……よろしければぜひぜひ」

いきなりのお願い。それは俺にしてみればなんて事のない、わざわざ改まってまでするものではないように思えたお願いなのだが、マキにしてみれば何か特別な思いがあったのかもしれない。

「……だ、だめかなやっぱ。あはは、そうだよね、もうたくさんだよ――」

……ちゅ

気付くと俺はマキの唇に自分の唇を宛がっていた。
それは俺にとっても予想外、考えより行動が先に出たのは初めての事だった。

「……んんっ」

「このバカ、何を卑屈になってんだよ。オメエの唇がうまくねえ訳ねえだろ」

「え……」

ああもう、俺も俺だが、マキもマキだ。どうしてこうも想いの伝え方や表現が急に不器用になるんだよ。
俺はそう強く思い、恥じらいも見栄も全て取っ払って本音の中の本音の部分を大きな声で口に出す。

「確かにもうソースの味もチーズの香りもメンタイの味もしねえけど、マキの味は全然なくならねえんだから、そんな事言うな!」

「……わたしの、あじ」

「ばっ、口に出して言うなよ、恥ずかしいだろ……っ」

恥じらいを捨てきれた時間、たったの数秒。自分でもかなり情けない記録ではあるが、それでもマキにはしっかり伝わったようだった。何よりである。

「……」

しばし固まったままのマキ。……しかしそれもすぐに笑顔に変わり、マキはいつもの素直な感情を表に出してくる。

「あははは、嬉しいなー」

「それは何より」

「ふふっ、その「それは何より」っての、よく使うよね」

「まあ……結構言うな」

素直に認める俺。口癖として自覚している訳ではないが、確かに使う事が多いような気がする。特にマキと一緒の時は。

「そう言ってわたしを見る目、優しくて好きだよ」

「そ、そうか。そりゃよかったな」

「ぶー、ダメだよ、ここはあえてもう一回「それは何より」って言うのー!」

「うわ、ここにきてダメ出しされたよ俺」

好きと言われてそれに同意したのにも関わらず、手厳しい反応を見せるマキ。ちょっと情けない気もしないでもない。

「……もう、仕方ないなあカズトは」

「す、すまん」

「うそうそ、冗談だって。そんな急に真面目にならないでよー」

「……ちょっとショック」

「え……」

沈んだトーン、そして目に見えて落ち込む様子の俺に慌てるマキ。
しかしそれは俺の罠……というのは少し大袈裟だが、とりあえずこれは演技だったりする。

「うりゃ!」

「ひゃっ!?」

心配そうにマキが俺の顔を覗き込もうとした瞬間、俺はマキを抱きかかえるように掴まえ、そのままぐいっと引き寄せる。

「俺はいつだって、マキの事に関しては真面目だぜ?」

「……」

俺的にはバッチリ決まったと思うセリフ。まあ口にするのは結構恥ずかしかったりするのだが、もうここまで来たらそんなの関係ない。今日はとことんバカップルを決め込んでやる。俺はそう思っていた。

「……カズトさん、今のはちょっとやりすぎかと」

「えええええ、マジ!?」

「カッコ付けすぎでーす」

「う……」

「キスは全部合格点だったのに、決めの言葉になると急にダメになるよね」

「うう……」

言い返す言葉が何も見当たらず、唸るだけの俺。しかしそんな状態の俺にもマキは笑顔を見せ、人差し指をピンと立てて自分の下唇にそっと添え、こんな言葉を口にする。

「だ・か・ら、ね?」

「……はいはい、わかりましたよ」

「よろしい」

「そんじゃいくぞ」

「カモンカモン♪」

その要求のしかたもどうかと思うが、その辺はあえてツッコミを入れず、そのまま行動に移る。
確かさっき「最後の一回」をしたはずなのだが、まあこれに関しては何回延長や追加があってもいいだろう。

「はい、んー」

そう言ってマキはご丁寧にベストの高さに顔を据え、ほんの少しだけ顔を傾けて目を閉じる。それは俺とマキが初めてキスをした時と同じ状態、以前に俺が遠回しに告白するも伝わらず(あまりにも判りにくい例えをしてしまった)、マキが首を傾げた所に実力行使、つまりキスをして想いを伝えた時の再現だった。

「これ以上ないってくらいの据え膳だな……」

「もう、余計なコト言わないの。待たせないでさっさとやる!」

「……へいへい」

と、こうして俺はそっと顔を近付け、少しだけ首を曲げたマキの頬に優しく手を添え、そのまま唇を合わせる。
そのキスはさりげなくと言うには長く、情熱的と呼ぶには少し大人しい、一見すると普通のキス。だが俺達にしてみれば思い出深いものであり、また青春の味と言ってもいいもの。しかもそこには微かに残る好物の駄菓子の味が、そして何より初めての時は緊張で何も感じる事が出来なかった、大好きなマキ本人の唇の味も含まれている。

……そのキスは今日マキとしたキスは今までの中で一番、色々な意味でおいしいキスだった。





                                       「うまきす」 END









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