「ちょっと前の物語。 〜前世代高校生の恋愛模様〜」






1996年11月、舞台はどこにでもある街。
主役はどこにでもいる高校生。ヒロインも同じく、普通の高校生。

付き合っているのか、そうじゃないのか。
そんな微妙な関係で。

でも。
そんな微妙な距離がどこか気持ちよくて。
周囲の冷やかしにもまんざらじゃない顔をして、そして時々真面目に悩んで。

ただの仲良し、じゃ説明できなくなって。
ただの仲良し、じゃ周囲も納得しなくて。

そして何より、誰よりも。

ただの仲良し、じゃイヤになって。
その先を見てみたくて、一緒にステップアップしたくて。

でも。
よく判らないから。
急に変わるなんて出来ないから。
少し無理して、少し背伸びして。

それが、そういう事をしていくのが、恋愛だと思っていて。
高校生なんてそんなもの、とか勝手に思って。

見栄とか、よく判らない気負いがあって。
そのせいで遠回りをしたり、好きなのに傷付けて、否定して。

一度は壊れそうに、バラバラになりそうになって。
でもギリギリの所で何とかなって。

そんな、普通だけど、本人達にとっては精一杯な、恋の話が、ありました。





「あのさ、来週の土曜なんだけど…ヒマ?」
「え?多分大丈夫だと思うけど…」
学校からの帰り道、一緒に歩いている時だった。
自分的には平然を、ごくごく自然を装って、予定を聞いてみる。
その相手は、目の前にいるのは、別に普段からいつもいる、それでいて最近微妙に気になるヤツ。
名前は…吉岡智香(よしおか ともか)、クラスメートであり、仲のいい友人だ。
智香とは1年の時から同じクラスで、高校に入学した日に初めて言葉を交わした相手でもある。
まあそれは別に何か意図があった訳でもなく、ただ俺の隣の席に座っていたから。
適当に座った最初のホームルーム、あの時もし出席番号順に座らされていたら、きっと話しかけなかったと思う。
今となってはどんな話をしたか、しっかり覚えていない。
確か「次の時間ってどこかに移動するんだっけ?」とか「何か持ってくるものってあったっけ?」とか、そんな程度の事だったと思う。
でも、結果的にそれが、その一言がきっかけになり、こうして一緒に帰る仲になっている。
…偶然って結構スゴイ事なのかもしれない。

「来週の土曜、どうしたの?」
「ああ、実は今度の学校祭でやるバンド練習があってさ、もしよければ見にこないかな〜って」
「へ〜、練習かあ」
ちゃんとやってるんだねえ、という顔で俺を見る智香。
…失礼な、こう見えて遊びも勉強も真面目にやってるんだぞ。そんな事を心の中で思ってみる。

「…で、どうする?こういうのってあんま見る機会ねえじゃん?」
「そうだね」
「だから智香さえよければ…、と思って誘ってみた」
これは脈アリか?俺は智香の反応からそう察し、無駄に調子ついてさらなるアピールに入る。
「結構見てて楽しいらしいぜ?まあ特等席みたいなモンだからな」
「そうなの?」
「この前も一回練習したんだけど、その時にボーカルの安曇が友達を連れて来ててさ。何か楽しそうにしたから、よければお前も…と」
そう言いつつも、スタンスはあくまで「ヒマなら来いよ」を崩さないようにする俺。
本当は強烈&激烈プッシュしたいのだが、それって何かカッコ悪いじゃん?
そりゃあ普通、頑張って練習してる所は見てもらいたいって。そして好感度アップを図りたいって。
でもやっぱそこは上手く隠しておいて…とか打算が働く訳ですよ。こっちだって健全な「青少年」というよりは「性少年」の方がしっくりくる身、姑息な戦法はお手の物…って、それはそれで激カッコ悪いなあ。

…あ、ついでに暴露すると、実はさっきの言葉には1つウソが混じっていたり。
安曇が連れて来たの、友達じゃなくてカノジョさんなんだよね。
それが結構可愛くてさ、他の彼女持ちメンバーも「今度連れて来ようかな」とか言ってるんですよ。だったら俺も…とか思っちゃいますやん?
…ま、俺の場合、智香とはしっかり付き合ってる訳じゃないんだけどね。

「どうするよ?」
早く答えを聞きたい…というか、「YES」という言葉が聞きたい俺。でもやっぱりスタンスはあくまでクール、回答を急がせない&こっちの必死っぷりに感付かれないよう、「今日一緒に帰らね?」テイストで聞いてみる。

「…うん、いいよ。土曜日は予定もないし、隆仁(たかひと)がベース弾いてるの見てみたいし」
「あ、マジ?やった」
智香の返答に対し、適度な喜び表現を見せる俺。
本当は「ヨッシャーゴラア!」くらいのシャウト&ガッツポーズを決めたいくらいなのだが、そんな事をしたら先の見せ掛けクールが台無しになってしまう。
ここはガマンガマン…と。


その後、俺と智香は別れ際まで学校の出来事やお気に入りの音楽、それにバンドの事や学際の話なんかをして盛り上がり、いつもの場所で別れた。

「…」
1人になった帰り道、家まではあと5分強。
その間俺は無言で、でも口元は緩ませて歩いていた。
気分的には数歩進む毎に喜びを全身でアピール、何ならスキップ&ターンをしながら、道行く人全てに「アンタ、幸せかい?俺はシュビドゥバよ」と言ってもよかったが、生憎そういうキャラ属性は持ち合わせていないのでヤメ。
普通にムッツリ感満載、来週土曜の理想の展開を想像(妄想?)しながら家に帰った。


「さ〜て、と」
家に着いた俺は居間に向かって「ただいま」と言いつつ、一気に階段を駆け上がって自分の部屋へ。
そして適当に着替えを済ませ、飛びつくようにベースを手にする。

…さっきの智香との話からも判る通り、俺はベースを弾く。そして学校祭でライブをやる。
あ、「演る」と言った方がカッコいいか。

まあそれはどうでもいい、今はまず練習しないと。
俺はそう言い聞かせ、ベースを肩に掛けながらアンプの電源を入れる。
ゆっくりと灯る赤いランプを確認すると、まずは軽く音を鳴らしてみる。
ボン、ボム、ボーン…
最初はゆっくり、しっかり弦を押さえながら。
ボボボ、ボム、ボボン、…ドゥーン
次第に指の動きを早め、スライドなんかも織り交ぜつつ。
「…よし」
ひとしきり音を確認した後、何が「よし」なんだか判らないが、とりあえず満足そうに頷く俺。
その後一応チューニングメーターで音合わせをしてみると、見事に音がズレていた。全然「一応」じゃなかった。

…と、まあこの一連の動きを見てもらえば十分察してもらえるかと思うが、俺はそんなにベースが上手くない。というかまだまだ下手だ。
本格的に始めたのは去年の終わりだから…、ベース歴はまだ10ヶ月そこそこでしかない。さらに練習は全て我流、知識と言ったら駅前の楽器屋に並んでいた「初心者ベース入門」を立ち読みして覚えた「知って役立つベース小知識」というページに書いてあった雑学しか持ち合わせていない。

じゃあどうしてそんなヤツが学際に?と思うだろう。実は俺もまだそう思ってる。
これにはさっき会話に出てきた安曇という友人が大きく絡んでくるのだが、彼は本格的に音楽をやっていて、学際で組むバンドとは別のメンバーでバンドを組んでいる。
しかしその中には他校の生徒や専門学生、フリーターも混じっているため、学際に出る事は不可。そのため、学校内にいる生徒だけで一時的なバンドを組む事になり、ちょうどメンバーがいなかったベーシストに俺が選ばれた…というかお願いされた。

このメンバー要請、最初は断ろうとしていたのだが、安曇の強い勧めと説得、それに純粋にやってみたいという思いが湧き、結局承諾したのが先月の頭。
それから今日まで、俺は毎日練習を繰り返していた。
演奏する曲は俺やその他の演奏不慣れなメンバーを思って、簡単でありながら上手く&カッコよく見える曲を安曇がチョイスしてくれた。
ちなみにそのバンドはボーカル、ギター×2、ベース、ドラムの5人編成で、ベースの俺とギター1人があまり上手くない…というか、緊急で集められたメンバー。もう1人のギターである上原は安曇の元からのバンドのメンバーで、ドラムの上坂も別にバンドを組んでいて、しっかりと活動している本格派だ。

そして気になる演奏曲だが、今回は学際の出し物という事もあり、メジャーなバンドのコピーに決まった。
ちょうど今はビジュアルバンドブーム、その中でも人気があるバンドの楽曲を3曲ほど演奏する事が決まっていて、俺は日々その曲をしっかり弾けるよう、譜面とにらめっこをしていた。
おかげで練習開始から2週間で1曲マスター。その勢いを維持し、一週間後にはもう1曲も覚え、残るはあと1曲…という状況になっていた。
しかし…

ボン、ボボム、ビン!
「あ゛〜、また同じトコで〜」
この曲で一番の見せ所となる、後半にあるベースのソロパートで詰まる俺。
基本的にこの曲はこまめに指を動かさないといけないのだが、この箇所はさらに輪を掛けて素早い指の動きが要求されていた。

「って言うか、この曲だけ別格でムズいよな…」
左手をパタパタ動かしながら、そうボヤく俺。確かにこの曲だけは他に比べ、難度が飛び抜けて高かった。
そりゃあ人気もあるし、元はアルバム曲なのにシングルカットもされたし、150万枚とか売れたかもしれないけどさ、今の俺にはハードルが高すぎるよ…と、もう決まった事に対し、グチグチと不満を募らせてみる。

とりあえず練習を開始して小一時間経った事だし、少し休憩でもするかな。
そう思った時だった。

♪ピコピコッ、ピコピコッ

チープな電子音が自室内に鳴り響き、続いて「ヴーン」という低い振動音が。
その音と震えの発信源はどうやらさっき脱ぎ散らかした制服の中、俺はすぐさま制服を手に取り、ズボンのからポケベルを取り出す。

「…うわ、未読メッセージが5件…」
どうやらベースの音で着信に気付かなかったようだ。俺は慌ててその5件の新規メーッセージを開いてみる。
「ええっと、まずこれは…安曇からか」
ディスプレイに映る『ライシュウマデニシアゲロ アズ』という文字、それは学際まであと2週間を切り、そろそろ完全に覚えやがれという安曇からのメッセージだった。
…わかってるよ、出来れば俺もすぐに覚えたいよ…

「…で、次は辻からか」
画面を切り替えると、今度は『アシタCDカエセ』の文字が。
差出人の名前は無いが、内容からその相手を仲のいいクラスメートと特定する事が出来た。
「はいはい、そんじゃ今から忘れないよう、カバンの中に入れておきますかね」
俺はベースを肩に掛けたまま、コンポの脇に置かれたCDを手に取り、それをカバンの中に突っ込む。
「…中身、ちゃんと入ってるよな?」
以前にCDをコンポ内に入れたまま、ケースのみを返して怒られた経緯があるため、念のためにチェンジャー全てを確認する。
「うん、大丈夫だな」
ここに入ってなければきっとケースの中だろう、俺はそう判断し、次のメッセージを表示させようとする。

「…ん?何だコリャ?」
続いてディスプレイに表示されたのは、『ニャントトドドイタ?』というプチ怪文書。これだけではよく判らないので、その前に届いた2件のメッセージを開いてみる。

「…アイツ、本っ当にこういうの苦手だな…」
ピッ、ピッとボタンを押し、連続で未読メッセージを読んでいった俺は思わずそんな事を口にしてしまう。
先に届いていたメッセージはそれぞれ『4504851341553272』と『ドヨウタノシミ マチガター』というもの。
差出人は…まあ間違いなく智香だろう。アイツは結構頻繁にメッセージを送ってくれるのだが、非常に誤字が多い。そして先に付けるべき変換コードを忘れる。さらに自分の名前を付け忘れる。
この3つの間違い/ミス全てが揃ったメッセージが送られてきた場合の9割が智香からのもの、という統計が出ている&送られてきた内容から、すぐさま差出人特定をする俺。
そして改めて智香からのメッセージを読み返してみる。

「…ま、1件目はコード忘れ、と。これはもうお約束だな」
ピッ
「で、今度は打ち込みミスか。『間違えた』を間違える…、もしかして狙ってるのか?」
俺はディスプレーに表示されている『マチガター』という文字を見て思わず笑ってしまう。
本人は真面目に訂正をしたかったのだろうが、『マチガター』では全くもって説得力が無い。
…でもちょっと面白いよな、この間違い。今度わざと智香の前で使ってやろう。

ピッ
「…そして最後、とどめは確認メッセージで大間違い、と。今日もフルコースだな」
3件目のメッセージを表示、『ちゃんと届いた?』と言いたかったであろう文面を見ながら、チクリと嫌味を言う俺。
「それにしても『にゃんと』って…。ネコっ娘属性のヤツが見たら発狂するな。…あと何気に『ド』が1つ多いし」
これには苦笑いするしかないだろう、っていうか普通に面白い。
俺は小声で「…ちゃんとドドイタよ」と呟き、智香から送られてきた3件のメッセージ全てにキーロック設定を施す。

「…コレは秘密にしとかないとな」
今現在、俺のポケベルに残っているメッセージは全部で93件。その内消えないようにロックしているのが85件。その全てが智香からのメッセージ、このポケベルを買ってから今日まで、智香が送ってきたメッセージ全てを俺は保存していた。
そろそろ容量の限界値が見えてきたので、どうしようか本気で悩んでいる。
その対応策の中に「智香からのメッセージを古い順or不用と思われる間違いメッセージから消していく」という手段は入っていない。

「それが出来りゃ悩まなねえよ…」
と、ボソリを恥ずかしいセリフを口にしてみる俺。
…う〜ん、本当はこんな純情一直線な事はしたくねえんだけどなあ。

ピッ
「まあいいや、それより練習練習…っと」
彼女でもないし、ましてや大事なメッセージでもないものを大事に取っておく、という行為を取っている自分に照れ臭さを感じ、あえて声を大にして練習再開を口にする。
…あ〜、何かこれも青っぽい行動でイヤだなあ。


♪〜
「…、…」
ボンボボン、ボム、ボーン…

ライブで演る曲を流し、全身でリズムを取りながらベースを弾いていく俺。
集中している状態での時間の流れというのは本当に早く、すでに先の小休憩から2時間以上が経過していた。
さすがに多少の空腹感はあるが、今はそれより演奏の充実感の方が勝っているため、中断する気にはならなかった。
しかし…

♪〜
「…、…ッ」
ボン、ボボッ、…ボム

もう10回は連続で弾いただろうか、ここまでくると疲れによるミスが目立ってくる。決して気を抜いている訳ではないのだが、どうしても流してしまう箇所が出てくる。
で、往々にしてそういう箇所で抑えるべきフレットを間違えたり、別のラインをなぞってしまう。
今もまさにそんなミスをやらかしてしまい、俺は舌打ちをしながら自分に「しっかりせえよ」と言い聞かせ、何とか続く難所をノーミスで弾き終える。

♪〜ピッ
「…ふう」
コンポの演奏停止ボタンを押し、大きく息を吐く。
額を手で拭うと、それほど暑くない部屋なのに汗がダラダラと付いていた。
「…スー、ハー」
頭をガクリと下げ、肩で息をする。今日はいつも以上に頑張ったと思う。実際昨日に比べてミスする箇所&回数は減ったし、それまでは自分の指先を凝視しながらの演奏スタイルだったのが、後半からは少しは余裕が出てきて、正面を向きながら弾いたり、曲に合わせて動きを付けたりする事も出来た。
ライブは客を前にして演奏するもの、多少のアクションやパフォーマンスは必要である。あらかた慣れてきたら、今度はそういう動きにも気をつけて練習しないと…、俺はそう思いながらテーブルに置いていたペットボトルのお茶に手を伸ばし、一気にそれを飲み干す。

「…っ」
タン!
空になった容器を勢いよくテーブルに叩き付け、ようやくここで抱えていたベースを外し、倒れないように注意しつつ壁に立てかける。

「…腹、減ったな」
意識を緩めた途端にやってくる空腹、そして同時に感じる汗でまとわり付く服の気持ち悪さ。
俺はその場でTシャツを脱ぎ、上半身裸で部屋を出る。
もう季節はどっぷり秋だが、練習で動き回った身体には今の温度がちょうどよかった。

こうして俺は下に降り、用意されていた晩飯を一気に平らげ、そのままシャワーを浴びて再び自室へ。
そして少しボリュームを下げ、寝る間際まで練習を重ねた。

練習の最中、頭の中に思い浮かべるのは学際当日のライブ舞台。演奏の成功もそうだが、それ以上に俺は密かにやりたい事があり、その光景を思い描いては1人悦に浸っていた。
それは演奏後、おそらく俺の前で見ている智香に向かい、2人にしか判らない程度にウインクをし、ピックを投げて渡す…というもの。
ちょっとやりすぎな感もあるが、この画の構図は安曇にバンドに誘われた時から持っていたりする。
…まあ不純な動機かもしれないが、結果的にそれを夢見てここまで一生懸命練習しているのだ、全然問題は無いだろう。うん、何ら問題は無い。ないったらないんだって。


と、こうして純粋に不純を夢見ながらも、俺の練習は続く。
多少上達したと言っても、それはあくまで俺自身の事。きっと普通に見ればまだまだな部分がたくさんあるに違いない。
俺はそう思い、皮が剥けてバンソーコーを貼った右手の親指を気にしながら、弦を力強く押さえすぎて痛い左手の各指を見ながら、特にスライドのしすぎで痛む人差し指を見ながら、練習を続けた。



そして週が変わり、全員集まっての練習がある土曜日になった。
天気は気持ちいいくらいの晴れ…とまではいかないものの、安心して楽器を持ち歩ける空模様だった。

「…お、きたきた」
時刻は10時25分、待ち合わせ時間の5分前に智香が姿を現す。
「お〜い、智香〜」
俺を探しているのか、通りの真ん中でキョロキョロしている智香に向かって手を振ってみる。すると智香以外の人も振り返ったり、俺を見てくる人もいたが、当の智香本人も俺に気付き、小走りで近付いてくる。

「よ」
「おはよ〜」
軽く手を挙げる俺と、笑顔で挨拶をしてくる智香。そして2人は何の合図も無いまま、普通に並んで歩き出す。
その距離は付かず離れず、手を繋ぐにはもう少し近付く必要があるが、2人の間を誰かが割って入るには少し狭い…、そんな微妙なスペースを維持しながら、俺達は他のバンドメンバーが待っているスタジオ前のファーストフード店を目指して通りを歩く。

「…ねえ、もしかしてそのカッコ、本番用?」
「ん?まあな」
歩き出してすぐの事だった。ふいに智香が俺の方を向き、全身をジロジロ見ながら質問してくる。
その内容は俺の今日の格好について。
普段の俺はバリバリのモード系…とはかけ離れた、ジーンズにパーカーor迷彩ズボンに大きめのシャツといった服装が多い。
しかし今日はそれとはうって変わり、少し胸のはだけたYシャツにストライプのスーツ、足元もそれに合わせて黒の革靴を履いていた。
さらに頭はジェルでツンツンに固めた上、青のスプレーでカラーリングまで施している。智香の問いには素っ気無く答えたが、これはバリバリ本番用の格好だ。

「…うん、それなりに似合ってるよ」
「それなりかよ」
「だってスーツを着てるって言うより、スーツに着られてるってカンジがするもん」
「…」
う〜む、痛い所を付いてきやがる。
俺は自分でも薄々気付いていた事をズバリと言い当ててきた智香をジト目で見ながら、本番までには何とかしないと…と、強く心に思う。
「な、なによ、そんな目で見るコトないでしょ〜?」
「うっせ。…今に日本一スーツが似合う高校生になってやるからな、覚悟しとけよ?」
「えええ〜」
と、智香はわざとらしく棒読みで驚き(?)の言葉を口にする。
…まあこれもいつもの反応、予想していたリアクションなのだが。


「それにしても…」
五分ほど歩いただろうか、みんなとの待ち合わせ場所である店の前に着いた所で智香が口を開く。
「…まあ言いたい事は判るよ」
「そう?」
「ああ、確かにあの集団は近寄りがたいものがあるな」
「だよね」
2人の目の前に映るのは、俺の格好なんか目じゃないくらい気合の入った、かなり遠くから見てもそれと判るビジュアル系直撃の格好をした集団。
普段であれば目を合わせるのも躊躇われるのだが、その集団こそが今日一緒に音あわせをするメンツだった。

「…あれ?でも沖津クンがいないね…」
「そうだな。それに俺も知らないヤツが1人いるな…」
「もしかしてあの髪の長い人?」
「ああ。何か安曇の友達っぽいけど…誰だろな」
そんな会話をしながらも、さらにその集団に近付く俺と智香。
ちなみに沖津というのは俺と同じく、急遽メンバーに入ったギター担当。クラスは違うが、バンドを組む前から多少は面識がある上、双方あまり演奏が上手くない事もあり、メンバーの中では安曇に続いてよく話をしているヤツである。
しかし今日はその沖津の姿は無く、代わりに全く知らない顔がある。

「ん?そういえば…」
「どうしたの?」
「いや、確か今日はみんな彼女や友達を連れてくる…って言ってたのに、全然来てないなあ、と思ってさ」
「あ、そうだったんだ」
サラリと出した「彼女」という言葉には特に反応を示さず、普通に言葉を返す智香。
…実は全員友達なんかじゃなく、彼女を連れてくると言っていたのはまだナイショの方向でお願いしたい。
っていうか沖津がいないんじゃ、彼女いないチームはオレだけになるな…

「あ、もしかしてあの人達じゃない?」
練習以外の事で詮索しっぱなしの俺をよそに、智香が指差しながら声を上げる。
その指先はファーストフード店の入口、ちょうど外に出てきた数人の女の子を指していた。
「っぽいな」
店から出てきた女の子達の中に見た事のある顔、安曇の彼女さんらしき顔を見つけ、頷く俺。
彼女の手には大量の紙袋が抱えられており、その量から察するにどうやら俺達の昼飯を買い込んでいたと思われる。

「…あれ、みんなのお昼かな?」
「たぶんな」
智香の言葉に何気なく頷き、早くも頭の中は袋の中身、俺の好きなダブルチーズバーガーが入ってたら嬉しいな、とか想像を膨らませる。
「…」
「ん?どした?」
そんな俺とは逆に、なぜか浮かない表情になる智香。気になったので軽く探りを入れてみると、慌てて笑顔になる。
「え、な、なんでもないよ。あはは」
「いや、その反応はなんでもなくないだろ…」
判り易すぎる智香のドキマギっぷりに思わずツッコミを入れる俺。
どうしよう、これは掘り下げてもいいのかな?そう思った時だった。

「おう、宮沢」
集団の中にいた安曇が俺に気付き、こちらに向かって声をかけてくる。
それに合わせて他のメンバー&ちょうど合流した女の子達も一斉に俺達に視線を向ける。
「うわ、結構な迫力だな」
「普通にコワイよ」
集団の半分以上が全身真っ黒の服装、でも髪はカラフルで化粧バリバリ…という格好の面々から視線を集めてしまい、思わずちょっと引いてしまう俺と智香。
ビジュアルバンド全盛期とは言え、ここまで気合の入った集団は珍しい。
…まあ今からその中に俺達も混じる訳なのだが。

「ういっす、バッチリ決めてきたじゃねえか」
と、俺以上にバッチリとスーツを着こなしている安曇がそう言ってくる。
「いやいや、さすがに安曇達には敵わないって」
「まあ俺達は本職だからな。そう簡単に並ばれても困る」
「だな」
格好こそ負い目や引け目を感じてしまうが、俺と安曇は仲のいい友人同士。会話自体はとてもフランクだったりする。
「で、今日は吉岡さんも一緒か」
「うん。おはよ、安曇クン」
「うっす」
安曇も智香とは面識があり、普通に挨拶を交わしている。
しかし俺はその様子を見ながらも、さっきの曇った表情が気になっていた。

「おい、それより智香、さっきの…」
とりあえず全員と合流する前に聞いておこう、そう思ったのだが、俺の言葉を遮るように安曇が口を開く。
「なあ宮沢、今日のメンツなんだけどさ、沖津が急に都合が悪くなったらしくて、代わりにウチのメンバーを連れて来たけどいいよな?」
「あ、ああ…」
そうか、あの人は安曇のバンドのギターリストだったのか。
俺は急に解決した疑問に曖昧な返事をしつつ、話の流れ的にその人に向かって軽く頭を下げる。
「…」
すると向こうも無言ではあるが軽く会釈を交わし、「今日はよろしく」といった感じ表情になる。
「ええっと、彼の名前は?」
「梶原。一応俺らより年上だけど、あんま気にしなくていいから」
「まあ安曇も呼び捨てにしてるくらいだからな。じゃあ結構いい人なんだ?」
「そゆこと。…でもギターはメチャ上手いぜ?」
「ん?ってコトは今日のメンツ、一番下手なのはダントツで俺じゃん」
「ははは、まあそうなるわな。せっかく吉岡さんを連れてきたのに残念だったな」
「なっ、別にそういうコトじゃ…」
「そういうコトだろ?」
「う…」
「ま、大丈夫だって。多少カッコ悪い所を見せても、吉岡さんは宮沢を嫌いにはならねえって」
「だ、だからそういうコトじゃ…」
「そういうコトだろ?」
「う…」
ダメだ、口じゃ安曇には敵わない。俺は弁解を諦め、仕方なくといった感じで力なく頷く。
「とりあえずアレだ、こっちも悪いようにはしねえから。安心して弾いてくれや」
「お、おう…」
全然安心出来ないが、一応は頷く俺。
…不安だ、非常に不安だ。

「そんな訳で吉岡さん、今日はコイツ、あんまいいトコないかもしれないけど、優しく見てやってね」
「は〜い」
ちょっと苦笑いテイストながらもコクリと頷く智香。…まあ当然のリアクションって言えば当然だよな。
何にせよコイツは俺がベースを始めてまだそんなに経ってない事も知ってるんだ、それに俺もそんなに上手いなんて思ってない。今日はあくまで練習、少しでも上達出来ればオッケーでしょ。
俺は半ば無理矢理に、言い聞かせるように結論付け、改めて集団の中に入っていく。


その後、初めて会う方々方面を中心に軽く挨拶を済ませ、いよいよ練習の場となる貸しスタジオへ。
結構な人数での移動となるため、自然にいくつかのグループに分かれたのだが、俺が安曇やその他バンドメンバーと一緒になったので、智香はメンバーの彼女さんグループに混じっていた。
元々人付き合いが上手い&初対面の人でも楽しく話せるタイプのため、智香はすぐに集団に打ち解け、早くも楽しそうに会話を始めていた。

「何?彼女さんの心配?」
「いや、そんなんじゃないよ。…それに彼女じゃねえし」
「え、そうなの?」
俺が今会話をしてるのはもう1人のギターを担当する大関君、同じ学校に通う生徒ではあるが、あまり交流が無いため、智香との関係に少し驚いていた。
「まあそのうちくっつくって。学際のライブが成功したらその勢いで…なあ?」
「なあ?って言われても困るよ」
横から口出ししてきた安曇にも対処しつつ、大関君との会話も続ける俺。そこに梶原さんも混じり、散々智香との関係や現在の進展度なんかを尋ねられ、その度に冷やかしが入る…という展開が続く。
一方の智香はと言うと、こっちとはうって変わり、安曇の彼女さんとゆったり&楽しそうに会話をしていた。
…ま、質問攻めにあってないようで何よりだ。

「ええ、そうなの?」
「あはは、ちょっと恥ずかしいんだけどね」
別に聞き耳を立てていた訳ではないが、後ろから智香達の話し声が聞こえてくる。
「ねえねえ、どうしたの?」
「それがさあ、智香ちゃん、みんなのためにお弁当作ってきたんだって」
「ホント?なになに?何を作ってきたの?」
「うん、ロールサンドと鳥の唐揚げ、あとは少しフルーツを…」
「すごーい、智香ちゃんって料理得意なんだ」
「そんな、全然得意じゃないよ。今日のだって簡単な料理だし…」
「え〜、そんなことないよ〜。だって私達なんかお昼を作って持ってくる、なんて考えてもなかったもん。ねえ?」
「そうそう、ハンバーガーかコンビニ弁当、どっちにする?とか言ってたもんね」
「あははは」

…そうか、だからさっき少し沈んでたのか。
俺は彼女達の会話から全てを理解、ハンバーガーを大量に買い込んでいたのを見て表情が曇った智香の心境を察する。
そういえばいつもより大きなカバンを持ってたもんな…
もっとそういうトコに気付いてやれないと、俺は改めて自分のズボラさを知り、ちょっとヘコむ。

「ふ〜ん、手作り弁当ねえ。なあ宮沢、それって俺らも食べていいの?それとも愛情独り占め?」
「…あのな、いくらなんでもそこまで独占欲強くないって。どうぞたくさん食べてください」
「はいはい…と」
そう言って安曇はわざとらしく肩をすぼめ、別のメンバーと会話を始める。

「あ〜あ、こりゃ今日一日ずっと冷やかし続けられるな」
ポツリと呟く俺。まあそれも悪くないか、とか思ってる辺り、結構末期かもしれない。
…だから今日は練習メインだって。


そして程なくしてスタジオ到着。
安曇はさすがにもう店員と顔なじみで、簡単に手続きを済ませてスタジオの鍵を受け取る。
あてがわれた部屋はバンドのメンバーが「一番いい」と口を揃えて言う部屋。
俺にはあまり機材や音響の良し悪しが判らないが、みんながそう言うのであれば間違いないだろう。

「よ〜し、そんじゃま配置につけ〜。で、準備が出来たら音量合わせな」
「うい〜」
「オッケ」
安曇の言葉に従い、みんなそれぞれ所定の位置に移動する。
俺もすぐにベースのアンプがある場所に向かい、持ってきたケースからベースを取り出し、ストラップとシールドを装着。まずベース本体の音をゼロに下げ、アンプの電源をオン。そしてボン、ボンと適当に弦を弾きながら音量を少しずつ上げていき、適当な所で止める。

「なあ安曇、俺の音量ってこのくらいでいいの?」
そう言って俺はボーン、と音を鳴らし、安曇に確認を取る。
「あ〜、ちょっと待ってな。まだギターの準備が終わってねえんだ」
「そっか、悪ぃ」
う〜ん、先走ってしまった。
俺は本当にバツの悪い顔を浮かべ、向こうから指示があるまで待つ事に。
…そうだよな、ギターの場合は音量とトーンだけじゃなく、エフェクターの準備や調整もあるもんな。
ギターの2人が細かな調整作業に入っているの見ながら、俺はその辺にあるスピーカー類の上に楽譜を並べ、練習用セッティングを行おうとする。
しかし…

「おい、それ動かすなよ〜」
と、ギターをいじっていた梶原さんに怒られる。
その口調は「勘弁してくれよ初心者さん」と言いたげ…のように映ったのは俺の被害妄想だろうか?
とりあえずそのスピーカーが梶原さんのギターに繋がっている事を理解した俺は、そそくさとスピーカーの角度を戻し、楽譜を床に敷く事に。
その間に他のメンバーも準備を終わらせ、結局俺が一番最後になってしまった。
…う〜ん、劇的にカッコ悪い。

「…はあ」
思わずため息をついてしまう俺。
チラリと智香を見てみると、「ははは、失敗しちゃったねえ」といった感じで苦笑いを浮かべていた。
しまった、全部見られてたか…
俺は部屋の反対側、機材類が置かれていない入口脇の壁にまとまって座っている女の子達を見ながら、この離れた位置で本当によかったと思う。
きっとすぐそばに智香達がいたら緊張でミスを連発してしまうだろう。まあみんなが俺を見ているとは思わないが、それでもやっぱり意識はしてしまう。

今日は練習、間違えないことが最優先…
再び言い聞かせ作戦を取り、プレイに集中する事だけを考えようとする俺。
「…おい、お〜い」
「…」
「宮沢〜、聞こえるか〜」
…ん?今なんか呼ばれたような…
「準備出来たか〜?お〜い、返事しろ〜」
「ッ!?」
集中、集中…、そればかりを考えていたため、俺は安曇の呼びかけに気付かずにいた。
「ゴ、ゴメン!」
慌てて謝り、準備は出来ている事をアピールする俺。
…ああ、またしても失態を…


と、まあそんなこんなで開始前から散々な状態の俺。
そのグタグタっぷりは練習が始まってからも直らず、普段であれば簡単に弾ける箇所もミスを連発してしまう。
負の連鎖をいうのは怖いもので、一回ミスした箇所に重点を置くあまり、今度は別の場所が…という風に失敗箇所が広がってしまい、トータルとしての出来は今までの中で最悪の部類に。
唯一の救いは他のメンバーの邪魔になる/足を引っ張るまでの大失敗はやらかさなかった事。
だが本格的に音楽をやってる人達にはしっかり判られており、音が少しでもズレる/外れる度にチラッと見られてしまった。
まあ表情から察するにブチキレているのではなく、反射的に向いてしまったような感じだったのでまだよかったのだが、それでもかなり申し訳ない感満載になってしまう。

「…よし、一旦休憩するか」
練習開始から2時間弱、ここで安曇が一旦ストップをかけ、少し遅めの昼飯タイムとなる。
「あの、スイマセンでした。ミスばっかして…」
飲物を買ってきたり、ご飯の準備を整えている女の子達の元へ集まる途中、俺はバンドのメンバー全員に詫びの言葉を入れる。
「あ〜、気にすんなって」
「そうそう。…ま、メシ食った後は気合入れてくれや」
「はい…」
みんないい人で助かった…
俺は優しくフォローしてくれるバンドのメンバーに感謝しつつ、恐縮ですと言わんばかりに集団の輪に入る。
「何だよ、らしくねえなあ」
そんな俺の様子に安曇が苦笑いを浮かべ、そのまま俺の元に近付いてくる。そして背中をバチン!と叩き、小声で「しっかりせえや」と言って彼女の隣に腰を下ろす。

「お疲れさま。…何か調子悪いみたいだね」
そう言ってやってきたのは智香。ちょうど安曇と入れ替わりのような形になり、ちょこんと俺の傍に座っては手を引っ張ってくる。
「ホラ、そんなトコにたってないで座ろ?」
「ああ…」
うわ、完全に気を遣われてるよ…
俺はそう思いながらもその場に座り、智香が差し出してくれたジュースに手を伸ばす。
「はい、それを飲んでしっかりお昼を食べて頑張る!」
「うっす…」
本当は空元気の1つでも見せないとカッコがつかないのだが、それすら出来ずに1人で腐る俺。
…悪い、智香。

「あ、おいしい〜!」
「智香ちゃん、このロールサンド、すっごく美味しいよ〜」
「そう?よかった〜」
「うん、マジで美味いじゃん。…なあ、今度彼女に料理習えよ」
「え〜、ワタシには無理だよ〜」
「ねえねえ、パンに塗ってるのってマーガリン?それともバター?」
「ええっとね、それはバターに少し練り辛子を混ぜてるの。ホントはマスタードがあればよかったんだけど、切らしてたから代用しちゃった」
「練り辛子か〜、すごいすごい、そんな裏技があったんだ〜」
「このタマゴも普通の茹でたヤツを刻んだのとは違うくない?」
「うん、それは湯せんして作ったスクランブルエッグなんだ。ふんわりした方がいいかな、って…」

「…」
持参してきた手料理の話で盛り上がるみんな。それを少し離れて見る俺。
その盛り上がり、話題の中心にいるのは智香。
「…」
パクリ、と手に持っていたロールサンドを口に頬張る。
俺が食べたのはレタスとツナをトマトのサンド。レタスとトマトはしっかり水気を切っていて、ツナはマヨネーズとコショウのバランスが絶妙。智香の作ってきたロールサンドは文句なしに美味かった。

…それに比べて、と俺は自分の不甲斐なさを再度痛感。
せめて午後からの練習はしっかりやらないと…。そう強く決心し、俺は残りのサンドを一気に平らげ、飲物で流し込む。

「…ごちそうさま」
「あれ、もういいのかよ?後で腹減った、とか言っても何も残ってないと思うぜ?」
「大丈夫。…それより安曇、ちょっと1人で練習してるわ。一応音は下げるけど、もしうるさかったら言ってくれ」
「…了解。あんま思い詰めんなよ?」
「わかってる。でも…」
「はいはい、そんじゃ練習してて下さい」
「安曇達はゆっくりしててくれ」
俺はそう言ってスッ…と立ち上がる。

「頑張ってね〜」
「…燃えてるね、智香ちゃんのカレシさん」
背後から聞こえる女の子達の声。
「…あ」
その中から消え入りそうな、それでいて何か言いたげな智香の声が耳に入ってきたが、俺は振り向かずに自分の練習スペースに戻った。

…あ〜、これもメチャクチャカッコ悪ぃな。
判ってる、判っているのだ。こういう行動がガキっぽいという事、余計に智香を気遣わせてしまう事を。
「チッ」
舌打ちを1つ、そしてブンブンと頭を振り、失敗なく演奏する事だけを考える俺。
そしてベースを肩に掛け、音量を下げた所で1人練習を始める。

ボン、ボン、ボーン…
「…」
ボボボム、ボボ、ボーボボ、ボム…
「…くっ」
またここか…っ、俺は間違えて押さえてしまった弦から流れる歪な音に片目を瞑り、そこでベースを弾く手を止めてしまう。

「…ふう」
ため息と共に髪をグシャリと掴み、力なく首を振る。
ふと向こうを見ると、安曇達はまだ休憩中。その様子からまだしばらくは1人で練習出来そうな勢いだったが…

「…ねえ、少し休んだら?」
背後から聞こえる声。振り向くとタオルを手にした智香の姿があった。
「あ〜、悪ぃ。今のうちに少しでも練習しておかないと、みんなで合わせた時に迷惑をかけちまうんだ。だから休んでるヒマはない」
そう言って俺は智香からタオルを取る事なく、自分の服の袖で汗を拭き、再びベースを弾く体勢に入る。
「…ええっと、その…」
どうすればいいのか判らない、そんな顔で俺を見る智香。
「ホラ、みんなの所に戻れよ」
その智香の迷った表情に耐え切れず、そんな言葉を口にしてしまう俺。
自分でも少し突き放した言い方だな、と思ったが、今は何よりもバンドのメンバーと合わせれるだけの技量に達する事が先決だ。

「…わかった、戻る」
さすがに元気を失い、智香は悲しそうにそう言い、休憩しているメンツの元へと戻る。
「…」
これでいいんだ、もしずっと近くにいられたら、もっとキツイ事を言ってしまうかもしれない。
俺は自分の行動を正当化するような勝手な理屈を並べ、半強制的に納得させる。
…なんか今日は感情を無理矢理コントロールする事が多いな…


その後30分ほどして休憩終了、安曇達バンドのメンバーと一緒に合わせ練習を再開する。
1人での練習が功を奏したのか、休憩前よりミスは少なくなり、何とかついていける程度の演奏をする事が出来た。
しかし相変わらずダメな箇所はダメだし、世辞にも安定しているとは言えない状況。リズム隊であるベースがここまで乱れるというのはバンドにとっても致命傷だろう。

「…スイマセン」
曲が終わると同時に出る謝りの言葉。
この展開、もう何回目だろう…
俺は頭を下げながらそんな事を考え、このどうしようもない実力の無さに心底嫌気が差す。

「…なあ、確か本番はあと半月後だったよな?」
と、梶原さんが聞いてくる。
「はい、そうです…」
「このままだとギリギリ間に合うかどうか、ってトコだな」
「ですか…」
自分の中では何とか本番前には形になっているだろう、と思っていたのだが、どうやらその目算は甘かったようだ。
アマチュアとは言え本格的に音楽を演っている人がそう言っているのだ、きっとその見解は当たっているのだろう。
「安曇、確かアレだよな?もし順調に行ってたら、本当はもう1曲増やす気でいたんだろ?」

…え?
俺は梶原さんの言葉に耳を疑う。
もう1曲追加?そんなの全然聞いてないぞ?

「あ、まあ…、そうなればいいな、っては思ってましたけど…」
「何を演る気でいた?」
「…えっと、『Dirty Booth』です」
歯切れ悪く答える安曇。さっきからチラチラと俺を見てはバツの悪そうな顔をしている。
…そうか、俺さえもっと上手くなっていればもう1曲演奏曲を増やしたかったんだな…

「この調子だとムリだな。あの曲は意外とリズムが取りにくいし、ベースが全面に出る箇所が多すぎる。さすがにその辺はお前の歌やギターで隠す事は出来ない」
「ええ、それはそうなんですけど…」
厳しい口調の梶原さんに安曇も次第に声のトーンを落とす。
そりゃあ何も言い返せないだろう、梶原さんの言っている事は全く持って正しい。
悔しいが、今の状況でも一杯一杯なのに、さらに1曲追加なんて言われても出来る訳がない。

「宮沢君…だったよな」
「はい」
「安曇から聞いたが、ベースを始めてからまだ1年経ってないって?」
「ええ、そうです…」
「だとしたら君の技術、才能はそれなりに高い。なかなか1年じゃそこまで弾けないと思う」
「…」
「だが、いくら上達が早くても限界ってのがある。今の君にこれ以上の課題、要求を課すのは酷だろう」
「…」
そんなことありません、と言いたかった。
嘘だと言われても、せめてそれくらいの虚勢を張りたかった。
でも、それすら出来なかった。
梶原さんと一緒に演奏したのは今日が初めて、まだ3時間そこそこしか演ってないが、この人の技術の高さは俺でも十分に理解出来た。
この人は本当に音楽を将来の職として見ている。そしてそれだけの技量と意気込みがあった。
だから、こんなにハッキリ言われても不思議と納得出来たんだろうと思う。
それだけ、この人の言葉には説得力があった。

「とりあえず君は今決まっている曲を弾けるようになれ。…安曇、追加の曲はナシだ。ここで「演らない」としっかり言っておかないと彼も打ち込めないだろう」
「はい…」
「よし。…いいか宮沢君、別に今日で完成させろとは言わない。ただ、どんな事があっても間違えないと言える箇所を作れ。それを少しずつ広げていけ。どうも君は曲全体をスパンとして考えてる。それじゃ焦るだけだ」
「…わかりました」
梶原さんの言葉に素直に頷く俺。

言い返す言葉は無かった。そして言いたい事も、無かった。
でも、やっぱり少し、悔しかった。


時刻は流れ、スタジオを借りた時に決めた使用時間になった。
あれから俺達は再度練習を再開、最初こそ微妙に沈んだ雰囲気を引きずっていたが、数曲演奏した辺りから普段のそれに戻っていた。

勿論それは俺も同じ、ガツンと言われた事がかえって吹っ切れる要因となり、真剣に練習に打ち込む事が出来た…と言いたかったが、残念ながらそう上手くはいかず、逆に余計な事ばかり頭をよぎり、序盤同様に失態を繰り返すだけだった。

「はい、お疲れさんでした、と」
会計を済ませた安曇がそう言いながら戻ってくる。
その間俺達はカウンター脇のスペースに集まって雑談をしたり、飲物を買って飲んでいたりしたのだが、その安曇の言葉で本日集まりは終了、解散の運びとなる。
「…それじゃあ頑張れよ。特に宮沢君」
と、今回限りの参加となる梶原さんが口を開く。
「は、はい…」
「学際、見に行けたらいいんだが…こっちも日銭を稼いで生きてる身でね。どうなるかちょっと判らないんだ。申し訳ない」
「いえ、そんな…」
年も上、演奏技術はもっと上の人に謝られ、思わず言葉に詰まる俺。
あの時はかなりキツイ事を言われたが、それ以降の練習中の梶原さんの口調は至って普通のものだった。

「さて、歩いて帰れるヤツとチャリで来たヤツ、それに電車組も混じってる事だし、ここで解散した方がいいかな?」
「だな」
「うん、私達はこの後少し用事もあるし」
「あ、俺は夜からバイト」
「…」
バンドのメンバー、そしてその彼女さん達が口々に今後の予定を話している中、俺は黙って考え事をしていた。

「…」
そんな俺を不安そうに見ている智香。
…大丈夫だって、そんな落ち込んでねえから。
そう心の中で呟き、俺は智香に向かって軽く微笑みかける。
「…」
少しだけ、ほんの少しだけだが、表情が明るくなる智香。
…ったく、そんなに心配すんなっての。

「…なあ宮沢」
「ん?」
すでに何人かはスタジオから出て行っていたが、安曇とその彼女はその場に残っていた。見送りでもする気なのだろうか?

「…悪かったな。追加曲の事、黙ってて」
「ああ、気にすんな」
「そう言ってくれると助かる」
「や、助かるのは俺の方だ。さすがに今からもう1曲覚えるのはキツイ」
「…スマン」
「だからいいって」
悪いの俺だ、そう言いたかったのだがやめておく。
見た目によらず心配性のコイツの事だ、そんな事を言ったら後々まで気にするだろう。

「…で、これからどうする?もしよければ吉岡さんも誘って4人で遊びにでも…」
そう言いながらチラリと横目で智香を見る安曇。それに釣られて視線を向けると、すでに安曇の彼女さんが熱烈にお誘いをしていた。

「…悪い、少し寄る所があるんだ」
「別にそれくらい俺達も付き合うぜ?」
「いや、かなり長くなるから」
「そうか…。残念だな」
「代わりに智香を誘ってやってくれ。何かお前の彼女さんとも仲良くなったみたいだし」
「あ、ああ…」
煮え切らない様子だが、それでも安曇は一応の返事をする。
それを見た俺は軽く頷き、足早に智香の前に移動する。
「あ、お疲れさま」
「おう」
「今さ、一緒に遊ぼうって誘われたんだけど、隆仁も一緒に行くよね?」
「…いや、悪いけど3人で行ってくれないか?俺はちょっと用事があるんだ」
「え、だったら私も付き合うよ…」
「ゴメン、安曇にも同じ事を言われたけど断った。付き合わせるには悪いくらい時間がかかるんだ」
「そっか…」
いきなり沈みまくる智香。しかしすぐにいつもの笑顔になり、大きく頷く。
「うん、それじゃあ私は安曇クン達と一緒に遊ぶね」
「ああ、そうしてくれ」
「でも…」
「ん?」
「もし隆仁の用事が早く済んだら合流してねよ?確か安曇クン、ケータイ持ってたはずだから…」
「わかった」
「きっとだよ?」
「ああ。早く終われば連絡する」
俺は智香の目を見ながらそう言うと、手にしていたベースのケースを担いでクルリと反転、そのままスタジオを後にする。
「…嘘は、付いてない、よな…」
そう、言いながら。


「…」
あれ?もう暗くなるような時間だっけ?
1人でスタジオを出てからしばらく経っていた。
「…」
いや、いくらなんでも暗くなるのが早すぎる。そう思い、空を見上げてみるとそこには分厚い雲が。
午前中はまず雨の心配はいらなかったのだが、午後4時を過ぎた空はいつポツリと降ってきてもおかしくない状態だった。
「…」
さて、そろそろ動くか。
俺はそれまで座っていたベンチから立ち上がり、適当に見つけた公園を後にする。

今まで何をしていたのか?と聞かれると正直「さあ?」と答えるしかない。
俺はただひたすら、黙って座っていた。
少しは今日の事、練習風景を思い出したり、頭の中でイメージプレイをしたりもした。
でも、想像の世界でも俺はやっぱり上手くベースを弾けず、現実と同じ箇所で詰まっては舌打ちをしていた。

「…」
行こう。俺はさっき通ってきた道を戻る。
行き先は…貸しスタジオ。
俺は1人でもう一度練習をしようと思っていた。

今日で完成させろとは言わない、梶原さんにはそう言われたが、どうしても今日中に一定の形にしたかった。
それは純粋にベースが上手くなりたいから…ではなかったのかもしれない。
きっと見栄や意地、そんな不純な動機だと思う。
メンバーにこれ以上迷惑をかけさせない、そんな意味も多少は含まれていたが、それよりもみんなを驚かせたい、見返したい、そんな思いの方が強かった。

自分でも未熟だな、イヤなヤツだな、と思う。
だが、今の自分を動かしているのは、命令を下しているのは、紛れもなくそういった負の感情だった。


「いらっしゃ…あれ?キミはさっきの…」
スタジオに入ると、カウンターに立っていたお兄ちゃんはそう言って不思議そうな顔をする。
「もしかして忘れ物かい?」
「いえ、違います。1人で練習したいんです。…ちょっとみんなに遅れを取ってるんで」
「…そっか。よし、判った。使う部屋はさっきと同じでいいかい?」
「お願いします」
俺の言葉から大体の事情を察してくれたのか、お兄ちゃんは2つ返事でスタジオの鍵を渡してくれる。

借りた時間は2時間。本当はもっともっと練習したいのだが、意気込みとは裏腹にサイフの中身が寂しい事になっていたため、泣く泣くこの時間で妥協していた。
「…」
ガチャリ。
防音用の厚く重いドアを開け、1人でその部屋に入る俺。
さっきまでは常時10人近くいたので感じなかったが、やっぱりというか何というか、やけに広く見えた。

「…よし」
ガサゴソとケースを開け、ベースを取り出す。続いて先程同様、ストラップ、シールドを取り付け、アンプの電源を入れる。

…ボン、ボーン
テストがてらに一番低い音を出す。誰もいない部屋で鳴るその音は意外なまでに大きく、またよく響いた。

…そうか、こんなに大きな音なんだ。
だったらなおさら間違えれないな。
と、俺は本番のステージを思い浮かべながら、そんな事を考える。
勿論ギターやドラムの音、それに人の話し声なんかも加わるため、あまりベースの音は目立たないだろう。
しかし、この低い音はそれらの高い音とは別に、こうしてじんわりと響く。
俺はその腹部にどっしり来る重低音が好きだった。それが幾つかあるパートからベースを選んだ理由だった。

「…」
ボム、ボボム、ボーン
先の練習の感覚は十二分に覚えていたが、あえてもう一度最初からゆっくりと。
俺は1つ1つ確認するように、各弦、各フレットを押さえては音を出し、その度にコクリと頷く。
その俺の足元に、さっきまでの練習にはあった、必要不可欠だった楽譜は無い。
あまりにも無謀かもしれないが、俺は自分の記憶を頼りに、あとは実際に音を出していく事で流れを叩き込もうとしていた。

「…」
間違えても誰も見てこない。間違えても誰にも迷惑をかけない。でも大音量で弾ける。
それが1人でスタジオを使う恩恵を最大限に生かした練習方法だと思っていた。
実際、それはとても強みとなるものだった。

「…よし」
まずは1曲目、ライブで演奏する曲の中では1番自信のある曲を弾き始める。
演奏はベースのみ。他の楽器の音も無ければ、CD音源も無い。
あるのは自分の記憶、何度も何度も聞いた曲を頭に思い浮かべ、それに合わせてベースを弾く。

「…」
イントロ、Aメロ、そしてサビを経てギターソロ。その後に一瞬、ベースが目立つ場所がある。
そこがこの曲の中で唯一の見せ場であり、また難しい箇所でもある。

♪〜
頭の中で流れるギターソロ、投影させる梶原さんの姿、そしてそのメロディに合わせて弾くベース…
実際に鳴り響いているのはその内1本の音源だけ。だがそれでも俺はしっかりとイメージを描けていた。

…大丈夫、リズムもテンポも崩れてない。いける、ちゃんとラインをなぞれてる…
目では自分の指先を追い、頭では曲の先を追う。そのスタイルを維持出来ているのが自分でも判る。きっと今の俺の集中力は限界に近いところまで来ているのだろう。

ボン、ボボボム、ボム、ボーン…
素早い指の動きを要求される箇所も難なくクリア。続いて今度は裏打ちと言われるリズムの取り難いパートへシフト。
わざとワンテンポ遅れて音を出さないといけない箇所も無事ノーミスで完演し、この曲一番の山場を終える。

「…次」
間髪入れずに2曲目、この曲は終始似たような指運びをしつつ、小節毎に少しずつ押さえる箇所が変わっていく、という構成になっている。
実はこの曲、手を抜こうとすればいくらでも抜ける曲で、幾つかのパターンを繰り返すだけでそれっぽく聞こえる、ちゃんと弾いているように見えたりする。
実際、俺も練習を始めた当初は最初の1フレーズをひたすら連続で弾き、そこから次第に押さえれる箇所を見つけては本当のラインに近づける…というスタイルを取っていた。

…が、もうそんな小細工は、手抜きは一切しない。
そんな事をするくらいなら正規のラインをなぞって間違えた方がいい。それくらいの気迫と意気込みを持って俺はその曲を弾く。

「…」
ボーン、ボボ、ボボボム、ボーン…
ここはギターとほぼ同じ展開、そして次から独立したパート…と。
俺は頭上に楽譜を思い描き、そこに並んだフレット番号を追っていく。
バンドスコアというのは普通の音符が並んだ五線譜と、タブ譜と呼ばれるフレット数及び弦の数を記したものとの2つが一緒になっていて、基本的に弦楽器はタブ譜表記を見て弾く。
タブ譜はオタマジャクシで表記される一般的な楽譜より見やすく、また実際に押さえるべきフレット数が記されているため覚えやすい。
だいたいの流れさえ把握してしまえばあとは応用が効く、そんな感じだ。

「…」
ボボボボ、ボボボム、ボボボボ、ボンボボ…
指の動きこそ単調だが、出すべき音は一番多いのがこの曲。
まあ多いといっても一定のリズムが連続で来るだけなので、それほど苦労はしない。
だが、そのある意味単調とも言える構成が落とし穴となり、一回ペースを崩すと復帰まで時間がかかる事がある。
これは大縄跳びに似ている…と俺は勝手に思っている。
大きく振り回され、一定の間隔で円を描く縄。意を決してその中に入ってしまえさえすれば、後は引っかからないように飛ぶだけ…
しかし、その輪の中に入るタイミングを謝ると、躊躇してしまうと、以降いくら行こうとしても二の足を踏んでしまう。この曲はそんな側面を持っている、俺はそう考えていた。
したがってこの曲で一番大事となるのは思い切りの良さ、迷わず指を動かし続ける事だと思っている。

「…」
いける、指の動きも順調、次に押さえるべき場所もしっかり覚えてる。
さすがにこの曲はどこかで詰まるかな、と心のどこかで思っていたのだが、その弱気な思いはどこかへ消えていた。

結局この曲もノーミスで弾き終え、残るは先の練習で何度と無く失敗してきた曲のみ。
俺はここでも休みを一切取ること無く、頭の中ですぐさまイントロのドラムソロを流して演奏体勢に入る。

ボンボボ、ボボボ、ボーン、ボボ…
それまで1小節に4つなら4つ、8つなら8つ…と、ほぼ同じ数の音が入っていたのだが、この曲は4つだったり8つだったり、中には3つや5つだったり…と、タイミングを計るのが難しい箇所が多く存在する。
さらに指、弦の動き共に忙しく、スライド→連続弾き→スライド→連続弾き、という場所がある。
俺はそこがあまり得意ではなく、いつもスライドの後に押さえるべき音を有耶無耶にしていた。

ここさえ、この場所さえ納得のいく形で弾けたら、続いて訪れる難所の連続も乗り越えられる…、俺はそう思いながらAメロを無事弾き終え、サビに入る。

ボボン、ボーン、ボボムボボムボボ…ボ
「…クソッ!」
ダメだ!俺は思わず声に出して失敗を悔やんでいた。
そしてそこから一気に崩れ、それまで途切れること無く頭の中で流れていた音楽が止まってしまう。

「…チッ」
歯を食いしばり、感情剥き出しで悔しがる俺。
その後も俺は同じ箇所でことごとく躓いてしまい、ミスと焦りの螺旋回廊に迷い込んでしまった。


1時間経過、俺はいまだに同じ場所で苦戦を強いられる…というか、完全に暗礁に乗り上げていた。

「…クッ」
またしても指が付いていかず、弦を弾く指と合わずにおかしな音が鳴る。

「…」
もう一回最初から。

「…ああっ、もう!」
今度は押さえるフレット間違い。さらにそのまま続行した所、汗で手が滑ってしまい、肩からズルッとバランスを崩してしまう。

「…」
ピシッ!
気付くと俺はピックを床に叩きつけ、肩で息をしながらそのピックを睨みつけていた。

…ダメだ、ダメだダメだダメだ。
こんなトコで何度も詰まってるようじゃ何もならない。

「…やっぱ、俺には無理なのかな…」
ついにこぼれる諦めの言葉。
明らかに弱気になっている自分が、そこにいた。
わかっている、自分がそれほど精神的に強くない事も。そして演奏技術の未熟さも。

「…」
ホント、何やってるんだろうな、俺。
大して似合いもしないスーツを着て、いい気になって。
演奏するという行為に酔って、気になる子を誘って。
…その結果が、これだ。

「ふふ、…ふふふ」
情けなくて、バカみたいで。
そして、そんな自分がどうしようもなく哀れで。
…笑うしかなかった。肩を小刻みに震わせ、うつむき加減で。
…笑うしか、なかった。


ザアアアアア…

「…」
スタジオを出ると、外は大雨だった。
俺は「傘、貸そうか?」というお兄ちゃんの申し出を断り、その大雨の中を歩いていた。
「…」
手にはベースケース、一応少しでも濡れるのを防ごうと、羽織っていた上着をグルグルと巻いている。
…が、もうどうでもよかった。
もし本当に楽器を気遣うのであれば雨やどりをするだろう。でも俺はそれをしなかった。
別に、俺は楽器を愛してる訳じゃない。これは、手に持っているこれは、ただ低い音を出すだけの道具だ。

「…」
安曇が見たら怒るだろうな。
そんな事を考える。
アイツは音楽に対して真っ直ぐ、そして並々ならぬ熱意を持っている。
それに比べて俺はどうなのだろう。
「…そんなの考えるまでもないだろ…」
ボソリと呟く。
雨の中、それも視界が狭くなるような大雨の中、俺は1人、とぼとぼと歩いていた。

ザアアアアアアアアア…
雨足は弱まるどころか、さらに強くなっていく。
だが、もうここまで濡れていると、そんな事はどうでもよかった。どうでもよくなっていた。

ザパアアッ!
横から大量の水が飛んでくる。バスが俺を横切っていた。
「…」
それでも俺は無表情。何を思うでもなく、怒りを覚えるでもなく。
ただ正面を見ながら、俺は歩いていた。

「…」
ピタリと足が止まる。
横断歩道は赤だった。
車通りはほとんどなく、別に無視してもいいような小さな道だったが、何故か俺は律儀に待っていた。

その時、ふと横断歩道の向こう側にある店に目を向けると、ショーウインドウに自分の姿が映っているのが見えた。
「…」
信号が青に変わる。
俺はふらふらと吸い寄せられるように、その店に向かって歩き出す。
別に何かが欲しいとか、そこに並んでいるものに興味があったとか、そういう事ではなかった。
ただ、このどうしようもなく滑稽な自分の姿を、見てみたかった。

「…こりゃヒドイな…」
額から頬にかけて青色の筋が何本もあった。それは髪を染めていたスプレーが流れ落ちて出来たもの。
その様はこの惨めな状況をさらに強調し、まるで世界の全てに嘲笑われているように見えた。

「…ふ」
思わず鼻で笑ってしまう俺。なんて惨めなのだろう、そしてなんとおあつらえ向きな結末なのだろう、そう思えて仕方なかった。
「…」
ベースを雨から守ろうとしていたジャケットは袖がだらしなく垂れ、今にも地面に付きそうになっていた。
いや、もしかしたらすでに引きずって歩いていたのかもしれない。
…まあそれも今となってはどうでもいい事だった。

♪ピコピコ、ピコピコッ

ガラス越しに映る自分を虚ろな目で見ていたその時、ふいにポケベルが鳴り出す。
「…」
俺はしばらくメッセージを確認するかどうかを考えていた。
これ以上ないくらい鈍っていた頭は、そんな判断を下す事すら相当な時間を要した。
「…」
おもむろにズボンのポケットに手を伸ばす。
特に意味を見出せない熟考の後、俺はようやくポケベルを取り出した。
そして内容を確認、新着メッセージを開いてみる。

『キョウハダンネンダッタネ トモ』

「…」
それは珍しく差出人まで書いている、智香からのメッセージ。
アイツらしい気遣いだな、と思った。
そして、そんな部分に俺は惹かれたんだな、好きになったんだろうな、と思った。
…でも。

「…なあ智香、『ダンネン』って何だよ」
おそらくザンネン(残念)と打ち込みたかったのだろう。
…まあ劇的にひねくれて見るなら、ダンネン(断念)と捉えれるのだが。

「…今日のザマに関してはダンネンだったね、でよかったのかもな」
ポケベルをしまいながら、俺はうつむき加減でそう言い、自嘲気味に口元を緩ませる。
「…」
そしてそのまましばらく、何も動かず、さらに激しくなってきた雨に打たれ続ける。
「…」
すでに濡れている感覚は麻痺していた。もしかしたら寒いのかもしれないが、その感覚も麻痺していた。

「…っ」
急にむせ返る。
最初はどうしてか判らなかったが、頬に何か熱いものが流れるのを感じ、そこでようやく俺は理解する。

…俺は、泣いているのだ、と。
…涙を、流しているのだ、と。

「…ううっ」
一気に込み上げるたくさんの気持ち。
情けない、カッコ悪い、ほとんどがそんな負の感情だった。

「うう、…ううっ」
歯を食いしばりながら、小刻みに震えながら。
頬を伝う涙はこの雨にも負けないほど大量で、この冷え切った肌には余計熱く感じられた。

「…ダメだ、俺、ダメだ…」
力なくそう呟き、これでもかと言わんばかりに両目を瞑る。

ドサッ
その瞬間、右手からベースケースが落ちる。
ただでさえズッシリくるのに、雨を吸って重くなったそれは俺にとって重荷すぎた。…物理的にも、精神的にも。

「…」
ドサッ
それに続くように、今度は俺自身も地面に倒れる。
膝から落ち、そのまま崩れるようにへたり込む。
両手はだらしなく地面に付き、同じく頭もだらしなく垂れるだけ。

「…」
まるでその場に正座しているような状態の俺。
しかし、そこに正座が本来持つべき凛とした様子はなく、ただひたすらに打ちひしがれる醜態があるだけだった。

「…っ、…っ」
まだ、涙は流れ続ける。
涙が流れる度、その涙の意味を知ってはまた新しい涙が流れる。
泣いている事に対して泣いている…、その効率の良すぎるサイクルに俺は涙を搾取されてはさらに涙を流していた。


ザアアアアアア…

少しは弱まっただろうか、それとも気のせいか。
微妙に耳から遠ざかる雨音の中、俺はその場に座り込んでいた。

「…」
あれからもう30分は経っただろうか、さすがに涙は一段落し、俺は黙って下を向いていた。
視界の隅はベースケース、そしてジャケットの裾。
どちらも十二分に雨を吸い、少し薄い黒だったものが光沢にも似た漆黒にその色を変えていた。

「…」
これから、どうしよう…
と、俺は先の事を考えていた。
…いや、考えれるようになっていた、と言うべきか。

しかし、まだ立ち上がれない。
立ち上がるだけの、力が無い。
せめて何かきっかけが、どんな些細なものでもいい、即物的なものでもいいから、きっかけが欲しかった。

「…」
ダメだな、立ち上がる事にすら何かを求めてる。
他愛も無い事なのに、造作も無い事なのに、それにすら自分以外の力を必要としている…
そんな状況、現状を知りつつも、それでも動けない俺。

惨め、あまりに惨め。
情けない、どうしようもなく情けない。
そして滑稽、この上ない滑稽で茶番な三文芝居が、今、ここで繰り広げられたいた。


ザアアア…

「…」
今度はあからさまに、確実に雨の音が小さくなった。
しかし、音は小さくても周囲から感じる雨の雰囲気は何ら変わらない。
遠くから聞こえる濡れた道を走る車の音、雨どいを通って流れ落ちる水量と水音、そして何より雨の匂いに変化が無かった。

そう、この雨音の納まりはまるで俺のすぐ傍だけで起こっている、そんな感じがした。

「…え」
異変…というか違和感に気付き、思わず声を出してしまう俺。
それは今ようやく俺が気付いただけで、本当はもう少し、いやかなり前からだったのかもしれない。

…とりあえず俺は、俺の身体は、雨に打たれていなかった。

「…」
ゆっくりと、そして恐る恐る顔を上げる。
すると次第に、自分の周囲が微妙に赤く色付いている事を知る。
そして…

「智…香…?」
何故か自信無さ気にその名前を口にする。
目の前にいるのは確かに、そして間違えようの無い見知った顔なのに。
…いや、だからこそ、間違えようの無い顔だからこそ、驚いたのかもしれない。

確かに、智香が、そこにいた。
傘を、赤い傘を俺に差し伸べ、黙ってそこに立っていた。

「…智香」
もう一度、その名前を口にする。
カッコいい所を見てもらうがために、気を引くがために今日の練習に呼んだ、その想い人の名前を。

「…風邪引くよ」
智香の第一声はとてもあふりれた言葉、ドラマやマンガでこういうシュチュエーションだと、決まって傘を差し出す側が喋る言葉だった。
「…もう遅えよ」
もしこれが先に例として挙げたドラマやマンガなら、きっと素直に感謝の言葉をかけるだろう。そしてギュッと抱きついたりするだろう。
でも、俺はドラマの主人公のようにカッコよくも無く、マンガの主人公のように何でも出来たりしない。
だから、思った事を、そのまま言う。
「…だね」
俺の言葉に素直に頷く智香。
智香くらい可愛ければ、ドラマのセリフだって全然似合うのに、彼女もまたいつもの調子で素っ気無く言う。

「…まあでもアレだ、一応ありがとうくらいは言っておくよ」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
そう言って智香はスッと手を伸ばす。
「…いや、普通そういうのは男の役割だから」
俺は差し出された手を丁重に断り、自分で立ち上がる。
…何だ、簡単に立てるじゃねえか。きっかけなんて自分でいくらでも作れるじゃねえか。
心の中でそう思いながら。


「…あのさ」
「ん?」
まだ止む気配すら見せない雨の中、俺と智香は1つの傘に入りながら歩いていた。

もうこれ以上濡れようがないため、そしてあまり密着すると智香も濡れてしまうため、最初は傘に入るのを断ったのだが、「それじゃあ私が悪者に見えちゃうでしょ!」と言われ、智香の体裁のために傘の中に入る事に。
…何かこう言うとスゲー嫌なヤツに映るな。そんな事はないですよ?

「さっきの事だけどさ」
「?」
智香が指す「さっき」がどこに当たるのかが判らず、微妙な顔になる俺。
結構どの場面も話のネタになるため、特定するのが難しかった。
「私が黙って隆仁の前に立ってた時」
「ああ、あの時ね」
「うん、何かさ、ああいうシーンってよくあるよね?映画とかドラマとか」
「そうだな、結構見るな」
やっぱり智香も同じような事を考えてたか…、そう思いながら頷く俺。
「…ああいう場面、普通に考えたら隆仁が喋ったようなセリフになるよね?」
「もう遅えよ、ってヤツか?」
「うん。私もそう思ったもん」
「そっか。…まあでも傘は差すよな」
「だね。いくら手遅れでも一応は…ね」
「手遅れとはまた嫌な言い方をするな」
さすがにこれには苦笑い。…そうか、俺は「一応」で傘を差してもらっていたのか。
「だって他に言いようがないんだもん…」
ぶう、と膨れる智香。まあ確かにそうかもしれないな。
「悪ぃ悪ぃ。そんな怒るなよ」
「別に怒ってなんか…」
「あ、もしかして智香、俺にドラマみたいなセリフを期待してたとか?」
「違うよ〜、あの時は隆仁のセリフが正解だよね、って話をしたいだけ。そんなコトされたらこっちが反応に困るよ」
「ふ〜ん、そっか」
なるほど、智香の言う事はもっともだ。
俺は首を縦に振り、納得した様子で同意の言葉を口する。
…でも。

「…まあちょっとはやってみたい感もあったんだけどな」
「え?」
「何だ、その…、『ありがとう』って言いながらギュッと抱きつく…みたいなヤツ?」
「…なっ」
俺の言葉に智香は瞬間的に顔を赤らめ、あわわわ…といった表情を見せる。
「ダ、ダダダメだよそんなの。だだだ、だってホラ、私も濡れちゃうし…」
と、何とか平然を装おうと言葉を発するも逆効果。必死に弁解しようとすればするほど早口になる&どもってしまう。
「…お〜、慌ててる慌ててる」
やたらと「ダ」と「だ」を連呼する智香を見て思わず笑ってしまう俺。
…でも「私も濡れちゃうし」っていう理由は少しヘコむな。
「そうっスか、濡れるのはお嫌ですか。ふ〜ん」
だから俺もあえてそこを突っ込んでみる。…さて、どんな反応を見せてくれるのやら。

「ちがっ、そんなコトない。私は全然いいから!濡れても平気だし、抱き付かれてもいいから!」
「…へ?」
「…あ」
「…」
「…」
しばしの沈黙。
俺は「今なんと?」という顔をしながら、智香は「…言っちゃった」という顔をしたまま固まっている。
「…」
ええっと、この状況はその、なんだ、もしや俗に言うところの…
「…オッケーサイン?」
単刀直入すぎるというか、もうちょっとオブラートに包んで言えないのかとか、オメエそれはいくらなんでもデリカシーなくね?とか、もっとそれっぽい雰囲気作れ!とか、色々と問題はあるがズバリ聞いてみる俺。

「…あの、えっと、まあ、そういう…コト、かな」
しどろもどろになりながら、顔を真っ赤にしながらも、そう答える智香。
きっと彼女にしてみてもこの状況は予定外、思い描いていた状況とはかけ離れていたに違いない。
…まあそれは俺も同じなのだが。

「そっか、じゃあいいんだな?」
とりあえずもう言ってしまった&聞いてしまったのだから仕方ない、俺は開き直るようにして智香に近付く。
…本当はそれは真っ赤なウソ、内心は智香以上にドキドキしていたのだが、開き直っているテイスト全開で智香の手を取った

「へみゅっ!?」
いきなり手を握られたせいか、それとも単に俺の手が冷たかっただけなのか、智香は聞いた事のないおかしな声を上げる。
…うん、これはこれで可愛いからセーフ、と。

「…先に言っておく。かなり強く抱きしめる気でいるんで、きっと智香も濡れると思う。以上、そんじゃお言葉に甘えて…」

スッ…
言葉では「強く出し決める」と言ったが、実際は極力優しく、全身で包むように抱きしめる。
「…あ」
これには智香も驚き、というよりは意外、という声を出す。
…が、それも束の間、すぐに智香は全身ズブ濡れの俺に手を伸ばし、腰の辺りをギュッと掴んでくる。

「…冷たい」
「…だろうな」
「…濡れちゃうね」
「…だろうな」
これ以上ない至近距離、完全なる密着状態の中、囁きあうようにして発せられる2人の言葉。
きっと他人が聞いたら恥ずかしくなるような事を言ってるんだろうな、と思うものの、やめる気はさらさら持ち合わせていなかった。

「…離れとく?」
「ううん、もうちょっと」
「…了解」

大雨の中、1つの傘。
その傘の下、俺と智香は抱き合ったまましばらく動かない。
きっと今頃、智香は両腕を中心にじんわりと服が濡れていってるんだろうな…とか余計な事を考えつつも、俺はそのまま黙って智香を抱きしめていた。


…そして翌週。

「う〜ん、予想が外れたな」
と、安曇が困ったような、それでいてどこか楽しそうな顔を浮かべていた。

「…確か『くっつくのは学際の後で』とか言ってたよな?」
そう言ってわざとらしく首を捻るのはドラムの上坂。

「おいおい、俺がいない時に何があったんだよ〜?」
これでメンバー内で彼女がいないのは俺だけじゃん…とヘコんでいるのは先週練習を休んだ沖津。
その後ろではもう1人のギターである大関君がクスクス笑っていた。

…今日は学際前最後となるスタジオ練習の日。
ライブのメンバーも全員集まり、本番と同じくらい気合を入れて演奏しよう、という話になっていた。

あれから1週間、俺は死ぬ気でベースを練習。梶原さんに「完成させるのは難しい」と言われた曲も含め演奏予定の3曲はほぼ思い通りに弾けるようになっていた。
…かなり恥ずかしい言葉だが、愛の力は偉大である。

「ねえねえ、今日もお弁当作ってきたって?」
「うん、今日はオムライスおにぎりなんだ」
「うわ、おいしそ〜」
「えへへ、楽しみにしててね」
「うん!」
向こうでは智香達が楽しそうにお弁当トークを展開していた。
実は今日のメニューは俺のリクエスト。最初は普通にオムライスを頼んだのだが、みんなで食べるには不向きと言われ、おにぎりスタイルになった。
ちなみにオムライスは俺の大好物&智香の得意料理である。

「…さ、そんじゃ始めるか」
「おう!」
「ういっす」
「いいなあ、彼女…」
「沖津!」
「ひぃっ!はいはい、大丈夫です、やれます、準備はオッケーです!」
「ったく…」
そう言いながらも呆れた様子は全くなく、安曇は軽く笑いながら沖津を始め、バンド全員を見渡す。

「おっしゃ、行くぜ!」
安曇の声を合図に、勢いよくドラムが鳴り響く。
この後、俺のベースが続き、そして2本のギターが最後に加わり、一気に音の幅が広がっていく。

「…」
弾き始めまであと数秒。
俺は最初に押さえるべきフレットの上に中指を乗せ、ピックを構える。

…大丈夫、自信はある。
あれから何度も練習をしたし、緊張もしていない。
それは例え今この瞬間がライブ本番でも同じ事。
たくさんの人が見ていようと、失敗が許されない状況だとしても、俺には関係ない。

「…」
スゥ…と息を吐き、そして俺はベースを弾き始める。
その低く響く音に全てを乗せて。

…大丈夫、自信はある。
あれから何度も練習をしたし、緊張もしていない。
それに…

今の俺には、智香がいる。
彼女の前では、もう、カッコ悪い所は見せられない。

あの雨の日、大雨に降られた日に、俺のカッコ悪い所は全て見せた。
もう、あとは、カッコいい所だけ見てもらわないと。

…見ててくれ、智香。
今日も、そして勿論本番でも、俺はカッコよくベースをひいて見せる。

だから。

…見ててくれ、智香。






                   「ちょっと前の物語。 〜前世代高校生の恋愛模様〜」 END 











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