「北風と太陽の天使」





「…はあ」
雲の切れ目から下の様子を見ながら、大きくため息を1つ。
「…ふう」
そしてもう1つ。

これは悩みなのか、それとも迷いというものなのだろうか…
そんな事を考える。
そして、この煮え切らない思いは、何とも形容し難い気持ちを抱いているのはボクだけなのだろうか?先人達は疑問を感じなかったのだろうか?と思う。


…ボクの名前は赤沢・ウリエル・楠葉。
自分でもかなり微妙な名前だと思うけど、これでも一人前の天使だったりする。
今現在の役目は人間の縁結びとその後の守護。早い話がくっつきそうな男女をマジックアイテムや魔法を使ってカップルに仕立て上げ、その後しばらく様子を見ては各種イベントを発生させる…というもの。
イベントには「お互いの意外な一面を見てしまってドキドキ」、「(床につまずく等のシュチュエーションを経て)思わずギュッと抱きしめる」、「偶然が重なって同棲生活突入」、「告白の場面で季節外れの雪が舞い落ちる」、「旅行先の宿で用意されていたのは1つの布団に2つの枕」、「誤配送されてきた荷物の中から大人玩具詰め合わせ」といったハッピー&ラブラブ方面(含むエロス)から、「すれ違いから生まれる心のズレ」、「些細な嘘が大きな誤解に」、「天然系横取りキャラの登場」、「触れてはいけない過去の発覚」、「両親が勝手に決めた許婚の登場」、「仲直りした次の瞬間に交通事故」などのドラブル&試練系のイベント…と、恋愛シュミレーションゲームも真っ青の内容が盛り沢山。
ボクたち恋愛守護天使はそんな数々のイベントから妥当なものをチョイス、さも偶然を装ってイベントを発生させてはその経緯を見守り、色々とフォローを入れたりマンネリ化を防いだりしている。

…そう、人間の恋愛において天使の介入が無いケースは稀、基本的に出会いからの一連のプロセスは担当した天使がシナリオ&演出を手がけている。
今までボクはこの『エンジェリック・ラブメイクシステム』(←天界が決めた正式名称。正直このネーミングはどうかと思う。同意見の天使多数)に特別疑問を抱いたり、反対の意見も持っていなかった。
でも、今は少し違う…ような気がする。
確かにボクら天使は特別な力を持っているし、一番低い階級の天使でも一生の間に数万人という人間の運命を変える事が出来ちゃったりする。
言い方は悪いが、少しくらいは驕りの気持ちがあっても仕方ない。それが天使として生まれてきた者の特権であり、役目だからだ。

…が、それでもイベント振り分けやカップリングに失敗して、「あ、間違えちゃった。テヘヘ」と笑っている仲間を見ると疑問を感じずにはいられない。
例えボクら天使の裁量の悪さが原因で人間が別れても、「それも運命」の一言で片付けるのはいかがなものかなあ、と思う。
万が一、魔法やアイテムの力によって対象となる人間の命が尽きようとも、その担当天使には一切お咎めナシ、縁結び失敗による罰則は存在しないのだ。

ただ、一定の任期、一定の人数を担当する。恋愛守護天使の仕事はそれだけ。
ボクたちはその任務の間を縫っては他の資格や権限を取得し、上の役職に就いたり別のセクションに移って新たな任務を命じられる。
とても機械的だが、天界の管理はその繰り返しで出来ている。システムとしては完成されているが、どうしても面白味は失せてしまう。

…残念な事にこの仕事の重要性は決して高くはない。
今の説明でも何となく察する事が出来ると思うけど、この任務は後に続くものへの階段、ステップやプロセスでしかないのだ。
中にはこの仕事を天職だと考え、最後まで恋愛守護天使の役目を続ける素晴らしい天使も存在しているらしいのだが、こうしてボクが「らしい」という言葉を使った事からも判るように、ボクは今までそんな天使に会った事は無い。
要はそれだけ特殊な存在なのだ。

愛とは何か、敬うとは何か…か。
ボクは天使になった時に初めて受託する言葉を思い出す。
それは人間界で言うところの社訓のようなもの。理念であったり準拠すべき事柄なのだが、どうも人間界のそれと同じく、地に足が付いていないような気がしてならない。
…きっと大昔、今の天界が出来た頃は皆が心の中に秘め、守っていたんだろうなあ、とは思うんだけど…

と、その時だった。
「…ん?」
足元の雲に自分以外の影がある事に気付く。その影の動きや次第に大きくなる様子から察するに、誰かが上空から降りてきているようだった。

そして影の主はファサ、ファサ…という羽音が聞こえるまで近付き、やがて自分の影と完全に重なる。
「…どうしたんだい?また失敗でもやらかしたのかな?」
ボクの背後からやけにスイート、そして不当に爽やかな声が聞こえてくる。…まあどんなセリフを吐くにしろ、天使の声というものは基本的にそういうものだったりするのだが。
「…また、は余計なんじゃないか」
しかしボクはそんな天使標準装備のお耽美ボイスを使わず、あえて人間の若者口調で言葉を返す。それでも微妙にBL系のボイス、攻め受けでいうところの攻めに回るであろうキャラっぽい声になるのはご愛嬌。…天使って難儀だ。

まあそれはさておき、会話の相手はよく知った仲、それこそ腐れ縁と言っても支障の無い友人、ハニエル・アルファ・スカイリー。ボクとは大違いのスッとした名前のナイスガイだった。
…スッとした名前って何だ。

「そう?ウリたんは結構ミスしてる方だと思うけど…」
「してないよ。…あと「ウリたん」って言うな」
「…で、こんな何もないトコで何してんの?」
ハニエルはボクの言葉を完全にスルーしつつ、背後から腕を絡めてくる。
「やめてください」
と、こっちもスルー返しとばかりに素っ気無くハニエルの腕を振り払う。
「え〜、こんなに美しい画はそうそうお目にかかれないよ?」
「…いや、そこらの天使2人が抱き合えば誰でも教会壁画になるから」
「わかってないなあ、ウリ坊は。教会の壁画にこんな乱れた天使が描かれているかい?見てよ、ボクなんか胸がこんなに肌蹴てるんだから」
「乱れた、とか言わない。…あと「ウリ坊」も禁止」
「ちぇ、残念」
そう言ってハニエルはわざと露出度を上げたと思われる法衣をしっかり着込み、改めてといった感じでボクの前に姿を見せる。
ちなみにこの時点でさっきまでのプチ真剣モードな喋り方は大崩壊。
うん、やっぱり慣れない事はしない方がいいね。

「…相変わらずキャラ作ってるなあ、ハニエルは」
「ウリウリが作ってなさすぎなんだよ。…まあ第一声はちょっと天使モード入ってたけど」
「ハニエルに合わせようかな、と一瞬思うもすぐさま却下。…そんな葛藤がありましたとさ」
ボクはバサァ…と羽根を広げながらそう答え、その場で軽く羽ばたく真似をする。
「うわ、早く話を終わらせてどっかに行きたい雰囲気を作ってる。キャラは作ってないクセに」
「…違うよ、ずっと折りたたんだままにしてたから広げただけ。…それと「ウリウリ」って言うな」
口を尖らせて不満気な顔をするハニエルをなだめつつ、呼び方に関してはしっかりツッコミを入れる。…もう他におかしな俗称は無いと思うんだけど…どうだろ?
「それじゃあウーリー、まだオイラとお喋りしてくれる?」
「ウーリー!」
まさかそんな呼び方で来るとは…
っていうかいつの間に一人称が「オイラ」になったんだろう。
「あはは、「そう来たか!」って顔になってるよ。それと「いつから一人称が変わったんだ?」って顔にもなってる」
「…」
「ん?どうしたの?」
「…いや、スゲーな、ハニエルって」
「どうも♪」
「そりゃあ同じ階級の天使でも評定が違うよな。…早く次の権天使(プリンシパリティ)になったら?」
「そ、そんな…、ヒドいよウリエルン!あちきはそんなに優秀じゃないもん!ワタシ、出来、ソレホド、ヨクナイネー」
「…誰?」
半分呆れた様子で、もう半分は本気で疲れた感じでツッコミを入れる。
本当にボクたちは天使なのだろうか、と思わなくもない。
と、そんな事を考えていると、ハニエルは急に真面目な顔になり、ボクの顔をじいぃ…と見つめてくる。
「…」
「…何でしょう?」
またしても心の中を読まれるのだろうか?ボクは思わず身構え、そして無駄だと判っていながらも心の中で無心を叫ぶ。

「…ふふ」
しばらくの間を置いた後、ハニエルはそれまでの真剣な顔から一転、含み笑いを浮かべる。
「…だから何なんだって」
「うん、いつものウリエルに戻ったね。よかったよかった」
「なっ…」
「…ふう。ダメだよ、何があったかは知らないけど、天使たるもの憂いを帯びた顔なんか滅多にしちゃいけないんだから。スマイルスマイル♪」
「…」
ああ、そうか。
ボクは全てを理解…というか、親友の心遣いにようやく気付く。
「…悪ぃ」
でも、やっぱり少し恥ずかしいので言葉は短く、そしてぶっきらぼうに。
「いえいえ」
だから、ハニエルもその点に関しては一切触れず、ただいつものように笑うだけ。
…そう、これが彼の、天使ハニエルの優しさであり魅力。
勝手知ったる仲なれど、決して訳知り顔で接したりはしない。勿論表面だけの心配や慰めはしない。
そして何より、相手の心の踏み込んではいけない領域には足を踏み入れないし、「自分ならきっと解決出来る」みたいな驕りは微塵も持ち合わせていない。
でも、ハニエルが誰かの悩み事、心配事の解決に乗り出すと、決まってすぐに&あっさり解決出来ちゃったりする。
「…ホント、スゲーよ、ハニエルは」
「にゃはは、そうでもないって。ウリっちに勝てないトコだってたくさんあるよ」
「…ドコだよ」
「ツッコミの早さとか?」
「…全っ然釣り合わないから。っていうかそんなの引き合いに出すな。余計悲しくなる」
「ええ〜、本気で言ってるのに…」
…きっとそうだろう、判っているさ。
ボクは心の中でそう言いながら、目の前で心底残念がるハニエルに向かって「ふう」と大きく息を吐く。
「…む、何その反応。ため息とはまたご挨拶ですねえ」
「そうじゃないって」
今のは自分に対して、それまで塞ぎ込んでいた自己の気持ちに決別するための吐息だよ。
ボクは再び心の中でそう言うと、気持ちを切り替えるように頬をパシッ!と叩く。そして…
「あ〜、言い忘れてた。さっきはスルーしたけど、「ウリエルン」と「ウリっち」も禁止な。あとそれから一連のハニエルの言動、ちょっと爽やかすぎです。「…何?この後めくるめく淫靡な展開に?」みたいな感じがする。ボクにその気はないので改善を要求します」
…と、あえてツッコミを入れる&悪態を付いてみる。
ハニエルに比べ、とてつもなく子供っぽく映ってしまうが、これがボクなりの感謝の表現。…つくづく天使のクセに素直じゃないなあ、と思う。
「そ、そんなあ。ヒドい、ヒドすぎるよ赤沢・ウリエル・楠葉〜」
「…フルネームもやめれ」
しかしそこは親友、ハニエルはごくごく普通の反応を見せる。
…まあ普段と何ら変わらない反応がコレかよ、と言われたら返す言葉もないのだが。
「フルネームも禁止…。もしかして私めの事がお嫌いで?」
「んな訳ないでしょ。本名は昔から好きじゃないんだ」
「それはいけません。せっかくのお名前なのですから、愛を以って―」
「お願い、同じ天使相手に対人間口調で喋るのはやめて下さい」
「…む〜、今日はいつにも増して注文が多いなあ」
そう言ってハニエルは羽根をクネクネと動かし、困った顔になる。
しかしボクは知っている。この一見困った顔は何かよからぬ事を考えている時だ、という事を。
「じゃあウリエル氏のご希望通りの喋り方にするからさ、代わりにそっちも希望する口調になってよ」
「…」
待て、これは自分にとって損となる取引だ。ボクは本能的にそう察し、回答を遅らせる。…とりあえず「ウリエル氏」って何かイヤだ。
「…」
「…」
両者共に無言。そしてお互いに腹の探り合い。
「…やっぱやめとくよ。ハニエルの喋り方には口を出さない方向で行きます」
「そんなあ…。オヨヨ」
「はいはい、泣かない泣かない」
どこぞの上方落語の重鎮のような言葉をスルーしつつ、あやすようになだめる。
…ホント、どこから本気でどこまでがネタなのか分からないやり取りだなあ。
「ちぇっ、もしこの要求をウリエルが呑んだら、「俺の子猫ちゃん」とか「オマエは一生俺のもの」的なセリフを二言に一回は織り交ぜてもらおうと思ったのに…」
「やっぱりそっち方面か…」
嫌な予感はやっぱり的中。断っておいて本当によかった。
…しっかし、今日はやたらと同系統のネタで攻めてくるなあ。
「ま、そんな訳で…と」
「うわ、何か話を終わらせようとしてる」
ポン、と手を叩くことで区切りを付け、すぐさま次の話題に入ろうとするハニエル。
う〜ん、ここまでくると自由というより勝手の部類だ。
「ん?それじゃあ話をちょっと戻そっか。…ええっと、どの辺までバック・トゥ・ザ・フューチャーしようかな〜?」
「…その言葉の使い方、多分間違ってるぞ…」
確信犯だとは思うが、一応ツッコミ。しかしハニエルはそれには反応を見せず、先の会話を思い返しているようだった。
…掘り返さなくてもいいのに。
「…ウリエル」
「ん?」
「ダメだよ、何があったかは知らないけど、天使たるもの憂いを帯びた顔なんか滅多にしちゃいけないんだから。営業スマイル営業スマイル♪」
「そこまで戻るんだ…」
しかも微妙にスマイルが営業スマイルに変えられてるし。っていうか営業スマイルはよくないでしょ。
「あれ、ウリエルにしては普通の反応だね。…ダメだよ、何があったかは知らないけど、天使たる―」
「や、それはもういいから」
「ちぇっ、上手くかぶせたのに…」
今度は心底がっかりした様子のハニエル。もうちょっと反応してもよかったかな、と思わなくもない。
「…ふっ」
一向に進展を見せない会話、でもそれが何となく心地よい。
そんな状況が、いつもと変わらないやり取りが急におかしく感じてしまい、ボクは思わず笑ってしまう。

…自分では気付かなかったけど、かなり気が滅入ってたんだなあ。
ボクはさっきまで頭を悩ませ、自問自答を繰り返していた。でも今はこうして客観的に見れるようになっている。それはやはりハニエルのおかげ、内面に向きすぎていたボクの感情を上手く外側に発散させてくれたからに他ならない。

「…ありがとね、ハニエル」
「どういたしまして♪」
改めて出た、親友への感謝の言葉。それに対し、親友はごくごく自然に言葉を返す。
…うん、もう大丈夫。頑張ろう、と思う。
まあ具体的に何をどのように頑張るのかまでは決まっていないんだけど。

「…あのさ、何も悩んでない天使なんていないと思うんだ」
「うん」
「でも、役目は果たさないといけない使命感だけはあって、だけどその方向性が定まらなくて、先に映るべきものが見えなくて…」
「…」
無言で頷く。しっかり聞いているよ、という感情を込めて。
「だからさ、そういう時は難しいコト抜きにして、自分達が出来る事をすればいいんじゃないかな、と思う」
「そう、だね」
「頑張って縁結びをしていれば、その人間の幸せを考えて守護をしていれば、きっと何かしら答えは見えてくるよ」
「…」
言葉だけを聞くのなら、何て優等生的な発言なのだろうと思ってしまう。しかし、ハニエルの言葉は、ある意味真理だ。
「だからさ、たまには一緒に楽しみながらお仕事しない?」
「…へ?」
あれ、何か微妙に話がズレてきたような…
ついさっきまでの天使の鏡みたいな発言はどこに?
「こう言うとちょっと聞こえは悪いけどさ、カップリング勝負しようよ」
「勝負?」
「そ。お互いくっつける対象カップルを見つけて、同時に担当に就くの。…で、どっちが早く、そしてどのくらい幸せに出来るかを競うの」
「はあ…」
また突拍子もないと言うか、先の優等生発言を見事に覆すと言うか…
「2人共、恋愛守護天使としての実力は似たようなものじゃない?だからお互いに競い合うことで実力もアップすると思うんだ」
「…それ、思いっきり後付けの理由っぽいんだけど…」
「天使にはちょうどいい力試し、人間にとっても幸せカップルになれる絶好のチャンス!こんな素晴らしい企画はないよ?」
「無視かよ、そして企画扱いかよ…」
「何だよー、文句を言って勝負をしない気だなー?ズルいぞ、この卑怯者ー!」
「どうしてそんな駄々っ子口調になる…」
それに何でこんなベタな挑発をするんだろう。さすがにボクもこれには引っかからないって。
「…たまにはさ、こういうスタンスで仕事をするのも悪くないと思うよ」
と、ここでいきなり真面目な口調に戻るハニエル。
「そりゃあ真剣に取り組むのに越した事はないよ?…けどさ、悩みや迷いを持ったまま人間の運命を変えるのと、例え他意が含まれようとも「担当した人間を幸せにする」っていう目的で動くの、どっちがいい事かってハッキリ言える?」
「…」
正論だ。そして理詰めだ。
さすがにこの発言に対しては何も言い返せない。
「…ね?確かにさっきも言ったように、「勝負」っていう言葉はあまりよくないし、動機もそんな褒められたものじゃない。…でも、きっといい事もあるんじゃないかな」
「…はあ」
大きく息を吐く。それはため息でもなければ、呆れを表現したものでもない。
観念しました、そんな意味合いだった。
「わかったよ。今回ばかりは自分の実力を測るため、ライバルとの勝負に受けて立つ、という名目で仕事をするよ。…その代わり一回だけだよ?」
「モチのロンですよ。こっちだっていつもそんな理由で仕事をしてる訳じゃないからね。普段はウリエールと同じくらい真剣に取り込んでるんだから」
「…モチのロンって古いな。あと『ウリエール』って言うな。テッシュか洗剤みたいだからやめれ」
「にゃーい」
判ったのか判っていないのか微妙な返事。…きっとこれも確信犯なんだろうなあ、と思う。
「でもアレだよね、他の天使はどうしてるか知らないけど、こうやって一緒にお仕事するの、初めてだねえ」
「ああ、そうかも。…まあ少しくらいは仲間の手の内というか、どういう演出・展開を好むか、みたいなのは聞いたり話したりしてるけど、仕事になるとずっと1人でやってきたもんな」
「そういう部分も含めて、ちょっとワクワクするよね」
「まあね」
「…うん、勝負を提案してよかったかも」
嬉しそうに、そしてちょっと誇らしげな様子のウリエル。

…勝負、か。
そういえばボクとウリエル、仕事の内容…というか好みのスタイル、正反対に近いんだよな。
ふとそんな事を考える。もうかなり前だけど、ウリエルと仕事に対する持論なんかを軽く喋った事があった。
とても意外に思えるかもしれないけど、ボクの中にある恋愛プロセスは「小さな幸せの積み重ね」が正攻法だという考えで、一方のウリエルは「大きな障害を乗り越えるドラマチックな展開」こそ固い絆を生む…というのを信条としている。
勿論どちらが優れているだとか、効果が大きいとかは一概には言えないと思う。
ハニエルがいいと言う展開を望む、好む人間もいるだろうし、ボクの考えているスタイルをよしとする人もきっとたくさんいる。

…もしかしたら。
ボクの頭の中で1つの仮説が浮かぶ。
「…あ、もしかしてハニエル、「前に話してた”どっちのスタイルが正しいか”を検証するつもりなんじゃ…とか思ってない?」
「…」
と、急に無言になるハニエル。…はいはい、思ってたのね。
「イヤだなあ、そんなんじゃないですにょ?…たぶん、ね」
「うわ、何かスゲー色々含ませた言い方だ」
「ははは、さすがにこれは冗談だよ。ジョークです。ライアーなのです」
「…スイマセン、にわかには信じられません」
「え〜、信じてよ。そして語尾を「にょ」にした事にツッコんでよ〜」
「あ、悪い。そこまで気が回らなかった」
色々と思う所があり、本業であるツッコミをすっかり忘れていた。…lって、そんなの本業じゃないやい。
「ま、温情でウリエルの言葉は信じるとして、と。…それじゃあ勝負しますかね」
「温情なんだ。公平な目から見ればまだ潔白じゃないんだ…」
と、落ち込む素振りを見せるハニエル。しかしそれも一瞬で、すぐに勝負に対してやる気を見せる。
「よ〜し、やるぞ〜。待っててね、人間のみんな!」
そう言ってハニエル人差し指と中指をピンと立たせ、額の辺りでビシッとポーズを決める。…うん、何ていうかすっごくアイドルっぽい。
「ほら、ハニエルもビシッとお得意のポーズを!」
「…ないない。普段からやってるような言い方しないで下さい」
「ダメだなあ、天使なんだから決めポーズと決めセリフ、それに必殺技くらいは持ってないと」
「それ、天使じゃなくてヒーローじゃ…」
「気にしない気にしない。それより早く人間界に行こうよ」
「はいはい」
判りましたよ、もう…といった感じでボクは羽根を伸ばし、大きく羽ばたかせる。

バサ、バサッ…
天界の風を大いに受け、ボクはフワッと浮き上がる。
そして2〜3メートル程上昇した所で止まり、「んんっ」と伸びを1つ。今日も風はとても心地よかった。
「さ、行きましょ♪」
その横ではこれまた気持ち良さそうに飛ぶハニエル。
「う〜ん、今日はどんなスリリングでサプライズな展開を演出しようかな〜?」
人差し指を口に当て、ハニエルは早くも色々と模索を始める。

…ホント、驚きのイベントとか強引なドラマ仕立てが好きなんだなあ、と思う。
普段はあれだけ穏やか、まさに天使の理想像(黙っていれば、が条件)を地でいくハニエルなのに、縁結びの仕事になると途端に情熱的になる。
それに比べてボクはと言うと、これまた自分らしい…というか普段のスタイル、ほんの些細な幸せの連続技、ミニマムなれど温かみのある展開を考えていた。

…空の上から人間を対象に勝負、か。
一方は少々押しの強い手段を、対するもう一方はゆるやか路線…
「まるで『北風と太陽』だな…」
ボクは口元を緩ませ、そう呟く。
「え、なになに?」
「…いや、そういう童話が人間界にあったな、と思ってさ」
「ふ〜ん。物知りさんだねえ、ウリエルは」
関心したような口調のハニエル。尊敬とまではいかないものの、彼は自分の知らない知識を持っている者に対し、素直に褒める。
…その嫌味要素ゼロな部分はさすがなんだけどなあ。
「で、そのお話にはどんな妖艶な天使が出てくるの?」
「出てきませんから」
「…ガッカリです」
ホラ、すぐにこれだ。
まあ『北風と太陽』の中では穏やか路線の太陽、つまりこの2人で言うとボクが勝ってしまうので、話の内容は伏せていた方がいいかも。
そんな事を考えながらボクは人間界を目指し、翼を大きく羽ばたかせる。

こうしてボクとハニエルは天界を飛び出し、地上世界を目指して飛んでいく。
その途中、ハニエルはしつこく『北風と太陽』のあらすじを聞いてきたけど、何とかごまかしきる事が出来た。…よかった。


「…着いたね」
「うん」
天界を飛び出してからどのくらい経ったのだろう。とりあえずボクとウリエルは人間界に無事到着、地上から適度な距離を取ったところで浮いていた。
「う〜ん、やっぱり人間界の空気は汚いねえ」
「特にここは都会だからね。…ま、これでも少しはマシになったらしいけど」
以前に先輩天使から聞いた事を思い出し、そう答えてみるのだが…
やっぱりちょっと汚れてるよなあ。
「仕方ないか。…さ、それじゃあ早速ハッピーターゲットを探そっか」
「そだね」
そう言ってボクは目を閉じ、地上付近の様子を探り始める。
ピントを合わせるように思念を飛ばすこと数秒、難なく街中の映像を頭の中に映し出し、すぐにカップル候補の選定に入る。
「ええっと…結構人通りがあるねえ。今日はお休みなのかな?」
「どうだろ? まあたくさん人がいた方がいいでしょ」
「それもそうだね。…う〜ん、どこかにそれっぽい人は…と」
同じく目を瞑って思念を飛ばし、地上の様子を探っているハニエル。
…何かこうやって誰かと喋りながら人間界を見るの、ちょっと楽しいかも。

「あ、そこにいる2人なんてどうかな?」
目標、発見しました!といった感じでハニエルが口を開く。
「どこ?」
「ホラ、大通りの右側、街路樹を歩いてる2人」
「ん、ちょっと待ってね。…大通り、大通り…と」
少し見ている場所が違ったので急いで視界を変更、ハニエルが見つけたという2人組を探す。
「…お、この2人の事かな? ハニエルが言ってるの、あの髪の長い女の子と見るからにスポーツマン!って感じの2人?」
「そうそう。手を繋ぐには微妙に距離がある辺りがイイカンジの2人です」
「なるほどね。…あ、もしかして男の力強そうなトコを生かして、悪漢が現れる系のイベントでも考えている?」
「うっ」
あらま、図星ですか。
ボクは適当に言っただけなのに…って、ちょっと安易すぎない、その展開?
「ちちちち、違いますですよ。いやだなあ、そんな捻りのない演出なんかしませんよ〜」
「そう?ならいいけどさ」
う〜ん、苦しい反論だなあ…と心の中で思いつつ、一応は納得した素振りを見せる。もしかしたら「そう思わせておいて実は…」みたいなものを仕掛けているかもしれないしね。
「でもアレだね、女の子も結構背が高いし、運動神経もよさそうなカンジはするよね」
「うん、確かに」
「これは大冒険系のイベントも使えるかもしれないな…。よ〜し、あの2人に決めた!」
「早いな〜」
まさに即決即断、自分の直感を信じて疑わないハニエル。それに比べてボクはというと、まだ目星すらつけてない状態だった。
「ウリエルはどうするの?早く決めないとフライングしちゃうよ〜」
「…もうちょっと待ってくれてもいいんじゃない?」
やはり慣れない状況というのはツライ。普段はじっくり時間をかけて仕事相手を選ぶため、ボクはこうしてせかされる事にかなり弱い。

…ええっと、どこかにそれっぽい男女はいないかな…
映りこんでくる映像を素早く左右に動かし、全ての人通りに目を向ける。
しかし悲しい事に「これだ!」と思えるような人は見つからず、ただただ焦るばかり。
「…ん?」
と、その時だった。
大通りに面したお店から2人の男女がボクの視界に入ってくる。買物を済ませたと思われるその2人は、少し気の強そうな女の子が先を歩き、その半歩後ろから荷物を持った男の子が付いて来ていた。
男の子は見るからに優しそうなタイプで、完全に尻に敷かれている訳ではなく、自分から荷物持ちを買って出たように思える…のはボクが深読みしすぎているだけだろうか?
「あ、もしかしてウリエル、あの買い物中の2人を見てる?」
ボクが視線を向けている方向から察したのか、ハニエルがそう聞いてくる。
「うん、結構アリかな、と」
「そうだねえ。仲も良さそうだし、いいカップルになると思うよ?」
「…よし、それじゃボクはあの2人に付くよ」
「オッケー、これでどっちも決まったね。…ええっと、特にルールの説明はいらないよね?」
「どうせそんなに細かい点まで作ってないんでしょ。いいよ、適当で」
こういうスタイルは初めてだけど、今からやる事は普段からお役目として毎日のようにしている事。あえてルール説明をしたり、新規ルールを付け加える必要はないと思う。
「じゃあルールは普段のお仕事に準拠、という事で」
「うん」
軽く頷き、ボクは今から自分が担当する2人を見つめる。

年齢は…高校生から大学生、といったところかな?
まずは容姿から年齢を予想、続いてお互いの表情や行動から、現在の親密度なんかを探っていく。
「あ、ダメだよウリエル。まだスタートって言ってないじゃん」
早くもデータ集めに入っていたボクにハニエルが口を尖らせる。
…そっか、一応スタートの合図があるんだ。
「ゴメンゴメン、もう始めてもいいのかな、と」
「もう、ホントに1人で仕事をしてる感覚でやっちゃうんだから。それじゃ勝負の意味がないでしょ?いつもと違う条件、状況で取り掛かる事でスキルアップを…っていう意味合いもあるんだからね」
「…面目ないです」
う〜ん、普通に注意されてしまった。
すっかり忘れたけど、勝負意外にもちゃんとした理由があったんだよね。反省。
…ん?そういえば…
「ねえハニエル、今気付いたんだけどさ、この勝負って勝ったら何かあるの?」
すっかり忘れていたついでにもう1つ。ボクはふと疑問に思った事を口にする。
…今更?みたいな感じもするんだけどね。
「うっ、気付いちゃったか…」
と、ボクの質問に「しまった」という顔になるハニエル。また何か企んでいたようだ。
「…何をする気だったのかな?」
あえて笑顔で、わざと優しい口調で聞いてみる。これはコワイかもしれない。
「言わないとダメ?」
「ダメ」
「うう、仕方ない。実は…」
「実は?」
「負けた方は頬にホクロと毛を書いて神殿に出入り?みたいな」
「それはヤバイでしょ…」
いや、ヤバイどころの問題じゃない。天使の資格剥奪の上、能力を封印されて羽根を取られる…くらいの罰があるかもしれない。
何でそんな命懸けでホクロ毛を…
「やっぱマズイかな?」
「マズイね、もはや天使ではいられないね」
「あ、そんなに重い罰になりそう?」
「天罰クラスだよ」
「じゃあ負けられないね」
「いやいや、ホクロ毛をやめようよ…」
どうしてそういう発想になるんだろう。お願いですからもっと軽い罰ゲームにしようよ…
「う〜ん、それじゃあちょっと面白味は欠けるけど、負けた人は勝った方の言う事を何でも聞く、ってのにする?」
「それも微妙に危険な香りがするんだけど…」
「期間は2世紀!」
「イヤー!」
確かに天使の寿命は長いし、時間の感覚も人間と大きく異なる。…でも2世紀はやりすぎだ。
「もう、ウリエルはワガママだなあ。それに勝負なんだからリスクは大きい方が楽しいよ?」
「優秀な天使らしからぬ発言だなあ…」
もう本当にハニエルが成績優秀者なのかも疑わしくなってきた。っていうかそんなハイリスク、背負いたくないよ。
「仕方ないなあ。じゃあ1日デート…じゃなくて、これから1ヶ月、与えられた雑務を全て肩代わりするってのはどう?」
と、ハニエルは修正案を出してくる。
ちなみに「1日デート」と言い出したのをすぐ引っ込めたのは、その瞬間ボクが思いっきり非難の目を向けたから。
慌てて変えるくらいなら言わなきゃいいのに、もう。

「1ヶ月の間、雑用をしなくてもいいのか…。うん、いいんじゃない、それ?」
1日デートの代案にしては非常にまとも、勝って嬉しい案に頷くボク。
…天使は当番制で神殿内の書庫整理や外壁の補修、天界と他の世界を結ぶ出入り口の1日見張り役といった雑務が与えられる事がある。
その頻度は決して高くはないけど、どれも面倒と言えば面倒だったりする。
だからこのハニエルの案はとてもイイ。かなりやる気が出てきた。
「あ、ウリエルのやる気が急に上がった。イヤだなあ、損得でモチベーションが変わるなんて。や〜い、俗物〜」
「うっさいやい」
天使に向かって俗物って言うな。ボクは心の中でそう付け加え、「ふん」と鼻を鳴らす。
「…ま、欲望に素直なウリエルも嫌いじゃないよ?」
「スイマセン、何のフォローにもなってないんですけど」
「あらあら、照れちゃって。その欲望のはけ口にこのハニエルをお使いになってもいいのです―」
「結構です」
ピシャリ、と否定。そして完全にシャットアウト。
どうしてハニエルはすぐにこっち方面のネタに走るんだろう…
「む〜、つまんないの。…いいさいいさ、早く勝負を始めればいいんでしょ、もう」
…あ、イジけた。
ボクは目の前で今にも「プンプン!」と言いそうな勢いのハニエルに苦笑い。
っていうかハニエルさん、ホントそろそろ勝負始めません?
「よ〜し、こうなったら全力を出しちゃうもんね。それでウリエルに勝って、「やっぱりボクはキミがいないとダメなんだ」って言わせるんだ」
「…イヤーな闘志をみなぎらせてるなあ」
「そうやって余裕ぶってるのも今のうちだからね!このカマトト野郎!」
「いや、カマトト全然関係ないから」
よく分からない挑発(?)をしてくるハニエル。…まあこれでお互いに勝負モードに入ったんだし、結果オーライかな。

「それじゃあもう始めるからね」
「どうぞどうぞ」
羽根を大きく動かし、準備万端!といったカンジのボクとハニエル。
そんな今にも対象となる男女に向かって飛んでいける状態の中、一応色々と確認を取り合う事に。
「ええっと、勝負の途中で思念メッセージを飛ばしてもいいの?」
「うん。相手の事を探ってもいいし、自分の状況を報告して揺さぶりをかけてもオッケー」
「実際に飛んで行って視察するのはセーフ?」
「それはアウトかな。ちゃんと対象者に付いていてあげないと」
「了解。…あ、もしお互いの対象者が同じ場所に集まっちゃったらどうしよう?」
「その時はしょうがないね。こっちも2人並んで様子を見ましょ」
「了解」
別にボクらは並んで見る必要はないと思うけど、その方が色々と話が出来て楽しそうだ。

「…よ〜し、スタート!」
「負けないからね!」
「それはこっちのセリフ!」
…こうしてルールをしっかり決め、理解したところでようやく勝負開始。ハニエルの合図で一気に人間界へと降りていく。

バサッ、バサッ…
だんだん小さくなっていくハニエルの羽音。ふと横見ると、すでにハニエルの姿はかなり小さくなっていた。

…あれ?ハニエルの対象者、そんなに遠くに移動してたっけ?
ボクは大通りからどんどん離れていくハニエルを見ながらそんな事を考える。
もしかしたら何か大がかりな準備をするのかもしれない、これは要注意だ。

「…さすがに開始してすぐに思念を飛ばして話しかけるのもイヤだしなあ」
と、ボソッとつぶやく。
…そう、もう勝負は始まったんだ。相手の出方も気になるけど、今は自分の事に専念しないと。
ボクはそう思いながら飛ぶスピードをさらに上げ、自分が守護につく事にした男女の所へ向かった。


スッ、…トン。
大通りの中でもあまり人のいない場所に静かに降り立ち、すぐに羽根を仕舞う。
勿論ボクたち天使の姿は普通の人間には見えないようになっているけど、たま〜に見えちゃう力を持った人間がいるので、念のために羽根だけは隠す事に。
…まあいくら羽根を隠しても、身に纏っている法衣が完全に天使ルックなので、あまり意味はないような気がするんだけど。

「さて、細かい事は気にしないで…と」
そう言ってボクは久し振りに味わう地面の感覚にちょこっとだけテンションを上げつつ、自分が仲を取り持つべき男女に近付く。

…まずは情報を集めないとね。
何と言ってもボクはまだこの2人の名前すら知らない。早く覚えないと…
その他にも性格や好み、本人達が思っているお互いの関係、相手への気持ちなど、最低でも知っておかないといけない項目はたくさんある。
それに2人が出会ったきっかけや、知り合ってどのくらいの年月が経っているかも重要、知ってると知らないでは大違いだ。

と、まあそんな訳でボクはしばらく2人のすぐ背後にぴったりとくっ付き、会話から情報を得ようとする事に。
…う〜ん、何かストーカーっぽいぞ。

まあね、本当は頭の中を丸ごと覗いたり、考えている事を読み取ったりする能力も持ってるし、どちらかの身体をお借りして意識を操る事も出来るんだけど、それはボクの中で「最終手段」として取っておいている。
やっぱり最初は自然の状態で接した方がいいよね。それにこっちの方が楽しいし、親身になれるもん。

そんな誰に対して向けられるでもない主義主張(弁解?)をしていると、ここでようやく2人が会話を始める。
…よし、しっかり聞かなきゃ。

「次、この店ね」
と、女の子。
「は〜い」
それに対し、男の子は素直に従う。
「…ふむふむ」
第一印象…というか、見た目通りの関係かな。
ボクはさっきから変わらず半歩先を行く女の子と、その後を付かず離れずで歩く男の子からそんなイメージを抱く。
でもまだ決め付けはヨクナイ、もしかしたら立場逆転プレイの最中かも…って、それはないか。
「う〜ん、天使らしからぬ妄想だ…。マズイ、ハニエルっぽくなってる」
いやいやいやいや、ボクは首を大きく振り、邪念っぽいものを追い払う。
今はそんなコトを考える場合じゃない…と言い聞かせ、男女の会話を聞くことに集中する。

「…あのさ、もしかして結構買い込む?」
遠慮がち、とまではいかないものの、「ちょっとよろしいですか」テイスト満載で質問をする男の子。
「ええ。でも大丈夫、そんなに重いものは買わないから」
「自分で持つ、っていう選択肢は無いんだ」
「当たり前でしょ。だからユウキを呼んだのよ」
当然、と言わんばかりの女の子。…う〜ん、キッパリ喋る子だなあ。
「ホント、人使いが荒いなあ…」
「何言ってるの、普段は何でも自分でやってるわよ。ユウキの前だけは…と・く・べ・つ♪」
「イヤな特別…」

…同感。
そんな特別はお断りだよね、ユウキ君。
ボクは何度も頷きながら心の中でそう呟き、早くも「今回は男の子側に付こう」と思い始める。
今の2人の会話から察するに、両者の関係はなかなかにフランク。決して仲が悪くないだろうし、お互いの事をよく分かっているような素振りが見受けられる。
しかし、残念ながら今の所、すぐに恋愛関係に発展する可能性は低い。
この状況、縁結びを職にしている者の勘と経験から言って、両者とも「異性」である前に「友達」という感覚が強いのでは?と推測。…まあそれくらい誰でも判るか。
…とりあえず、と。
この2人はかなり付き合いが長そうだな、うん。
ボクは得られた情報を元に、頭の中で2人のデータブックを作成する。
今はほとんどの項目が白紙の状態だけど、これが埋まってくれば的確な作戦が立てられる。

「よ〜し…」
まずは片側の名前と大体の関係をインプットしたぞ。
…さあ、もっとお喋りをするんだユウキ君!そして女の子の名前をボクに知らせるんだユウキ君!
まるでセコンドに立っているかのような声援(?)を送るボク。
う〜ん、何か知らないけどノリノリだあ。

「…お、そうこうしている内に何か動きが!」
ちょうどその時、ユウキ君がふと何かに気付き、再び女の子に話しかけようとしているのが見えた。
ボクは慌てて聞き耳を立てるモードに入り、さっきと同じように背中にぺたりと張り付く。…やっぱりこの体勢はおかしいかも。

「…ねえ、もうすぐお昼だけど、ご飯はどうするの?」
「あ、もうそんな時間?…どうしよっかな〜」
そう言って人差し指を口に当て、それなりに真剣な顔で考え始める女の子。
一方のユウキ君はそんな彼女の様子をじいっと見守っている。
…そうか、そろそろ食事の時間なんだ。
ボクは大通りを見渡し、時計を見つけて今の時間を調べる。
現在、時刻は午前11時半。確かにそろそろご飯時だ。

…いいぞ、一緒にランチになれば、たくさんお喋りもするはず。一気に情報が集まる可能性はかなり高い。
「…」
ボクは質問をした本人、つまりユウキ君より真剣に女の子の回答を待つ。

「う〜ん、それじゃあどこかで食べて行こっか。ユウキは何か食べたいもの、ある?」
「ラーメン。その中でもとんこつ希望。そしてライス付き。さらに余裕があればギョーザも」
「…結構食べる気ね」
「ハラ減っちゃって」
「まだ食べ盛りだもんね、アンタ」
「ウッス」
面目ないです、テヘ。といったカンジで頭を下げるユウキ君。
…う〜ん、もしかしたら彼、まだ高校生なのかも。
ボクはユウキ君の喋り方や仕草から、そんな事を考える。

でも…
と、ここで疑問が1つ、ボクの頭上にホワンと浮かぶ。
…このお相手の女の子、高校生には見えないんだよなあ。
別に化粧が濃いとか、飛びぬけて大人びているとかではなく、普通に年上っぽい印象を受けるこの女の子。
まあ年上と付き合ってる高校生も珍しくはないし、その逆だってある。
それに同い年に見えないと言っても、そこまで年齢差があるって訳じゃない。
これはボクの勘だけど、離れていても2〜3歳くらいのような気がする。
今までの会話に不自然さやぎこちなさは感じられないし、長い付き合いなのは間違いなさそうだ。
だったら別に問題はないよね。ボクはそう自分の中で結論を出し、自分で納得する。
…うん、だって世の中にはもっと特殊な趣味のおねいさんだって…って、これは別に今引き合いに出さなくてもいいか。

とりあえず今は年齢差に標準を絞るより、もっと広く色んな事を知りたいんだ。
そういう意味でも一緒に楽しくランチ、というのはボクとしてもとても助かる。

「…ラーメン、か。ちょっと抵抗あるなあ」
しかしここで女の子が微妙に声のトーンを落とす。
…いやいや、ここで食べて行って下さいよ。そしてボクに色々教えて。
ほら、ユウキ君、説得するんだ!断固食べると言い張るんだ!
「そうなの?」
…食い下がっちゃうの!?
ボクは2人の背後で激しくズッコケる。…もはやコントの域だ。
「これでも一応世間様から見れば年頃の女だからね。いくらユウキと一緒でも、ラーメン屋さんでズルズル〜って麺をすするのは…ね」
「なるほど…。じゃあ別のでいいよ、ゆきっちに任せる」
「そう?ありがと」
そう言って女の子はニコリと笑い、初めてユウキ君に優しい表情を見せる。
…あら、笑うとステキな方じゃなくて?
ボクはなぜかオバサマ口調で女の子の笑顔を褒め、同時に「この笑顔を見せられたら年下の男の子はコロッといっちゃうよなあ」と思う。青いってスバラシイ。

っていうかさ、今名前呼んだよね?
いやはや、年上の魅力に納得している場合じゃなかった。…危ない危ない。
「そうですか、ゆきっちさんですか…」
まさかあだ名で、しかも「〜っち」という呼び方をしているとは思わなかった。
純粋にも程があるぞ?

まあそれはさておき、これで今度から余所余所しく「女の子」と呼ばなくても済むね。
…って、ボクもこれから「ゆきっち」って呼ぶの!?

いや、まあ、別にいいんですけどね。
きっと本名は「ユキコ」とか「ユキノ」とか「ミユキ」なんでしょう。もし今後、何かの拍子で本名が判明したら即刻呼び方を変えるとして、とりあえず今はボクもゆきっちと呼びますよ。ええ呼びますよ。
…これで「ヒロユキ」だったら面白いな。

「っと、また話が脱線しちゃったよ。…2人の会話を聞かなくっちゃ」
ボクはそう言いながらユウキ君とゆきっちのやり取りに耳を傾ける。

「…うん、それじゃあ今日はイタリアンにしよう。そして今回は特別に私が奢っちゃう!」
「え、マジ!?いいの!?」
「どうぞ♪」
奢り、という言葉にテンション上がりまくりのユウキ君。
う〜ん、やっぱり君は若い!いいね!清々しい!
…でも、彼女の前でそれは少しはしゃぎすぎだぞ。
「…その代わり、しっかりと荷物持ちをする事。いい?」
「オッス」
「よろしい。このお店での頑張り次第ではメインにプラス一品付けちゃってもいいわよ?」
「…そんなに買うの?」
と、ここで我に返ったのか、ユウキ君の表情が曇りだす。
その様子から、普段はあまり奢ってもらう機会がない事、そしてゆきっちの気前がいい時はいつも何か裏があった的な背景が見えてくる。
…ガンバレ。そして強く生きるんだユウキ君。

「ちょっと、ね。まあ数は大した事ないんだけど、大きいものとか、重いものがあるかな〜みたいな?」
「…コワイなあ」
「ふふっ、気にしない気にしない。…さ、インテリア売場へGo!」
「インテリアか…」
しまった、という顔になるユウキ君。
だがすぐに覚悟を決めたのか、ゆきっちの後を追って歩き出す。
…もしかしたら昼食で元を取ろうと思っているのかも。

「…女は強し、だね」
ボクはそんな2人のやりとりにベタなオチを付け、そのまま後を追って店内へ。
お店はかなり広く、色んなものを売っていたのだが、ゆきっちは寄り道を一切しないで目的の売場へと歩いていく。
一方、ユウキ君は立ち止まりこそはしないものの、ちょこちょこと商品に目を奪われては先を行くゆきっちに注意されていた。
…こりゃ主導権は完全にゆきっちにあるなあ。思いっきり飼いならされてるよ。

うむむ、この2人を相思相愛に、幸せ特盛状態にするのは結構難しいかも…
ボクは一旦羽根を出して飛び上がり、エスカレーターに乗って上の階に向かっているユウキ君、そしてゆきっちを上から交互に見ながらそんな事を考える。
「…ハニエル、どうしてるかな」
ふと思い浮かんでしまった疑問を口にする。
ハニエルと別れてからまだそれほど時間は経っていないけど、きっと彼の中にはもうプランが出来ているんじゃないかな、と思う。
ボクが守護する相手を探している時に計画を練る時間はたくさんあったし、開始直後すぐ遠くへ飛んで行ったのも気になる。
…う〜ん、この状況はボクにとって不利かも。

と、ちょっと弱気な思いを抱いたその時だった。
『やっほ〜、聞こえる〜?ウリエル〜?』
いきなり頭の中に響き渡るハニエルの声。
…そういえば思念を飛ばして話しかけてくるのセーフだったなあ。
ボクはハニエルとの取り決めを思い出し、返事をしようと指を額に当てる。

「…ええっと、ハニエルはどこかな…と」
目を閉じてハニエルが今いる位置を探る。
生物はみなエネルギーを発していて、ボクらはそれを察知する事が出来る。
それはまるで星空の中から目的の星を見つけるようなもの。でも星空観察と一緒で、特徴さえ知っていれば簡単に見つけられる。
それにここは人間界、いくら遠くにいてもハニエルのような天使のエネルギーはかなり探しやすい。
「あ、いたいた。…って、結構離れちゃってるじゃん」
ボクはハニエルの生体エネルギーを発見、すぐに思念を飛ばそうと思ったんだけど、その距離にちょっとビックリ。
…街外れまで移動、いや、もっと遠いかもしれないな。

『どうしたのハニエル?そんな遠くにいるなんて…』
『あ、繋がった。もう、返事が遅い〜』
『ゴメンゴメン』
『でさ、今少し話せる?』
『うん、大丈夫』
ボクはそう答えながらちらりと2人を見る。ゆきっち達はもう目的のインテリア売場に着いていて、色々と見て回りながら何を買おうか相談していた。
…しばらくは動きそうもないな、うん。
『どう?順調?もうベットインとかしちゃった?』
『早いよ。そして言動が不純だよ』
『あはは。…ま、今の受け答えから察するに、まだまだ様子見ってトコかな?』
『どうだろうねえ』
…まあ本当は大正解なんだけど、今は勝負中。正直に答えるのは得策じゃない。
『ふ〜ん、まあいいや。とりあえず手詰まりって訳じゃなさそうだしね』
『そういうハニエルはどうなの?何か遠くにいるけどさ』
『…あ、そういえばさっきも聞かれたね』
『位置を探った感じ、街から出てるみたいだけど…』
『ふふ〜ん。実はね、2人の会話から目的地を聞いちゃってさ。先回りしたんだ』
ちょっと自慢げに話すウリエル。
確かに色々と仕掛けを置くのには有利かもしれないけど…
『先回りか…。でもいいの?もっと情報を集めた方が…』
『それはウリエルのやり方。こっちにはこっちのやり方があるんだよ?』
ハニエルは諭すようにそう言うと、チッチッチッと口を鳴らす。…きっと人差し指を立てて左右に振っているんだろうなあ。
『そうだね、それじゃあボクはボクなりのやり方を信じてやってみるよ』
『お、前向き発言。…もしかして敵に塩を送っちゃったかな?』
『どうだろ?…ま、ワンサイドゲームにならないよう頑張るよ』
『むふふ、それはどうかなあ。こっちはもう準備万端、めくるめく冒険と官能の世界が待ってるんだから』
『…官能はいただけないなあ』
含み笑いをするハニエルに冷静なコメントを返し、ボクは再度ユウキ君とゆきっちの様子を見る。
どうやら買うものが決まったらしく、店員さんを呼んでいた。

『…あ、ゴメン。ちょっと動きがあったんで2人のトコに戻るよ』
『はいはい。それじゃ頑張ってね〜』
そう言ってボクたちは思念を飛ばすのをやめ、会話を終える。

「…さて、それじゃあそろそろボクも本格的に動こうかな」
バサッ…ストン。
ボクはエスカレーターの上、天井まで吹き抜けになっている部分からゆっくり降り、2人がいる階に着地。そして定位置になりつつある背後に回り、様子を探る。

「すいません、これ買います」
「はい、ありがとうございます。…それではこちらの商品、配送致しますか?それともお持ち帰りになさいますか?」
ゆきっちが買うと言って店員さんに指差したのは、ちょっと大きめのタペストリー。有名な作家の絵や風景写真がコラージュされたデザインで、なかなかにセンスのいいものだった。
「ユウキ、これくらい持てるわよね?」
「うん、大丈夫」
「じゃあスイマセン、持ち帰りでお願いします」
「かしこまりました。…それではこちらのレジへ」
丁寧に頭を下げ、店員さんは先にレジへと向かう。
するとその時、この一連のやり取りを見ていたユウキ君がゆきっちに質問する。
「…ねえ、買うのってこれだけ?」
確かかなり重いか大きいって言ってたよね、と言わんばかりの顔のユウキ君。

…そうだよね、これじゃ全然持てちゃう量じゃん。
と、ボクも同意見。
しかしゆきっちはそんなユウキ君の額をコツンと突き、イタズラっぽく笑いながら店員さんの後を追う。
「まさか。他にも買うわよ。…ほら、早く付いて来なさい」
「は〜い」
やっぱりか、そりゃそうだよな…と言いながらトボトボ歩くユウキ君。
…うん、まあ仕方ないよ。
ボクはユウキ君に慰めの言葉をかけつつ、一緒にレジへと向かった。

「それではお会計―」
「あ、スイマセン。先日取り置きを頼んでいたものがあるので、それも一緒にお願いします」
ユウキ君とボクがレジの前に着くと、すでにゆきっちが会計を済ませていた。
今のやり取りを聞くに、どうやら預かってもらっていたものがある様子。
…なるほど。納得。

「はい、かしこまりました。…申し訳ありません、お名前よろしいでしょうか?」
「太刀川(たちかわ)です」
…あ、ゆきっちの苗字、太刀川っていうんだ。メモメモ…と。
思いがけない場所での情報ゲットに喜ぶボク。…出来れば下の名前も聞きたかったけどなあ、なんて言ってみたりして。
「少々お待ちくださいませ。…ええっと、アロマインセンスのセット、ハーブティーポット、テンピュールのクッション、以上3点のお取り置きのお客様でよろしかったでしょうか?」
「ええ、そうです」
「それではお会計、失礼致します」
ピ…、ピ…、ピ…
と、淡々とタグを読み込ませていく店員さん。
しかしその向かい側、ユウキ君は非淡々としていた。というか慌てていた。

「ちょ、ちょっと」
「何?」
「多いよ。しかも割れ物も混じってるじゃん」
「ええ。…持ち運びは慎重にね」
「や、そういうコトじゃなくて…」
ゆきっちとのやり取りでさらにオロオロっぷりを増すユウキ君。
…う〜ん、こりゃあ大変だ。
イタリアンのランチ一回分の奢りって怖いな。

「お客様、お待たせしました。お会計合わせまして…14.380円、頂戴致します」
「あ、は〜い。…じゃあこれからお願いします」
そう言ってサイフからお金を取り出し、会計を済ませるゆきっち。
一方のユウキ君は「あ〜、買っちゃった」といった感じで支払いの様子を見ていた。
…大丈夫、何とか持てるって。
ボクはそう励ましの言葉をかけ、万が一の時は魔法で荷物を軽くしてあげる事を決めた。


「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
「どうも〜」
支払いを済ませ、笑顔で店員さんの挨拶に答えるゆきっち。
その隣では両手一杯に荷物を抱えたユウキ君の姿があった。
幸い、荷物の量は「何コレ、苦行?」みたいな事にはならず、ユウキ君くらいの男の子であれば何とか持てる量に落ち着いていた。

「…さ、買物も終わったし、ご飯にしましょうか」
「は〜い」
「ん、元気ないじゃない」
「そりゃあ…ね。こんな重装備でお店に入る身にもなってよ」
「別にいいじゃない、気にしない気にしない」
ゆきっちはニッコリと笑い、ユウキ君の腕を引っ張りながら歩き出す。

…あ、そういえばこれが初めてのスキンシップだな。
恋愛要素はあまり感じられないけど、ガッチリと握られた2人の手。
その仕草はとても自然で、慣れた感じがした。…結構手を握り合う事が多いのかな?

「ふむ。これは使えるかも…」
ボクは手を繋いで歩いている(というか引っ張られてる、と言った方がいいかも)2人を見て、とある作戦を思いつく。

…うん、ハニエルがジェットコースター的な展開、「北風と太陽」で言うところの北風作戦で行くなら、ボクはやっぱり日常イベントの積み重ね、柔らかい太陽の光のような作戦で行こう。
ボクはもう一度、しっかりと、そして自信を持って自分の方向性を確認する。
そして今この状況、手をガッチリ握っている状況だからこそ出来るシュチュエーションイベントを発生させようと、天使の力を発動する。

ポワ…
指先にエネルギーを集め、小さな光の玉を造り出す。
これは初歩的な魔法で、対象者に気付かれる事無く身体を操る…というもの。
力を強くすれば精神ごと乗っ取る事も出来るけど、今は軽く2人を動かせればよかった。

「…えいっ」
ポン!という音を上げ、光の玉はボクの声を合図に指先を離れる。
すると玉は飛んでいる途中で2つに別れ、それぞれゆっくりとユウキ君とゆきっちに向かっていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ。歩くの早いから〜」
「も〜、だらしない声出さないの。男の子なんだからしっかり着いてきなさいよ」
「だったらせめて手を離してよ〜。余計歩きにくいし、そっちだって危ないって」
「大丈夫よ。…それよりさっき買った物を壊さないように気をつけて持ちなさ―きゃっ!?」
と、ゆきっちがそこまで言った瞬間、ボクの放った光の玉がお腹に当たる。
「あっ、だいじょう…うわっ!?」
グラ…ガシッ!
続いてワンテンポ遅れでもう1つの光の玉がユウキ君の背中にぶつかり、ちょうど倒れ込んできたゆきっちを背後から抱きかかえる状態に。

…よし、成功。
まずは王道日常イベント「バランスを崩したところをキャッチ」が決まったぞ。
これで2人は至近距離から見つめ合い、顔を赤らめ…
「…サンキュ」
「だから言ったでしょ、手を繋いだまま歩くのは危ないって」
…ノーリアクション!?
そんな、接吻一歩前の近さなのに!?
少なからず自信があった作戦だったので、かなりショック…というか「どうして?」という感じのボク。…う〜ん、計算外だ。

「はいはい、手を離せばいいんでしょ。…これでいい?」
「よろしいです」
さすがに今回はユウキ君の言葉に従い、素直に手を離すゆきっち。
…こっちとしては全然よくないんだけどなあ。

「まったく…。これで荷物が割れてても僕の責任じゃないからね」
「それとこれとは別の話よ」
「えええ〜」
…と、完全にさっきまでの調子に戻ってしまう2人。
これはもっとたくさん、そしてもっとドキドキ度の高いイベントを発生させないとマズいかも。
ボクはそう考え、頭をフル回転させて今後の演出プランを練り始める。

…よし、じゃあこれならどうだ。
エルカレーターを降り、お店を出ようとしている2人を見て次のイベントを決めるボク。
これも結構お約束なパターンだけど、言い換えれば「王道」になる。
…何とかこれで2人に異性を意識してもらわないと。

「さ、それじゃユウキ待望のお昼ご飯ね。…いつも私が食べに行ってるお店でいい?」
「うん、全然オッケー」
「そのお店ね、パスタも美味しいんだけど、ピザも捨てがたいのよね。…どう?両方いっとく?」
「オッス!」
これから食べるお昼ご飯の話で盛り上がるユウキ君とゆきっち。
そして自動ドアを抜け、2人が通りに出たのと同時に、ボクは再び指先に光を集める。

「…」
ポワァッ
造り出した玉はさっきより少し大きく、どこか柔らかそうなイメージ。
…今だ!
ボクはタイミングを見計らい、その光の玉をゆきっちの足元目掛けて飛ばす。
スッ…、ポム!
すると玉は一度地面にぶつかり、反動で上に浮かび上がる。
そこにあるのはゆきっちのスカート。
と、いうことは…

ファサッ…
「…え?」
そう、その通り。
光の玉は見事ゆきっちのスカートをめくり上げ、太腿から足の付け根部分、そして大事な部分なのに布の面積は少ない布をあらわにする。
そのめくりあがり方はとても自然で、どこからどう見ても風のイタズラにしか映らない。しかもアングル的に、そのセクシーショットを見れたのはユウキ君だけ、という完璧な計算っぷり。…我ながらナイスお仕事である。

…お、縞。
ボクは思わず「ヒュゥ」と口笛を吹いてしまう。
さっき思いっきりユウキ君からしか見えない、と言ったけど、実はその背後にいるボクにも見える訳で。…天使失格!とか言わないでね。

「キャッ」
最初は何が起きたか判らない様子のゆきっちだったけど、すぐに可愛い悲鳴と共に両腕でスカートを押さえる。
…う〜ん、これはいい。普段はあまり見せない(と思われる)恥じらいフェイス&秘密の花園入口、このコンボを食らったら純粋なユウキ君はメロメ…

「あ〜、安心していいよ。僕以外には見えてないっぽいから」
…クールにフォロー!?
そんな、おかしいよ。今の画、かなりいいよ?普通はときめいちゃうよ?何なら前かがみになっちゃうよ?(お下品)
まさかの連続失敗に少し錯乱気味のボク。…このショックは大きい。

「よかった。…もう、急に風が吹くんだから」
…そうですか、ゆきっちもユウキ君ならセーフですか。
ボクは恥らう素振りを全く見せないゆきっちに再びガックシ。
「う〜ん、建物から出てすぐ、ってことはビル風でも吹いたのかな?」
「あ〜、ビックリした。…ま、誰にも見られなかったからいいけど」
ユウキ君はノーカウントなんだ…
何?もしかしていつも見せまくり?
むむむ…、これは予想外の展開だぞ。

「まあいいわ。…さ、ご飯を食べに行きましょ?」
「うん」
「そうそう、今から食べに行くお店なんだけど、裏メニューがあるのよ」
「へ〜、そうなんだ」
「この前初めて勧められたんだけど、すごく美味しいの」
「うわ、食べてみたいな。…それってどんな料理なの?」
「それがね、お店で焼いてるパンに煮込んだお肉を挟んだサンドイッチなんだけど…もう!」
「もう!って言われただけじゃイマイチ判らないよ…」
「どうしてよ?察しなさいよ」
「ええええ〜」
「とりあえず!」
ビシッィと指を立て、ユウキ君の顔の前に持ってくるゆきっち。
「とっても美味しいのよ!味は上手く例えれないし、何のお肉なのかも判らないけど、気付いたらお皿がキレイになってるの!」
「何のお肉か判らない…?」
「うん。お店の人も教えてくれないの」
「それは…どうだろう…」
…うん、ボクもどうかと思うよ。
2人のお昼ご飯トークに勝手に&一方的に混じるボク。
そこは秘密にしなくても…と思っちゃうんだけど、企業秘密とか言うんだろうな、きっと。
ボクはそんなどうでもいい事を考えながら、2人の後を追って歩いていった。


その後、しばらく歩いた所で目的のお店に到着する。
お店はいかにもイタリアン、といった感じのレストランで、オープンテラスの席もあった。
ユウキ君とゆきっちはそのオープンテラスに座り、早速注文を済ませる。
色々とやり取りはあったけど、結局裏メニューは見送ったみたい。…正しい判断かもしれない。
ちなみに2人が注文したのは、ユウキ君がトマトハンバーグのランチセットとペペロンチーノ、ゆきっちはシーフードパスタを頼み、さらにミニサイズのミラノピザを一緒に食べる事に。
「…あ、それとこのバレンシアオレンジジュースを2つお願いします」
「はい、ありがとうございま〜す。…ええっと、ジュースは食前に持ってきます?それとも料理と一緒に?」
「どうする?」
「一緒でいいよ」
「じゃあ料理と一緒でお願いします」
「かしこまりました〜。…注文は以上で?」
「ええ」
「それではただいまお作りしますので、少々お待ちくださ〜い」
そう言って店員さんはメニューを抱えてオーダーを通しに店の奥へ入っていく。
「…オレンジジュース?」
するとそれを見計らったようにユウキ君が口を開く。その顔は「注文するなんて聞いてないよ」といった感じだった。
「うん。美味しいよ。専用のジューサーで絞る果汁100%のジュースなの」
「へ〜、そうなんだ」
そう言いながら水の入ったコップに口をつけるユウキ君。

…あ、そうだ。
ピコンと頭上で豆電球が点灯、ボクは次なる王道イベントを思いつく。
「よし、ジュースをこぼしちゃおう」
自分でもちょっとベタすぎかな?と思うけど、まあやるだけやってみようかな、と。
「ん〜、どうしようかな…」
が、ここでちょっと悩み事。
ジュースをこぼすイベントを起こすのは決まったけど、どっちにどのくらいこぼした方がいいかな?
ゆきっちの胸元、ってのがベターなんだけど、それだと服が汚れてちょっとかわいそうなんだよね。
…ええっと、この場合はユウキ君のズボン(それも太腿付近)がいいかな。
うん、そうしよう。
ボクは自分の案に大きく頷き、料理が運ばれてくるまで待つ事にした。

…さて、それまでは2人の会話から情報収集…と。
そう思い、何食わぬ顔でボクもテーブル席に座る。まあ誰にも見えてないから自由にしていいんだけど。
「…あ〜あ、ボクもハンバーグ食べたいな…」
と、少し駄々っ子モードで料理を待つ2人を見るボク。
するとその時、遠くから自分の名前を呼ばれた…ような気がした。

「…ん?」
空耳かな、それとも…
『…エル、…ウリエル〜』
「あ、やっぱり」
聞こえてきたのは空耳でも幻聴でもなく、ハニエルからの思念メッセージだった。
…何だろ、さっきからそんなに時間が経ってないのに…
『どうしたのハニエル?』
『…あ、聞こえる?ども、ハニエルで〜す』
『言わなくてもわかるよ…』
これで話しかけてきたのが全然知らない人や天使だったら怖いって。
『よかった〜、これでヒマつぶしが出来るよ〜』
『…そんな理由で思念を送ってこないで下さい』
はあ、と大きくため息を吐き、ボクは早々に思念を切ろうとする。
『ああっ、切らないで!お願いだから少し付き合って!』
するとハニエルはそんなボクの思いを察し、必死に食い下がってくる。
『いや、だってヒマつぶしって聞いちゃったし…』
『そ、それはウソ…って言ったら信じる?』
『ゴメン、さすがに信じてあげられない』
『がっくし』
…まったく、何をやってるんだか。
ボクは少し呆れながらも、「仕方ないなあ」といった感じでお喋りに付き合おうかな?と考えていた。
しかし…

「…そうだユウキ、帰ったら何か予定入ってる?」
「え、今のトコ何もないけど…」
と、目の前の2人が会話を始める。しかもこれからどうするか、みたいな内容だ。
…これはちゃんと聞いておかないと。ボクは身を乗り出してゆきっち達の会話を聞こうとする。
『お願いだから少しだけお喋りしようよ〜。思ってた以上に時間が空いちゃったんだよ〜』
…が、頭の中ではハニエルからの思念メッセージが。ちなみに勿論この時もユウキ君とゆきっちは会話を続けている。
「それじゃあ私の部屋の模様替え、手伝ってくれない?」
「う〜ん、あんまり面倒じゃなければいいけど…」
「大丈夫、そんなに大規模じゃないから」
『もうね、イベントの準備はオッケーなんだけどさ…』
「なら手伝うよ」
「ありがと」
『肝心の2人がまだ来ないんだよね〜。もう待ちくたびれちゃったよ』
「…あ、でもその前に部屋のお片づけをしないと」
「もしかして汚いの?」
「失礼ね、そこまでヒドくないわよ」
『…で、ウリエルの方はどうなの?教えてよ〜』
「でもこの前なんかメチャクチャ汚かったじゃん。脱ぎっぱなしの服とか平気で床に散乱してたし」
「あれは違うの!」

「…」
目の前、そして頭の中から聞こえてくる言葉。
「あ〜、もう!!」
ダメだ!両方同時に聞き取りながらこれからの展開を考えつつ、ハニエルのお喋りの相手なんか出来ない!
『ごめんハニエル、今ちょっと無理!』
『…え、あ、わかった。こっちこそゴメン』
かなり慌ててる感が伝わったのか、ハニエルはそう言ってすぐに思念を切る。
…ホントに申し訳ないです。

「よし、これでユウキ君たちの会話をしっかり聞けるぞ」
何やらさっきから2人はゆきっちの自室についてお話をしている。
しかも会話の流れから、ユウキ君はゆきっちの部屋をよく知っている…というか何度も入っている様子。
これはかなりの進展度…と思いたいんだけど、これまでの事を考えると、全然そんな思いはないんだろうなあ。
「ま、とりあえず…と」
今はまず2人の会話をしっかり聞こう。そしてその後、時間を見つけて今度はこっちからハニエルに話しかけよう。
ボクはそう考え、ゆきっちの部屋で盛り上がる2人の会話を聞く事に。

「違う…って、弁明のしようがないでしょ、あれは」
「たまたまよ。いっつも服や下着が落ちてる訳じゃないわ」
「いや、それは当たり前…」
…下着まで落ちてますか。そりゃあ魔法でスカートをめくってもときめかないよなあ。
「この前ユウキが私の部屋に入った時が一番散らかってる状態だったのよ」
「そうかなあ?普段だって微妙にあんなカンジだよ?」
「あのねえ…。そんなに私はだらしなくないです。…もう、人を「ザ・片付けられない女」みたいに言わないでよね」
「はいはい、わかりました」

…なるほどなるほど。部屋のお掃除の話になるとユウキ君が少し強く出れるのね。
ってことはキレイ好きなのかな、ユウキ君?
ボクは2人のやり取りから、会話だけでは判らない部分を予想する。…まあ何となく、なんだけどね。

「も〜、この話はお終い!…ホラ、料理も来たみたいだし、私は部屋がキレイって事で一件落着!」
「ええええ〜」
異議アリ!と言いたそうなユウキ君。しかし美味しそうな料理がテーブルに並ぶと、「…まあいいか」という顔になる。
…う〜ん、上手くあしらわれてるなあ。

「おっと、一緒に料理を見てる場合じゃなかった」
いけないいけない、ボクは急いで指先に意識を集中させ、光の玉を造り出す。
ええっと、ジュースを持ってくる人は…
幸い、先に運ばれてきたのはメインの料理の方。肝心のジュースは別のトレーに乗ってくるみたいだった。
…ん、あれかな?
カウンターから2つのグラスが乗ったトレーが運ばれ、店員さんがそれを持ってこっちに歩いてくる。
間違いないな。…よ〜し。

ポワァァァ
光の玉を人差し指の先に浮かばせ、ピストルを撃つような仕草で狙いを定める。
そしてターゲットであるグラスが射程範囲内に入った所で光の玉を発射、ポン!という音と共に飛んでいく。

「お待たせしました〜。こちら、バレンシアオレン―うわっ!?」
ボクが放った光の玉は見事に命中。トレーの上で急にバランスを崩したグラスはそのままユウキ君に倒れていく。

「!?」
自分に向かってこぼれてくるジュースに驚くユウキ君。
反射的に身体が動いてかわそうとしたが、深くイスに座っていたので逃げることが出来なかった。
バシャ!
「冷たっ!」
絞りたて&果汁100%のジュースがユウキ君のズボン、それも股間の部分に思いっきりかかる。
「す、すいません!今拭くものを持ってきますから!」
豪快にジュースをこぼしてしまった店員さんは大慌てでそう言い、ダッシュで
カウンターに飛んでいく。
…この店員さんには悪いことしちゃったな。ゴメンね。

「ユウキ、大丈夫?」
ゆきっちが席を立ち、手にしていたハンドバックを開けながらユウキ君に近付く。
そして中からハンカチを取り出し、何のためらいも無くジュースがこぼれた場所を拭き始める。
「ほら、ちょっと立ちなさいよ。ちゃんと拭けないじゃない」
「い、いいよ。自分でやるから」
ガタ、ガタガタ…
ユウキ君が少し反抗するが、ゆきっちの勢いに押され、無理矢理イスを立たされる。
「いいよじゃないの。後でベタベタするの嫌でしょ?」
ゆきっちはそう言いながらゴシゴシと力を入れてズボンを拭いていく。
その摩擦運動はユウキ君の太腿から足の付け根、そしてとっても大事な部分にまで広がり、「ちょっとそれは大胆すぎなんじゃない?」と思ってしまうほど激しい。っていうかモロに当たってるんですけど。

「ちょ、そ、そこは…、マズ…イって」
「動かない!」
思わず腰を引いてしまうユウキ君と、自分が股間を刺激している事に全く気付いていない様子のゆきっち。
でもこの光景、他の人から見れば完全にドキドキプレイなんだよね。
…あ、ユウキ君も周囲の目が気になってる。

「あ、あのさ、拭いてくれてるのは嬉しいんだけどさ、メチャクチャ見られてるんだよね」
「…え?」
と、ここでようやく周囲から視線に気付くゆきっち。
「しかもここ、通りからも丸見えなんだよね…」
「…」
「この状況、見方によってはかなりエッチい格好な訳で…」
「なっ!?」
パッ!
すごいスピードでユウキ君から離れるゆきっち。そして顔を赤らめながら両手をアタフタと振りはじめる。
「ゴ、ゴメン!」
「あ、いや、そんな。どういたしまして」
…ユウキ君、返事がおかしいよ〜
どういたしまして、はここで使う言葉じゃないよ〜
「…その、痛くなかった?」
「う、うん。それは別に…」
…いいね、このお互い微妙にギクシャクしたままでの会話。
今までのイベントは計画通りにいかなかったけど、今回は成功だね。

「そう、よかった…」
「…あ〜、ほら、店員さんもタオルを持ってきてくれたみたいだし、イスに座ってよ」
「う、うん」
…お、ここはユウキ君、ナイスフォローだね。
優しさと気配りで高ポイント獲得!って感じかな?

「大変申し訳ありませんでした。こちら、どうかお使い下さい」
「あ、はい」
特に怒った素振りも見せず、ユウキ君は普通にタオルを受け取る。
その様子に店員さんもホッとした顔になる。
「…あの、クリーニング代はこちらで全額出しますから」
「そんな、いいですよ。別に家の洗濯機でも落ちると思いますし、高い服でもないんで」
…おお、何て謙虚でさわやかな回答。やっぱりユウキ君はいい子だね。
「いや、それはお客さんに悪いです。…ではせめてお食事代をサービスに」
「え、それじゃあかえってそっちの方が悪いですよ。全然気にしてませんから大丈夫ですよ?」
「しかしそれでは…」

…と、こうして店員さんとユウキ君でやり取りをしていると、店の奥から店長登場。その後色々あって、結局2人は破格の値段でランチをご馳走になる事に。
うん、よかったよかった。


「あ〜、美味しかった」
「…う〜ん、結局こっちが「ごちそうさま」って言わないといけなくなっちゃったわね」
十分にランチを満喫し、店を出た2人。
しかし笑顔のユウキ君に対し、ゆきっちは少し浮かない顔をしている。
…まあ自分の責任じゃないからいいじゃない、なんて張本人のボクが言っちゃマズいか。
「気にすることないって」
「そう言ってくれると助かるわ」
「じゃあ奢りはまた今度、という事で。…どうでしょ?」
「ふふっ、いいわよ。その時はラーメンでも牛丼でも付き合ってあげる」
「あれ、簡単に了承されちゃった」
「まあね。年上の余裕ってやつ?」
笑いながらそう答えるゆきっち。その表情はもういつもの調子に戻っているようだった。

「…さ、お腹もいっぱいになったし、私の買物も終わったし、そろそろ帰ろっか」
「オッス」
荷物を持ったまま両手を軽く上げて返事をするユウキ君。
実はこの荷物、まだ濡れているズボンを隠す役目もしていたりする。
「ええっと、今何時かな…」
上着の袖を少し引っ張り、腕時計を見るゆきっち。その手の先には前から持っていたバッグだけでなく、小さな買物袋も握られている。
これはレストランを出る時、「いいから持たせなさい」とユウキ君から奪ったもの。ちょっと素直じゃないけど、それなりに気を遣っているようだった。

「…うん、今からだと電車よりバスの方が早いわね」
頭の中に発車時刻がインプットされているのか、ゆきっちはそう言ってスタスタと歩き出す。
「よかった。バスの方が楽だもんね」
「まあ座れれば、だけど」
「この時間なら大丈夫でしょ」
「そうね。…もし1人分しか空いてなかったら譲ってあげるわ」
「え〜、そこまでしてもらわなくてもいいよ…」
「じゃあ私の膝の上に座る?それとも逆?」
そう言ってゆきっちは少しイジワルそうな笑顔を見せる。
…う〜ん、年上の魅力って感じだなあ。

「あ〜あ、どうしてそういう発送になるかなあ」
しかしユウキ君の反応はとても素っ気無い。少しはときめいてもいいのに。
「何よ、少しはドキドキしなさいよ。そして心をときめきなさい」
あ、ゆきっちと同じ事言ってるぞ、ボク。
今までユウキ君とリンクする時はあったけど、ゆきっちとは初めてだなあ。

「ないないないない。ドキドキもトキメキもしないから」
「ちぇっ、つまらない子」
口ではそう言いつつも、どこか楽しそうな様子のゆきっち。
ユウキ君もこういうやり取りは嫌いではないらしく、穏やかな表情を見せている。

…う〜ん、もしかして結構イイカン…ジ?
最初は「どうかなあ?」と思っていた2人だったけど、今は「これはこれでイイかも」みたいな状況だったりする。
ボクが求めるラブラブな関係になるのはちょっと時間が必要かもしれないけど、こういう友達の発展系もいいかも。
…よ〜し、それじゃあ帰りのバスの中でも色々と仕掛けちゃおうかな?
ボクはそんな事を考えながら2人の後を追って歩く。
ユウキ君とゆきっちの距離は相変わらず微妙な感覚があるけれど、あまり気にならなくなったのはボクが2人を理解してきたから…なのかな。


「そういえば…」
歩き始めて数分、もうすぐバス停に着く…という時だった。
これからの展開について色々考えているついでに思い出した事があり、ボクは思わず声を出していた。
…よく考えたら今回、マジックアイテムとか使ってないなあ。
いつもなら2人の意識をお互いに向ける効果を持つ香水や、いい雰囲気を演出する系のアイテムを使うんだけど、ボクが今回使ったのは簡単な魔法だけ。直接人間の心を動かすような術は一切使っていない。

「…ま、普段から多用はしなかったけどね」
別にどうでもいいか、ボクはそんな感じで言い切りながら、目の前にいる2人を見る。
「さ、帰ったらすぐに部屋の模様替えだからね」
「はりきってるなあ…。何か理由でもあるの?」
「そ、そんなのないわよ別に…」
「あ、少し慌てた」
「慌ててません」
「…ホントに?」
「ええ」
「ふ〜ん…」
…と、なぜかお互いに腹の探り合いモードに入る2人。
でもそれは本気でも何でもなく…

「あ、バスだ」
「…ふう、3分遅刻ね」
「ええっと、席は空いてるかな〜?」
そう、今のはただのお遊び。2人とも目が微妙に笑っていた。
…きっとバスが来るまでのヒマつぶしなんだろうな。ボクはベンチから立ち上がるユウキ君とゆきっちを見ながらそんな結論を出す。きっと正解だと思う。

プシュッ
軽快な音と共に開くバスのドア。
そして最初にゆきっちが乗り込み、続いてユウキ君が後を追う。
別にレディーファーストの意識があった訳じゃない、でもこれが2人にとって普段のスタイル。そして、自然なスタイル。

プシュッ
ドアが閉まる。
結局このバス停で乗り降りしたのは2人だけ。
…あ、一応ボクも入れれば3人か。

「空いてるね」
「ええ、思わず「営業は成り立つのかしら?」って余計な心配をしちゃうくらい空いてるわね」
「はははは」
今の会話からも分かるように、車内はガラガラ。
お客さんの数は指を折って数えていって1回折り返せればいいくらいだった。

「よいしょ…と」
そんなガラガラのバスの中、2人乗り座席にユウキ君が腰掛ける。
「ちょっと、もう少し詰めれないの?」
と、その横に座ろうとしたゆきっちが「ていっ、ていっ」と言った感じでユウキ君の肩をペシペシ叩き、もっと奥へ行くように急かす。

「あのさ、別に隣に座らなくてもいいでしょ?荷物だって多いんさしさあ」
「…それもそうね」
そう言ってゆきっちは1つ前の座席に移動、ちょこんとイスに腰掛ける。
…あらら、あっさりユウキ君の隣を諦めちゃうんだ。
う〜ん、サバサバした性格のゆきっちらしいと言えなくもないんだろうけど、せっかく今までイイカンジだったんだからさ、ここはちょっと強引にでも一緒に座ろうよ〜
2人のやり取りを後ろの席から見ていたボクはそう言いながら羽根を出し、ガラガラの車内をフワフワと漂う。

「う〜ん、何かこう…決め手に欠けるなあ」
確かに2人の中にある「勝手知ったる仲」感はとても微笑ましいし、これはこれでいい恋人同士になれる要素でもある。
でも、自分も少し忘れていたけど、これはハニエルとの縁結び勝負。あまりよろしくはないけど、一応カップル誕生までの早さが求められる状況だったりする。
「そうなるとやっぱりボクのやり方は不利だよなあ…」
もしかしたらもうハニエルが担当した2人は誰もが認めるお似合いカップルになってるかも…
色々と準備もしてたみたいだし、きっと映画の主人公のようなシナリオを用意してたんだろうなあ。ボクはちょっと弱気になりながらそんな事を考える。

「…せめてさ、2人隣同士で座ってたら、「買物に疲れちゃって2人仲良く肩を寄せ合って居眠り→そのまま終点→仕方なく降りたらそこにはホテルが」みたいなイベントも演出出来るんだろうケド、座席も別々なんだよね…」
む〜、と言いながら腕を組み、空中でゆっくり回転するボク。

「はてさて、どうしたものやら…って、あれ?」
ここでふと2人の様子を見てみると、ゆきっちが今にも眠りそうな顔になって頭を揺らしていた。
あ〜あ、眠りの術を使う前にもうあんな状態に…
ボクは苦笑いを浮かべながら、強力な睡魔と大接戦を繰り広げているゆきっちを見る。
「…あ、落ちた?いや、まだか。…ああっ、効いてる、効いてるよ!これは負けそうだあ!」
…と、ボクは勝手に実況を始め、1人で盛り上がる。
ちなみに後ろのユウキ君の様子はと言うと、特に眠たそうな様子も見せず、窓の外を眺めていた。…さすが、体力あるね。


それから数分後―

…お〜い、ゆきっち〜
「…」
…う〜ん、完全に寝ちゃったな。
ボクはゆきっちの前の席に座り、つんつんと頬を触ってみたり、顔の前で手を振ったりして、寝ている事を確認する。…まあ姿を消しているから気付く事はないんだけど。

「…どうなんだろ?2人が降りる場所まで、あとどれくらいなのかなあ?」
ボクはそんな不安を口にする。
幸い、ユウキ君はしっかり起きてるので、乗り過ごす事はないと思うけど…

「さて…と」
と、その時、ユウキ君がゆっくり背中を伸ばしながら立ち上がり、停車ブザーに手をかける。
そして…

『〜♪、次は―』
ピンポーン
次のバス停を告げるアナウンスが流れたと同時に鳴る停車ブザー。
勿論それを鳴らしたのはユウキ君だ。
「う〜ん、なかなかの早業」
ボクはそんなユウキ君の早押しに感心しつつ、次のバス停で2人が降りる事を知る。
…って、ゆきっちがまだ寝たままなんだけど。

「…さ、そろそろ降りる…って、何だ、寝てるのか」
たくさんの荷物を手に持ち、降りる準備を終わらせたユウキ君がゆきっちに話しかける。
そしてここでゆきっちが寝ている事に気付くと、ユウキ君は「…ふう」と軽く息を吐き、両手に持った紙袋の並び替えを始める。

「…よし、これでオッケー、と」
そう言って荷物編成を左腕に偏らせたユウキ君。すると今度はゆきっちの座席に置かれていた荷物を持ち、さらにゆきっち本体に手を伸ばす。

「うおっ、お姫様だっこ!?」
ここでそんな高等テクニックを!?…と、無駄にはしゃいでしまうボク。
しかし残念ながら…というか当然というか、ユウキ君は眠ったゆきっちを背中に抱え始める。
「…うん、まあ、そうだよね」
はははは…と何故か乾いた笑いを浮かべ、その様子を見るボク。…まったく、何をやってるんだか。

「よいしょ…っと」
両手に荷物、そして背中にキレイなおねいさんを背負って歩き出すユウキ君。
その時ちょうどバスが減速を始め、2人が乗車口に着くと同時にドアが開く。

「すいません、2人分一緒に入れておきますんで」
「はいはい、どうも」
チャリン、チャリン…
ちょっと不自由そうに財布から小銭を出し、運転手さんに挨拶をするユウキ君。
その間もゆきっきは目を覚ます事はなく、気持ち良さそうに眠っていた。

「…おっと」
背負われている意識がないため、ズルズルと落ちていくゆきっちの身体にユウキ君が慌てて体勢を立て直す。
「頑張って運ぶんだよ、お兄ちゃん」
「あ、はい」
バスからの降り際、運転手のおじさんに励ましの声をかけられるユウキ君。
「それと背負いなおす時も注意しなよ。…スカートの辺り、結構キワドいぞ?」
「…まあそれは本人の責任、という事で」
「はははは、冷たいなあ」
そんなやり取りをしながらバスを降り、ユウキ君は運転手さんに軽い会釈をする。
「…どうもでした」
「はいよ」
運転手さんはそう言うと、帽子のつばに手を当てて簡単な敬礼をする。
…あ、何かカッコイイかも。


「…さ、頑張りますか」
背後に発車のクラクションを聞きながら、もう一度ゆきっちを背負い直すユウキ君。
ここからゆきっちの家までどのくらいあるのか判らないけど、ユウキ君の表情や口調を見ると、そんなに大変な距離ではないように見えた。

…ん?
っていうかさ、普通にゆきっちの家に行くみたいだけど、彼女は1人暮らしなのかな?それとも家族と一緒?
…と、ふと浮かんだ疑問に頭をひねるボク。
年齢的には1人暮らしをしててもおかしくないかもしれない。…でも、何となくボクには実家住まいのように思えてならなかった。

もし家族と一緒に住んでいるなら、この状態は結構な問題だよなあ…
どんなに寛大なご両親でも、さすがに娘さんが眠ったまま彼氏に背負われて帰ってきたらいい顔はしない…ような気がするんだけど。
「…う〜ん、結局その辺は全然聞けなかったな。…ユウキ君はどう考えてるんだろ?」

ここに来て予想外の展開を迎える2人…って、これを危機的状況だと思ってるのはボクだけなのかなあ?
と、そんな感じでイマイチこれからの状況が読めないボク。
不安になってユウキ君の顔を覗いてみたんだけど、その表情に全く変化は見られなかった。
…何でこういう時だけポーカーフェイスなんだよう。

「あと…これも気になるんだよなあ」
ボクは思い出したようにそう言うと、改めてユウキ君の顔を見てみる。
…うん、全然ドキドキしてないよね、彼。
背中には胸の感触、両腕にはムッチムチの太腿(しかも生足)の感覚があるはずなのに、ユウキ君はこの事に対してまるで反応していない。

これは何も今の状態に限っての事ではなく、今日一日を通してみても同じような疑問はあった…と思う。
下着丸見えin風のイタズラ(勝手に命名)の時もそうだったし、ズボンを拭かれた時に見せた恥ずかしさも別物のように見えた。

「う〜ん、こんな状況は今までにあんま例がないからなあ。判断が難しいよ…」
そう言って頭をポリポリと掻いてしまうボク。
友達感覚のカップルは今までに何組も担当したし、幼なじみ同士の展開もたくさん見てきた。
なかなか進展しないもどかしい2人、みたいな状況もかなりの数をこなしてきた。…でも、このユウキ君とゆきっちの場合は、何かが違う。

「…どうしようかなあ?こうなったら奥の手を使うしか…」
と、ボクは額に指を置いて精神を集中させ、指先に大きな力を集める。
これは人間の意識を探り、全ての情報を引き出す事が出来る術。…ちなみに意外と高位にランクされる難しい術だったり。

これを使えば一発、それにお互いの意識を操作したり、偽りの記憶を植えつけたりする事だってやろうと思えば簡単に出来ちゃう。

でも。
やっぱりそれは違うよ、うん。

スゥ…
一度は周囲に影を発生させるまで大きくなった意識の光が消え、元の静かな状態に戻る。
「…」
そしてボクは額に当てていた指を離し、ほんの少しだけ残っていた力をゆきっちに優しく飛ばした。

…ポワァッ
ゆきっちの身体に当たった光はそのまま全身を包み込み…

「あれ?ちょっと軽くなったような…。気のせいかな?」
と、一旦立ち止まって背中にいるゆきっちを見るユウキ君。

…ま、ボクがしてあげれる事はこのくらいかな。
そう呟き、不思議そうに自分の背中とゆきっちの顔を交互に見ているユウキ君に微笑みかける。

「…ん、違うな」
訂正。
ボクがしてあげれる、だと少し意味が変わっちゃう。
だって力を出せば、もっとスゴイ事だって出来るんだから。…これでも天使だい。

ええっと、正しく言うと…
「…ボクが手を貸していい範囲はこのくらい、かな」
うん、これが正解。

やっぱりボクは北風より太陽。
強力な術を使うのもいいけど、やんわりと暖かい光で照らしてあげる事も大切だよ。

「…ま、本当はこれでハニエルに勝てれば言うことナシ、なんだけどね」
ボクはそう言いながら、1ヶ月間に渡る天界の雑用を覚悟する。
…この勝負はハニエルの勝ち、そろそろカップル成立を知らせる思念メッセージが飛んでくるかもしれない。

いいさいいさ、雑用くらいやりますよ〜だ。
と、軽くイジケモードに入るボク。
でもそれは一瞬、すぐにお仕事中の自分に戻る。
「…うん、ちゃんと2人の事は最後まで見守ってあげないとね」
そう言って僕は2人の背後に降り立ち、ちょこんとその後をついて歩いていく。

…いつの間にか定位置になってたなあ、ここ。
そんな事を、考えながら。


「…んん、ん〜?」
その時だった。ユウキ君の背中で眠っていたゆきっちが目を覚ます。
「あ、起きた」
「ん〜」
「…でもまだ寝ぼけてるのね」
「ええっと…、ここドコ?」
「家の前だよ。…ホント、いいタイミングで起きるんだから」
…あ、もう家の前なんだ。
ボクはユウキ君の言葉を聞いて、周囲の家に目を向ける。

…お、太刀川の表札、発見〜♪
すぐにゆきっちの苗字が書かれた家を見つけるボク。
…っていうか本当に家の目の前じゃん。ゆきっち、ナイスタイミングだなあ。

「ほら、もう自分で立てるでしょ?」
「え〜、せっかくだしこのままで」
「…スイマセン、何が「せっかく」なのか全然判らないんですけど?」
「細かいこと気にしないの〜」
目を覚ましたとは言え、まだ半分以上眠っているゆきっち。その微妙に舌っ足らずな喋り方になるのが可愛かったり。

「もう、仕方ないなあ…」
と、観念した様子のユウキ君。
「やった〜、ラクチンラクチン♪」
一方のゆきっちは二度寝をしそうな勢いでユウキ君の背中に顔を埋める。

いいの?お家の人とかいないの?
そんな様子を見て心配になるボク。

…しかし、その心配は無用のものだった。
というか今日一日の行動自体が無用の長物だった。

それと言うのも…


ガチャ…バタン
ゆきっちを背負ったまま、ユウキ君が家のドアを開ける。
「ただいま〜」
「…ただいま〜」
そして帰宅の言葉。
…ちなみに先の疲れた様子が伝わってくる「ただいま」がユウキ君、後の半分眠ったような声の「ただいま」がゆきっち…って、言わなくてもわかるか。

「はいはい、おかえり〜」
と、廊下からゆきっちのお母さんらしき人が登場。
すると登場早々、玄関先の2人の様子を見て大笑いする。

「あらあら、スゴイ格好で帰って来たわねえ」
「…まあ色々あってさ」
そう答えたのはユウキ君。そして背中のゆきっちをドサッと降ろし、靴を脱ぎ始める。
「…いたいかも」
「かも、なんだ」
「ん〜」
まだ意識がしっかりしないゆきっち。するとそんなゆきっちを見たお母さんがたまらず大きな声を出す。

「ほら、もうシャキッとしなさい!お姉ちゃんでしょ!」
パシッとゆきっちの背中を叩くお母さん。しかし叩かれた本人の意識はまだ夢の世界にいるっぽい。
「ええ〜、もういい歳なんだからさ、そういうの関係ないよ〜」
「いい歳だって認識があるなら弟に背負われて帰ってこない!」

…え?
今、なんとおっしゃいましたかお母様?

…と、思わず固まりそうになるのを必死に抑えながら質問を口にするボク。

…お姉ちゃん?弟?

「ホントにこの子は…。ユウキの前だとすぐにダラけちゃうんだから」
「ねえ母さん、いっつも聞いてるけどさ、普段はしっかりしてるっていうの、ウソじゃないんだよね?」
チラリとゆきっちを横目で見ながらお母さんに質問をするユウキ君。その顔はかなりの疑惑がゆきっちに対して向けられていた。
「ええ。学生の頃からずっと成績優秀、よく気の利くお嬢さんって言われてたわよ」
「信じられないんだよな〜」
「まあユウキの前だとこんな調子だもんねえ」

…いや、信じられないのはボクの方ですよ…

ユウキ君とお母さんの会話を聞きながら、そう呟くのが精一杯のボク。
…まさか、こんなオチが待っていたとは…

「それで今日はどこにつき合わされたの?」
「駅前。…色々と買物に行ってきました」
「…で、この大量の荷物を持たされた、と」
「そういうコト」
「お疲れ様でした」
ポン、とユウキ君の頭の上に手を乗せ、ねぎらいの言葉をかけるお母さん。
しかしユウキ君はその手を丁寧にどかし、そのまま買物袋を開いて見せる。
「…や、何かこの後、部屋の模様替えもするみたいだよ?」
「あらあら」
「そんじゃま、そんな訳なんでゆきっちの部屋に行きます」
「先にお茶でもどう?」
「ん〜、いいや。さっさと始めた方がいいっぽい」
ユウキ君はそう言いながら階段を上がっていく。どうやらゆきっちの部屋は2階にあるようだった。
「…それもそうね」
納得、と言った感じで呟くお母さん。そしてユウキ君に続くように玄関先を後にする。

「…」
「…」
残されたのはゆきっちとボク。
しかしすぐにゆきっちも立ち上がり、鈍い足取りではあるけど、階段をゆっくり登っていった。


「…」
まだ無言のボク。
っていうか的確な言葉が出てこない。

「…はあ」
と、ここでようやくため息が出る。

…何やってるんだろ、ボク。
続いて出てきたのは後悔…というか悲しい自問自答。

全然気付かなかった…
いや、姉弟であるという可能性が頭に無かった、と言った方がいいっぽい。

「…ユウキ君さ、ゆきっちの事を名前で呼ばないで「お姉ちゃん」って呼ぼうよ…」
これは責任転嫁か、それとも正当な要求なのか。…きっと多分前者だろうな。

とりあえず今回はボクの負け…というかそれ以前の問題。
さすがに実の姉弟をくっつけちゃマズイでしょ。そんなインモラルな縁結びなんかしたら天使失格だよ。マジで堕天使だよ。背徳の香りだよ…

「あ〜、もう!」
背徳の香りとか言ってる場合じゃないって…
ボクはガックリとうなだれ、その場にしゃがみこんでしまう。

…こんな大きな、そして笑えないミスをするなんて…
と、まさかの結果に恋愛守護天使の自信失いまくりのボク。

さすがにこれは頂けないよ、例え姉弟だと判る直接的な言動が無かったとしても、それを察せなかったのはダメダメだよ…

「…どうしよう、いくらハニエルでも、これはちょっと正直に言えないよなあ…」
勝負は完敗で構わない、負けた時の約束の雑務だってボクがしっかりこなす。
でも、この衝撃的すぎる事実は言いたくない。っていうか教えたくない。
ああ、どうすればいいんだろう…

『……、…エル…』
「!?」
自分でもビックリするくらい身体がビクッと震える。
何というタイミングの悪さだろう、ボクはハニエルから思念メッセージが飛んできている事に気付き、思わずその場にビシッと起立してしまう。
…って、イタズラの現場を見られた子供じゃないんだからさ…

『ウリエル、聞こえる〜?ウリエル〜?』
「…」
だんだんハッキリと聞こえてくるハニエルの声の中、ボクはゆっくり深呼吸をして息を整える。
そうでもしないとドキドキで上手く喋れない…ような気がした。

『ウ、ウリエル〜、返事をしてよぉ〜』
と、なぜか泣きそうな声になるハニエル。
…一体どうしたんだろう?
『ハニエル?聞こえる?…ゴメン、返事をするのが遅くなっちゃった』
『…ああっ、ウリエル!?よかった、やっと繋がったよ〜』
『ど、どうしたのハニエル?』
いつもの過剰な感激っぷりとは違う様子のハニエルに、驚きながらもボクは何があったかを聞く。
…まあ本当はボクの方が泣きつきたい気分なんだけど。

『ううう〜、ウリエル〜、今回の勝負、こっちの完敗…っていうか、勝負以前の問題だったよ〜』
『…は?』
どういうコト?それってまさか…
『もうね、恋愛守護天使をやっていく自信が無くなっちゃうくらい大変な事をしっちゃったんだよ…』
『ちょ、ちょっと、何があったのハニエル?』
まさかハニエルもボクと同じミスを…?
いやいや、そんな事は…、でも、もしかしたら…と、こっちも混乱してしまう。
一体ハニエルは何をやらかしてしまったんだろう。

『…あのね、今回の作戦は「2人を悪漢に襲わせ、見事撃退」から始まる恋愛逃走劇を考えてたんだけど…』
…やっぱりか〜
ボクはツッコミを入れたくなるのをガマンし、話の続きを聞こうとする。
『で、いつものように思念で人形を造って、対象者が来るのを待ってたんだ』
『…』
ハニエル、人形生成なんて高等な術をいつも使うんだ…
ボクなんか操作系の術すら使ってないのに…って、今はそんなコト考えてる場合じゃないか。
『そしてついさっき、やっと2人が来たから、用意してた人形を使って襲わせたんだけど…』
『うん…』
『2人ともメチャクチャ強いの!っていうか2人とも男だったの!』
『…』
『…』
『…えええええええ!?』
微妙な間の後、ボクは「いくら姿を消していてもバレるんじゃない?」と言うくらいの大声を上げてしまう。
『そんな…、だってあの女の子、普通に可愛かったよ?筋肉もついてなかったし、歩き方だって…』
と、ハニエルが守護の対象として選んだ女の子を思い出しながら喋るボク。
…まあここで必死にフォローしても意味はないんだろうけど、やっぱり納得いかない。…だってあの子はどこからどう見ても女の子だって。
『そりゃあ少し背は高かったけどさ…、でも髪の毛なんかすごいキレイだったよ?』
『…カツラでした』
『う…』
絶句。
『人形との格闘が始まった途端、頭に手をかけてガバッ!って…』
『…』
『しかも声まで変わってさ。…もうスゴイの、それまで可愛い声だったのが、急に太〜い声に…』
『それは…イヤかも』
『あ〜、もう!対象者選びの時点で失格だよ〜』
『うっ』
ゴメン、それボクもなんですけど…
…でもまあ姉弟より、男同士の方が失敗度は高い…というか落ち込むよね、うん。
ボクは無言で頷きながら、ハニエルのミスよりは自分のミスの方が軽いかな?なんて事を考える。…どっちもどっちだよ。

『…それでさ、あの2人ったら思念人形を倒した後、「これでジャマは入らないね」とか言って、人目につかない公園の中でも特に目立たない茂みの中に入っていって、その、お楽しみを…』
『…』
野外っスか…、そして男同士っスか…
さすがにかける言葉もなく、ボクはただただ力なく首を横に振るだけ。

『ううう、こんな負け方するなんて…。これで来月はハニエルの分まで雑用か〜』
『…あ、あのさ。その事なんだけど…』
とても申し訳無さそうに話を切り出すボク。
一瞬、こっちのミスを隠して勝ちをもらおうかな、とも思ったけど、さすがにそれは出来なかった。

『…ええっと、実はさ…』
かなり詰まりながら、そして言葉を選びながら、ボクは自分も重大すぎるミスをした事を話し始める。


…この勝負、引き分けだね。
まあ、その、かな〜りレベルの低い引き分けだけど。


…神様、どうやらボクらはまだまだ修行が足りない身のようです。





                                          「北風と太陽の天使」 END 







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