「ハート・ボーン!」






……あ〜あ、もう1時になっちゃうじゃねえかよ。

職員室を出る間際に見た時計が差していた時刻は12時45分、俺は早足で廊下を歩いていた。

……俺の名前は津田信二、中学3年生。
バレー部に所属し、キャプテンという立場にあったりする。
まあ地区大会3回戦出場が最高成績、部員の数も少ない弱小部ではあるが、それでもキャプテンはキャプテンだ。
自分でもかなり頼りないとは思うが、何とかみんなを引っ張って行こうと頑張っている。
……ま、その頑張りが結果に表れているかどうかは微妙な所なのだが。

「あれ、キャプテン?」
「ん?」

背後から俺を呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
と、そこにはバレー部の後輩が。

「ども、お疲れっす」
「おう、おつかれー」
「キャプテン、まだメシ食ってないですよね?」
「ああ、ちょっと用事があってな」
「ちょうどよかった。実は今日、視聴覚室が空いてたみたいで、みんなそこでメシ食ってるんですよ」
「あ、マジ?」

今日は土曜。午後からすぐ練習だったので、家に帰らず昼飯持参となっていた。
普段は部室で食べているのだが、顧問の先生が視聴覚室を管理しているので、たまにこういう事がある。

「はい。キャプテンにも教えないとね……みたいな話になって、先輩が教室に行ったんですけど、「いなかった」って……」
「そっか。教えてくれてサンキュな。危うく1人で寂しく部室で食うトコだったよ」
「いえいえ、それじゃボクは練習の準備してますんで」
「了解、俺もすぐ行くよ」
「う〜す!」

そう言って後輩は軽く頭を下げると体育館に向かって歩いて行った。
すでにユニホームに着替えている事から察するに、他の部員もあらかた練習の準備に入っているだろう。

俺は急いで自分の教室に戻り、カバンと練習用具、そして弁当の包みを持って視聴覚室へと急いだ。



ガラララ……

「うっす」
「あ、お疲れさまでーす」
「ちーす」

視聴覚室に入り、まずは挨拶。
そして軽く教室内を見渡し、残っている部員数を把握する。

「あ、やっぱ全員メシは食ったのね」
「そうっスね、みんなあとは着替えて体育館に……ってカンジですかね?」
「悪ぃ、もしかしたら練習開始に少し遅れるかもしれん」
「仕方ないっスよ、確か担任に呼ばれてたんですよね?」
「そそ」
「え、キャプテン何かやっちゃったんですか!?」

このやり取りを聞き、それまで個々に喋っていた部員が数人、話に混じってくる。
……ったく、少しでも不祥事の匂いがすると寄ってくるんだからコイツらは。

「別に問題は起こしてねえよ」
「えー、そうなんスかー?」
「……露骨につまらなそうな顔すんなよ」

ちぇっ、と舌打ちする後輩の額をピシッと突き、そのまま近くの机に荷物を降ろす俺。
雑談もいいが、早くメシを食わないと……

「っていうか津田、クラス委員もやってるからな」

と、その時、バレー部員にしてクラスメートの安藤が会話に入り、呼び出しの理由を説明してくれる。

「そそ。そゆコト」
「あ、そうだったんですか。……すごいっスねキャプテン、クラス委員も掛け持ちなんて」
「ん、別にそんな大変でもねえよ」

それまでとは少し違い、見直しましたよ的な視線を向ける後輩に対し、俺は素っ気無く答える。
別にカッコつけてる訳ではない。実際経験すれば判るが、掛け持ちはそんなに大変でもないのだ。

「……さて、俺は急いでメシを食うとしますかね」
「ゆっくり食えって。すぐ動くとハラ壊すぞ?」

素早く弁当箱を取り出す俺を見て、安藤がやんわりと釘を刺す。
まあ確かに安藤の言っている事は正論なのだが……

「大丈夫だって、少し練習に遅れたくらいでキャプテンとしての信頼度が下がる訳ねえだろ」
「……」
「オメエは完璧求めすぎ。普段しっかりやってるんだ、誰も文句言わねえって」
「そうっスよ」
「むむ……」

安藤だけでなく、後輩にまでそう言われると頷くしかない。
自分では完璧を求めているつもりはなく、キャプテンとして平均点以上は欲しいな、くらいの意気込みでいるのだが……

「よく考えてみ?もしオメエが急いでメシを食って練習に参加して、そこでハラ壊して下痢でもしてみろ。それこそ信頼度大幅ダウンだぞ?」
「うっ」
「キャプテン下痢、略してキャプゲリとか呼ばれるの、イヤだろ?」
「……」
「そうしたアレだぜ、「トイレは友達!」とかいう決めセリフまで用意されるんだぜ?」
「いやいや、それはないやろ」

どうしてそこまで話が飛躍するんだよ。
っていうかこれからメシ食う人間の前で汚ねえ話すんな。

「……ま、それは言い過ぎかもしれんが、要はメシくらいゆっくり食えって事だ」
「はいはい、じゃあお言葉に甘えさせてもらいますかね」

俺は安藤だけでなく、安藤の言葉に頷く他の部員達に根負けするような形でそう言い、ゆっくり昼食を摂る事にした。

「そうそう、みんなの言う事も聞かないとな」
「へいへい」

こうなるともう頷くしかない俺。
仕方ない、最悪メシ抜きor半分残しで練習に参加しようと思っていたのだが、ここは好意に甘えてちゃんと食べさせてもらおう。
……実はかなーり空腹だったりするんだよね、俺。

「おっと、もうこんな時間か」

ふと時計を見ると、時刻はもう練習が始まる1時になろうとしていた。
さすがにこうなると俺が合流するまで20分は遅れてしまうだろう。その間、誰かに仕切ってもらわないとな。
そう思い、俺は弁当に手を付ける前に周囲を見渡し、ある人物を探す。

……ええっと。あ、いたいた。

「大宮、ちょっといい?」
「あっ、はい!」

俺が呼んだのはマネージャーの大宮あずさ。
普段から基礎練習に関しては部員に混じって……というか部員以上に真面目に行っているため、俺は自分が戻るまでの間、彼女に練習を仕切ってもらおうと考えていた。

「何ですかキャプテン?」
「ああ、悪いけどさ、しばらく俺の代わり、やっててくれないかな?」
「代わり、ですか?」
「うん、みんなを仕切って練習を始めてて欲しいんだ。多分基礎練習が終わる頃には合流出来ると思うから、それまで頼むわ」
「いいですよ、わかりました」
「ありがとう、ホント助かるよ」
「そ、そんな……、お礼を言われるような事じゃないですからっ」

めめめめ、滅相もございません!と言わんばかりに慌てるマネージャー。
こういった時に見せる彼女のオーバーなリアクションは見ていて楽しい。
……まあ素の状態でも可愛いが、どちらかというと俺はこっちの慌ててる方が……って、何を言ってるんだ俺は。

「あ、あのキャプテン、今日のメニューは……?」
「そうだな……、じゃあランニング5分と往復ダッシュを5セット。それからトス上げ、ロングレシーブ……ってトコかな?その頃には俺も戻ってこれると思う」
「わかりました」

素直に頷くマネージャー。
話を聞いている途中、俺が喋ったメニューを確認するように指折り数えてたのが彼女らしい。
……別に普段と大して変わりないメニューなのだが。

「あ、そうだ大宮」
「はい?」
「視聴覚室、開けてくれたの大宮でしょ?」
「そうですけど……」
「ん」

俺はそう言って手を差し出す。
おそらくカギを持っているのも彼女だろう。視聴覚室は開けっぱなし厳禁のため、ここを最後に出る事になるであろう俺がカギを預かろうとしたのだが……

「えっ、あの、その……?」

……ぽむ。

どうやら俺の意図は上手く彼女に伝わらなかったようだ。
マネージャーは不思議そうな顔をしながらも、「これが答えかな?」といった感じで、差し出した俺の掌に自分の手をちょこんと乗せる。

「……ええっと、何?」
「お手、ですけど……」
「……はあ、そうっスか」
「あの、違いました?」
「うん」

……何だこのシュールな画は。
俺はまだちょこんと乗せられている彼女の手と顔を交互に見ながら、これからどうするべきか考える。
いや、まあどうするも何も、カギを受け取ってメシを食わないといけないのだが……

「オメエら何してんの?」

と、ここで廊下に出ようとしていた安藤から当然のツッコミが入る。
ああ、呆れたような視線が痛い。

「……ええっと、いいかな大宮?」
「は、はい」
「あのさ、俺は「視聴覚室のカギ、プリーズ」の意味で手を出したんだよね。……大宮は何だと思った?」
「あの、その、普通に「お手」を強要されたと……」
「そっか」

……う〜ん、大宮とはクラスが違うから詳しい事はよく判らないけど、こういう天然キャラではなかったハズ。
っていうか成績もかなりいいし、部活中も基本的にはしっかりマネージャー業務をこなしてるんだけどなあ。

俺は時折見せるマネージャーのオモシロ行動について考えを巡らせる。
が、今はそれより昼飯及び練習が優先。とりあえずこの状態を何とかしないと。

「……まあ「お手」に見えなくもないわな。……でもアレだ、今この状態でやる事じゃねえよな?」
「そ、そうですよね……」

いつもの慌てた表情を浮かべ、ここでようやく手をパッと離すマネージャー。
そして急いでカギを渡そうと、身体中をペタペタ触るのだが……

「あ、制服の中でした……」
「そうだよな、ジャージに胸ポケットはないからな」

おそらく制服の胸ポケットにカギを入れていた事に気付いたのだろうが、練習用のジャージに着替えていた事を忘れ、自分の胸元に手を入れてはスルッと滑らせるマネージャー。

……う〜ん、面白い。
俺は急いで自分の荷物を置いた机に向かうマネージャーを見ながらそんな事を考える。

「……あの、カギです」
「ん、サンキュ」

カギはすぐに見つかり、マネージャーは戻ってくるなりカギを俺に手渡す。
これでようやく俺はメシを食えるし、彼女も練習に向かえる。よかったよかった。

「そんじゃ俺が戻るまで頼むわ」
「はいっ」

聞いていて気持ちいい彼女の返事。
このやり取りだけを見れば、それはとてもとても頼れるマネージャーなのだが。

「……ま、今でも十分やってくれてるよ」

自分1人だけになった視聴覚室の中、ボソリとそう呟きながら箸を手にする俺。
そして弁当のフタを開け、心の中で「いただきます」を言いつつ米を一気に頬張る。
すでに空腹度合いはデンジャーなラインに到達しており、俺は箸を動かす手を休める事無く、まず半分近く平らげようと決めていた。
その勢いたるやマンガに出てくる食いしん坊キャラ並、昔の戦隊モノなら間違いなくイエロー方面の動きを見せていた。

ゴク、ゴク、ゴク……

「……ふう」

米、おかず共にきっちり半分食べたところで一息つく俺。
一緒に持ってきたペットボトルのウーロン茶を豪快な音を立てて飲み、ようやく腹が落ち着いてくるのを実感する。
この早食いで具合悪くなったらカッコ悪ぃよな……と少し心配になるも、普段から結構な暴飲暴食気味なので大丈夫と言い聞かせる。

……さすがにキャプゲリの称号は貰いたくないからな。
俺はそんな事を考えながら、昼食後半戦に突入する。
前半は飛ばしに飛ばしまくったが、これからはゆっくりまったり食べよう。
弁当箱に残っているおかずは好物ばかり、楽しみは最後に取っておく派の俺。
さあて、どういう順番で食べてやろうか……と、箸の先を咥えながら、取っておいたおかずである鶏の唐揚げ、紅鮭の腹部分(切り身の端のしょっぱい方ね)、エビ春巻を見つめる。

……まずは春巻を食べ、それから唐揚げと米を交互に。そして最後に紅鮭と残った米をウーロン茶で流し込んでフィニッシュだな。

そんな至極どうでもいいプランを立て、ヨダレを飲み込む俺。
どれだけ食いしん坊なんだ、というセルフツッコミを入れながらも、箸は早くも春巻を捉えていた。

「ムグ、ング……」

メシを食い終わるのは大体1時15分前後、腹を休めるのは5分もあればいいから……と。
よし、何とか1時半からは練習に合流出来るな。
俺は頭の中で今日の練習メニューを組み立てつつ、最後のおかずとなった紅鮭を口に運ぶ。

さあ来い塩辛さ、嫌でも米を欲すだけの塩分カムヒア!

……と、よく判らないテンションの上昇っぷりを見せる俺。
塩分カムヒアって何だ。

「ング、モギュ……」

おおう、これはしょっぱい。
予想以上の塩分濃度に口の中がキュッとなる。
多分この感覚が好きで紅鮭を最後に残したのかもしれないな……

と、そんな事を考えている時だった。

ガタッ!

「っ!?」

ほんのちょっとした油断から、机の端に置いていたウーロン茶に肘が当たり、その衝撃で床に落ちそうになる。
ペットボトルはキャップを締めておらず、このままでは中身を豪快にブチまけてしまう。
それだけは勘弁とばかりに俺は全身を傾け、手を目一杯伸ばす。

……くっ、届け!

パシッィ!

競ったゲームでこぼれ玉を拾うが如く、上々の反応を見せる俺。
この辺りはさすが腐ってもバレー部、間一髪の所で俺はペットボトルのキャッチに成功する。

……ふう、危なかったぜ。
これで失敗してたらセッター失格とか言われてたかもな。
って、まあ誰も見てない訳なんだが。

俺はここでもう1つ大きく息を吸い、改めて危機を回避した事に対し、ゴクリを息を飲む。

「……ゴクリ?」

ここで気付く違和感。そして直後に訪れる「やっちまった!」という感覚。

そう、俺はペットボトルを倒してしまったその時、口の中に紅鮭の切り身を入れていたのだ。
しかも、皮も骨も付いた状態で。

「……」

もう一度ゴクリとノドを鳴らし、やっぱり勘違いではない事を実感する俺。
この不快感極まりない、異物が遮っている感覚……

「骨、詰まらせちまった……」

あ〜あ、という諦めが半分、何をやっとるんだねキミは、という呆れが半分。
とりあえず俺は骨をノドに詰まらせてしまったようだ。しかもかな〜り厄介な状態で骨が刺さっている模様で。

どうしよう……

右手は箸を握ったまま、左手はペットボトルを掴んだまま。でも表情は満点のシリアスっぷり……というか切羽詰った感を発揮する俺。

参ったな、さすがに骨をノドに刺したまま練習するのはイヤだし、かと言って家に帰るのも面倒臭い。ましてや病院なんてもっての他だ。

「って、病院は大袈裟すぎるか」

自分では気付いていないだけで、結構慌ててるのかもしれないな……
俺はいきなり浮かんできた「病院で診察されている自分」のイメージ図を振り払い、何とか落ち着こうとする。

……うん、まずは自分が出来る/知ってる対処法を取らないと。
そう思い、俺は手始めに思いっきり咳をして骨を取り除けないかどうか試してみる。

ケフン、ゴホン!!

ゲホッ!コホンッ

ゴホッ、ンンッ!!

「……ダメだ、こりゃアカン」

どうやら咳くらいでは骨は抜けないようだ。
……っていうかメチャクチャ気持ち悪ぃ。胃にたくさんの物が入っている時に無理して咳き込むのは非常によろしくない事くらい判れよ俺。

こうして気分を悪くした俺は少し休憩を入れ、具合がよくなるまで休む事にした。



「……」

そして数分後。
体調を元に戻した俺が見つめている先には残り僅かとなった弁当があった。

……よし、出すのが無理ならそのまま胃に流してしまおう。

続いて俺が取った手段は古典中の古典、米を噛まずに飲み込んで骨を取り除こうというもの。
確かこの方法は骨をさらに深く刺してしまう危険性がある、とかいう話を聞いた事があるのだが、そんなん知るか!……とか言ってみたりして。
まあこの状況なら試す価値くらいはある……と思う。

……が、しかし、だ。

「チャンスは1回、だよな」

俺は弁当箱の中身、残っている米の量を見ながらポツリと呟く。
少し多めの一口分、それが俺に残された米の全てだった。

これは失敗出来ない。噛んで細かくしてもいけない。味わうなんてとんでもない。農家の方々には申し訳ないが、88回の咀嚼は堪忍してもらわなければ。

……何か不思議な感じがするな。

それまでバクバクと食べていたものが、ここまで急に貴重に見えるとは思わなかった。
っていうかさっきまでもほとんど噛まずに飲み込むように食べてたような気がしないでもないのだが、まあそれはさておき……と。

「……よし、やるか」

俺は意を決したようにそう言うと、弁当箱の隅に残っていた全ての米粒を集め、口に放り入れる。
そしてそのままゴクリと飲み込み、ノドに引っかかった骨と一緒に流れてくれる事を願うのだが……

「あ〜〜〜〜〜」

はい、失〜敗〜

これは米の量がいまいち少なかったのか、それとも骨の位置が悪かったのか判らないが、とりあえず骨はそのまま。さっきまでと変わらず、チクリとした小憎らしい痛みが感じられた。

「くそ〜、流し込み作戦は失敗か〜」

もしかしたら上手く行くかも……と思っていた手前、結構なショックを受ける俺。
これでもう弁当箱は完全にカラ、あるのは魚の形をした醤油入れとポテトサラダが入っていたアルミホイルのカップのみである。

「さすがにコレは飲み込めないしな……」

いや、やってやれない事は……やっぱないか。
俺はしばらく魚形醤油入れを見つめていたが、やがて諦めて弁当箱を片付ける。

「ん〜、他に食い物を持ってる訳でなし、手を突っ込んで取れる深さでもないし、どうしたモンかねえ?」

誰もいない視聴覚室に俺1人、体育館では部のみんなが練習を始めている……
そんな中、俺は急いで弁当を食べて骨を詰まらせ、例え一瞬だとしても魚形の醤油入れを飲んでみようと考えている……

「何かおかしな事になってきたなー」

ここまで現実離れ……というか想定外の出来事に面してしまうと、それが自分の身に起こっている事なのに、まるで他人事のように感じてしまう。
……ったく、何をやらかしてくれるんだ俺は。



ガラガラッ

と、ちょうどその時だった。
もう誰も来ないと思っていた視聴覚室のドアが開き、廊下から数人の生徒が入ってくる。
その人物とは……

「安藤、大宮、それに宇治原に酒巻……?」

現れたのは4人、それも全員知った顔……というかバレー部のメンバーだ。
先に入ってきた2人は既に説明した通りだが、後に入ってきた宇治原と酒巻は俺がここに来た時にはもう練習に向かっていたのか、姿は見ていなかった。
ちなみにこの2人は俺達の1学年下の後輩、夏の大会以降はこの部を背負って立つキャプテン・副キャプテン候補だ……って、そんな説明はこの際どうでもいいか。

「ちっすキャプテン」
「あの、戻って来ちゃいました……」
「どうしたんだよ4人して……?もしかして何かあったのか?」
「まあ、ちょっとな」

俺の問いかけに安藤が答える。
その表情は決して険しいものではなく、何なら少し苦笑いに近いもの。
何だろう、おそらくこの表情からして、急を要するものでもなければ危機的状況に陥った、という訳でもないだろうが……

「このバカ2人がちょっとケンカ?みたいな事を始めてさ。仲良く鼻血まで出しやがってやんのな。……それも大量に」
「はあ?ケンカ?本当か大宮?」

信じられない、といった感じでマネージャーに説明を求める俺。
この2人、別に仲が悪いとかいう事はなかったと思うのだが?

「まあ……、ケンカになる……のかなあ?」
「何だ、煮え切らない言い方だな」
「なあ津田、玉乗り対決ってマジケンカになると思うか?」
「玉乗り?」
「そ。……何かコイツら、「どっちがバランス感覚に優れてるか」で言い合ってたらしくて、対決で決着する事にしたんだってさ」
「はあ……」

急にトーンダウンする俺。
大体の話は見えてきた……というかほぼ事情は掴めた。
そりゃ安藤も呆れるし、大宮も言葉を濁すわな。

「……で、最後はドローで2人して体育館の床に顔からぶつかってやんのな。そして鼻血が炸裂ですよ」
「何?そんなに出たの?」
「はい、箱ティッシュ2つ全部使ってもまだ床に血の跡が……」
「どんだけ血が余ってんだよお前達は」
「スイマセン……」
「申し訳ないっス」

と、平謝りの後輩2人。
まあしっかり反省しているようだし、今回は不問としますか。

「……で、ここへは何をしに?」
「は、はい。もう部の備品として使ってるティッシュがなくなったので、私のバックから取って来ようと思って……」
「俺も何個かポケットティッシュがあったからな。一緒に付いて来た」
「なるほど。……それで2人共、もう鼻血は大体収まったのか?」

経緯はどうであれ、ケガ人の容態くらい聞いておくか。
俺はそう思い、キャプテンとして一応問いただしてみる事にした。

「はい、かなりよくなりました」
「大丈夫です、しばらくティッシュで鼻穴を詰めれば完全に止まると思います」
「そうか、了解」
「……ホレ、2人共こっち来いや。俺が直々に鼻穴に栓をしてやる」
「えー」
「勘弁してくださいよ、反省してますからー」
「うっせ、どうせ大宮に優しく介抱してもらえるとでも思ってたんだろ?そうはいかねーぞ」
「そんなんじゃないっスよ〜」
「いいから俺に身を任せろ!そして恥ずかしい穴を広げて見せろ!」
「ひぃぃぃっ」
「変態じゃないですか先輩!うわあああ〜」

報告を終え、俺が頷くのを確認した安藤が後輩2人の首を掴み、そのままズルズルと引きずって行く。
……まあ今の発言は完全にジョークだろうが、それでも2人は結構マジで嫌がっている……というか怖がってた。

大丈夫、安藤にそのケはないって。
俺は強制連行されていく後輩の背中に向かってそう心の中で呟き、手荒になるであろう治療を見守る事にした。

……ん?治療?

「そうだ、俺も微妙に治療が必要な身だったな……」

今出てきた「治療」、そしてさっきの「詰める」という言葉から、俺は自分のノドに骨が刺さっていた事を思い出す。
すると不思議なもので、さっきまで全然感じていなかった痛みが再発、チクチクといやらしい痛みが地味に襲い掛かってくる。

「う〜、ちくしょう……」
「あれ?どうしたんですかキャプテン?」

不機嫌そうに舌打ちする俺を見て、マネージャーが心配そうに聞いてくる。
……そうだ、彼女なら何か食べ物を、このノドに詰まった骨を胃に流し込むだけの食べ物を持ってるかもしれない。
いや、別に食べ物じゃなくても、骨を取り除いてくれればいいんだが。

「なあ大宮――」
「おーいマネージャー、オメエの持ってるティッシュも出してくれー」
「え?あ、そ、その……」

恥ずかしながらもマネージャーに事情を話し、協力を要請しようとしたその時、タッチの差で安藤が先に彼女を呼ぶ。
しかし俺のすぐ近くにはいた彼女は同時に俺にも話しかけられた事に気付いており、俺と安藤を交互に見ては困った顔を浮かべている。

「ああ、いいよ。先にあっちに行ってやってくれ」
「は、はい……」

まあ自分の事は後回しでいいだろう。
俺はそう思い、先にマネージャーを安藤達の元へと向かわせる。

……さて、どうなることやら。

急いで自分のバックを置いている机に向かい、ティッシュを探すマネージャーをぼんやり眺めつつ、無意識の内にノドをさする俺。
そして骨が刺さって抜けなくなるのと、みんなの前で盛大に鼻血、果たしてどっちがマシか……みたいな事を考えていたのだが、マネージャーが手にしたブツを見て思わず吹き出してしまう。

……おいおい、普通カバンの中に箱ティッシュ入れて持ち歩くか……?

前から女の子が持つにしては大きいな、と思っていた彼女のカバン。
だが今の光景を見て納得、そりゃあティッシュが常に潜んでいるのであれば、このくらいの大きさは必要だろう。

う〜ん、もしかしたらスゲー役立つアイテムが入ってるかもしれないな。

俺は彼女のカバンに勝手ではあるが希望を抱き、この忌々しい骨を取り除いてくれるリーサルウエポンの登場に期待する。
……まあ彼女にしてみればエライ迷惑な期待なのだろうが。

「はい安藤君、これだけあれば足りるよね?」
「あ、ああ……」

差し出された箱ティッシュを見て少し言葉の歯切れが悪くなる安藤。
さすがの安藤もこれには驚いた……というか「何で持ち歩いてるんだ?」と疑問に思わずにはいられないだろう。

「なあ大宮、お前いっつもこんなの持ち歩いてんの?」

……って、普通に聞いてるし!

俺は思った事を迷わずストレートに質問する安藤にズッコケそうになりつつも、マネージャーの回答に聞き耳を立てる。

「う、うん。……こういう事もあるかな、って」
「何?じゃあ部のためなん?」
「そうだけど……?」
「はあ……、アンタいいマネージャーになれるよ」
「え、でも、私、もう3年目……」

先の発言、安藤は褒め言葉として言ったのだろうが、彼女は「まだマネージャーとして認めてもらってないの?」と思ってしまったようだ。
……あ〜あ、目に見えてヘコんだじゃねえか。どうすんだ安藤。

「あー、スマン」
「……」
「……訂正する、アンタいい嫁さんになれるよ。……これでどうだ?」
「え……えええっ?」

安藤の言葉を聞いた瞬間、ポッと赤くなるマネージャー。今度は目に見えて照れているのが容易に見て取れた。
そして彼女は恥ずかしそうに身体をクネクネと動かし、チラリとこっちを見ては再度クネクネと動き出す。
……何で?

「さ、これでよし……と。いいかオメエら、次こんなアホな事をやらかしたらタダじゃおかねえからな?」
「は、はいっ」
「うっす」

と、そうこうしている内に鼻血治療が終わり、安藤達がすっと立ち上がる。
それを見たマネージャーは「あ、そういえば……」といった感じで俺の元へと近付いてくる。どうやらさっき呼ばれた事を思い出してくれたようだ。

「あの、さっき私を呼んだのって……?」
「うん、実はさ、ちょっとしたトラブルが――」

さすがに少し恥ずかしいので、出来れば安藤達がいなくなってから話したかったのだが、こう聞かれてしまっては素直に話すしかないだろう。

結局俺は安藤だけでなく、後輩2人の前で自分の情けない「魚の骨引っかかりトーク」をする事になった。



「……なるほど、そりゃ大変なことで」
「茶化してくれるな安藤。結構ツラいんだぜ?」
「そりゃそうだろうけどよ、何かこう……間が抜けているというか、詰めが甘いというか……。ペットボトルをナイスチャッチするまではいいんだけどな」
「うっせえ」

事の経緯を説明する事数分。
一通りの事情を知った3人の中からまず安藤が口を開き、それに対して情けない弁明をする俺がいた。

「わかります、それ。気にしすぎると吐きそうになるんですよね」
「マジで大丈夫ですかキャプテン?」

……あ〜あ、後輩にまで心配されちゃってるよ、俺。
しかも心配してる後輩、鼻栓したまま喋ってるのね。何かやるせなさというか情けなさがさらに増してるような……

「ま、そんな訳でマネージャー、ノドに刺さった骨を取れるような食べ物とか持ってる?」
「た、食べ物ですか……?」
「うん、勿論他に何かいい案やアイテムがあればそれでも全然構わないんだけど……」
「いいアイテムってどんなだよ?」
「知らねえよ、細長〜いピンセットとかじゃねえの?」
「うわ、テキトーだなオイ」

俺は安藤が入れてきた横ヤリを軽くあしらい、バックの中を調べるマネージャーをすがるように見つめる。
彼女なら、部のためにこんな大きな荷物を持っている大宮ならきっと何とかしてくれるような気がする。いや、きっと何とかしてくれるに違いない。

「そ、その、あの、そんなに見られると恥ずかしいんですけど……」
「あ、悪ぃ。つい凝視しちまった」
「ついって……」

そんな妄想に近いものまで混じった俺の視線に、マネージャーも少々困惑気味。
……いや、困ってるっていうか照れてる?

「おい津田、視姦するのも程々にしとけよ?」
「なっ、しししし視姦!?してねえよ、そんなのしてねえって!」
「おー、慌ててる慌ててる」
「……(ぽっ)」
「こっちはこっちで照れてるし……」

もう付き合いきれんわ、と言った感じの安藤。
っていうかマネージャーも何で照れてるんですか、と。

「……あ」

と、その時マネージャーが声を上げる。
どうやらバックの中から何か見つけたようだ。

「あの、こんなの発見しました」
「ほうほう、アメ玉ね。しかも結構大きいヤツだ」
「ええっと……全部で3個、あります。……少し、熱で溶けてますけど」
「アメか……」

う〜ん、考えてもなかった食べ物が出てきたな。
俺の頭の中にある「ノドに刺さった骨を落とすために飲み込む食べ物」といえば真っ先に米が浮かぶため、お菓子にカテゴライズされるものはノーマークだった。

「いや、かえっていいんじゃね?」
「何がだよ?」
「その溶けかけたアメ玉、3つ全部口に入れて合体させるんだよ。……で、一気に飲み込むんだ」
「あ〜、なるほど」

安藤の意外とも言える良案に対し、素直に頷く俺。
見ると後輩2人もうんうんと首を縦に振っていた。

「よし、やってみるかな。……マネージャー、悪いけどこのアメもらうぜ?」
「は、はい、どうぞ」

そう言ってマネージャーは持っていたアメ玉を丁寧に手渡し、「上手く行きますように」的な表情で俺を見つめる。
……う〜ん、こりゃ失敗出来んぞ。

「さて、と。まずは全部袋から出して……って、また微妙に食い合わせの悪そうな味が3つ重なったなあ」
「う、すいません……。やっぱりキャプテンもそう思いました?」
「ああ、さすがにコーヒーとパインとベッコウ飴の三身合体はマズイと思うで?」

そう、俺がマネージャーから手渡されたアメはそれぞれコーヒー味、パイン味、そしてベッコウ飴の3つ。出来るなら別々に口にしたい味だ。

「う〜ん、コーラ+レモンとか、オレンジ+ヨーグルトとかなら躊躇わずにいけるんだけどなあ……」
「いやいや、ここは逆転ホームランを狙うべきだって。もしかしたら美味いかもしれんぞ?」
「人事だと思って適当な事を……」

いいや、もうコイツの相手などしてられん。さっさと骨を取って練習に戻らないと。
俺はそんな強い意思の元、やけにベトつく3つのアメ玉を掌に乗せ、パクッと口に入れる。

「お、意外とすんなり」
「キャプテン、漢っすね〜」
「あ、あの……、もし美味しくなかったら吐き出してもいいですよ?」

俺の行動、そして表情の変化まで見落とさないよう、じいぃぃと見つめてくる4人。
……別にアメ玉を舐めてるだけなんだからさ、そこまで観察すんなよな。

「……」

しっかしアレだな。独創的な味というか何と言うか……
とりあえず極限まで簡略化すると「マズい」の一言で片付けられるね。っていうか身体が微妙に拒否反応を起こしてやがる。何か飲み込もうと頭で思っていても、口が上手く動かねえの。
う〜ん、恐るべしコーヒー&パイン&ベッコウ味。

「お、苦しんでるな」
「ヤベ、見てるこっちが気持ち悪くなってきた」
「キャプテン、これ……」

好き放題言ってくれる安藤&後輩2人。
しかしマネージャーだけは真剣に心してくれているようで、数枚のティッシュを重ねたものを俺にそっと手渡してくれた。

……マネージャーの行為は嬉しいが、ここは気合と根性で飲み込もう。
俺は一瞬その折りたたまれたティッシュの上に、口内で生まれつつある新種の劇薬を吐き出そうかとも思ったが、このアメをくれたのも彼女なんだと言い聞かせ、痩せ我慢という名のプライドと共にそれを飲み込んだ。

……ゴクッ

「うわ、飲んだ!今ゴクッて聞こえた!」
「キャプテン、大丈夫っスか?」
「……(おろおろ)」

と、ぞれ反応を見せるギャラリー達。
だからアメ玉飲み込んだだけだっつーの。俺はそう心の中でツッコミを入れ、実際に同じ言葉を口に出そうとしたのだが、それより先に何か別のものが出てしまう。

「……うっぷ」

何だろう、この嗅ぐ者を不機嫌にさせる香りは。
俺は自分の口から漂う匂い、コーヒーメインのやけに甘ったるい匂いにやられつつ、しゃっくりでもゲップでもないものを漏らす。

「うわ、汚ねえなオイ」
「リバースとか勘弁して下さいね?ここ部室と違うんですから」

うっせえ、判ってるよそんなコト。もし吐いたらどうせ「キャプゲロ」とかいう不名誉な名前が付くんだろ?さっきの「キャプゲリ」もそうだが、そんな俗称で呼ばれてたまるか。
……っていうか部室なら吐いてもいいのかよ?

後輩の言葉にそんな疑問を投げかけつつ、俺は気合と執念と言い聞かせで胃からこみ上げてきていた酸っぱいものを何とか落ち着かせる。
……うん、確かに腹の中は昼食の春巻と唐揚げと米に甘いアメが混じって大変な事になってるが、何とか大丈夫みたいだ。
で、肝心なのは……と。

「……で、どうよ津田?ノドの骨は取れたんか?」
「……(どきどき)」

俺の次なる発言、骨は結局取れたのかどうかを聞こうと同時に顔を近づけてくる部の面々。何でこういう時に限って試合でも見せないコンビネーションを見せるかな。

「……あ、ダメだ。まだ骨が残ってる」
「ええええ〜」
「マジっすか、じゃあアメ飲み込み損じゃないですか!」

作戦失敗の報告に何故かマジで悔しがるみんな。
……いやいや、別にオメエらは困ってねえだろ。

「あ、あの……」
「ん?」
「これからどうするんですか?私、もう食べ物とか持ってませんよ?」
「そうか……」

参ったな、もう他に思い浮かぶ手段がないぞ。
俺は心配そうに見つめるマネージャーに対し、「大丈夫、気にすんな」的な事を言いたかったのだが、残念ながらそこまでの余裕は持ち合わせていなかった。

「……う〜ん、こうなったらアレだな」

もう他に手段はない、とか言っていた俺だが、最後にダメ元で1つ、ちょっと試してみたい事があったので、それを実践してみる事に。
まあ苦し紛れの手段なので全く信頼出来ない&ハナから成功を期待していなかったのだが、それでもやらないよりはマシかなと思い、一応みんなにも喋ってみる。
……何か変に興味持っちゃったみたいだしね。

「お、どういう手段があるんだ?」
「それって俺達も手伝えます?」
「ああ、まあ、その何だ、完全に他人任せだし、成功する確率があるかどうかも微妙なんだけどさ」
「何だ歯切れ悪いなオイ」
「仕方ねえだろ、自分でもどうかな?って思うような案なんだから」
「ダメ元にも程があるな……」

はあ、と軽く息を吐く安藤。しかし呆れた素振りを見せたのも束の間、すぐに話を真面目に聞く姿勢を見せる。

「さ、聞かせてくれ。出来る限りの協力はするぜ?」
「私も頑張りますっ」

安藤の言葉に続き、マネージャーも協力を申し出る決意表明をする。
……いや、そこまでされるとかえって言いにくいんですが。

「ええっと、その、スゲーくだらない思い付きになるんだけどさ、俺をメチャクチャビックリさせたら治るかな、と」
「……はあ?」
「うっ、視線が痛い」
「……キャプテン、それ、しゃっくり……」
「だよな。オメエ何考えてんだよ?」
「いや、その、驚いた瞬間、ノドからポーン!と骨が飛んでくるかな〜なんて思ってみたりして」
「……いやいや、マンガじゃねえんだからさ。ポーン!じゃねえよ」
「面目ない……」

だから話半分で聞いて欲しかったんだって。
それをみんなして最後の手段!みたいなカンジで期待して聞くから〜
と、俺は心の中でボヤキというか言い訳のようなものを始める。
そんな中、ふとマネージャーを見ると、何やら真剣に考え込んでいた。

「……ビックリ、ビックリ……」
「ん、どうしたマネージャー?」
「っ!?」
「いやいや、マネージャーが驚いてどうするんだよ」
「す、すいません〜っ」

どうやら彼女は無意識に考えを口にしていたらしく、それを聞かれた事に驚いているようだった。
……う〜ん、何か今日はいつにも増してオモシロ可愛いぞ。
俺はそう思いながらマネージャーをチラリと見てみる。

「……ビックリ、ビックリ……」

って、また口に出して言ってるし。
まあさっきよりは小声になってるけど、フツーに聞き取れるって。

何だろう、俺を驚かせる秘策でも練っているのだろうか?
もしそうだとしたら是非是非、試してもらいたいな。

「あ〜、こりゃマジで面倒な事になってきたな〜」
「何かその言い方だと、始めは全然大変だと思ってなかったように感じるんだけど?」
「ああ、最初は「うわ、津田アホ!」くらいにしか見てなかったからな」
「……それ、ひどくね?」
「ああん?実際アホやろ?」
「言い切った!この人言い切った!」

ズバリと斬り捨てる安藤に食い下がろうとする俺。
そこにはもうキャプテンと部員といった構図はなく、同じく威厳めいたものも一切なくなっていた。

「……ビックリ、ビックリ……」

と、俺と安藤がそんなやり取りを繰り広げている最中も、ずっと何かを考えている様子のマネージャー。
さっきから同じ単語を口にしているが、頭の中ではそのビックリさせる手段のシュミレートでもしているのだろう。微妙に表情が変化している。

「……ビックリ、ビック……はっ!?」

ん?急に赤くなったぞ?
……っていうか何を考えてるんだ彼女は?

俺を驚かせる手段ではなく、全く別の事が展開しているのだろうか?
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、さっきからチラチラと俺に視線を向けてくる辺り、きっと何か考えてくれているのだろう。

どうしよう、ちょっと聞いてみようかな?
そう思い、俺がマネージャーに話しかけようとした時だった。

ガラガラガラ……

またしてもドアの開く音。
この時間に視聴覚室に用事がある生徒がいるとは思えないし、そもそもここは常にカギがかかっている
と、いう事は……

「……どうした、また誰か鼻血でも出したのか?」

現れたのは体育館で練習をしているはずの部員達。しかも今回はかなりの大人数……いや、もしかして全員か?

「あ、その、安藤さん達、遅いな……と」
「こっちでもケンカが始まったんじゃないか、ってコイツが言うもんで」
「ちょ、オレのせいにすんなよ」
「違いますよキャプテン、別に練習をサボろうとか、そういうつもりは……」
「……と、まあこんな感じで騒ぐんで、連れてきちまった。テヘ」
「ヘテ、じゃねえよ……」

おいおい、本来仕切るべき立場にある3年生まで一緒になって……
そりゃ大会でもいい成績出せんわな。
俺はこのチームのコート外での団結力?にガクリと頭を下げる。そういえばさっきも同じような気持ちになったような……

まあどうせそんな事だろうと思ってたさ。
何かドアを開ける時からして緊急感がないというか、変に遠慮がちというか、そんな感じがあった。
……これも「みんな仲良し」と好意的に……取れねえよなあ。

「で、キャプテン、宇治原達の具合は?」
「ああ、安藤がしっかり治療したし、仲直りもした」
「そうっスか。でもその割には戻ってくるのが遅いような……?」
「ま、その辺はちょっと色々あってな」
「色々?」
「あ〜、まあ気にすんな」

微妙に言葉を濁す俺。
さすがに「自分のノドに引っかかった魚の骨を取るためにアメを飲んでた」とは言えない。
ここは適当に誤魔化してみんなを体育館に戻さな――

「実は津田がノドに骨詰まらせてさ。ったく、急いで弁当食うから……」

ええええ〜?言う〜〜?

思わずどこぞの即席ジョンソンの真似をしてしまう俺。
そりゃないぜ安藤。っていうか簡単にバラしすぎだよ。俺にも立場ってもんがさあ……

「マジっすかキャプテン?」
「で、もう骨は取れてたんですか?」
「いや、まだ……」
「おいおい、大丈夫かよ津田。今日は元々練習に遅れるかも、って言ってたじゃん。急がなくてもよかったんだぜ?」
「そうですよ〜」
「す、すまん……」

あれ?普通に心配されてる?てっきりバカにされるとばかり……
俺は拍子抜けというか肩透かしを食らったというか、部員達の予想外の反応に首を捻る。

「まあアレだ、これで普段オメエがしっかりキャプテンやってる、って事が証明された訳だ」
「そう……なのか?」
「あ〜あ、オメエの悪い所はここだな。頑張ってるんだから評価されて当然、それなりにみんな慕ってるっちゅう話で」
「……(こくこく)」

安藤の言葉に隣にいたマネージャーも首を縦に何度も振っている。
そっか、そうなんだ……

「……で、安藤先輩、これからどうするんですか?やっぱキャプテンには病院にでも?」
「いや、そこまで大袈裟なもんでもねえだろ。それに本人がさっさと治して練習に参加してがってるからな。ここで解決出来る方法を探してた」
「今までどんなの試したんです?」
「ええっと、まず全力で咳き込んでダメ、米を噛まずに飲み込んでダメ、アメ玉3つを一気に飲み込んでダメ……ってトコか」
「う〜ん、微妙っすね」
「俺もホントそう思うよ。……で、さっきから半分手詰まり状態になってさ、なんつったって苦し紛れに津田が出した案が「俺をビックリさせれば骨が飛んで出てくるかも」だからな」
「…かなり追い詰められてるじゃないですか。っていうか驚かせるのはしゃっくりを治す方法でしょ?」
「ああ、その通り」

ううっ、後輩にも同じ事言われてる〜
だから苦し紛れだって、思い付いた事を喋ってみただけなんだって……

「でも、もう他に手段が見当たらないんですよね?」
「まあな」
「じゃあやってみましょうよ」
「……は?」

後輩の言葉に思わず素で聞き返す俺。
何をやらかす気なんだね君は。

「第1回、チキチキ!バレー部主将を驚かせて骨取っちゃえばいいじゃん大会の開催ですよ」
「……いやいやいやいや」

どうしてそういう方向性に走るんだよ。
っていうか練習しようぜ。
俺は手を額に当て、そのまま力なくガクリとうなだれる。
しかしそんな俺の反応とは裏腹に、他のみんなは意外と乗り気……というか完全にその案に賛成の方向でいた。
……あ〜、顔がマジだ。本気で楽しもうとしてるぞコイツら。

「……なあ津田?」
「わかってる、わかってるさ……」

この空気、読めるよな?と言いたげな安藤に対し、敗北宣言を出す俺。
ああ、結局俺は骨を取るという大義名分の下、みんなに遊ばれるのか……

「大丈夫ですって、みんな真面目にやりますから」
「そうですよ、キャプテンを思っての事なんですからね」
「まあ多少は悪ノリしてる感もあるんですが」
「……正直な意見をありがとう、涙が出そうだ」

こうして練習そっちのけ、バレー部全員による俺を驚かすイベントが始まる。
……いや、始まってしまう、の方が適切か。
え〜っと、何だっけ?第1回、チキチキ!バレー部主将……って、名前はどうでもいいや。
俺は半ばヤケクソでこのイベントの開催を許可&主賓に落ち着く事に。
……全っ然嬉しくねえけど。



「さ、それじゃ始めようか」
「ふ〜ん、やっぱ司会はオメエな訳な」
「まあね」

ご丁寧にペンケース(マイクの代わりと思われる)まで持っている安藤に冷めた視線を送る俺。しかし安藤はそれを簡単に受け流し、司会進行を勤めようとしている。
……うん、コイツは放送部にでも入るべきだ。っていうか今すぐ入りやがれ。

「そんじゃ我こそは!ってヤツはいるかな?見事キャプテンの骨を出した挑戦者には「堂々とサボれる券」を3日分プレゼントだあ!」
「ちょ、テメー!」

何がみんな俺を慕ってるだ、商品を聞いて喜んでるヤツだらけじゃねえか。
……くそ、覚えてろよ。
いや、その前に何を勝手にサボれる券を発行してんだよ。そういうのは俺の了解が必要なんじゃねえの?

「はいはい、黙ってー」
「ええええ?邪魔者扱い〜?」

あまりにも自然に俺をあしらう安藤。気付くと俺もそれに従ってるし……
何だかなあ。

「先輩、オレやってみるっス!」
「お、そんじゃトップバッターは赤塚!」

と、手を挙げて俺の前に立ったのは2年の赤塚。コイツは中々の曲者で、普段から俺を困らせてくれるヤツだ。
はてさて、何をやらかすのやら……

「ええっと、キャプテンに報告です。……この前、部室の天井に穴を開けてしまいました」
「はあ!??」

赤塚の言葉に大声で聞き返す俺。
確かにかなり驚いたが……何してくれてるんだよオメーは。

「ちょっ、待てよ。そんな穴が開いてるなんて知らねえぞ?どのくらいの大きさの穴を開けたんだ?」
「ええっと、バレーボールと同じ大きさです。っていうかバレーボールで開けた、みたいな?」
「みたいな?じゃねえよ!いいからちゃんと説明しろ!」
「先月なんですけどね、部室に置いてあるマシーン、あるじゃないですか」
「ああ」

マシーンというのはボールを高速で噴射する、バラエティの罰ゲームとかでよく見るアレの事。
ウチの部で一番高価な練習機具だ。

「あれ、最近全然使ってないんで、ちょっと動かしたくなったんですよ。……で、ついでだから最速に設定したらどれくらいの威力かな、と思いまして」
「……」

俺、無言。
もういい、完全に理解した。……このアホが。

「で、どうやって穴を塞いだ?」
「いえ、塞いでません。隠しました」
「隠した?」
「はい、美術部のダチに頼んで紙に天井と同じ柄を……」
「オメーな……」

ああ、出来れば引退するまで聞きたくなかった。夏の大会が終わった後なら俺の責任じゃないのに……

と、テンション大幅ダウンとなってしまった俺。
……ちょっと待て、もしかしてこれからずっとこんな報告を聞くのか?

「はい、終〜了〜。さあ津田さん、骨は出て来ましたか?」
「……出ねえよ」
「残念!赤塚、失格〜!」

いやいや、失格とかそういう問題じゃねえよ。
後で報告に行かなきゃ、謝りに行かなきゃ……

「さあ、気を取り直して次の挑戦者はいないか!?今喋っておけばお咎めナシだよ!?」
「……怒るよ、思いっきり叱るよ」

っていうかもう堪忍してください。マジでマジで。
まさか1人目でここまでの精神的ダメージを受けるとは……
俺は早くもギブアップ寸前、この企画で得られるメリットよりデメリットの方が断然多い事に気付き、即刻閉幕を求めようとする。
しかし既に次なる挑戦者として名乗りを挙げている部員が数人おり、また場の盛り上がりっぷりがそれを断念せざるを得ない状況になっていた。
……くっ、このイベント大好き集団が。

「よ〜し、それじゃ次は三笠!」
「うっす」

続いての挑戦者は三笠、長身の3年生でウチのアタッカーである。
コイツとは1年の頃からの付き合いだからな、色々と俺の過去を知ってる手前、何を言い出すか判らん。要注意だ。

「津田、サボリ券は俺がもらうぜ?」
「……あのなあ、次の大会で引退なんだから、3年のオメエはサボんなよ……」
「ちげーよ、券をゲットしても俺は使わねえ」
「……え?」

どういう事だ?
俺は三笠の発言に首を傾げるが、すぐに仮説が浮かび上がる。
もしかしたら三笠は誰もサボらせないために名乗りを上げ、券を手にしたら使わずに封印するのでは――

「いいヤツ!三笠いいヤツ!」
「はあ?何言ってんの?」
「へ?」
「後輩に売るに決まってんじゃん。バラ売りにも応じるっちゅうねん」
「……」

ああああ、少しでも期待した俺がアホやってん。
そうだよ、三笠は部活一の守銭奴じゃねえか。
くそっ、転売目的とは……

「さて、そんな訳で津田を驚かせる話に入らせてもらいますが……」
「……」

刺さった骨が取れなくてもいい、コイツの話で驚いたら負けだ。何としても平全を装ってやる。
……と、もはや正規の目的を完全に見失う俺。
いいさいいさ、こんな自分がちょっぴり好きさ!
……キャプテンとしては失格だけど。

「え〜、先月ウチの学校で起きた「無断侵入者を警備会社のセンサーが察知、パトカー出動騒ぎ」ですが、犯人は俺です」
「ぶっ!?」

驚かない、決して声を出さない。
そう決意し、固く閉ざしていた俺の唇。しかし三笠の口から語られた話の衝撃の大きさにその堤防は脆くも崩れ去り、思いっきり息を噴出してしまう。

「おい、それはマズイだろ!こんなトコで発表しないで、卒業するまで胸にしまっておけよ!」
「いや〜、ガマンはよくないって。暴露したらスッキリしたよ♪」
「オメエがスッキリした分、ここにいるみんなに重荷がズシンとのしかかったんだよ!」
「大丈夫大丈夫。……なあみんな、今の話、ここにいるヤツ以外には言わないよな?」

笑顔で他の部員に話しかけ、同意を得ようとする三笠。
しかしさすがに話題がヘビィすぎる……というか笑えない内容のため、全員目を伏せて黙ってしまう。
……そりゃあニュースや新聞でも取り上げられたし、学校側も1ヶ月くらい見回りしたもんな。それをイタズラでしたなんて言えないって。
っていうかバレたら廃部確定じゃね?

「……あのさ、あんま聞きたくねえけどさ、何で学校に忍び込んだん?」
「それが結構複雑な事情があってさ。あの日って中間テスト、あったじゃん?」
「ああ」
「その時のテストで1教科、名前を書き忘れたっぽい科目があってさ。不安になって職員室に忍び込んだ訳ですよ」
「……勇気あんな、三笠」
「……(こくこく)」

俺が口を開く前に安藤とマネージャーが先にリアクションを見せる。
……まあ別に俺の反応が出遅れたのではなく、呆れて何も言う気がなかっただけなのだが。

「……で、どうだったんだよ?」
「ああ、俺の勘違い。しっかり名前書いてた。……で、仕方ねえから空欄にして提出した問題を数問埋めて帰って来た、と」
「おいおい……」
「ズルイよ、三笠君……」

いやいや、ズルイとかそういう問題か?
俺はやっぱりどこか的の外れたマネージャーのコメントにツッコミを入れつつ、何ら反省してない様子の三笠を見る。

「頼むからもうやめろよ?何があっても忍び込むな」
「へいへい」
「あとみんなもアレだ、この事は何があっても喋るなよ。いいな!?」

こればっかりは外部に漏らす訳にはいかない。俺は真剣な顔で部員全員に注意する。
さすがにみんなもこの俺の呼びかけには素直に応じてくれた。
……ったく、何でこんな知りたくもねえ秘密を共有しないといけねえんだよ。




こうして強烈なネタ……というか暴露合戦となった第1回チキチキなんとか、その後も負けず劣らず危ない話が飛び交った(もうヤツらを信頼出来ないかもしれん)が、一向に俺のノドに刺さった骨は抜けなかった。
……やはり驚かせるだけでは無理なのだろう。

「……さ、もうそろそろみんなネタ切れか?」

司会役の安藤が挑戦者を募るが、誰も手を挙げようとはしない。
まあこれ以上危ない話は聞きたくないので、願ったり叶ったりの状況なのだが。

「……」

……ん?

その時だった。
ふとマネージャーに視線を向けると、何やら真剣な表情に。
悩んでいるような、それでいてドキドキしているようにも見えるマネージャー。
一体何を考えているのだろうか?

……まさかマネージャーまでネタを披露するつもりじゃねえだろうな。
俺は急に不安になり、マネージャーの顔をじぃぃっと見る。

「……っ」

その視線に気付くマネージャー。すると瞬時に頬を赤らめ、両手で顔を隠す。
……いやいや、そのリアクションはおかしいやろ。
こっちは「変な気は起こすな、これ以上俺の寿命を縮めないでくれ」という思いを込めて飛ばしているんだ。照れないでくれ。

「ふう、さすがにもういないか」

そう言って安藤は頭をポリポリと掻き、マイク代わりに使っていたペンケースを机に投げ捨てようとする。
するとその瞬間……

……スッ

「……え?」
「お」

マジ?何で手を挙げるの?といった感じで声を出す俺と、最後の最後で面白い挑戦者が現れたぜ、と喜ぶ安藤。
……どうしたんだ、なぜこのまま終わらせない?

俺は信じられない、といった感じでマネージャーを見る。
他の部員も同じような思いなのか、「……参加するんスか大宮さん?」みたいな目で見ていた。

「え〜、ここにきて予定外の挑戦者です。それでは大宮マネージャー、張り切ってどうぞ!」

一度は手を離そうとしたマイク(まあ本当はペンケース)を握り直し、司会業に戻る安藤。
……だからオメエは今すぐ放送部に入れってんだ。

「……」

放送部移籍はさておき、安藤の言葉を受けて俺の前に立つマネージャー。
しかしその表情は固く、とても今からネタを披露するようには見えなかった。

何かを覚悟したような、でもまだどこか躊躇いがあるような……
マネージャーはそんな心の揺れっぷりが容易に判るような目をしていた。

「……あれ?どうした大宮?」

その様子に安藤も気付き、素で言葉をかける。
しかし彼女は何も反応を見せず、ただ俺の顔と床を交互に見るだけ。
そして時折目を閉じ、深呼吸をする……という行動を何回か繰り返した後、ようやくマネージャーが口を動かす。

「……あの、キャプテン」
「は、はい」

なぜか敬語になってしまう俺。
何だ、こっちまでドキドキしてきたぞ。

「……あの、その……」
「……」

……ゴクリ。

マネージャーが発する言葉の1つ1つに集中するあまり、思わずノドを鳴らしてしまう俺。
するとやっぱり骨による違和感、ちょっとした痛みがある訳で、改めて俺はここで何のためにこのイベントが開催されているかを実感する。

……もしかたらマネージャー、本気で俺を心配してくれて……?

「……あの、ですね」
「お、おう」

今度は何とかいつもの返答。
しかし妙な緊張は相変わらず。

「……好き、です」

「……」

「……」

「……」

……無言。ただひたすらに無言。
大宮も、俺も、安藤も、他のみんなも。

「……」

「……」

「……」

まだ続く無言の応酬。
だが俺の頭の中では次第に正常な動きを見せ始め……

――プチ。

緊張の糸が、それまで続いていた沈黙が、ここで切れる。

「……ええええええええ!?」

――ポーン!

大声の後、何かが俺のノドから飛び出した。
しかし、今はそれより何より、目の前でいきなり始まったマネージャーの告白に驚き、その飛び出たものを確認するような状況ではなかった。

「……好き、です」

「なななななななな」

もう一度、ストレートな言葉が俺に向けられる。

え?さっきのは何かの聞き違い?
そう聞こうとした俺の出鼻を挫く、ハッキリと聞こえた「好き」という言葉。

「……あ、でも、その、えええ?」

言葉にならない言葉を発する俺。
自分でも何を言っているのか、何を言えばいいのか判っていないが、とりあえず口の動きが先行してしまっている。

「……いや、だってさ……」
「……」
「……マジ?」
「はい」

キッパリと言い切るマネージャー。
ネタ……だよね?と聞こうとしたのだが、それがネタでない事は俺も十二分に知っていた。いや、知っていたというか気付いていた。

それに彼女はこんな事を冗談では言わない。
これは本気だ。
それを俺が「ネタでしょ?」何て言える訳がない。もしこの状況でそんな事を口走れるヤツがいたら、そいつはただのアホだ。空気を読めない大馬鹿野郎だ。

「……あの、本当は、もっと別の形で、しっかり自分の気持ちを伝えたかったんです」
「……」
「……でも、私、こんな性格だから……。何かきっかけがないと動けないから、告白する事にきっかけがないとダメな子だから……」

必死に想いを伝えようとしてくるマネージャー。
その痛いくらい真っ直ぐで、かなり不器用な所が。
いつもしっかりマネージャーの仕事をしている彼女とのギャップが。
その全てが頭の中でグルグル回って、巡って、次々と現れて……

「……あの、こんな形ですけど、私、本気ですから。ずっと、ずっと前から思ってた事ですから……っ」
「……うん、判るよ。それくらい、俺にも判る」
「……え」
「あ、いや、俺を好きだった、ってのは今初めて知ったんだけど、マネージャ……じゃなくて大宮が本気なのは判る」
「……」

喋っている内にじわじわと上がっていく体温。そして微妙に回らなくなっていく口。
でも、きっとそれは俺より彼女の方が重症なんじゃないか、彼女の方が全然俺よりドキドキしてるんじゃないか、と。

まるで自分の周りだけ空気が薄くなったんじゃないか、そんな錯覚にも似た状況の中、俺は、自分を好きだと言ってくれた彼女を、大宮あずさをしっかりと見つめる。

ずっと好きでした、と言う彼女。
それはとても嬉しい事、光栄な事。

でも、俺はどうなんだろう。
そりゃあ嫌いじゃないし、話していて楽しいと思う。

「……あの、怒って……ます?」
「いや、全然」

ゴメン、色々と考えてた。
そう、心の中で彼女に謝る。

……くっ、こんな経験した事ねえからな。
全然判んねえ。どうしたらいいんだよ。

悩む俺、悩みまくる俺。
考えても考えても、全く何も浮かばねえ。
っていうか何をどうしたいのかも把握してないかもしれん。

「……あ、あの、津田君?」
「ん?」
「やっぱり急すぎた……よね」
「い、いや、そんな事は……」
「ゴメンね、何か変な空気に、なっちゃったね……」
「んな事ねえよ」
「……」
「少なくとも俺は嬉しい。変な空気なんか全然感じてねえ」
「……」
「そりゃあ少しは……っていうかメチャクチャ驚いたけど、嫌な気はしてねえ。これだけは自信を持って言える」
「……」
「出来ればこの流れで、大宮の気持ちに対しても自信を持って答えれたらいいんだけど……。悪ぃ、俺、結構ヘタレだから、そこまでは……」
「そんな、いいよ……」

あ〜あ、何言ってるんだ俺は。
向こうに気を使わせてどうする!?思った事を素直に言えよ!!

「でも!」
「……っ」
「大宮の気持ちには答えれると思う。今は正面切って「俺も好きだ!大宮が思ってる以上に好きだ!」なんて事は言えないけど、じきに言えるような関係になれる……ような気が……する」
「……」

うわ、カッコ悪ぃ。全然決まらねえ。
最後は言い切ろうぜ、俺。
ような気がする、とか言うなよ……

「悪ぃな、煮え切らねえ返事で」
「ううん、嬉しいよ。すごく嬉しい……」
「……そっか。……ありがと、な」
「うん!」

……何か、急な展開で、全く持って格好の付かないやり取りだったけど、結構イイカンジに収まったかも。

目の前には俺を好きだと言ってくれた彼女がいる。
そして俺は彼女の気持ちに答えた。
傍から見れば、いや、俺本人としても煮え切らない、世辞にも褒められた返答ではないだろう。

でも、それでも。
俺は、一切嘘は吐かなかった。

全て本心、全て自分がその時思った事を言った。
それが果たしていい事なのかは判らない。
でも、嘘を吐いて、体裁だけ取り繕うよりは全然マシだと思う。

「まあ、そういう訳なんで、これからは彼女としてもよろしく、という事で」

だから、これでよかったんだと思う。

「うんっ!」

……だって、こんなにも彼女は喜んでいるのだから。




「あ〜、そういやさっき、俺のノドに刺さってた骨、抜けたな」
「え、ホント?」
「おう、最初に好きだって言われた時に抜けたっぽい」
「じゃあ本来の目的も達成されたんだ。よかったね♪」

おかしな流れで開催された俺の骨を驚かせて取ろうイベント、そしてこれまたおかしな……というか予想外の展開で起きた告白タイムを経てカップル誕生となった俺と大宮。
最初は回りも戸惑っていたみたいだが、そこはノリのいい&勝手知ったる仲の部員達。すぐに大盛り上がりで祝福、そしてそれ以上の冷やかしが入り、早くも俺と大宮の関係はバレー部内公認の仲になった。

そして今、まだちょっと恥ずかしいが、俺のすぐ隣に大宮(ゴメン、まだ下の名前では呼べねえ)がいる。
いや、いるというか手を繋いでいる。部のみんなの前なのに。

……ちなみに今日の練習は強制的に終了。
何やら記念日扱いになり、凄まじい早さでネットやポールが片付けられ、なぜかその後、視聴覚室に戻って集まっていた。
……とりあえず記念日って何だよ。
いや、まあ嫌な気はしないけどさ。
う〜ん、アホ発言だ。

「抜けたも何も、津田の言ってた通り、ポーン!って飛んでやんのな。あれにはビックリしたぜ。俺も何かノドから出そうだったもんな」
「……ウソつけ」
「ははははは」

最初に俺達を祝福し、また最初に冷やかした安藤が冗談を言って笑わせる。
……そういや当初の目的は俺のノドに刺さった骨を取る事だったんだよな。
まったく、何がどうなるか判らねえもんだ。
俺は改めてこの数奇とも言える一連の流れを思い起こし、完全に結果論ではあるが、骨が刺さってよかったな、としみじみ感じる。

「……で、大宮よ」
「?」
「まあオメエの事だから大丈夫だとは思うけど、練習中にベタベタすんのはナシな。あくまでその時はマネージャーだからな」
「うん、わかってるよ」
「あと津田、オメエもな」
「は?」
「大宮が他のヤツに声援をおくってもイジけない、タオルやドリンクを労いの言葉と共に渡しても嫉妬しない。……オーケー?」
「お、おう……」
「何だ、ハッキリしねえ返事だなオイ」
「悪ぃ」
「まあしばらくはこっちも目を瞑ってやるからさ、大会前までには何とかしろよ?」
「わかった、約束する」
「……ん」

そう短い返事をすると、安藤はコクリと頷く。
……何かしっかりしてやがんなあ。こういうトコをまとめるの、ホントに上手いんだよな、コイツ。

俺は安藤らしい気遣いに感謝しつつ、ヤツの言う通り、しっかりと部活中とそうでない時の区別をつけようと決意する。

「……あ、そうだ」
「?」
「なあ大宮、一応オメエが津田の骨を取ったんだ、サボリ券を受け取る権利が発生してるんだが……いるか?」
「う〜ん、どうしよっかな?」
「おいおい、悩むなよ……」

っていうかその発券の権利、キャプテンである俺の意見なり権限が全く無視されたまま作られようとしてるんですが。

「その券があれば、堂々と練習を休んで津田君とデート出来るんだよね?」
「まあ、そうなるわな」
「迷っちゃうな〜。ねえ津田君、どうする?」
「うっ……」

思いがけない誘惑に言葉が詰まる俺。
いや、確かにそれは魅力、メチャクチャ魅力。
だがしかし、俺はキャプテンだぞ?そんな個人的な事で休むなんて、ましてやサボリ券なんて……

「お〜、悩んでる悩んでる。大変だな、津田」
「元はと言えばオメエが勝手に……」
「どうするの?貰っちゃっていいの?」
「いや!ちょっと考えさせて……じゃなくてだな、その、何だ」

……ああ、遊ばれてる。安藤だけじゃなく大宮にまで弄ばれてる……
何だよ、俺はこの部のキャプテンじゃねえのかよ。メチャクチャ弱い立場じゃねえか。

「はははは、大変だなキャプテン」
「テメエ、こういう時だけキャプテンって呼びやがって……」
「いいじゃねえか、幸せだろ?幸せなんだろ?」
「うっ……、そりゃそうだけど……」
「あ〜あ、こりゃ完全にノロけてるな。付き合いきれんわ」
「うっせえ!」

俺がそう言うと、周囲から笑いが漏れる。
横にいる大宮も、安藤も、そして部のみんなも。

……まあ、こういう上下関係のないフランクなスタンスもいいかもな。
俺はそんな事を考える。

そうだ、別に俺が無理して仕切らなくても、この部はちゃんと機能する。
きっと機能する。……多分、大丈夫。

最後は少しトーンダウンしてしまったが、まあそれはご愛嬌。
何と言ってもコイツらは部室の天井に穴を開けたり、警備システムを作動させるようなヤツらだ。油断は禁物である。

……が、基本的にはみんなイイヤツ、こうして仲良くやれている。
いい事、これは本当にいい事だ。

「……しっかし」

俺はそう言いながら立ち上がり、さっきまで俺がいた場所、告白劇の舞台となった場所へと向かう。
そしてしゃがみ込み、床をくまなく調べ始める。

「どうしたの?」
「ん、ちょっとな」

大宮の問いかけを微妙にはぐらかし、床をじいっと見続ける俺。
探しているのは勿論あの骨だ。

「……お、あったあった」

……ホント、この骨が刺さったおかげで、スゲー展開を見せてくれたぜ。
俺は自分のノドから飛び出た魚の骨を見つけ、拾い上げる。

「これが津田君に刺さってた骨?」
「そ。俺達にとって重要なイベントアイテムな」
「え〜、何か微妙〜」

確かに大宮の言う通り、これが2人を繋ぐアイテムだと思うと、何かショボく感じてしまう。
だが、この骨が、俺の今日の弁当に入っていたこの骨こそが、2人を引き合わせるきっかけを作ってくれたのだ。
……だったら大事にしないとな。

「この骨、2人の思い出として取っておくか」
「イヤー!そんなの思い出の品にしないでよー!」

……ま、大宮は嫌がってるけど。



                                           「ハート・ボーン!」 END










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