「はくいきしろく」



――ピピピピッ、ピピピッ

「はい」

……あ、何か久々に声出したかも。

そんな事を考えながら、俺は電話に出る。
事実、声が変に低かった。ビックリ。

『あ、もしもし〜?』

電話の相手は智香(ともか)、俺との関係は……まあ仲のいい友達、という事で。ご学友でも可だ。

「ういっす」

『今から遊びに行くけど大丈夫だよね?』

「おう」

『何か買ってきて欲しいものとかある?』

智香の問いに対し、「いや、特には」と答えようとする。
だが口を開く直前になって予定変更、きっと断られるに違いないが、ダメ元というか半分ネタで言ってみる。

「……灯油」

『ええっ? 無理だよ、そんなの』

「そうか、ならいい」

確か飲み物もまだ冷蔵庫に入ってるし、そんなに腹も減ってない。
今の俺にある欲求と言えばただ1つ、温もりが欲しかった。

『……ねえ、もしかして……』

「ああ、もしかする」

『そっか……』

うわ、めっちゃテンション下がった。
……っていうか呆れられた?

もはや暗号? と言わんばかりのやり取り、主語や名詞なんかあったもんじゃないが、2人の間ではしっかり伝わってる会話。付き合いが長いって便利だ。

『どうしていつも切らすの!?』

あ、ちょっと怒ってる。

……やっぱ智香も寒いのはイヤか。
俺はそう思いながらさっきから役目を果たしていない、本来であれば絶賛稼動中でなければならないストーブに目を向ける。

「いや、まさかここまで減ってるとは思ってなかった訳で……」

弁解。今シーズンに入ってもう3回はしているであろう弁解。
……まあ弁解というよりは言い訳に近いのだが。

『……はあ』

「そう悲しんでくれるな。俺だって寒い」

恨めしく見つめる先にあるのは、雪国には必需品とも言える灯油式のストーブ。
しかし今はその燃料である石油を全て使い果たし、巨大な室内温度計と化している。

……ちなみに表示されている現在の部屋の気温は……

「……う゛」

俺、フリーズ。
正直、見なきゃよかったとマジ後悔。部屋の温度はそれだけ低かった。

『どうしたの? 何か「部屋の温度表示が1桁になってビックリ」みたいな声がしたけど……』

「……」

『え? もしかして……?』

「ああ。もしかする」

『……そっか。寒いもんね、今日……』

あ、納得した。
いや、この場合は現実を受け入れた、になるのか。

『……あんまんとココア、買ってこよ』

「ああ、そうしとけ」

暖房器具が無い以上、身体を温めるには食べるのが一番。
ちょっと時刻的・カロリー的にどうかと思う組み合わせだが、寒さに凍えるよりはマシだろう。
……まあこれで智香の体重が増えた場合は俺がこっぴどく怒られる訳だが。

『それじゃ買物してから行くね』

「おう」

――ピッ

こうして会話は終了。
俺は適当な場所に電話を置き、毛布に包まる。

別に眠る訳ではない。ベッドに横になっている訳でもない。
普通に座布団に座り、テーブルの前にいるのだが、俺はすっぽりと毛布に包まり、頭だけを出していた。これぞ最強の寒さ凌ぎ、灯油が切れてしまった時における最大限の暖の取り方である。……いやいやマジで。

ピピピピッ、ピピピピッ

毛布包まり断熱法がどのくらい効果的か熱弁しようとしたその時、再び電話が鳴り出す。

……ったく、何だよ。人がせっかく「正しい毛布の包まり方」から始まる実用的かつありがたーいレクチャーをしようって時に……

「もしもし?(←語尾を上げて威嚇するように)」

『ああ、オレオレ……って、何でいきなり不機嫌そうな声なん?』

「将太(しょうた)か……」

『オメーな、相手も判らずに半ギレ状態で電話に出るなよ』

電話の相手は仲のいい友達……というか腐れ縁の将太。
勿論智香とも面識があり、よく俺の部屋に3人集まってはダラダラと時間を過ごしている。

……あ、一応説明しておくと、俺も智香も将太も同じ大学に通う生徒。全員一人暮らしをしているのだが、大学からの距離やら交通の便なんかの絡みで、いつも俺の部屋が集合場所兼溜まり場になっていた。
まあ別にそれが嫌だとは思わないし、どちらも気兼ねする事なく付き合える仲なので、どちらかといえばこの状況なり生活は好きな方だ。

「……で、何用かね?」

返ってくるであろう答えは予想済み、わざわざ聞かなくてもいい気がしないでもないが、それでも一応用件を聞いてみる。

『今から遊びに行くけど、何か買って来いみたいなの、ある?』

「……灯油」

智香と同じ質問をされたので、同じ返答をする。
それは何もおかしな事じゃない。ただ、所望する品がおかしいだけだ。

『……』

「……」

『……マジ?』

「出来ればウソであって欲しい」

『……おいおい』

将太も智香同様、今のやり取りで事情を大体理解したらしい。
色々と説明しなくていいというのは本当に楽だ。

「何とかなんねえかな、マジで」

『何ともなんねえよ、マジで』

少々投げやりな回答。
しかし俺はまだ希望を捨てずに食い下がろうとする。

「今どこ?」

『学校』

……しめた。

「じゃあさ、研究室辺りから――」

『無理』

うっ、即答かよ。
冷てえな、例え無理でも少しは乗れよ。

「それじゃあアレだ、近くのスタンドに――」

『入れる物がねえって』

「……」

今日の将太はどこまでもクール&ドライでいらっしゃる。
くそう、将太のクセになまいきな! 将太さんのエッチ!(←間違い)

「いいじゃねえか、そこらのペットボトルでも洗って持っていけよ!」

『うわ、逆ギレだよこの人……』

「研究員パスでも見せて「実験に使う」とか言って2リットルだけ買ってくんだよ! そうすりゃ暖かい部屋で遊べてソー・ハッピーだろうが!?」

『いやいや、売ってくれねえって』

「チッ」

『舌打ち!? 無理難題ふっかけておいて舌打ち!? 信じられねえ!』

アンタクレイジーだぜ! と言わんばかりの口調。
きっと電話越しでは大きなリアクション付き、両腕を軽く上げ、肩をすくめるポーズを取っているに違いない。アメリカのコメディーみてえだ。

「まあいいや、将太には多くを望まん。来るなら来い。……カギが開いてればいいがな!」

『ま、まさに外道!!』

ズキューン! という効果音が聞こえた……ような気がした。
そして画☆太郎タッチの将太の顔が見えた。これはマジ。

「ぷっ、将太ったらヨダレ垂らしまくりなのな。しかも全裸。ダメだよ、そんな格好?」

『……オメエもしかして勝手に俺を画☆太郎ビジョンで見てねえか?』

「……」

『……オイ』

「将太も智香もスゲーなあ」

『感心すんな!』

いつものやり取り、いつものツッコミ。
うん、やっぱこうじゃないと。

「まあそんな訳でアレだ、各自防寒対策を施すように、という事で」

『へいへい。……仕方ねえ、酒でも買ってくるか』

「ブランデーを買って首にかけて救助犬のマネをしてくれたら部屋に入れてやらなくもない。……あ、もちブランデーは樽入りな」

遭難はしたくないが、あのブランデーは飲みたい。
そんな些細な夢を叶えてもらうべく将太に打診してみるのだが……

ピッ

「あっ、切りやがった!」

くそう、非情な男め。
決めた、チーカマ(好物)を買ってこない限り部屋には入れん。

我ながらナイスアイディア、俺は脳内で今さっき可決されたばかりのチーカマ法案を施行すべく、玄関へと歩き出す。

……ズルズル、ズルズル

勿論移動中も俺は毛布を手放さない。
マントのように羽織り、それこそ王の風格を漂わせ。

「……うわ、何かホコリ吸い取ってる」

王の風格、2秒で崩壊。
見ると床に接している部分の毛布には細かいゴミが付着していた。

それはさながらクイックルなんとか。顕微鏡とかで見たらきっと毛布の繊維が見事にゴミをくっ付けて離さないようにしているだろう。

「……っていうか少しは掃除しろよな」

俺は半脱力気味にセルフツッコミを入れつつ、とりあえず毛布に付いたホコリを落とす。
幸い、パンパンと何度か叩くだけで簡単に落ちてくれた。

「よし、これでキレイになった」

美しさを取り戻した……かどうかはさておき、俺はホコリを落とした毛布に満足顔。そしてテンションが上がったついでにドラキュラ伯爵よろしくマント(毛布だよ)を広げ、ポーズを決める。

と、その時だった。

……ガチャ

「やっほー、遊びに来た……よ……」

何というタイミングの悪さだろう。
玄関の前、ドアを開けてすぐの所でマント(だから毛布だって)を翻していると、事もあろうにドアが開き、智香が登場。一瞬にして笑顔が凍り付くのが判った。……ちょっと恥ずかしい。

「……何?」

きっと言いたい事、問い詰めたい事はたくさんあるのだろうが、智香はそれらを一旦押し込め、完全に呆れた様子でそう問いかける。

「……熱烈歓迎」

「あっそ」

うわ、軽くスルーしやがった。
とっさの割には結構上手い返しだと思ったのに……

「……変質者のマネ?」

「バカな。ドラキュラ伯爵に決まってるだろ」

「ジーンズにパーカー、それに毛布姿で?」

「う」

くそう、ジト目が痛いぜ……
さすがにこの状況において、「そんな目で見てくれるなよベイベー」とか言う気にはならない。俺は素直に観念、全面的に謝罪する姿勢を見せる事にした。

「すいません、色々ありまして」

「……ドラキュラ、政樹(まさき)は寒くなるとドラキュラに……」

「頼む、その情報を頭にインプットするのはやめてくれ」

「玄関開けたら2秒でドラキュラ……」

「レトルトのご飯みたいに言うなよ」

くそう、今のちょっと面白いじゃねえか。
俺は智香の無意識から出たであろうセリフに少しジェラシーを感じてしまう。
……それもどうかとは思うのだが。

「もう、トラウマになるような事しないでよ。これからしばらくは覚悟を決めてドアを開けなきゃいけなくなりそう……」

「大丈夫、根拠はねえけど心配すんな」

「まったくもう……」

まだ何か言い足りなそうではあるが、結局智香はそのまま靴を脱ぎ始め、律儀に「おじゃまします」と言ってから奥の部屋に。
俺もその後を付いていく。……勿論毛布に包まった状態で。

「覚悟してたけど……やっぱり寒いね」

テーブルにコンビニの買物袋を置き、さっそくそこからココアを取り出す智香。
そしてプルタブを開ける……と思いきや、頬に当ててコロコロと缶を転がし始める。……何かスゲー暖かそうに見えた。

「だろうな。だから俺もこんな格好をしている」

「毛布、暖かそう……」

うっとりと、それでいて俺の身ぐるみを剥がそうとしているようにも取れる智香の言葉と視線。
だが今ここで毛布を取られると非常に困るので、俺は一応の牽制と反撃に試みる。

「ココア、暖かそう……」

「ちょっ、ダメだよこれは。あげないからね!」

「じゃあせめて俺の頬も暖めさせろよー」

「やーだー、政樹の脂が付いちゃうー」

「……ブチッ」

「あ、自分で「ブチッ」って言った」

そりゃ言うよ。
確かに多少オイリー肌だけどさ、そういう事は言ってくれるなよ……

「あれ? もしかしてホントに怒ってる?」

「……」

「ご、ごめん、その、そんなつもりじゃ――きゃっ!?」

ガバッ!

俺はそれまで身に纏っていた毛布を羽ばたかせ、智香に飛び掛る。
勿論これはおふざけ、ちょっとしたイタズラだったのだが……

「!?」

グンッという予想外の引っ張られる力。
どうやら毛布の端を踏んでしまったらしく、俺はバランスを崩して智香に倒れ掛ってしまう。

「わわわわっ」

「うおっ!?」

バサッ、……ドムッ!

……俺と智香、両者同意も賛同も無くベッドイン。
しかも俺が押し倒すような、さらに毛布を被せるような形で。

まあ同義的、倫理的にはよろしくない状況になってしまった訳だが、床に押し倒した上、俺の体重で押し潰してしまうよりはいいだろう。
……勿論それは心配されるケガの度合いだけを見た場合、という条件下でのみ有効な理論。はたして智香はこの状況をどう思うのか……

「……」

「……」

俺と智香、至近距離で見詰め合う2人。
重なる視線、重なる身体、そして重なる唇……というのはウソだが、シュチュエーションとしてはまさに今から! という感じだった。

……が。

画的には完全に恋人同士のそれ、これからめくるめく男女の営みに発展しそうに見えるが、俺と智香は恋人同士ではない。

「……」

プルプルと震え出す智香。その顔は見る見るうちに赤くなっていくのだが、それは照れや恥じらいといったものではなく、どちらかと言えば逆。大激怒とまではいかないものの、批難の眼差しで俺を見ていた。

「……こういうのは、ちょっと困る……かな」

「……悪ぃ」

俺はそれだけ言うと智香から離れ、この部屋における自分の所定の場であるテーブル前に置かれたクッションに座る。
これでベッドにいる智香との距離は普段通り、そして関係も普段通り……になって欲しかった。

「……」

「……」

お互いに無言。とても微妙な空気が流れているのが感じ取れた。
決して険悪な雰囲気ではない。ただ、どうやっていつもの状態に戻ればいいのか考えているような感じだった。

「……」

……ガラにもなく真剣な顔で謝っちまったな……

俺はとっさに取った自分の行動、まるで本当に間違いを起こしそうになったかのような詫びの入れ方を悔やむ。
勿論それが間違いだったとは思わない。むしろ誠意ある反応であり、そうするべきだったと思っている節もある。

しかし、その真剣謝りモードが今の微妙な空気を作り出しているのも事実。
こうなるくらいなら普段の調子で「違うんだって、誤解だって!」と弁解してみたり、「そ、その、智香が可愛くて……」みたいな恋愛モード演技で誤魔化した方がよかったのでは? と思ってしまう自分がいた。

……でもそれは女の子側からしてみたらメチャクチャ失礼になるよな……
ああっ、もうわからん!

「……ぷっ」

俺が高速で頭を掻いている時だった。
そんな様子を見てか、智香が急に吹き出す。見るとおかしそうにクスクス笑っていた。

「……ダメだなあ、政樹は」

「なっ……」

「悩・み・す・ぎ」

さっきまでの雰囲気とはうって変わり……というか普段の状態に戻ったというか、智香はそう言って投げキッスをしてくる。

……これは智香がたまに見せる「おねいさんモード」、主に俺をからかう時のみ使ってくるキャラ。
まあいくら大人っぽい仕草をしようと、アダルティな声色を使おうとも、無い色気は無いままなのだが、なぜか本人は気に入っているご様子。……迷惑な話である。

「襲い掛かるトコまではよかったのにね、うふ」

「……だったらあんな目で俺を見るなよ」

ツッコミポイントは多々多々あるが、とりあえずそこから反論。
だったらあの時、俺が倒れ掛かってしまった時からそのキャラでいけよ、と言いたかった。

「や、さすがにそれはちょっと……。だってアレはビックリしちゃうよ」

「……」

あ、キャラ戻った。やるならちゃんと固めろよな。
俺はそう心の中で言いつつも口には出さず、智香に対して真っ直ぐな視線を送る。それは見方によっては告白手前、そして求愛に見えなくもないだろう。

「ど、どうしてジッと見つめるのよ?」

「それを俺に言わせるのかい?」

自分でも笑いをこらえるのに必死な程、まったくもって似合わない、ガラにないセリフを吐く俺。

……判っていた。先の智香の言動はこの微妙な空気を変えるためにやっていたのだと。
だから俺もそれに合わせる必要があった。ふざける事でいつもの状態に戻ろうとする……、それがベストだとは思わないが、少なくともベターの範囲であると思っていた。

そして、それは俺1人の考えではなく、智香もそう考えているだろう。
何となくだが、どこにも確証は無いが、そんな気がしていた。

「……うわ、キモ」

「うっせ」

「だって毛布被ったままだし、思いっきり部屋着だし、それより何より政樹だし」

「……おいコラ」

最後のは聞き捨てならねえ。
セリフの似合わなさ、格好うんぬんは納得しよう。だが最後のは納得する訳にはいかない。俺だからキモいってどういうコトだ。

「ダメダメだなあ、政樹は」

ダメが1つ増えた!?
さっきは「ダメだなあ」だったのに!

「押し倒す勇気はあるけど、それより先に進むだけのゴリ押しは出来ない……」

「それ誤解……」

だから押し倒してねえっつうの。
それに智香も見ただろ、俺が毛布の端を踏んでバランス崩したのを……

「この純情ボーイ」

「なっ……」

「ま、そういうカワイイとこ、嫌いじゃないけどね。……この純情ヘタレボーイ」

2回言った! しかも2回目は何かいらないアレンジまで加わってる!
ボーイとは何たる屈辱、もういい歳だっつーの。バリバリ青年だっつーの。あとそれからヘタレでもないっちゅうねん。

「……」

「あ、怒った」

「当たり前だ! くそ、こうなったら……」

「こ、こうなったら?」

身構える智香。
しかしその仕草はどことなく演技臭く、また俺の動きもどこか演技っぽい部分が多々あった。

「もっかい襲い掛かる!」

「イヤー!」

ガバッ!

俺は毛布を大きく広げ、智香に飛び掛る。
その様子はさながらフライングボディプレス、もしくは某3代目の怪盗が服を脱ぎ捨てながらヒロインの眠るベッドにダイブを決めるような勢いに満ちたものだった。

「えへへへ、奥さ〜ん!」

「そんな、いけないわ!」

そしてなぜか2人は昼下がりの米屋と若妻設定になっていた。
……我ながら何だそりゃと思う。

――ガチャ

「ういーす、来たぞ……って、うお!?」

と、そんな訳の判らない状況の中、さっき電話をしてきたもう一人の訪問者である将太が登場。
普段からドタバタしている場面をよく目にしている将太だが、このいきなりの展開にはさすがに驚いた様子。手にしていた買物袋をバサリと落とし、「もしかして邪魔しちゃった?」という表情で俺達2人の顔を交互に見てくる。

「よう将太」

「あ、やっほー」

「……」

「意外と早かったな。どこで買物してきたん?」

「あ、お酒だ。いいなー、私も買ってくればよかった」

「……」

そんな将太の心配を吹き飛ばすような俺と智香の反応。
明らかに今から押し倒してどうこうする時のそれとは違う口調に対し、将太はしばしの沈黙の後、大きな息を吐いて胸を撫で下ろす。

「……お前ら、人を驚かせすぎ」

そしてそう言うと、「そうだよな、この2人に限って……」とか「驚いて損した……」と呟きながら落としてしまったチューハイの缶を拾い始める。

……まあ色々と不測の事態(?)はあったが、これでいつものメンツが集合した事になる。

俺と智香と将太、この3人が俺のアパートに集まり、何をするでもなくダラダラと夜の時間を費やす……
それが俺の、いや、俺達の普段であり日常だった。


――プシュ

プルタブを開ける音が鳴り、部屋の中に少しだけレモンの香りが漂う。
将太が最初に手を付けたのはレモンチューハイ。床に落としてしまった時はパンパンに膨れていたが、状況説明をしている間にすっかり元に戻っているようだった。

「ったく、何でお前らはいつもこう……」

最後まで言葉を発する事なく、「あー、もういいや」といった感じでチューハイに口を付ける将太。
実はこの光景、普段からよく見れるものであり、大体こういう時は俺も智香もイタズラが見つかった子供のように口を少し尖らして黙っていた。
その「ボク達は悪くないもん」と言いたげ、全く懲りてない感全開の仕草に結局将太が折れる……というのがお約束になっており、今日もそのお約束のパターンに落ち着きつつあった。

「まあアレだ、お戯れも程々にな」

「へーい」

「はーい」

一応は頷く俺と智香。しかしその気のない返事は将太に大きなため息を吐かせるだけ。将太は「わかってないなあ……」といった感じで首を左右に振りつつも言葉を続ける。

「……政樹も智香も大学内じゃ結構人気高いんだぜ? 2人とも気付いてないだろうけどさ」

「またまた、んな訳ねえじゃん」

「そうだよ〜、将太クンの方が人気あるって」

「……はあ」

やっぱり言うだけ無駄だった、どうせこういう反応だと思ったさ。
そんな心の内がバリバリ見て取れる将太のため息。コイツはコイツで苦労人なのかもしれない。

「まあいいや、もうこの話題はヤメだ」

そう言って将太はチューハイに口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らす。
男らしい豪快な飲み方を続ける事数秒、チューハイの缶はほぼ真上を向き、将太はまず1本目を飲み干す。
そしてトン、と空になった缶を床に置き、コンビニの袋から2本目を取り出した所で口を開く。

「……なあ」

「ん?」

「ところで毛布はもうないのか?」

どこか怒っているような、それでいて呆れているような口調の将太。
まあ確かにこのストーブが点いていない部屋の中、誰だって寒さを防ぐ手段は欲しいだろう。

だがそれ以上に、寒さとはまた少し違った部分に対し、将太がツッコミを入れたいであろうポイントが俺達2人にはあった。

「悪ぃ、2枚しかねえんだ」

「ゴメンね、将太クン」

そう言って侘びを入れる俺と智香。しかしそんな謝罪の言葉とは裏腹に、2人はそれぞれ毛布に包まり、十分な暖を得ていた。……そりゃ将太もツッコむわな。

「あのな、悪いと思うなら俺に合わせて毛布から出ろよ。それをさっきから2人してずっと……」

恨めしさすら感じられる将太の言葉。きっと俺が思っている以上にこの部屋は寒くなっているのだろう。

……そう、実は俺も智香もかなり前から、ベッド押し倒しの経緯を将太に説明し始めた時から毛布を占領していたりする。
俺は所定の位置に座り、首から上を出しながら。一方の智香はベッドの上に座り、全身を毛布に包んで顔だけ出しながら将太と喋っていた。

普通に考えるとかなりヒドイ処遇、ちょっとしたイジメに見えなくもない状況だが、これも俺達の中では至って普通の展開だったりする。
……まあ将太は全く納得していない訳だが。

「だから灯油を買って来いと……」

「はあ? 俺が悪いの!?」

「ジョークだよ、灯油を切らしたのは俺のせいだ。すまん」

「……だったら俺にその毛布よこせ」

「いや、それは別の話じゃないか将太くん」

「同じだ! どこをどう見ても同じ話だ!」

ごもっともな将太のツッコミが炸裂。
だが俺は毛布を明け渡す気はさらさら全然ない。……だって寒いのイヤだもん。

「……はあ、ドアを開けたらいきなり情事の最中だし、1人だけ寒い思いをしながら酒を飲んでるし……。何だかなあ」

――プシュ

2本目の酒、今後は梅のチューハイを開けながら将太がボヤキ始める。
気持ちは判らないでもないが、「情事の最中」は間違いだぞ将太……

「……」

……ん?
ふとベッドに視線を向けると、顔だけを出した智香が何か考えこむように黙っていた。

「どした智香? お前も飲みたいのか?」

「ううん、そうじゃなくて……」

そう言って俺と将太を交互に見つめ、やがて「うん、決めた」と呟く智香。
一体何を決めたのか俺にはさっぱりだが、当の智香は自信たっぷりに頷いていた。

「ねえ政樹、毛布シェアリングしよ!」

「……は?」

「だから、今私が使ってる毛布を将太クンに渡すの。さすがにこの寒さはつらいと思うし」

「はあ、そうすっか」

気の抜けまくった返事をする俺。
別にその提案自体は悪くないと思うが、問題はその後だ。
まあ何となく予想は付いているのだが……

「で、私が政樹と一緒の毛布に入る、と」

「何でそうなる……」

いまさっき将太から注意を受けたばかりだというのに、今度は毛布シェアリングとか言い出す智香。……ちょっと理解出来ん。もしかして誤解を招くプレイを愉しもうとしてる? だったら智香はかなりの強者だ。

「いいでしょ将太クン? これでみんな暖かくなれるよ」

「……」

言葉に詰まり、「おい、どうする?」と俺に意見を求めるような視線を向けてくる将太。
……いやいや、俺に振るなよ。

「なあ、智香はそれでいいのか?」

「へ?」

何か問題でも? と言った感じの表情を浮かべる智香。どうやら向こうサイドとしては全く問題は無いようだ。
……う〜ん、これはどうしたものか。

さっきの将太の話にもあったが、この智香という小娘、意外な事にマジで人気があったりする。
まあ明るく誰とでも仲良く喋れる性格+それなりに整った顔立ち、さらにそこに年下キャラ……というか、どこか妹チックな動作なり言動が人気の理由らしい。
この話は同じゼミのヤツから聞いたのだが、とりあえずどうやらまだ妹は根強い人気と需要があるようだ。

「オメエさっき「こういうのは困る」とかマジ顔で言ってたじゃねか。それなのに一緒の毛布に包まるって……」

「え? だって無理矢理押し倒されるのと、合意の上での毛布シェアは別物だよ?」

……そうっすか、智香さんの中では別物っすか。
身体の密着具合からすりゃ同じだと思うのは俺だけだろうか? 思わずそんな事を考えてしまうが、何かここで俺が色々言うと、逆にやましさがあるように捉えられかねない。

そんな訳で俺は言いたい事をグッと飲み込み……

「わかった、好きにしろ」

と、ぶっきらぼうに答える。
自分でもかなりガキっぽいな、とは思う。ちょっと反省。

……が。

そんな気持ちとは別に、ちょっとだけドキドキしてるのも事実。
……だから俺はガキかっちゅうの。普段から度を越えたスキンシップ、じゃれ合いの類はしてるじゃねえか、このくらいで何を俺は意識してんだ。

「どしたの? やっぱ密着するなら胸が大きい方がいい? それとも将太クンが……」

「やめい」

どうしてそんな偏った2択を俺に強いる……
それに自分で卑下する程ちっこくもねえだろ、オメエの胸は。

「そ、そうなのかい政樹?」

「乗るな乗るな」

ゴメン、気付かなくて……。でもその想いには答えられないよ……
そんな複雑な表情を浮かべる将太に対し、軽くあしらう系のツッコミを入れる俺。……だから何でこういう時ばっかり上手く話を合わせるんだよ。

「まあ政樹の両刀宣言はさておいて……と」

「待て待て、今なんか激しくおかしな事言わなかったか?」

さらりと俺の性的嗜好を改竄(かいざん)する将太を制止、怒りを抑えつつ訂正を求めるのだが、それを将太は軽くスルーし、そのまま話を進める。

「智香はホントにそれでいいの?」

「え? 私?」

「俺は毛布をゲット出来るからいいけど、2人で包まるって結構大変なんじゃねえの?」

……確かにそれに関しては将太の言う通りだ。そりゃあ短い時間なら大丈夫だろうが、これから最低でも数時間はその体勢で居続けなければいけない事を考えると、2人で1枚の毛布に……というのは結構キビしいかもしれない。

「う〜ん、私は全然オッケーだけどな」

「そ、そっか……。そうなんだ……」

あらま、言い切っちゃったよこの娘。
そりゃあ将太も言葉が続かないわな。うん、困ってる困ってる。

……と、俺は意図の噛みあわない2人の会話を聞いては今後の展開に期待を寄せるのだが……

「ねえ、政樹はどうなの?」

「え、俺?」

うお、こっちに飛び火してきた!
急に話を振られ、回答に詰まってしまう俺。……くっ、将太が後ろで笑ってやがる。

「もしかしてやっぱり私より……」

「頼む、その話はもう掘り返すな」

どうしてもそっちの方向に持って行きたいのか智香……
俺はどこかで聞いた「ホモが嫌いな女子はいない」という言葉を思い出し、今後はより一層誤解を招かないよう立ち振る舞う事を心に決めた。……将太と2人で毛布に、なんて死んでもやるもんか。

「じゃあオッケーって事だよね?」

「ああ、まあな」

「じゃあ決まりだね」

そう言うと智香はパッと立ち上がり、まるで脱皮するかのように毛布から抜け出す。
そして「わ、寒……」と震えながらも、それまで身に纏っていた毛布を将太に手渡し、すぐさま俺の元へ。

「ほら、早く入れてよ〜」

「あ、ああ……」

寒がる智香に急かされ、言われるがままに左腕を広げる俺。
その格好は奇しくも優しく智香を招き入れるような、「さあおいで」と言わんばかりの形になり、向こうから入ってこられるより数倍恥ずかしい度が増していた。

「あれ? 左側なんだ」

位置的に右の方が近く、当然そっち側を空けると思っていたであろう智香が首を傾げる。
まあ向こうからすれば無駄に遠い方に招き入れる形になったからな、疑問に思うのも当然だろう。

「まあ利き腕の側に居られると不便かな、と」

「そっか、そういえばそうだね」

そんな訳で俺は余計な誤解や曲解が生じる前に理由を説明、智香も俺の言葉に納得してくれる。

……よく動かす腕の側にいられると、間違って変な所を触ってしまう可能性があるからな……

もしそんな事になったら、どんな不名誉なあだ名を付けられる事か判らない。
俺は急かされつつも瞬時にそれら心配される事柄を視野に入れ、智香を招き入れる位置を決めていた。
う〜ん、何て姑息な。

「おじゃましま〜す♪」

……と、そんな俺の綿密な計画があった事も知らず、智香が潜り込んでくる。
すると早くも身体の一部が密着してしまうのだが、俺はその冷たさにビックリしてしまう。
それまで包まっていた毛布から抜け出してまだ1分も経っていないのに、もうこんなに……
と、俺はこの部屋の寒さを再認識。経緯はどうであれ、将太にも毛布が渡ってよかったとマジで思った。

もそもそ、もそもそ……

「……」

……が、そんな事を考えれたのも束の間。俺は隣から伝わってくる振動にビクンと身体が反応してしまい、それどころではなくなってしまう。

もそもそ、もそ……

「ちょっ、くすぐったいから」

「もうちょっとガマンしてよ、今ちょうどいい場所を探してるんだから」

「智香の言うちょうどいい場所は俺の脇腹かよ……」

「あ、ここ暖かい♪ どうしよう、ここにしようかな?」

「だから脇腹にヒジが当たってるって。メチャクチャくすぐったいって」

「え〜、いいでしょ〜? こうしてピッタリしてる方が暖かいじゃん」

「や、そりゃそうかもしれんが……」

……くそ、智香のヤツ、何で今日はこんな変に積極的なんだよ。
俺は隣でモゾモゾと自分のポジション取りをしている智香を横目で見ながら、そんな事を考える。
しかしその最中にも智香を意識してしまう事が発生。微かに匂ってくるシャンプーの香り、それも俺が使っているものとは別の香りが鼻をくすぐり、改めて智香が自分のすぐ傍にいるという事実を思い知らされる。

ダメだ、この匂いかなり好きかも……

露骨に嗅いではいけない、鼻を近付けてはいけないと思いながらも、俺は何かに見えない力のようなものに引っ張られ、智香のうなじ方面に顔を寄せてしまう。

「……おい、そこの「まんざらでもない」って顔してる変態」

「う゛っ!?」

今からフローラルな香りを吸い込む、という時だった。
智香から手渡された毛布に包まり、顔と手の先だけ出した将太が俺を見ていた。……しかもこれ以上ないというジト目で。

「智香、気を付けろよ。隣にいるのはシャンプーの匂い&うなじフェチだ」

「え? そうなの?」

「ああ、その2つがあれば白飯4杯はいける猛者なんだよ、政樹は」

「うわー」

ジト目が増える。
しかも今度のは至近距離だ。これは精神衛生上よろしくない。
っていうか俺はシャンプー&うなじフェチじゃねえよ。

「頼むからそんな簡単に信じるなよ……」

「だってー」

「おそらく智香も気配を感じていたんだろう。忍び寄る政樹の鼻! そしてその鼻から発せられる異常な音! 気をつけろ、ヤツは全ての香りを吸い尽くし、挙句の果てに舌でうなじを舐めまく――」

「やらねえよ!!」

映画館で流れる予告CMのようなセリフを吐き続ける将太に、俺のシンプルかつ力強いツッコミが炸裂する。
そのタイミングはまさに完璧、毎年優勝者に1000万円貰える漫才の祭典に出ても通用しようなツッコミに、思わず将太も「今のいいね」という顔を見せる。

「ったく、それじゃ完全にド変態じゃねえかよ……」

「え?」

「……おい、何だその「もしかして自覚症状ないの?」みたいな驚き方は」

「え?」

「智香もマネすんな! っていうかお前も同意見かい!」

何だこの統制の取れた波状攻撃。
俺は先のツッコミに勝るとも劣らない、絶妙なタイミングで発せられた将太と智香のセリフ(というか聞き返し)を受け、右へ左へと的確な言葉を吐く。

「忙しそうだね、政樹」

そう言って楽しそうに笑う智香。どうやらこの御方は原因に自分が大きく関係している事にお気付きでない様子。

……くそ、毛布から追い出すぞ。
と、半分本気でそんな事を考えている時だった。

「……でも、あんまり暴れないでね。ホコリ、吸っちゃうから」

それまでとはうって変わり、真剣な表情でそっと呟く智香。
その声はかなり小さく、俺にしか聞こえない程度。

……どういう事だ?
もしかして将太には聞かれなくない事なのか?
俺は智香の発する雰囲気と声のトーンからそう察し、アイコンタクトで更なる説明を求める。

「……将太クン、たぶん風邪引いてる」

「……マジ?」

「まだ大した事ないと思うけど、ノドの調子が変。あと微妙に鼻が詰まってる」

「じゃあ帰らせた方がよくね?」

「ううん、もし本当にツラければ自分から帰るって言うと思うんだ。将太クンってそういうトコ、あるでしょ?」

「ああ、そうだな」

「私達が出来るのはカゼを悪化させないようにする事。だからこうして毛布を渡したの」

「なるほど……」

お互い小声で、それでいて将太からは口の動きが見えないように喋る俺と智香。
とりあえずこれ以上の会話は気付かれてしまう可能性がある&必要な情報は聞き出せたため、俺は再度アイコンタクトを送り、智香に『何か違う話をするぞ』と伝える。

……コクリ。

俺のアイコンタクトに対し、微かではあるがしっかりと頷く智香。
すると次の瞬間、急に顔を俺から離し……

パチン!

「痛っ!」

ビ、ビンタ!?
しかも結構な力の入れ具合……というかほとんどマジじゃん! スナップの利かせ方とかハンパじゃねえし!

「ちょっと、今ヘンな所触ったでしょ!」

え? 何? どういう事?
錯乱する頭の中、とりあえず俺は「何も触ってねえよ!」と、誤解を晴らそうとするが、その言葉を口にしかけた途端、ギュ〜ッと太腿が抓られ、俺は思わず声を失ってしまう。

「!?」

『……バカ、合わせてよ!』

今度は智香からのアイコンタクト。
いや、これはもう軽い脅迫に近いかもしれないが、とりあえず俺は智香からのメッセージを受け取る。

……ちなみに今の太腿攻撃、行なわれたのは勿論毛布の中での事。そのため将太には何が起こっているのか全く判っておらず、俺が急に背筋を伸ばした程度に見えているだろう……って、何もマジでビンタする事はねえだろ!

かなり遅れてから気付く、先の智香が取った振る舞いへの批判。
そりゃあ確かに話題を変えろと言ったのは俺だが、何も物理攻撃を仕掛けてくる事はないだろう。

「く……」

何だこの屈辱感。
智香め、後で覚えてろよ……

俺はアイコンタクトで『やりすぎ!』と伝えた後、それでも智香が敷いたシナリオラインに合わせて立ち振る舞う事に。

「はあ? 別に何も触った感覚はなかったけど?」

「うそ! 触った!」

「え? もしかしてアレって……胸?」

「〜ッ!?」

「ゴメン、全っ然気付かなかった。……そうか、あれは背中じゃなかったのか……」

「なっ、それは言い過ぎじゃ――」

……と、こうしてフェイクの口ゲンカを始める俺と智香。
さすがにこれは将太も演技だとは思わないだろう。その証拠に将太は「あ〜あ、始まっちゃった……」という顔でこっちを見ている。

……よし、上手く誤魔化せたぞ。
俺はチラリと将太の様子を見つつ、心の中でガッツポーズを決める。

まあこのフェイクの口ケンカはいつ本気のそれに摩り替わってもおかしくない、という巨大な危険性は孕んでいるものの、それはこの際不問にしよう。

何にせよこれで智香の一連の行動が、どうして急に将太に毛布を渡し、半ば無理矢理俺の包まる毛布に入ってきたのかが判った。

……うん、実に智香らしい配慮だ。

まだ口ゲンカは続いていたが、勿論それは表面的なもの。
俺は智香の鋭い洞察力と的確な判断、そしてさりげない気遣いに感心する。

まあそれとさっきのビンタは完全に別物、あの傷みは何らかの形で仕返しを……という考えが脳内で展開を見せようとするが、俺はそれらを振り切り、将太に怪しまれない事、俺達が体調に勘付いてる事を知られないよう、智香と共同戦線を張る事にした。

……まあ共同戦線と言っても、今の所やれるのは「暴れてホコリを舞わせない」という点のみ。

かなり役立たずに思えてならないが、それでも何も知らずにいるよりは全然マシだろう。
俺はそう思い、今日はなるべく静かに遊ぼうと、将太の症状を悪化させないようにしようと決意。出来れば普段より早く解散と行きたいのだが、夜はまだ始まったばかり。
果たしてこれからどうなるか、そればっかりは俺にも全く予想が付かなかった。

ただ、そんな状況の中でもハッキリしている点が1つ。
……今日は俺の横に智香が密着している、という事。

それがどういう結果を生むかは判らない。
しかし、何か今までとは違う事が、最終的には大きな変化が起きそうな気がしてならなかった。



「……」

「……」

俺と智香が1枚の毛布に包まり始めて30分、さすがにまだ特に変わった事もなく、俺達はそれぞれ適当に、それこそいつもと変わらず、好きな事をしていた。

「……」

……カチ

しばらく考えた後、マウスをクリック。
俺はパソコンを起動させ、戯れにネット対戦麻雀を楽しんでいた。

「……」

隣にいる……というか俺と密着している智香はその対局の様子を黙って見つめており、少し離れた所にいる将太は壁に背中を預け、テレビを見ていた。

「……」

ん、何とかテンパイしたな。
今は東3局、序盤から展開に恵まれず、一時は上がりを放棄しかけた局だったが、終盤にきてサクサクと欲しい牌が入り、俺はテンパイまで手を進めていた。
それなりに広い待ち、点数的にも3900以上は確定と、開始時からは考えられない状況。
もしここで上がれるような事になれば、以降の展開はかなり自分に有利なものになる……
俺はそう思いながら対局者の捨て牌に、自分のツモの1枚1枚に集中していた。

……タン、……タン

BGMはナシ、聞こえるのは牌を切る時の効果音と、「オメエ誰だよ」と言わずにはいられない、ファニー極まりない「ポン」と「チー」のボイスのみ。
まあ完全無料のネット麻雀なんてそんなもの、むしろこのくらいシンプルな方が嬉しかったりするのだが……

『チー』

「うわ、また鳴いたね」

「初心者丸出しだな……」

対局者の打ち方に対して辛口な評価を下す俺と智香。
意外に思うかもしれないが、智香は麻雀を知っている。というか普通に上手い。
聞く所によると小さい頃に親父さんから仕込まれたらしいのだが、その基本に忠実な打ち筋は俺も感心する程。
そのため、こうして2人で喋りながらネット麻雀で遊ぶ事も少なくなかった。

「何か、今回の対戦者はあんま上手くないね」

「そうだな。1人は後先考えず鳴きまくるし、1人は基本的に染め系の役しか狙わない。そしてもう1人は……」

「2巡目でド真ん中をミンカンする超初心者、と」

やれやれ、と言った感じで軽く息を吐く智香。
俺も結構そういった部分があるが、智香は俺以上にそういった愚行が嫌いだった。

序盤は可能な限り手を広げ、中盤からは様子を探りつつ的確な役作り。そして終盤は強気の攻めと勇気ある撤退を使い分け、無難に勝ち上がる事を信条としている智香とって、初心者の意味のない行動は調子を狂わす1番の要因。
そのため、今打っているのは俺だというのに、まるで自分が対局しているかのように迷惑そうな顔をしていた。

……タン、……タン

『ポン』

「うわ……」

「何でここにきて西を鳴くかな〜」

と、ここで再び智香のグチというかボヤキが入る。
うん、俺もそれはナシだと思うよ……って、だから打ってるのは俺だって。俺より熱くなるなって。

……タン、……タン

『チー』

『ポン』

『ポン』

……タン

『流局』

「……うーわー」

「何この意味のない空中戦」

画面は俺の1人テンパイ、流局直前にかなり激しい牌の行き交いがあったが、結局俺が3000点をゲットしてお終い。
……あれだけ場を乱しておいて全員ノーテンってどういうコトだ。

「う〜ん、これはある意味ツライな……」

「最後までこんな展開だったら耐えられないかも」

「これだったら歯が立たないくらい強いヤツにボコボコにされた方がまだマシだぜ……」

こんな事を言うのは失礼なのだろうが、それでも言わせてもらう。
……コイツらド下手だ。正直やってられん。真面目に打ってるのがバカバカしくなってきた。

俺は初心者麻雀にも程がある3人の対局者に思わず舌打ち、とてもランダムで選ばれたとは思えない技量の偏ったメンツを前に、以降の展開に不安を覚える。

……そしてその不安は的中、それからの局面はと言うと、初心者にありがちな恐れを知らない無謀な打ち方が炸裂。普通であればそんな力押しの打ち方ではまず上がれないのだが、そこは俺以外全員初心者の卓。思わず「なんで?」と問い詰めたくなるくらいの振り込み合いが展開。俺だけ蚊帳の外で点数が目まぐるしく行き交い、気付くと3位で最終局を迎えていた。

「……負けてるね」

「ああ、メチャクチャ腑に落ちねえけどな」

「何もやらせてもらってないもんね」

「やりにくい、マジでやりにくい……」

智香の言う通り、俺は最終局まで一度たりとも自分らしい麻雀を打たせてもらえていなかった。

序盤からドラを捨てまくっておいて役牌のみで上がったり、意味もなく4回目のカンをして場を流したり、明らかにチャンタ狙いのヤツがいるのに一・九・字牌を捨てまくって振り込んだり……と、対局者はまるで俺の調子を狂わせるためだけに打っているのでは? と考えてしまう程。
それでも何とか惑わされずに来たのだが、結果は振込みこそないものの、上がりもナシという状態。
かなり納得が行かない……というか不服極まりない順位だった。

「でもアレだね、逆転出来ない点数ではないね」

「そうだな、それだけが救いだ」

確かに激しい乱打戦ではあったが、誰か1人が飛び抜けて勝っている訳ではなく、3位の俺とトップのヤツとは8000点弱しか離れていない。
これなら何とか最終局で追い抜く事も可能、最後の最後で逆転し、実力の差というのを見せつけてやりたかったのだが……

「……」

「……うわー」

お気の毒、もしくはご愁傷様。
そんな感じの声が智香から漏れる。
大きな期待を寄せて始まった最終局だが、その配牌は絶望的に悪かった。

……きっついなあ。

声にこそ出さなかったが、この配牌はハンデ以外の何者でもない。
東三局の時もひどかったが、今回はそれ以上。これは余程の事が無い限り逆転は無理、低い点数で上がる事も難しい状況だった。

「何? そんなに悪いの?」

と、それまでテレビを見ていた将太が会話に入ってくる。
将太も麻雀はそれなりに知っているので、俺は無言でモニタを見るよう指差し、自分の目でその絶望っぷりを確認させる事にした。

「……うっ」

これは、ひどい。
智香とは多少反応が違うが、まあ同じような感想を抱いた事だろう。
将太はそう短く唸った後、俺を見ながらポンと肩を叩き、そのままテレビの前に戻っていく。

「……何か言えや」

「いや、もうかける言葉も見当たらなくて」

「そうかいそうかい」

ま、そうだろうな。将太の言わんとする事はよく判る。
俺は気の抜けた感じでそう返事をすると、意識と視線をモニタに戻す。

絶望的とはいえ、まだ完全にアウトになった訳ではない。
俺は一応の期待を抱きつつ、最後まで打ち続けるべく手牌と相談を始める。

……が。

『ツモ』

「う……」

「早っ……」

最終局、開始5巡目にしてツモ上がりが炸裂。
しかも点数はバリ高で、子上がりなのに計12000点をゲットする。
さらに運のいい事に、この時親だったのが1位のプレイヤー。
その結果、何と全員の順位が変動。上がった2位のプレイヤーがトップになったのは当然だが、残る3位・4位のプレイヤーの順位も繰り上がり、俺は最終的に2位でこの局を終える事となった。

「……」

「一応は2位、だね……」

「……まあ、な」

予想外の幕切れ、そして望んでいたものとは違う結末に対し、智香がフォローコメントを入れてくれる。……複雑な気持ちがしなくもないが、ちょっと嬉しかった。

「どうする? もう一局打つ?」

「いや、何かやる気が削がれた」

「あ、やっぱり?」

ははは……と、乾いた笑顔を浮かべる智香。
おそらくそういう答えが返ってくると思っていたのだろう。さすが智香、俺の事をよくわかってらっしゃる。

「じゃあさ、今度は私がパソコン使っていい?」

「ああ、別にいいぜ」

「やった」

そう言うと智香はモソモソと毛布内を移動、モニタがよく見える位置に顔を出す。そして嬉しそうにマウスを握ると、麻雀のウインドウを閉じた。

「あれ? 麻雀やるんじゃねえの?」

「うん」

「……ソリティア?」

「ピンポーン♪」

……やっぱりか。
俺はニコッと笑う智香を見て納得。なぜかコイツはパソコンに最初から入っているソリティアが大好きなのだ。
まあ俺もヒマな時にソリティアやマインスイーパで遊ぶ事があるので、その気持ちも判らなくはないのだが、とりあえず智香のソリティア好きはかなりのもの。
実際今もスタートメニューから「ゲーム」のフォルダを選ぶという操作だけで楽しそうにしている。
……う〜ん、さすがにそれはちょっと子供っぽいかな。後でやんわり言ってみるか。

「よ〜し、やるぞ〜」

「……ま、がんばれ」

最速タイムの更新を狙っているのか、最高スコアを叩き出そうとしているのか知らないが、智香はやる気満々でゲームスタート。
開始早々スッ……カチカチカチッ、と素早くマウスをドラッグ&クリック。智香は凄まじいスピードでトランプを捲り、点数を稼いでいく。

「おおう、さっすが」

これには俺も素直に感心、自らをソリティア3段と言うだけの事はある。
……ちなみにそんな段位認定ねえよ、というツッコミはしてはいけない。だって智香怒るもん。

……と、こうして始まった智香のソリティア。
俺も最初の10分は黙って画面を見ていたのだが、さすがに30分近くになると飽きてしまう。
だが一緒に包まっている毛布の絡みがあり、嫌でも智香のソリティアプレイを見るしかない俺。
まさかこういう弊害が起きるとは思わなかった。恐るべし毛布シェアリング。

スッ……カチカチッ

「♪〜」

「……」

カチカチッ、ススッ

「♪〜」

「……ふあ」

鼻歌混じりの智香と、退屈から起きるあくび混じりの俺。
その少し離れた所では将太が1人毛布に包まり、本日3本目となるチューハイの缶に口を付けていた。

あまり体調がよくないという事を知ってしまった手前、「あんまり飲み過ぎるなよ」と言うべきなのだろうが、いつも5本以上は飲む将太に向かって3本でやめろとは言いにくい。

さっき智香も言っていたように、将太は自分の事で心配されるのを好まない。
具合が悪いと思えば、帰って寝た方がいいと思えば自分からそうするし、何より体調に関して本人は一言も「悪い」とは言っていないため、こちらから変にアクションを起こすのはやめた方がいいだろう。
……まあ智香の判断ミス、本当は全然元気だった、という可能性もあるのだが。

「……ん? どした?」

「いや、何も」

どうやら色々と考えている内、無意識に将太を見てしまっていたようだ。
その視線に気付いたかどうかは知らないが、俺はちょうどこっちを向いた将太と目がバッチリ合ってしまい、微妙な反応を見せてしまう。

「そう? だったらいいけど……」

と、少々腑に落ちない様子の将太。
俺の横ではそれを見た智香が「このバカ!」と言わんばかりの顔で批難の目を向けてくる。……う〜ん、軽い絶体絶命だね、これ。

「……あ、もしかしてチーカマ食べたい?」

助かった。
将太は俺の視線の意味を勝手に解釈、つまみとして食べていたチーカマを見ていたと思い、そんな事を聞いてくる。

「ああ、出来ればその袋の中にある全てを平らげたい」

この話に便乗しない手はない。
俺はそう言うと、何とかそのままチーカマの話題に持って行こうとする。

「遠慮も容赦もねえな」

「まあチーカマは人の心を狂わせる食べ物だからな」

「それ、政樹だけ……」

苦笑いを浮かべながら弱めのツッコミを入れる将太。
だがそれでも袋の中からチーカマを1本取り出し、「ほれ」と言いながら投げてよこす。

「とりあえず1本で勘弁。政樹には負けるけど、俺もチーカマ好きだからな」

「何だ、将太もチーカママニアか。あれ? もしかして最近好きになった? だったらチーカマーだな」

「……ニューカマーみたいに言うなよ。何だよチーカマーって」

俺の作ったチーカマ好きの称号が気に入らなかったのか、将太は呆れた表情で言葉を返す。
……くそう、チーカマーのくせに(まだ言うか)

「政樹ってそういう造語、考えるの好きだよね〜」

「しかも普通に、さも常用語句ですみたいな感じで使うんだよな」

「ああ、わかるわかる!」

うわ、超同意された。
そうか、将太も智香もそう思ってたのか……

自分では知らない習性? クセ? を指摘&批難され、ちょこっとヘコむ俺。……よかった、このまま称号の話を続けなくて。
実はチーカマ好きには段階があって、チーカマー、チーカマニストを経て、最終的にはチーカマエストロになる……と言おうとしていたのだが、これは黙っておいた方がいいだろう。……チーカマエストロ、結構いい言葉だと思うんだけどなあ。

「……」

「あ、急に黙っちゃった」

「きっとアレじゃね? まだ造語の称号があって、それを喋りたかったんじゃねえの?」

「うん、ありえるね。何だろう、チーカマスターとかかな?」

「ああ、言いそう言いそう。さすが智香、政樹の思考パターンはお見通しだな」

「……」

くっ、どうしてそんな鋭いんだコイツら……
俺は自分を挟んで展開される2人の会話に唖然……というか信じられない感で一杯。そして何より、智香の口から出たチーカマスターという言葉にビックリ。ちくしょう、俺が考えたチーカマニストより語呂がいいじゃねえか。
……う〜ん、その発想はなかったな。うわ、スゲー悔しい。

「あ、悔しがってる。ねえ将太クン、何か図星だったみたいだよ?」

「ははは、やっぱり?」

「やっぱりって言うな!」

「うわ、逆ギレ? カッコ悪〜い」

「う゛っ」

至近距離からのジト目、そして「カッコ悪い」の言葉が矢となり、俺の心臓にグサリと刺さる。
しかもその様子を将太がニヤニヤ笑いながら見ているもんだからダメージは倍増、もう俺の心はギザギザハートである。子守唄である。15で不良である。……ゴメン最後の2つ関係ない。

「くそっ、いいから智香はソリティアやってろ! そんでもって将太はずっとテレビでも見てろ!」

「はいはい、言われなくても」

「右に同じ〜♪」

もう十分俺で楽しんだ、といった感じの返事をする2人。
……屈辱、とても屈辱だ。

「……」

「♪〜」

スッ、カチカチッ

くそ、もう普通にソリティアやってやがる……
すぐ横を見ると智香がさっきまでと変わらず、鼻歌交じりで素早くマウスを操作している。
俺はそれがかなり楽しくなく、軽くジャマするべくちょっかいを出す事に。
……我ながらかなり子供っぽいなとは思うが、このまま再度ソリティアプレイを見続けるよりはマシ……のような気がした。

「……」

毛布の中、怪しい動きを見せる俺の両手。
狙うのは智香の弱点である脇腹、ここをくすぐれば直後に解読不明な悲鳴が上がる事だろう。

……むに。ぐにょ。

「はにゃわっ!?」

くすぐる、というよりは掴むといった感じで俺は対象物に接触。すると予想通りの反応が起こり、智香は毛布の中で暴れ出す。
……う〜ん、「はにゃわっ」か。もうちょっと面白い声が聞けると思ったのに。

むにむにむにむにっ

「あふっ、はああぁっ、ちょ、ちょっとやめ……」

つんつんつんつんつんっ

「ひゃっ、ひゃくれつ〜っ!!」

……何だ、余裕じゃねえか。
この状況でそれだけ言えれば上等、俺は世紀末覇者ばりの連続突きをやめ、毛布内で悶えている智香を見る。……うん、完全勝利だ。

「……」

プルプルと小刻みに震え、息が乱れている智香。
赤く染まった頬が微妙に可愛く見えなくもないが、振り返って俺を見るその目は全く可愛げがない……というか怒っていた。

「……ま〜さ〜き〜?」

「気にするな、ほんの出来心だ」

「……ふ〜ん、へ〜」

あ、想定していた範囲以上に怒ってる。
俺は無言の批難を続ける智香を見て「タハハ……」と苦笑い。
まあこうなるかも、という予感はしていたので、一応対策は用意していたりするのだが……

「スマン、智香にかまってもらいたくてつい……」

「え?」

「わかってる、こんなガキっぽいやり方で気を惹いても意味ないって……。でも、それでもっ!」

「政樹……」

1つの毛布の中、少し動くだけで肩がぶつかる中で変わり始める空気。
詫びるというより独白に近いものを始める俺と、それに驚きつつも耳を傾ける智香。

「……やっぱり、怒るよな。ズルイって言うよな……」

「そんな事、ないよ」

「……」

智香の言葉に瞼を閉じ、無言のまま顔を下に向ける。
しかしそれも束の間、俺はスッと顔を上げ、至近距離で智香を見つめた後、「にいっ」と笑う。

「じゃあ許してくれる、ってコトだよな? よっしゃ、無罪放免〜♪」

「……」

それまでのシリアスな雰囲気から一転、普段のおふざけモードになる俺に対し、上手く頭の切り替えが出来ないのか、今度は智香が無言になってしまう。
そしてしばらくした後、上目遣い+潤んだ瞳という最強とも言える組み合わせで俺を見つめ……

「さっきの、ウソだったの……?」

と、悲しそうな顔を近づけて聞いてくる。
これはちょっとグッとくるものがあるな……

「智香……」

「……」

名前を呼んでも反応を見せず、ただひたすら俺を見つめる智香。
その瞳は俺を捕らえて離さず、責めるでも泣くでもない視線を向けてくるのだが……

「なーんてね! それくらい気付いてるって!」

「……だろうな」

途中から何となく気付いていた智香のわざとらしさ、そして「なんちゃって」系で締められるであろう雰囲気。
ちょっと上目遣いに演技の臭いが感じられた点が決め手になったのだが、長い付き合いに加え、何と言ってもこの至近距離でのやり取りというのが微妙な違和感を察せたと思う。

「2人して何やってるんだか……」

その一連のやり取り、騙し合いを少し離れていた所で見ていた将太が呆れ顔でそう言い、手にしていたチューハイを飲み干す。
どうやら呆れた感じの口調とは裏腹に、俺たちを見ながら酒を愉しんでいたようだ。

「もう、退屈なら言ってよ。1回ずつ交代でやらせてあげてもよかったのに」

「別にソリティアがやりたかった訳じゃねえよ。っていうか俺のパソコンだ」

「うわ、そこで所持権を主張? 人間が小さいなあ、政樹は」

「関係ねえよ!」

「やだなー、このまま行くと「この毛布もオラのだ、出て行け!」とか言ってきそう……」

「ケチだね、政樹は」

「おい、おめえら2人して勝手に話を展開すんな」

それに俺は自分の事を「オラ」何て言わねえよ。
と、心の中で追加ツッコミを入れつつ、色々と癪なので再度智香にくすぐり攻撃を仕掛けようか画策を始める。

するとすぐさま脳内でGoサインが出され、再び両腕が怪しい動きを見せたその時、絶妙なタイミングで智香が毛布から一旦抜け出す。
何だ? 危険を察したのか? そんな高性能なレーダーは搭載してないハズなんだが……

「ゴメン政樹、冷蔵庫から何か飲み物もらっていい?」

「ああ、勝手に漁ってくれ」

……何だ、ノドが乾いたのか。
俺は智香の言葉に拍子抜け、くすぐり攻撃を免れたのはただの偶然だったようだ。……まあ普通に考えれば納得、の一言なのだが。

「それじゃあお言葉に甘えて、と」

ガチャ

人の家の冷蔵庫を漁るのが好きなのか、智香は楽しそうに冷蔵庫を開けて中を物色。タマゴ置き場やチルドルームなど、そこは見なくてもいいだろ! という場所まで見ている。

「何でこのただでさえ寒い中、念入りに冷蔵庫を見るんだアイツは……」

「元気だね」

「ありゃ元気とはちょっと違うだろ」

……と、キッチンの方を覗きながら話し始める毛布包まり組の俺と将太。
一方の智香は冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、さらに何かを求めて物色を続けていた。

「もしかしたら政樹の温もりが暖かすぎてクールダウンしてるのかもな」

「はあ? んな訳ねーだろ」

「わかんねえぞ? 案外ドッキドキだったりして。だからああやって頭を冷やしてるのかも」

「ないない、そんなのシベリア超特急がカンヌ獲るくらいあり得ない話だって」

「すごい絶望的な数値だな……」

事実上不可能に近い例えを使って否定する俺に、乾いた笑いを浮かべる将太。
……まあ冷静に考えると、シベ超よりは可能性があるような気がしないでもないが。

「ねえ政樹、マーガリンない〜?」

するとその時、キッチンから智香の声が。
どうやらヤツはマーガリンを探していたようだ。

「あー、この前使い切ったかも」

「ちぇっ、残念」

……ほら見たことか、何がドッキドキでクールダウンだよ。
俺は将太に向かって「……な? だから言ったろ?」みたいな表情を浮かべつつ、智香の問いに答える。……っていうか智香、マーガリンを何に使うんだ?

「仕方ない、あんまんはプレーンで食べよ……」

そう言いいながら牛乳をカップに注ぎ、レンジで温め始める智香。
手にはここに来る時に買い、食べずに残しておいたあんまんを持っていた。

……ああ、なるほど。あんまんにちょっと手を加えたかったのか。
きっと智香はマーガリンの入ったあんぱんを参考・発展させ、あんまんの中にマーガリンを詰めたかったのだろう。
そしてそれをレンジで温め、程よく溶けたマーガリンの香り漂うオリジナルあんまんを作ろうとしていたに違いない。
……う〜ん、何か美味そうだぞ。やるな智香。

チン!

程なくして牛乳が温まり、智香はそのカップを持って戻ってくる。
さすがに身体が冷えたのか、急いで俺の横に潜り込んでくるのだが……

「う〜、さむい〜」

……ぴと。むに。

毛布をめくり、俺の背後から抱きつくような形で入ってくる智香。
すると今までに感じた事のない感触が2つ、密着した背中越しに伝わってくる。

「……!?」

とても柔らかく、それでいて適度な大きさ。そしてこのシュチュエーションから考えられる答え、この感触の正体と言えば……?
俺は尋常じゃないスピードで頭を回転、得られる情報の全てを駆使し、脳内で今俺の背中を押している物体の把握に取り掛かる。

……むにむに。

その間も絶えず触れている……というか押し付けられているに近い状態。
紛れもなくその感触は第2次成長期を経た女性の身体特有のもの、まあ平たく言えば胸だった。

「ちょっ、智香お前……」

「うわ、政樹の顔が真っ赤に! ……かわい〜♪」

喋りたい事が上手く言葉にならず、慌てまくる俺。
そこに追い打ちとして智香の可愛い発言が加わり、さらにどうしていいのかわからなくなる。

「ほ〜ら、もっとサービスしちゃうぞ。うりうり〜♪」

そして智香のトドメの一撃が炸裂。胸の密着っぷりはそのまま、耳元でそう囁いた後で「ふっ」と息を吹きかける……という攻撃を受け、俺は完全にノックアウト。どこからか試合終了の鐘が鳴り響く音が聞こえた……ような気がした。

「あ、燃え尽きた」

「しかも完全にな」

情けないな政樹、と言いたげな将太の声。
……燃え尽きてねえよ。そりゃあ確かに悶絶はしたけどさ。
あれ? もしかしてそっちの方が恥ずかしい?

「灰になっちゃいそうだね……」

「確かに。……もしかしたらもう風化が始まってるかもな」

……んな訳あるかい。俺は封印を解かれたバケモノか。
ガックリとうなだれる中、それでも2人の会話にツッコミを入れようとする俺。
見上げた芸人根性である……と自分で言ってみたりして。

「じゃあもう一回やってみようかな?」

「何? バスト押し付け蘇生術?」

「いやん、その言い方はヤメてよ〜」

と、恥ずかしそうに答える智香だったが、名称はともかくマジでもう一度「アレ」をやる気らしい。……うわ、ちょっと期待してるよ、俺。
いいさいいさ、そんな自分がちょっぴり好きさ!

「……えい」

むに。

「……」

……どうしてそんなに自分の身体を安売りするんですか智香さん? こういうのはだね、もっと大事にすべきというか、「ここぞ!」という時に取っておくべきものなんだよ……って、何を俺は気遣い発言をしてるんだ。

背中に胸を押し付けられた事を素直に喜べばいいのに、その感触に酔えばいいのに、なぜか真面目ぶった事を言ってしまう俺。
……ああヤダヤダ、これだからムッツリは(自分で言うな)

むに。むにむに。

「……どうですかお客さん? あれ、もしかしてこういうトコに来るの初めて?」

「……」

そのジョークはどうかと思うぞ智香……
俺はそうツッコミを入れたかったのだが、気持ちよさに負けて何も言えず。
どうやら「この状態をキープしていたい願望」は相当に、自分が思っている以上に強いようだ。

……それにしてもどうして智香は急にこんな事を……?
とろけそうな頭の中、気を抜くと「ああ、ええ気持ちや」と言ってしまいそうな状態の中、それでも微かに残った理性がふとそんな事を考え始める。

そして同時に湧き上がる、もう1つの疑問。
……コイツ、そんなに胸大きかったっけ?

ふにふに、むにむに。

「どう? 柔らかいでしょ? ふわふわでしょ?」

「……」

……ふわふわ? 普通、胸ってそんな擬音で表現するか?
野郎が「うわ、マシュマロみたいだ」とか言ってるエロ本は読んだ事あるけど、「ふわふわでしょ?」と迫ってくる女は記憶にないな……

「……ッ!?」

そ、そういえばっ!!
俺は探偵モノの主人公ばりの閃き、頭上に幾千という豆球を点灯させ、このふわふわ胸の謎を解明する。
……ちょっと豆球の数が多すぎたような気がするけど知るもんか。

ガバッ!

「きゃっ!?」

思い立ったが吉日生活、俺は自分の直感と推理を信じ、勢いよく振り返って智香の両肩をチャッチ。
そして間髪居れず、本能の赴くまま智香のシャツの首元から手を入れ、そこにあるであろう物体を探す。

……むにゃ。

あった!
智香に手を突っ込んで数秒、すぐさま目標物を補足する。
その手に伝わる感触から俺の推理が当たっていた事を確認、ふわふわなそいつを智香の目の前に突き出してみる。

「あんまん、だな」

「……」

「俺をあんまん2つで弄んだな?」

「……胸パットだもん」

俺の問いかけ(尋問?)に対し、そう言って智香はぷいっと顔をそらす。
……非常にふてぶてしい態度である。

「……ほう」

智香の苦しすぎる言い訳に、そして非を認めない態度にピクリと眉を動かす俺。
まあそれは怒りの感情から生じたものなのだが、それより何より胸だと思って悦んでいた自分が、興奮していた自分が、ちょっと下半身に変化をきたしてしまった自分が悔しくて堪らない、という要因の方が大きかった。……ちくしょう、あのトキメキを返せってんだ。

「うわ、何か涙目になってる」

「うっせ! オメエのせいだ!」

違う、これは涙ではない! 悔しさから流れる汗だ! みたいな事を言いたかったが、それはそれで虚しいのでヤメ。
俺は努めて冷静になるよう自分で自分を言い聞かせ、復讐に転じようとアクションを起こす。……何か今日はこんな事やってばっかりだな。

「……なるほどな。そうか、胸パットか」

「そ、そうだよ。これで私もバスト90!」

どうだ、参ったか! と言いたげな智香だが、あんまんを仕込んで90という数字は喜ばしいのかどうか微妙だと俺は思う。
別に「まな板に梅干」って訳じゃねえんだし、お手頃サイズも悪くないぞ……って、俺は何を言ってるんだ。

「そうか、それはすまなかった」

気を取り直してミッション再開。
俺はそう言うと手にしたあんまんにしか見えない胸パットを持ったまま、もう一度智香のシャツの中に手を突っ込む。

「ひゃっ!? ちょっ、ちょっと……!」

「胸パットなら元に戻してやらんとな! ほら、大人しくしやがれ!」

復讐劇の第一歩、「これを胸パットと言い張るなら装着してやらないといけないな」作戦が始まる。
……しかも今回はシャツの中に入れるのではない。目標はただ1つ、「直置き」である。

「いやっ、そこ違っ……! ダメダメ、入ってる入ってる!」

その「入っている」というのは、あんまんがブラの中に入ってきている事を差すのか、それともブラの中には先客が、自前の胸が入っていますと言いたいのか……
まあその真意は俺の知る所ではなく、自分が今すべき事は別。あれが胸パットだと言うのであれば、然るべき場所に収めるのが筋というもの。俺は適材適所の言葉の元、無理矢理あんまんを智香の胸に押し込める。……きっと適材適所という言葉の使い方を間違ってると思うが、そこは気にしない方向でお願いしたい。

むにむに……ぐいっ

「よし、入った」

俺は両手から確かな手応えを感じ、この作戦の成功を実感。いわゆるミッションコンプリートというヤツだ。

「あうう……、あんまんが、あんまんがぁ〜」

戦いを終えた漢の顔、といった感じの俺とは対照的に、情けない声を上げている智香。
これが勝者と敗者、あんまんを押し込める者と押し込められる者の差である。
……何だそりゃ。

まあそれはさておき、俺はさらなる追加制裁を行なうべく、わざとらしく両手を動かしながら不当に膨らんだ智香の胸に近付ける。

「さて、装着具合はどうかな?」

……むにっ

と、少し力を入れて胸……というかあんまんを揉み始める俺。
中身がニセモノと判明した今、照れや恥じらいもなければ容赦もなかった。
あるのはただ一つ、今後どんな事があろうとも胸とあんまんを間違えないよう、この手に覚えさせるという事のみ。……うん、もうこんな過ちは繰り返してはいけないんだ。

……むに〜

「やっ、ダメ! あんが、あんが飛び出る〜!」

「いいじゃん、飛び出せばいいじゃん。 飛び出せ青春!」

「や〜! そんなの青春じゃない〜!」

そう言って両手をワタワタと動かす智香。しかし俺のあんまんを揉む行為は止まらず、毛布の中はとても奇妙な光景が繰り広げられいた。……どういうプレイだよ。

……むにむに。

「ああ〜っ!」

揉み始めて1分弱、智香がそれまでとは少し違った声を上げる。
何もそれは揉まれる事が快感に変わった訳でもなければ泣き出した訳でもなく……

「ううっ……、ちょっと出た……」

そう言って智香はガクリと首を垂らし、「くすん」と小さく息を漏らす。
どうやらその言葉通り、胸の中でとうとう中身のあんが流失、その感触がダイレクトに伝わっているようだった。

「ひどい、これはひどいよ〜」

鼻をすすりながら、涙目で俺を見る智香。その仕草、表情はかなりいじらしく、普段からこうなら俺だって何もイタズラしないのに……と思うほど。
それだけ今の智香は女の子らしさが全面に出ていた。

……が。

「……弁償」

「は?」

「あんまん210円、ブラジャー4200円、クリーニング代400円、あと胸のおさわりが2000円。……計6810円を請求します」

「……」

うわ、何か微妙に払える金額設定だなオイ。
って事はマジ請求だな、これは……

「……おさわり、2000円でいいんだ……」

と、そう漏らしたのは遠くで一部始終を見ていたと思われる将太。
その顔は「だめだよ智香、そんな自分を安く見積もっちゃ……」と言いたげ、裏を返せば「もっと請求しなよ、ガッポリ取ろうよ」というメッセージ性に溢れていた。

「……じゃあ片房2000円の計4000円」

「房って言うな」

それでも4000円かい! とツッコミを入れようとしたのだが、適正価格が全く判らないので自重。もしそのテのお店なら幾ら取られるんだろう。

「……っていうか智香、ブラの代金請求しといてクリーニング代も……っておかしくねえ?」

「う、バレた」

しまった! といった感じでペロリと舌を出す智香。
ったく、油断出来ねえヤツだぜ……

「じゃあその分を引いて計8410円、プリーズ」

「……」

うわ、マジな声のトーン……
これはもう払うしかないのか? 払ってしまうのか? 胸揉み料金4000円を含む8410円を?

「……一応聞くけど……マジ?」

「もち」

「……何か割引的なものは?」

「ないよ。ある訳ないじゃん」

言い切った! この人キッパリ言い切った!
何だ? これはもしかして俺のサイフの中にちょうど払えるくらいの金が入ってるのを知っての事か!?

憶測が憶測を呼び、そんな事ある訳ないだろ! という事まで考えてしまう俺。
……払うしか……ないのか? いや、しかし今8000円の出費はイタイ。……でも責任は俺にもある訳だし、実際あんまんを破裂させるまで揉んだのは俺だし……

「あの、出来れば分割で支払いたいのですが……」

「うわ、払う気だ」

俺の言葉に将太が驚きの声を上げる。
……うるさい外野黙れ。

「ダメ。今すぐ。キャッシュで。もしそれが無理だというなら倍額の物品で」

うお、何かメチャクチャふっかけてきやがった!
倍額って! どんだけ悪徳な取り立てだよ!

俺の分割払いのお願いを即却下、智香は意地でも8410円を手に入れるつもりでいた。……普段はそんな金の亡者じゃないのに。

「……わかった、払うよ。多分サイフの中にギリギリ入ってるはずだ」

あれ? 何か自分でも不思議なくらい素直に払おうとしてる?
そんなに物品で倍額が嫌だから? それとも別の思惑が?

……ええい、もうこの際どうでもいいや。払うったら払うんだ。
俺は何故か1人で勝手にそう決心し、テーブルの上に置いていたサイフの中から樋口女史と数人の野口先生を取り出し、智香に手渡す。
ちなみにこれで俺のサイフに残ったのは野口が1枚、あとはジャラジャラしたヤツがたくさん、という状態。

……こりゃ明日にでも下ろしに行かないとマズイな。
そんな事を考えながら預金残高を思い出し、これからのやりくりについてプランを練る俺。
その時ふと隣の智香を見ると、なぜか手に握った数枚の札を見て黙っていた。

「……」

「何だよ」

「……請求してみるもんだね。ホントにもらっちゃった」

「おいおい……」

あれだけ真剣に迫っておいて、そのセリフはないだろ智香。
何だよ、もうちょっと粘ってれば出費ゼロで済んでたかもしれねえじゃねえか……
そう思い、急激に悔しさと支払った金額へのもったいない感が込み上がる俺。
しかしそれは少し勘違い、智香は何も支払いゼロで許すとは微塵も思っていなかったらしく、こんな言葉を口にする。

「てっきり物品でくるかな、と。貰っても困るものを持ってくるかな、と思ってた」

「……」

そうか、その手があったか。
俺は無条件で差し出す物を智香がチョイスとばかり、高価な物を失うとばかり思っていたのだが、冷静に考えると合算で8000円に到達すればいいだけの話。
だったら押入れに眠っているガラクタ、例えば去年の正月に買ってハズレを引いた福袋の中身でもいい訳だ。
……くそ、是非ともそっちに、物品支払いにするべきだった……

「……政樹、「そうか、その手があったか」って考えてるでしょ? あと「物品支払いにしとけばよかった……」とも考えてる」

「う゛」

「しかも去年、ネタで買った福袋の中身を渡そうとしたな」

「はうっ」

何だコイツら、鋭いにも程があるぜ……
というかそれだけ俺が判りやすい人間なのか? だったらちょっとショック。

「でもまあ変態グッズじゃないだけマシかな?」

「そうだな、現金化も出来ねえだろうし、アレはさすがに勘弁だな」

「ちょっ、何だよそのグッズって。俺はそんなの……」

勝手に話を変態グッズ方面に進める智香と将太に対し、異議申し立てを行なう俺。
しかし次の瞬間、智香の口から発せられた単語を聞いて凍り付いてしまう。

「だ・き・ま・く・ら」

「……ッ!?」

「何だっけ、商品名は『はるかちゃん○4才、お兄ちゃん暗いの怖いの』とかいうヤツだったよな?」

「なななななッ!?」

「身長138cm、なぜか格好は脱ぎかけパジャマ」

「ええっと、確か定価が……」

「誤解だ! アレは一昨年の誕生日にイヤガラセとしてプレゼントされたヤツなんだ!」

こればっかりは弁解しなければいけない。
俺は次々と詳細を口にする(っていうかどうしてアレを知ってる? 隠し場所は完璧だったハズだ!)2人を割って入るような形で話題を一旦ストップ、あらぬ誤解を晴らそうと経緯を説明しようと声を荒げるのだが……

「……それを2年も?」

「……大事にしまっておく?」

まるで台本でもあるかのように、2人は突かれるとイタイ所をピンポイントで突いてくる。それと何気に1つのセリフを分担して喋ってるっぽいトコも嫌だ。

「……」

何も言い返せない俺。だって事実だもん。
違うんだ、別に惜しいとかスキあらば使おうとか、悲しい時に慰めてもらおうとかいう考えはほとんどなかったんだ!(←でも少しはあると認めてる)
でもそれ以上に処分の仕方に困っていた、何となく処分するのが躊躇われた、という部分の方が大きかったのだ。……頼む、信じて。

「もしかして……私も抱き枕にする気だったとか?」

「しねえよ! これでも次元の壁はわきまえてるって!」

「あやしい、今思うと全てがあやしい……」

必死の弁解も虚しく、智香は俺をゴミムシ以下、クラミジアの類を見るような目で俺を見る。というか睨む。

「危ない智香! すぐにその毛布から離れるんだ! 感染が始まってるかもしれない!」

「いやあぁっ!」

そこに後方から将太の余計極まりないヤジが飛び、それに乗るような形で智香が悲鳴を上げる。勿論それは演技に満ち満ちたもの、3流の怪獣映画に出てくるエキストラの如く、微妙に緊張感が欠けていた。

「……てめえら、もう許さん!」

そんな要素がきっかけになったかどうか知らないが、俺はそれまでじわじわと蓄積していた怒りとバカにされてる感が臨界点を突破。くわっ! と目を見開き、制裁に乗り出す。

ガバアッ!

「きゃっ!?」

「とうとう政樹がおかしくなった!」

「誰のせいじゃー!」

おい将太、「とうとう」ってどういう事だ!
そんなツッコミを心の中で叫びつつ、俺は身を包んでいた毛布を智香ごと脱ぎ捨てる。

そしてここから数分の間、破壊神と化した俺の暴れまくりが展開。自分の部屋だというのにお構いなし、溜っていた鬱憤を存分に晴らす事に。

「うがー!」

「うわっ、やめろって! それ俺が一番好きな梅のヤツ!」

……と、将太が取っておいたチューハイの缶を横取りして飲み干した上、毛布をひっぺ返したり。

「うおおおっ!」

「イヤー! 目が回るぅぅ〜」

……と、智香の全身を毛布に包み、完全包装した上でゴロゴロと転がしたり。

「うあっ!?」

「あ、痛そ……」

「バカだなあ」

……と、勢い余ってテーブルに足の小指をぶつけたりしたり。

「行くぞー! 1、2……」

「ちょっ、政樹……っ」

「3、ダー!」

「と、飛んだ!?」

ドムッ!

……と、将太を巻き込むようにダイブ、ベッド目掛けてフライングボディプレスをかましたり。

「わははははは!」

「やめなよ政樹っ」

バサバサッ

……と、毛布をマントに見立てて羽ばたいたり、狭い部屋の中で好き放題暴れる俺。しかしそれは長くは続かず、急に終わりを迎える事となる。
動き回る俺の体力的な問題もある、夜遅くなのであまりうるさく出来ないという問題もあった。
しかし、俺の動きを止めたのは、結果としてこのおふざけ満載な空気を変えたのはそれらの要因ではなく、智香の発した一言だった。

「……もう、政樹ってば! ホコリたてちゃダメ!」

「あ……」

「ほら、将太クンさっきから咳してるじゃない!? 気をつけようって言ったでしょ!」

「え? 2人してそんな事言って……ゴホッ、ゴホッ!」

「だ、大丈夫将太クン!?」

それまでも何度か軽く咳をしていた将太だが、ここで一際大きく、そして少し苦しそうな咳を連発。
すぐに智香が気遣うように飲み物を手渡そうとするのだが、将太は「大丈夫だから……」と言って受け取らない。

「……」

……悪いのは勿論、俺。
だが、将太にそれを気付かせてしまったのは、皮肉な事に黙っていようと言い出した張本人の智香だった。

「……ま、確かに少しノドには悪いわな。……ゴホッ!」

「わ、悪ぃ将太……」

「おいおい、別に謝んなって。ヤバかったらココに来てねえよ」

「で、でも……」

言葉に詰まる俺。
無意識の内に「でも」と言ってしまったが、その後が続かない。
当然だろう、頭の中には何ら言葉を用意していなかったのだから。

「……ふう」

軽く、どこかそれまでの流れを断ち切るようにため息をつく将太。
そして俺と智香を交互に、ゆっくり見た後で口を開く。

「謝んのはこっちかもな。……すまん、余計な心配かけた」

「そ、そんな事ないよ」

「ああ、それこそ「別に謝んな」って話になるぜ。将太は悪くねえだろ」

「……ふう」

もう一度、今度はさっきと違う意味合い、含みを持たせたようなため息。
将太は時折、こういう仕草を見せる。それはどこか一線を引いた時、急に大人びた一面を見せる時に訪れる事を俺は知っていた。……そして、きっと智香も。

「……飲んでる時は大丈夫かと思ってたんだけどな……」

すっ……と立ち上がり、将太は自分が空けたチューハイの缶を拾い始める。
そして俺がさっき飲み干した分も含めて合計5本、レモンや桃の絵が書かれた缶をビニール袋に入れ、台所へと歩き出す。

「……ま、そんな訳で俺はもう行くわ。……悪ぃけど空缶、置かせてもらうぜ」

「将太……」

「将太クン……」

……ガサッ

まるで俺達の呼びかけをかき消すように、拒否するようにも聞こえる音。
それはただ普通にビニール袋を台所脇、ゴミを置いている場所に置いただけなのだろうが、そんな風に聞こえてならなかった。

「……おいおい、何で2人してそんな顔で俺を見る? 別にこうならなくても、咳が出なくてもそろそろ帰る気でいたっつーの」

きっとそれは本心、将太の言う通り、どういう展開を見せようと大体この時間には帰ろうという考えがあったのだろう。こういう時、将太はウソを吐いたりはしない。そういうヤツなのだ。

「そう、か」

……それでも。
多分俺は納得していないだろう、それは今発した言葉でよく判った。
自分でも嫌になるくらい未練タラタラ、踏ん切りの付かない態度だという事が判った。「まあでも体裁だけは……」という意図が見え見えだった。

「そんじゃ、行くわ」

将太は勿論それに気付いているだろう。おそらく心の中では「お前は判り易いな」と、そして「難儀なヤツだなあ、中途半端にいい人間ってのが一番損するぞ?」と思っている事だろう。……事実、後のセリフは何回か言われた事があるし。

「あっ、ちょっと待って将太クン!」

と、それまで無言だった智香が何かを思い出したように口を開き、靴を履こうとしていた将太に走り寄る。

「……ん? 大丈夫だって、2人になっても政樹は襲ってこねえよ」

「違うよ、そんな事じゃないよ……」

そう言って将太の冗談をスルー(マジレス?)しつつ、智香はなぜかサイフを取り出す。……何をする気だ?

「……コレ、帰りに栄養ドリンクでも買って」

「いいって、そんな気遣うほどの具合の悪さじゃねえって」

智香がサイフの中から取り出したのは千円札、おそらくさっき俺が支払ったであろう金の一部だと思われた。

「ううん、貰って。……これはさっき政樹からお金を貰った時から考えてたの。将太クンにドリンクでもって」

「……」

「これはエンリョしないで受け取って欲しいな。……一応私と政樹からって事で。……お願い」

「……ふう」

やれやれ、負けたよ。そんな表情を浮かべる将太。
そして少し視線を上げ、智香越しに俺を見ながら『……いいのか?』とアイコンタクト。

……ああ。

コクリと頷く俺。そしてこっちからもアイコンタクト。
内容は少し複雑、でもしっかり伝わるだろう『……貰ってやってくれ。元は俺の金だしな』というもの。

「……」

すると将太も無言で小さく頷き、『そんじゃありがたく』と言った感じで口元を緩ませる。

「……サンキュ。帰りにドリンクでも買ってくよ」

「うん、そうして」

「……よし、久し振りに高いヤツ、皇帝の液でも買うかな」

「うん、早くよくなってね」

「あいよ」

将太はそう言って智香の指先からピッと千円札を取り、自分のサイフに入れる。
そして履きかけだった靴をしっかりを履き、コートを羽織り始める。

「……よし、それじゃ行くわ。またな」

「おう」

「バイバイ」

しっかりと防寒対策を施し、将太はドアに手をかける。
そこには、その光景には、さっきまで感じたやりきれなさ、納得いかない部分は微塵もなく、それこそ普段通りの別れの挨拶、やり取りがあった。

ガチャ

「うおっ、さらに寒さが!」

ドアを開けた途端、瞬時に外の空気が、凶悪なまでに冷たい空気が入ってくるのが判る。毛布に包まっている俺は頭から肩口だけでいいのだが、毛布なしの智香にはかなりキツイだろう。

「閉めろー、せっかく少し暖まった部屋が逃げるー」

「……それが今からこの中に飛び込む病人に対する言葉か?」

「うっせ、大した事ねえんだろ」

「この……」

俺と将太、2人の間に軽く言葉の応酬が始まりそうな空気が流れる。
……が、それ以上に外の冷たい空気が流れ込み、言葉の応酬は即断念。もしこれが俺達だけなら始まっていたのだろうが、すぐ近くには早くも歯をガチガチ言わせている智香がいる。

「おし、3分で帰る!」

そう言って将太は自分の頬をパチンと叩き、勢いよく外へ飛び出していく。
まあその覚悟は見事、潔さはさすがと言いたいのだが……

「あの野郎、ドアは閉めろよな……」

「あははは、猛ダッシュで行っちゃったね」

おそらくこれは狙ってやった事、俺達に対するイタズラではないのだろうが、将太はドアを全開にしたまま帰ってしまった。

「……悪い智香、閉めてくれるか?」

「うん」

まあ断れば自分も寒い思いをしないといけなくなる。
智香は素直に頷き、ドアを閉めに靴下のまま玄関スペースへ。
……うわ、見てるだけで寒くなってきた。

バタン

「うううっ、寒い寒い寒い〜」

ドアが閉まると同時に駆け寄ってくる智香。
両腕を組んで擦り合わせる、というベタ中のベタなリアクションをしているのが少し面白かった。

「ホラ、早く入れてよ政樹!」

そう言うより早く、勢いよく俺の毛布に入ってくる智香。
もはやこれは「入ってくる」ではなく「俺を押し出そうとしている」に見えなくもないのだが、それ以上に大きな疑問が1つ。

「ちょっ、待て智香」

「はへ?」

暖かい毛布の中に包まれて幸せなのか、智香は「ぬくぬく〜♪」と言いたげな笑顔を浮かべながら返事をする。……その顔は「アホかわいい」という言葉がぴったりだった。

「将太が帰ったんだから、わざわざ俺の毛布に入ってこなくてもいいだろ?」

「えー、だってこっちの方が暖かいもん」

「そりゃそうかもしれんケド……」

まあ今さっきまで外と変わらない寒さの中にいたのだ、その気持ちは判らなくはない。
俺はそう思い、「暖かいけど動きにくいだろ?」と言葉を続けようとしたのだが……

「ダメ、かな」

「……」

ちょっと照れたような、それでいてどこか申し訳ないような。智香はそんな顔で俺を見つめる。
身長差の関係で智香は上目遣い。そして寒い中から急に毛布の中に入ったので、頬がほんのり赤くなっている。

「……ダメだったら、戻る」

「い、いや、ダメとは言ってねえけど」

「じゃあいいよね?」

「あ、ああ」

……うわ、可愛いかもしれん。
きっと普段なら、余裕があれば「別にさっきまでも一緒だったしな。好きにしろよ」みたいな事を言えたのだろうが、今は頷くだけで精一杯だった。

「よかった……」

そんな俺とは裏腹に、智香は心底安心したような表情を浮かべ、鼻先から上を残して毛布に顔を埋める。

「何だよ、急にしんみりモードに入りやがって……」

どうにか落ち着きを取り戻し、やっといつもの調子で喋れるようになる俺。
とりあえず自分の本心も往々に含まれたこんな言葉をかけてみるのだが……

「失敗、しちゃったな……」

「……」

これは独白、というのだろうか。
まるで呟くように、自分に言い聞かせるような口調の智香。こういう時、すぐ隣にいるヤツはどう反応していいのだろう。……というか何が失敗なんだ?

「結局、将太クンに気付かれちゃったね……。残念」

「ああ……」

……その事か。
ようやく何の事を言っているのかを理解し、俺は曖昧な返事をしつつもしっかりと頷く。

だからそれは俺のせい、それに将太も言ってたように、途中で何があろうと帰ろうとしてたんだって……

説得、とはまた少し違うのだろうが、俺はそう言って智香を安心させようとする。
しかし……

「わかってる、わかってるよ。だけど……」

と、俺が口を開くより先に智香が喋り出す。
その言葉は今から俺が言おうとしていた事を予想していたような、何なら実際に言われたかのような、ちゃんとした受け答えになっていた。

「ならいいじゃねえか、今日の所はよ」

「今日の所……?」

「ああ、別に将太とはまた会えるんだ。そんな切羽詰まった顔すんなよ」

「ご、ごめん……」

「それにアイツ、ちゃんと千円貰ってくれたろ? それでいいんだって、十分だって」

「……」

まあわざわざ俺が言わなくても判ってるだろう。智香だって将太の事はよく知ってるし、付き合いだって長い。
……ま、だからって事かも、よく知ってるからこそ思う事があるのかもしれないが。

「ったく、らしくねえな」

コツン

俺はそう言って智香の頭を軽く小突く。
そしてちょっとだけ、本当にちょっとだけ髪を撫でる。……こんな事は滅多にしないのだが、何か自然に手が動いていた。

「政樹……」

「あー、らしくねえ。智香もそうだけど、俺はもっとらしくねえ」

ピシッ

「いた……」

今度は智香の額を人差し指で軽くつつく。
それは照れ隠し半分、あとの半分は……自分でも判らない。

「……ふふっ」

「何だよ、急に笑い出して」

「それを言うならこっちだって「何で頭を撫でてくれたの?」って聞いちゃうよ?」

「……」

「あ、困ってる。そして照れてる。そんでもって私に惚れてる」

「……最後のはどうかな」

「ちぇっ」

何が悔しいのか、智香はそう言うとわざとらしく口を尖らせ、軽く俺に体当たりしてくる。
勿論その体当たりに威力はないし、当然の事ながら全く痛くはない。……いや、むしろくすぐったい。

「何だよ」

「べーつーにー」

……トン

また、体当たりが来る。

……トン

そして、もう一回。
しかし、その体当たりの後、智香は俺から離れず、そのまま身体を預けてくる。

「何だよ」

「べーつーにー」

同じやり取りを繰り返す俺と智香。
……何かバカップルみてえでイヤだな……

「今、バカップルみたいでイヤだって考えてる?」

「……よくご存知で」

「へへへー」

素直に答える俺がそんなに珍しいのか、智香は顔を少し近付け、ニコッと笑う。
そのへにゃらとした顔にはそれまでのシリアス路線、憂いや物悲しさを含んだ要素は微塵もなく、いつもの智香そのものだった。

「……ねえ政樹」

「ん?」

「もうちょっと、このまま暖まらせてもらっていいかな?」

「……どーぞ」

「ありがと」

……こうして俺と智香は1つの毛布に包まったまま、何をする訳でもなければ何を喋るでもなく、ただ黙って部屋を眺めていた。

2人が見ているのは普段と変わらない、それこそ毎日見ている少しホコリの目立つ部屋。

さっきまでは俺と智香と将太の3人がこの部屋の中、ダラダラと好きな事をやっていた。

俺がネット麻雀を打ち、その後で智香がソリティアで遊び、その少し離れた所ではテレビを見たり、その辺に転がっていた雑誌を読みながら酒を飲む将太がいた。

それは俺達にとって日常、何の変哲もない1日でしかなかった。
しかしその中で唯一、いつもと違うのは毛布に包まっているという事。

あまり……というか初めてとなるこのシュチュエーションを生んだのは、偶然と言うにはあまりにお粗末な経緯。灯油の購入忘れという、雪国ではやってはいけないミスから、今日という日が、一連の出来事が起きた。

まあそれだけ、と片付けてもいいかもしれないし、やっぱりそれは特別だったと考えてもおかしくはない。

……ま、難しく考える必要はどこにもないのだ。

「……」

「……」

無言の2人。
しかし、そこに息苦しさや気まずい空気は見当たらない。
あるのは安らぎとか自然な感じとか、そんなやつだけ。

「……息、白いね」

「そうだな」

部屋の中の人口が1人減ったからだろうか、それともさっきドアが開いたからだろうか、はたまた夜が更けるにあたってさらに気温が下がったのか。
理由は判らないが、とりあえず俺も智香も、部屋の中にいるというのに吐く息が白かった。

「あ、政樹の方が白いかも」

「そうか?」

「うん」

智香はコクリと頷くと、「は〜っ」と息を吐き、俺の目の前を白くする。

「ほら、政樹も「はあ〜」ってやってみてよ」

「何でだよ……」

「いいじゃん、自分の部屋の中で真っ白な息を吐くなんてそうそう出来ないよ?」

「したくねえよ……」

それに朝起きた時とか見れるし、夜中に起きた時とか見れるし。
俺はそう言い返そうと口を開くが、なぜか途中まで出てきていた言葉を飲み込み、代わりに大きく息を吐く。

「わ、すごいすごい」

「……これでいいか?」

智香の言う通り、俺の吐く息はとても白く、また広い範囲を覆う。
まあそれは肺活量の差、体温の差なのだろうが、それでも智香はなぜかとても楽しそうだった。

……ま、いいか。

俺はそう心の中で呟き、再度大きく息を吐く。

「ん、何かお酒くさい」

「まあ少し飲んだからな」

自分では気付かなかったが、どうやら少し俺の吐く息は酒臭いようだ。
……でもそれを言ったら智香だって……

「はあ〜」

「……ココアくさい」

「くさくないもん、ココアはいい匂いだもん」

「梅チューハイだっていい匂いだぞ?」

「えー? それでもココアとは別物だよー」

「何ぃ? 智香は梅チューハイを否定するのか? チューハイ党最大派閥の梅を否定するのか?」

「そんな大袈裟な……。っていうか訳わかんないよ〜」

「くそ、こうなったら認めるまで息を吐き続けてやる。……はああ〜」

「あ、わたしだって負けないんだから。……はあ〜」

……と、こうして俺と智香は息を吐き続け、お互いに白く色付いた息を吹きつけ合う事に。

その光景はきっとかなり異質、きっとかなり滑稽に映るだろう。
そしてそれは俺があまり好きではない、バカップルのそれに見えるかもしれない。

……でもまあたまにはいいだろう。
誰も見ていないし、相手は智香だし。
と、俺はそんな事を考える。……勿論その間も智香に向かって息を吐きながら。当然、智香も俺に向かって息を吐き続けている。

……吐く息は白く、でも甘く。

それは微かなココアの香り、そして彼女の香り。

2人の吐く息は白く、そして近く。

その2つの息は1つになり、大きな息となってこの寒い部屋の中に浮かんではやがて次第に消えていく。

お互いの呼吸が合うと1つになる2人の吐く息。
その息は白く、また甘く。

毛布に包まれた2人の息は、とても白く、どこか暖かそうに見えた。

その吐く息は白く、いつしかどこまでもその白さを保って浮かぶのではないかと思うほど。

……そう、吐く息は、どこまでも白かった。





                                          「はくいきしろく」 END 






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