「フレンドシップサマー」
―夏。
近くに山もない、海もない、有名な夏祭りもない…
そんな街に生まれた僕にとって夏休みの思い出と言えば、いつものように友達と近所で遊ぶ事、誰かの家でゲームをしていた事くらいだった。
あの頃、夏は今より暑かった。
それはただの思い過ごし、時間の経過と共に脚色されただけかもしれないが、思い出の中にある夏は本当に暑かった。
そして、何より熱かった。
公園での虫取り勝負、水風船の投げ合いぶつけ合い、涼しさとスリルを求めての図書館かくれんぼ…
それらイベントは大きな行事のないこの街に住む子供にとって日常であり、かけがえのない大イベントでもある。
毎日無理矢理起こされ、眠い目を擦りながらグチ交じりにラジオ体操に出かけるか。
それとも誰より早く会場に向かい、スタンプを全部押してもらう事に命を賭けんばかりの勢いを見せるか。
要はその差である。
面白くない事を面白く、退屈をワクワクに。
僕は、いや「僕ら」はそれが出来た。
ジュースがやけに美味く感じた夏。
すぐ溶けるアイスに手をベタつかせた夏。
日陰を探してはそこを通って道を歩いた夏。
日光を吸収した頭の熱さにテンションが上がっていた夏。
汗の量や日焼けの黒さを自慢しあっていた夏。
そんな夏が、確かにあった。
横にいたのは、いつも一緒にいたのはコータとリサ。
二人とも大事な、ずっとずっと仲良しでいると思っていた友達。
たまたま近所に住んでいた。
知り合うきっかけはそんな些細なもの。
それが次第に仲良くなり、かけがえのない存在になるまで時間はあまりかからなかった。
それはお互いに、言うなれば惹かれ合うように。
小さい、狭い世界だったから、かもしれない。
もしあの頃、僕らの前にもっとマクロな世界が広がっていたら、あの関係は築けなかったかもしれない。
歳の近い子供が近所にいない、通う学校からは変に遠く、なかなか他の友達が遊びに来てくれない…
そんな背景、要因もあったのかもしれない。
…でも。
きっと、根拠はないけど。
それでも僕らは大切な友達になっていた。
僕は、そんな気がしてならない。
―夏。
近くに山もない、海もない、有名な夏祭りもない街。
僕は、コータは、リサは、そんな街で生まれ、出会い、仲良くなった。
その出会いは夏。今となってはどういう感じでファーストコンタクトを取ったのか、全く覚えていない。
先に会ったのはコータだったのか、それともリサだったのか、はたまた二人の中に自分が入っていったのか…
それは僕らにとって遠い昔。
今年で25歳の人間にとって20年前は遠く、思い出すのも困難な程。
しかし、そんな事はどうでもいいのかもしれない。
最初の出会いがどうであれ、それからずっと僕らが一緒だった事は紛れもない事実。
それでいいじゃないか。むしろそれがいいじゃないか。
―夏。今年で25回目となる夏。
すっかり大人になり、一人称が「僕」から「俺」に、移動手段が補助輪付きのチャリから自動車になった俺は外の暑さなどお構いなし、エアコンをガンガンに効かせた車内でハンドルを握っていた。
行き先は駅前。
久し振りに故郷に帰ってくるコータ…いや、浩太を迎えに行く途中だった。
ちなみにもう一人の仲良し、リサこと理沙(何だそりゃ)は俺と同じく地元残り組。
まあ数年前に苗字が変わり、何かちっこいのも1人いるが、普通に連絡を取ったりメシだってたまに食いに行く。
さすがに以前に比べれば会う頻度は減ったが、理沙とくっついたのが微妙に俺と接点のある人物だった事もあり、気兼ねも変な後ろめたさもなく接している。
…こういう人間関係の狭さはさすが田舎、と思わなくもない。
「…チッ」
ここで短く舌打ち。
例えどんなに田舎でも信号はあるし、ちょうどのタイミングで捕まる事だってある。
俺はもう1つ先の角を曲がれば駅正面、という所で赤信号に引っかかり、ギアをニュートラルに入れる。
時計を見ると時刻は1時6分。電車の到着時間が確か1時10分だったので、このままいくとちょうどいい時間に着く事になる。
…久々の再会、になるんだよな。
目の前には誰も通らない横断歩道、そして軽トラ1台だけの対向車。
街の中心部、それも昼だというのにこの寂れ具合はいかがなものか…とも思うが、もはや見慣れまくった光景に格段何かを感じる事もなく、俺は今から会う友人の事を考えていた。
確か最後に浩太と会ったのは2年程前、何か役所から交付してもらわないといけない書類が必要になり、急遽帰って来た…というのが帰郷の理由だった。
詳しくは聞いていないし、俺も理沙も会えたのは電車の発車待ちの20分だけ。それも近くの喫茶店で一息…とかではなく、駅のホームで缶コーヒー片手に近況報告をしただけである。
何やら新しく仕事に就いたらしく、浩太は「忙しい」しか言ってなかったような気もするが、それでも久々の再会を楽しめたと思う。
…ちなみに今回の帰郷は仕事絡みではないのだが、滞在日時はかなり短めとの事。詳しくは聞いていないが、長くて3日程度らしい。
帰郷の知らせも直前になってから、一昨日の夜に電話で「帰って来るけど会う?」と言ってきた辺り、かなり突発的なものかもしれない。
…そういや何の仕事してるか聞いてなかったな。
何をやらせても上手くこなせる浩太だ、どんな職種に就いても要領良くやってるに違いない。
その万能さゆえ予想はしづらいが、長い付き合いから考察するに、万人がなれるような職ではないと思う。
良くも悪くも人を選ぶ、例えば人の上に立って的確な指示を出すような管理職であったり、専門的な知識や能力を要する技術職だったり…
「…ま、会って聞けばいいか」
どんな回答が返ってきても面白そうだ。俺はそう思いつつ、残念ながら今回は再会の場に顔を出せない理沙に浩太の近況を知らせるためにも、向こうで何をしているのかを聞こうと決めた。
―1時13分。駅前。
…お、来た来た。
俺は改札口から姿を現した友人を確認、車を降りて彼に近付く。
人通りの少ない中、一直線に歩いてくる姿はかなり目立つのだろう、浩太はすぐに俺に気付き、軽く手を挙げては歩く速度を少し上げる。
「…よ」
「おう」
短かい挨拶。それは例え何年、何十年振りだとしても変わらないだろう。
俺達はそれだけ親しく、また気兼ねのない関係を築けている。
「…ん、人妻は?」
「あー、何か愛の結晶が風邪引いたんだって」
「夏風邪か、そりゃ大変だな」
「ったく、いくら暑いからって冷たいもの与えすぎなんだよ。そりゃ腹も壊すって」
「ははは、理沙は何でも自分基準だからなー」
「アイツの腹の丈夫さは異常なんだって。どうしてそれに気付かないかね」
「ま、理沙の子なら多少の事は大丈夫だろ」
「だな。…さ、暑いだろ、乗れよ」
「ん」
…バタン。
こうして俺と浩太は冷房の効いた車に乗り込み、そのまま駅を後にする。
ちなみに今後の予定は全く立てていない。別に改めて街を案内する必要は無いし、浩太がそれを望んでいるとも思えない。
まあそれでも2年ぶりの帰郷だ、何か変わった場所や新しく出来た建物に興味があれば全然寄ってもいいのだが…
「ん〜、いいね。基本的に前来た時と変わってない」
「まあな。そんな頻繁に変わんねえって、都心じゃねえんだし」
「いやいや、それは偏見だって。別に向こうだって全ての街が急激に変化してる訳じゃない」
「そか」
「そんなもんだ」
駅前大通りと呼ぶには恥ずかしい規模と広さの大通りを走りながら、そんな会話を続ける俺と浩太。
その関係は当然ながら並列、どちらかが上目線で…みたいな事もなく、昔と変わらない空気がそこには流れていた。
…いや、もしかしたら「流れているように錯覚していた」なのかもしれない。
ふと、そんな事が頭をよぎった。
「…」
「…ん?どうした?」
「いや、別に。ちょっとな」
「何だ、らしくねえな」
「…」
車内には冷風が流れてくる音、そして地面を這うタイヤの音。
決して静寂が、会話の無い時間が苦痛に感じた訳ではないが、なぜか俺は変に慌てていた。
「あー、アレだわ」
「ん?」
急に声のトーンを変え、話題をまとめようとする俺。
我ながら不自然な話の持って行き方だが、そこには触れずに用意した答えとセリフを口にする。
「俺もオッサンになったわ。何か夏に…っていうか盆近くにダチが帰ってくる事に特別な感情を抱くようになったかもしれん」
「哀愁でいと?」
「…でいとは余計だけどな。っていうかオメエ歳いくつだ」
「あれ?知らない?同い年だよ?」
…なんて事の無い、いつものやり取り。
軽い冗談を軽い冗談で返し、そのまま投げっぱなしで次の話題に…
昔から続く、昔から知っている仲だからこそ成立する会話。
それが妙に心地よくて、妙に安心感を覚えて…
ああ、もしかしたら本当に俺はオッサンに、世間で言うところの「いい大人」ってヤツになりかけているのかもしれないな。
そんな事を、ほんの一瞬ではあるが考えてしまった。
「…それにしてもさ」
「ん?」
それから数分、ちょうどその時していた話も一区切りついたかな?という所で浩太が思い出したように口を開く。
「…いや、何でもない」
「今度は浩太がおかしくなった…」
「うっせ」
「ふーん、冷たいわねえ。水臭いわねえ。都会の水はカルキで一杯ね」
「…誰だよそのキャラ」
「知るかよ」
ハンドルを切り、適当に浩太のツッコミをあしらいつつ、未だ目的地も決まらぬ中、車は少し細い道へと入っていく。
…しっかし今のキャラ、本当に定まってなかったよなー
オネエ系でもなく、かといって飲み屋のママさんでもなく…
…職業不明だな。そう心の中で呟いた時だった。
「…あ」
「どした?」
…そうだ、すっかり忘れてた。
何やってるんだ俺、行き先とか何も決めてない中で1つ、これだけは…って感じで聞く事があったじゃねえか。
俺はついさっき、浩太に再会する前に思っていた事、聞こうとしていた事を思い出し、すぐさま質問をぶつけるべく口を開く。
「あのさ、この前帰って来た時も結局聞きそびれたんだけどさ」
「ん?」
「浩太って今何の仕事してんの?」
「…」
…一瞬の間があった。
それは格段気にするようなものではない、本当に短いもの。
しかし俺にはそれが不自然に、どこか踏み込んではいけない領域に入ったような気がした。
違和感、とでも言えばいいのだろうか。
確かにいきなりな質問ではあったが、浩太の反応はそういった突然起きた事に対する間ではなく、もっと別の、上手くは例えれないが「構えざるを得ない何か」といった感覚が見て取れた。
「…そういや」
ここで一旦言葉を区切り、視線を正面に向ける浩太。
ある種覚悟を決めたような、そんな表情に俺は思わずゴクリと咽喉を鳴らし、よく判らないが後悔に近い感覚に包まれた。
「この前も結局、喋らなかったんだよな…」
「…」
…何だろう、この感覚。
聞きたいと思う自分と、聞いてはいけない、聞きたくないと思う自分が、そこにいた。
大袈裟かもしれない、ただの思い過ごしかもしれない。
もし、今から発せられる言葉が想像の範囲を大きく越えるものだとしても、別に構わないじゃないか。そう思う事も出来たはずだ。
例え後ろめたい業種、それこそ極論だが犯罪に手を染めているような組織に属していようとも、彼は彼であり、それはどんな事があっても変わりはない。
何よりその程度で壊れる仲ではないし、そもそも浩太がそんな事を生業にしているとは思えない。
きっと言いよどんでいるのはタイミングを掴めていないだけ、もしくは本人もガラに似合わないと思っているとか、そういう事なんだ。そういう事に違いない。
なぜか、俺はそう強く思っていた。
いや、思おうとしていた、が正解になるのかもしれない。
「…別に、隠そうとしてた訳じゃ、ないんだけどな…」
「ん」
「まあ、その、説明が難しいというか、例えよく知った仲のお前でも理解し難いと言うか…」
「…」
黙って頷く俺。
ここまでは予想の範疇、何となくそういう感じが伝わってきていた。
隠すとか秘密にしておくとは違う、また別の複雑な思い…
それは仲が良ければ良いほど、理解し合い、親密な関係であればあるほど生じるもの。
まだ浩太の口からは何も詳しい事は発せられていないが、俺は勝手にそう解釈し、まるで言い訳を用意しているかのような感じで次に続く言葉を待った。
「どこから話せばいいのかな…、こういうケースって初めてなんだよな」
頭を掻き、珍しく落ち着かない素振りを見せる浩太。
いつも冷静沈着、子供の頃から言葉に詰まるような事はあまりなかったのだが…
「まあ話しづらいなら無理はしなくていいさ、話せる範囲で構わない」
「ん」
果たして今の俺の言葉は本心か、それとも…
相変わらず短い返事をする浩太を横目に、どうも猜疑心を拭えずにいる俺。
…本当に今日はどうしてしまったのだろうか。
―夏。あれは確か俺達が9歳か10歳の頃。
迷子になりかけた時があった。
調子に乗って自転車で遠出、気付くと全く知らない街並みが広がっていた。
先頭を走っていたのは俺、その後をコータとリサが追うような形でペダルを漕いでいた。
まだ夕暮れにまでには時間があったが、照りつける日差しとうだるような暑さの中、外に出ている人はほとんどおらず、まるでゴーストタウンにでも迷い込んだような感じだった。
それはきっと見覚えのない街並みがそうさせた、そんな思いを助長させたのだろうが、とりあえず不安だった。怖さすら感じた。
…でも、3人なら大丈夫。
根拠は何もないが、俺は心のどこかでそう思っていたような気がする。
だが口には出さなかった。
自分がリーダーだと思っていたから。3人をまとめるのは自分だと勝手に決めていたから。
本当は相談したかった。弱音を吐きたかった。迷ったと素直に言いたかった。謝りたかった。
でも、子供特有の意固地さが、それを許さなかった。
それなのに、3人なら大丈夫と思っていた。
矛盾。それは矛盾。
1人でどうにかすると考えつつも、2人がいるなら何とかなると思う心境。
理詰めで迫られると答えられないが、きっと「だって友達だから」という、駄々にも似た根拠に乏しい答えを出しては押し切っていたに違いない。
…結局、この時は道順をしっかり覚えていたコータが逐一俺に曲がるべき道を教え、無事帰る事が出来た。
コータはあくまで参謀的な立ち位置、勝手にリーダーを名乗り、気取っていた俺をサポートしてくれた。
それなのに、それなのに俺は、見知った街並みになった途端に調子を取り戻し、先の反省など無かったかのように先頭を走っていた。
…それでも、コータは笑っていた。不平不満も漏らさず、俺の後ろでペダルを漕ぎつつ、後ろにいるリサが付いてこれているかどうかを見ていた。
そう、リーダーは紛れもなくコータ。本当のリーダーは彼だった。
―夏。あれは確か小学校最後の夏。
夜中に学校のプールに忍び込もうとした事があった。…というか実際に忍び込んだ。
着替えに時間がかかるであろうリサには事前に水着を着て来いと言い、俺とコータはそもそも海パン一丁でプールに向かうつもりでいた。
…が。さすがにその格好では家の監視を潜り抜ける事は出来ず、仕方なく普通に服を着こんで家を出た。
すると集合場所には同じく服をしっかり着たコータ(やはりコータも海パンでの自宅脱出は無理だったようだ)と、なぜか申し訳ない感で一杯の顔をしたリサがいた。
兄弟と相部屋のため着替える事が出来なかったと言うリサは結局プールサイドで着替える事に。
プールに着くまでの間、「覗くな」「脱がすな」「下着を漁るな」の3つの警告を計20セット程、それも鬼気迫る表情でリサに言われる俺。
コータには一言で終わったのだが、なぜか俺にはこの扱い…
不当だ、と思った。
そしてそんな俺を見てコータが笑っていた。
そんなこんなで無事学校に到着。自転車を隠し、物音を立てずプールのフェンスを登り、いざ遊泳タイムに突入。
一応準備体操だけは律儀にこなし、プールに入る前にはちゃんと胸にパシャパシャと水をかけた。
その間、リサはプールの隅、更衣室がある建物の死角でモゾモゾと着替え中。
気にならなかったと言えば嘘になるが、それでも紳士的に振舞おうと悪戯魂をグッと抑え付け、覗く事はしなかった。
勿論、その後もこっそりプールから上がり、荷物を漁るような真似はしなかった。
…その日は天気がよく、月の明かりだけでも十分に周囲が見渡せた。
誰もいないプール、妙に生暖かい水温、そして忍び込んでいるという事、騒いではいけないという、ちょっとした背徳感…
それは小学6年生の俺達にとって最高にスリリングな遊びだった。計画段階からその年の夏の最大イベントとして位置づけられていた。そして実際、最高に楽しく、最高の秘密イベントだった。
静かに水を掛け合い、極力音を出さないバタ足でコータと25メートル競走、さらに家から持ってきたビー玉での石拾い…
どれも楽しかった。特にビー玉拾いは全て回収しないと侵入がバレるため、必死で探した。
そして最後の1つを見つけた時には3人で喜び合い、それまでずっと我慢してきた歓声を上げてしまった。しかもそのまま遊び続けてしまった。
…それがいけなかった。
ビー玉拾いから10分も経っただろうか、一旦プールから上がり、飛び込み台の上に座ってくつろいでいたリサが突然慌て出し、小声で俺たちの名前を叫んでは近付いて来た。
「懐中電灯の光が見えた」「学校の駐車場から一直線にこっちに向かって来ている」
俺はリサの報告に青ざめた。
それはコータも同じだったが、そこは冷静沈着をウリにしている男。すぐさま周囲を見渡し、逃走ルートの発見及び確保に入る。
しかし今から荷物をまとめ、さらに物音を立てずにプールを後にするのは困難。
見つからない事が大前提としてある以上、3人まとまって動くのは危険だった。
逃走ルートは2パターン。グラウンドに面しているプールの反対側、少し高い塀になっている場所を飛び越える手段と正面突破。
そこで俺とコータは短い時間の中、必死になって3人無事に脱出する手段を考え、すぐさま計画を実行に移す事に。
まず俺がわざと物音を立て、見回りに来た人が気付いた事を確認したらプール反対側から飛び出す。そして追っ手が俺の方に来たらコータが他のメンツを誘導するように、他にもたくさんプールで泳いでいた人がいるように見せかけ、正面から逃走。その間リサはプールの中、隅の方で見つからないように隠れていてもらう…というのが俺とコータで立てた作戦。
無事逃げ切ったら頃合いを見計らってプールに戻ってリサと合流、もし戻って来れないような事態、つまりどちらかが捕まった場合はリサの判断で逃げてもらう事にした。
ちなみに俺達が上手く逃げ切っても荷物を残しておくとそれでバレてしまうため、最初に逃げる俺が全責任を持って3人分の荷物を持って逃げる事に。
これで俺が捕まってしまった場合、リサには申し訳ないがスク水のまま、しかも自転車に乗って家まで帰ってきてもらわないといけなくなる。
いくら夜中とはいえ、スク水+自転車というのはかなり勇気が必要だ。…一応で誰かに見つかったら「撮影です!AVの企画モノです!」と答えるようアドバイスしたのだが、本気の正拳を頬にもらったので仕方なく謝った。
…いい言い訳だと思ったのに。
ちなみにこの時のやり取りは大人になった今でもちょこちょこ話題に登場、その度にマジ批難されるから堪らない。
まあ俺も懲りずに何回か同様のネタで攻めているので言い返せないのだが。
というかもうこれは3人の中での「お約束ネタ」だ。…理沙はかなり嫌がっているが。
…さて、話を戻そう。
計画を説明し、お互いの役割分担を確認し合う俺達3人。
この時にはもう懐中電灯の光が見え始め、リサの見間違いでも偶然の通行人でもない事が確定していた。
学校関係者か、それとも警察か…
どちらにしても捕まったら厄介この上ないし、相手がまだ若い大人だった場合は逃亡も容易ではないだろう。
そこで俺は不安を振り切るように気合を入れ、3人分の荷物を背負ってフェンスへと向かう。
この時にはもうコータは反対側の脱出ルートにスタンバイ、リサも震えながらではあるがプールの中で物音を立てないようジッとしていた。
…出来れば相手がヨボヨボのおじいちゃんでありますように。
意を決した俺はそんな願い事をしながら行動開始。
まずはその場でバタバタと足音を立て、わざとフェンスを数回蹴ってからプールサイドを後にする。
その俺の動きに懐中電灯の光が反応。急に慌しく動き出し、相手が俺に気付いて追跡を開始した事が見て取れた。
…バチン!
フェンスを飛び越え、結構な高さからプール脇の小道に着地する俺。
その衝撃で水分を含んだビーチサンダルが大きな音を立て、ワンテンポ遅れで両足の裏に衝撃が走る。
ショック吸収性能ゼロのビーチサンダルは俺の体重をダイレクトに足に伝え、初動を鈍らせるが、追っ手が回ってくるにはまだまだ余裕がある。
俺は荷物を落としていない事を確認し、その場を一目散に後にする。
相手が誰かは知らないが、まず地の利で負ける事は無いだろう。
学校周辺の道路、車の通れない細い道、さらには家と家の隙間などを知り尽くした俺が捕まるとは思えない。
そう思い込むように、言い聞かせるようにして俺は走り続けた。
…そろそろだ、コータ…!
おそらく追っ手はプール内には立ち入らず、周囲をグルッと回ってくるだろう。
と、いう事はもうじき俺が着地した地点付近に着く頃。それは俺達が立てた計画の次の段階、コータの逃亡による霍乱の開始でもある。
…ガシャガシャ、ガシャン!
遠くから聞こえるフェンスの音。そして続け様に響き渡る「今だ!早く!」という声と「みんな逃げろ!」という声。
勿論その2つの声はコータが発したものなのだが、パッと聞いただけでは同一人物の声とは思えない。
…あいつ、いつの間にこんな特技を…?
俺まで一瞬「他に誰かいるのか?」と思ってしまう程、コータの声の使い分けは上手かった。
彼とはかなり長い付き合いになるが、そんな芸当をマスターしているなんて聞いていない。
もしかしたら今初めて試みたのかもしれないが、どっちにしろこれは後でもう一回やってもらおう。そしてあわよくばコツを聞き出し、俺も真似しよう。
アスファルトの道から草むらに入り、そして民家の玄関先を通って塀の隙間を…と、思いつく限り追跡困難な経路を選びながら、俺はそんな事を考える。
背後に人の気配、誰かが追ってくる様子もなければ、物音も聞こえない…
きっと追っ手はコータの名演技に見事に騙され、その場で立ち往生。どちらを追うかの判断に詰まり、結果として双方を逃がしてしまったのだろう。
俺は計画の成功を確信、完全に追っ手を振り切ったと踏み、一度大きな道路に出る。
その後、俺は任務遂行中の忍者の如く足音を消し、学校の近くまで戻る。
向かう先はプールがある方向ではなく、車が停まっていたという校舎側。
念には念を…と、ぐるりと大きく回り込み、駐車場を覗いてみると、そこには懐中電灯を持った大人の姿が。
しっかりは見えなかったが、どうやら警察ではなく、先生か父兄の模様。
とりあえずその様子からは追跡を諦めた事、渋々ではあるが帰ろうとしている事を察し、俺は小さくガッツポーズ。
するとその時、俺の名前を呼ぶ声が。振り返ってみるとそこには同じく上手く逃げ切った名優、コータの姿があった。
こうしてなかなかに巨大なピンチを見事回避した俺達。後はプールの中で1人、不安になりまくっているリサの元に向かい、危機は去ったと告げればいいだけなのだが…
「…なあ、持ってる荷物、少なくなってね?」
ふと思い出したように告げられるコータの問いかけ。
その言葉に振り返り、しっかり背負った「はず」の荷物を確認する俺。
するとバックが1つ、大きく口が開いている事が判明。しかも最悪な事にそれはリサのバック。
恐る恐る中を見てみると、タオル、シャツ、スカートは無事落ちずに入っていたが、着替えの要とも言えるもの、生地の面積は狭いがとても大事な下着方面が見事に無い。
慌てまくる俺、「あ〜あ、やっちまった」と言わんばかりの顔を浮かべるコータ。そしてご丁寧に両手を軽く挙げ、助けを求めようとする俺の行動を先読みするように我関せずのポーズ。
「…なあ、このまま帰らね?」
「別に俺はいいけど?」
「…」
「…」
「…プール、戻るか」
「それがいいな」
こうして俺は力なく、ガックリ肩を落としながらプールを目指してトボトボと、コータはその横で適当に励ましの言葉をかけながら月明かりの下を歩く。
「…リサ、怒るよな」
「怒らなかったら逆に怖い」
「だよな…」
「最低5発は覚悟だな」
「…全力パンチ?」
「いや、急所蹴り」
「…5発か…」
そして俺はこの後、予想を大きく超える急所蹴り8発、スネへのローキック4発、みぞおちへの全力パンチを5発食らった後、今夜中に下着を回収するよう命じられた。…しかも何故か海パン一丁の姿で。
ちなみにこの犯罪と変態の香り満載の「海パン一丁女物下着探しin夜中」、回収は結局出来ず、後日さらにリサから張り手を食らう事に。
そこには前日の有り余る暴力行為に対し、張り手一発で済んで安堵に包まれる俺がいた。
…まあここでホッとする俺も俺なのだが、実はこのリサにしては優しい処遇、裏でコータの暗躍というか根回しがあった。
俺に悪気はなかった事、必死に探し回った事、そして逃走の際、一番危険な役目を自ら買って出たのは俺だという事…
コータはそれらの事柄をしっかりと、理詰めで、リサが納得するまで続けてくれた。
さすがはコータ、こういうアフターケアの徹底ぷりはさすがの一言である。
…そう、俺は結局、いつもコータに助けられていたのだ。
完璧とも言えるそのバックアップに、とても自然で、助けられた事すらすぐには気付かないような手際の良さと的確な行動に、俺は常に助けられていた。
―それは夏。思い出されるのはいつも夏だったように思う。
「…さて、と」
適度な温度の中、涼しい風が吹き付ける車内。
俺は黙ってハンドルを握り、時折それを回し、ブレーキを踏み、アクセルを踏む。
そんな中、浩太は大きく息を吐き、何かを決心したような表情で左手を口に当てる。
当てる、というよりは覆う、に近いこの所作。それは昔から浩太が何か重大な事を告げる時、もしくは言いにくい事を切り出す時の癖だった。
「…」
黙る俺。
何か茶々を入れてもよかった。いや、適当な冗談で場の空気を変えたかった。壊したかった。
でも、それは出来なかった。
そんな事をしても何もならないから。何も変わらないから。
今から何が起きるのか、判らない。
果たして身構える程の、ここまで色々な事を考える程の事を浩太が言うのだろうか。それも、判らない。
もしかしたらなんて事のない、ごくごく普通の、本当に些細な事を告げるだけかもしれない。
利き手を口元に当てるのも、あくびを隠すだけのものかもしれない。
「実は失業中なんだよね」とか、「遊びすぎてまだ大学生だったりして」とか、「いや、普通に会社勤めしてるよ」とか、そういう答えが返ってくるだけかもしれない。
…かもしれない、の連続。
それは何を意味しているのか、どういう心境が作用しているのか、俺には判らない。
何度も言うように、俺が勝手に事を大きくしているだけ、無駄に煽り、1人で不安を駆り立てているだけかもしれない。
…また、かもしれない。
何だ、どうしたと言うんだ。
おかしい。らしくないぞ俺。
隣にいるのは浩太、他の誰よりもお互いを知り、誰よりも理解し合っている仲じゃないか。
季節は夏、何度も何度も一緒に過ごしてきた、4つある季節の中の1つじゃないか。
「…」
…グッ。
ハンドルを握る手が鳴る。皮製のそれは俺の手から伝わる力を存分に受け、持ち前のグリップ力を発揮する。
「…」
まだ、俺は無言。
おそらくさっきからほとんど時間は経過していないのだろうが、非常に長い時間が経ったように思えてならなかった。
「…実はさ、色々あって俺、特殊な仕事に就いちゃったんだよね」
「そう…か」
半ば予想した、想定の範囲内とも言える、浩太の発言。
だから俺は極力自然に、素っ気無く接しようとした。
まあ結果から言えば失敗。妙に声が上ずってしまい、まるで演技力ゼロのアイドルがシリアスなドラマに挑戦、そして失敗…みたいな状態に。
「…何となくでも勘付いてた?」
「まあ、ちょっとはな」
「…だよな」
「これでも一応、長い付き合いだからな」
「ん」
しかし不自然な演技、言うなれば三文芝居はすぐに終わり、いつもの調子での会話になる。
「…で、具体的にはどんな職種?」
「具体的、ね…」
口に当てた手を一瞬外し、今度は指先を軽く噛む浩太。
これは浩太が次の一手を考えている時、頭の中でその時最良となる結果を導き出そうとしている時に見られる癖だった。
「…ま、さっきも言った通り、話せる範囲で構わないし、別に体裁よく言う必要もねえさ」
「いや、話すよ。…話さないと」
そう言いながらもどこか言葉に詰まり、またどこか言葉を選んでいるような浩太。
だが皮肉な事にその頭の良さが、知慮深さが逆に枷になり、上手く話せないでいた。
…そして、その「他人めいた」とも取れる言葉の選び方や配慮とは正反対、古くからの付き合いに対しての「情」に重きを置くような部分も見て取れた。
…難しいだろうな。
こういう時、話す相手が身近であれば身近な程、親交が深ければ深い程、その判断に迷う。
仲がいいから喋れない、話を切り出せないという事はよくある。
それが重要な話であれば尚更、浩太のように頭の回る人間でもそれは同じだろう。
「…」
相変らず、俺は無言。
黙っているのは性に合わない、会話になれば相手以上の口数を発する俺にしては珍しいこの状況。
…それはやはり今話している、話されようとしている内容の重さがそうさせているのだろう。
黙って車を走り続けている中、まだまだ不明な点が多い会話の中、俺は1つだけ明確となった「事の大きさ」に対し、改めてこれがリアルの出来事である事を頭に叩き込む。
…そうでもしないと、今この状況が偽物の、まやかしや夢見の世界であるような気がしてならなかった。
いや、無意識にそう思い込みたいとする自分がそこにいた…のかもしれない。
「…とりあえず先に言っておかないといけないのは、これからはそう簡単に会えない、通信手段でのコンタクトも難しくなる…って事だな」
「…それは、この国より他の国にいる時間が長い、と?」
「いや、そうではない」
「そうか」
何となくそうじゃないか、という思いはあった。
きっと今の俺の質問はその思いを確認するためのものだったのだろう。
「その、何だ、誰とも接してはいけない…とでも言うべきか、そんな感じなんだ」
「…そう、か」
ああ、やっぱりか。
俺は気の抜けた感もある返事をしながらそんな事を考える。
今になって思うと、以前帰って来た時からどこか腑に落ちない部分はあった。
必要な書類を交付してもらう、と浩太はあの時そう言っていた。
しかし、それは逆。きっと何かを申請して「得た」のではなく、「消した」のではないか。そう思えてならない。
それは容易ではない事、普通であればやらないし、そもそも必要のない事。
だが、その普通ではない事を、浩太は必要とした。
それでもう、答えの大半は出たような気がする。
俺はそう思い始めていた。
「…悪いな、抽象的というか中身がない話で」
「気にすんな」
「…悪い」
…悪い、なんて言うなよ…
別に浩太は意地悪をしている訳でも、俺を試している訳でもない。
ただ、本当にそういう話し方しか出来ないのだろう。
よく判らないが、きっとそうに違いない。そうでなければ浩太が、あの浩太がここまで要領の得ない話し方をするはずがない。
「…何か、大部分を察したって感じだな」
「ま、そんなとこだ」
「…黙して語らず、か」
「いや」
「?」
「一を聞いて十を知る、ってヤツの方が近い」
「…そうか」
フッと笑う浩太。
それにより、車内の空気もどこか和らいだように思えた。
しかし…
「…」
そのようやく見せた笑顔も束の間、浩太は急に険しい顔になる。
だがそれはこれから話そうとしていた内容云々ではない模様。浩太の視線は前を走る車、そしてバックミラー越しに映る後方車両に向けられていた。
「…どした?」
「…」
俺の問いかけに浩太は答えない。
無視している、とは違う「少し待ってくれ」という感じにも取れるその反応に、俺は黙って待つ事にした。
「…」
いくら交通量が少ないといっても、前後に挟まれる事くらいあるだろう…
一応俺も浩太の視線に合わせて見てみるが、特に変わった点は見られない。
前を走っているのは少し古いタイプの軽ワゴン、後ろは高級と普通の間くらいのセダン、どちらもよく見る車種だった。
…あ、でも…
特に改造した形跡、例えばマフラーの太さやエンジン音、しれにエアロや足回りを見ても手を加えたようには思えない…
そんな事を考えている時だった。ふとナンバーに目を向けると、珍しい事にどちらも他県ナンバー、それもかなり遠い県のもの。
それを見た俺は「まあお盆だし、帰省の車かな…」程度にしか思わなかったのだが、浩太は違っていた。
「…」
頭は一切動かさず、目だけを素早く前後の車に向けては何かを確信するような表情に変わっていく浩太。
どうやら乗っている人の数を把握している事だけは何となく判ったが、他にどんな場所を見ているのかは全く見当が付かない。
何だ?どこを見てるんだ?
俺は車間距離に注意しつつ、バックミラーを覗き込もうとする。
しかし次の瞬間、浩太の厳しい口調にその行動は止められてしまう。
「…やめろ。もう見るな」
「あ、ああ…」
頷くしか、なかった。
「どうして?」とも、聞けなかった。
そこには今まで感じた事のない、とてつもない威圧感が、あった。
「…あ」
我に返った…というか、「やっちまった」という顔になる浩太。
きっとそれが、今少しだけ垣間見せたものが、この街を離れてからの浩太の「顔」なのだろう、と思った。
それが「本当の顔」だとは思わない。思いたくない。
だが…
…偶然とはいえ、リサが一緒じゃなくてよかったかもな…
黙ってハンドルを握る中、とりあえず思った事は、それだった。
「…で、結局この車は何なんだ?」
それから数分、俺が運転する車とその前後を走る車はさっきまでと変わらず、空いた道を走っていた。
「…まだ、確定はしてないが、とりあえず2つまで選択肢は狭まった」
「2つ?」
「俺に用があるか、それともお前に用があるか。俺の場合は色々考えられる事があるが、後者の場合、目的は完全に1つだ」
「…どういう、コトだよ?」
「ま、もう少し待ってくれ。そろそろ答えが出そうだ」
そう言って浩太は前方を走る車の助手席を凝視する。
俺の前後を走る車はどちらも乗っているのは2人。歳までは判らないが、前の車は頭の形と肩幅から、後ろの車はミラーで直接見れるため、全員男である事が俺にも確認出来た。
「答えって…別にちょっと動いただけじゃねえか」
「いいから」
俺が今言った通り、浩太が助手席の男に視線を合わせたのは少しだけ頭が揺れてから。
それで何かしらの答えが出るとは思えないのだが…
「…ん、電話か?」
その時だった。さっきまで首の近くまで見えていた頭が急に下がり、こちらから見えるのは後頭部だけになる。そして同時に低くなった頭の横から、何か棒状のものが姿を現す。
おそらくあれは携帯を耳に当てている、つまり誰かと話している、という事なのだろうが…
「…なあ、今から俺がいいって言うまで、決して後ろを見るな。サイドやバックのミラーでも駄目だ」
「は?」
「いいから!」
「あ、ああ…」
またしても強い口調になる浩太、ただ従うだけの俺。
この数分の間に両者の関係は完全に変わってしまったように思える。
出来れば数分後にはまた元の、駅前で再会を果たした時のそれに戻って欲しいのだが…
「…ふん」
浩太が鼻を鳴らす。
何かを掴んだような、確信したような、それでいてどこか勝ち誇ったようにも見えるその所作。
俺にはまだ全く状況が、どうして浩太が鼻を鳴らしたのかさっぱりだが、それまで車内に張り詰めていた空気が多少は緩んだように感じた。
「ああ、もう普通にしていいぞ」
「…了解」
いつもの口調に戻る浩太と、素直に頷く俺。
許しが出たからといってすぐさま後ろを振り向くような真似はしないが、やはり何がどうなっているのか気になる。
「…あ、何がどうなってるのかとか、聞きたい?」
「…出来れば」
「まあそうだろうな」
「…顔に出てた?」
「そりゃもう、油性ペンではっきりと文字が」
「油性か…」
相当の知りたがりだな、俺。
自分で自分に突っ込みを入れ、クスリと笑う。
それを見た浩太もまた、クスリと笑う。
しかしそれも束の間、完全に緩みかけた空気は浩太が元の表情に戻った事で脆くも立ち消える。
「…実はもう時間が無い。簡潔に説明する。…いいか?」
「ああ」
また、ハンドルを握る力が、増した。
さっきは浩太の事で、今度は今起きようとしている事で。
「結論から言う。…ありゃ当たり屋だ」
「…は?」
全くの予想外だった。
…当たり…屋?
「今の電話、後ろの助手席への連絡だった。タイミング的に間違いない」
「…でも、それだけで―」
「ナンバーが他県なのも偶然、と?」
「ああ、だって今は―」
「お盆で帰省中だ、と?」
「…」
言おうとしている事は全てお見通し、喋り終わる前にピシャリと言われてしまった。
浩太の事だ、おそらくもっと早く切り返せた、こっちが何かを言う前に全て先に言う事も出来ただろう。
しかし、それでは俺が納得しない。例え出来レースでも、質疑応答が全て決まっていようとも、浩太は少しだけ俺に話す時間を与えた。
その上で、出がかりを潰す形を取り、俺に以降の話を素直に聞かせるようにした…と思うのだがどうだろうか。
「さて…と」
そんな俺の考えを他所に、浩太は車の中を見渡し、色々と物色し始める。
まずはアタッシュボードを開け、座席シートの下に手を伸ばす。
「…ん、何かスゲー昔のエロ本出てきたぞ」
「あっ…!」
「もしかして…今も現役?」
「ちっ、違う!んな訳ねえだろ!」
「ムキになんなよ」
「何か適度に濡らした本を車の中に入れておくと、脱臭効果があるとか聞いたんだよ!」
「マジ?初耳だぜ?」
「だからもういらない本、いつ捨ててもいい本、なるたけ厚い本をだな…」
「わかったわかった、その話は後でな」
「〜っ」
からかうでもなく、呆れるでもなく。
上手くあしらわれたというか、何と言うか…
とりあえず俺にとってはある意味バカにされるより恥ずかしい仕打ちを受けたように思えてならない。
そりゃあ状況が状況だけにふざけれないかもしれないが…
複雑だ。
「…お」
「ん?」
乱雑した荷物やらゴミの中からタイヤのナットを締めるためのスパナを見つけ、「いいものを見つけたぜ」的な声を上げる浩太。
俺が思いがけない辱めに1人で悶絶している間、浩太の車内物色は後部座席にまで及んでいた。
「ちょっ、どうするんだよ、それ」
「ん、使う」
「使うって…、物騒だなオイ」
「ま、物騒になるかどうかは向こうの出方次第だけどな」
特に顔色も変えず、さらっと怖い事を言ってくれる浩太。
手にしたスパナを慣れたようにポンポンと叩くその仕草に、俺はどこか違和感とは異なる、形容し難い思いを抱いていた。
…何か、「怖い」っていうより「遠い」だな…
「…なあ」
「ん?」
物色のため、一度は外したシートベルトを再度絞め直しながら浩太が口を開く。
そして俺の返事を聞きながら、今度は座席を最大限まで奥に動かし、足元に十分なスペースを確保した上で話を続ける。
「…確かこのまま真っ直ぐ進むと、緩いカーブに出るよな?」
「ああ」
「で、それまで道は一方通行の絡みもあって一本道…と」
「そうなるな」
「…そこで、仕掛けてくるぞ」
「…」
別に脅す気は毛頭ないのだろう。浩太にしてみれば事実を、これから起こる事を前もって俺に教えてくれようとしているだけ。これからさらに色々と話そうとしているに違いない。
でも、俺はそこで、浩太が次のステップに移る前に止まってしまった。
頭が、事実に、ついていけてなかった。
「…驚くのも無理ねえけどさ、運転だけはしっかり頼むぜ?」
「ああ、わかった…」
自信は無いが、とりあえずそう答えておく俺。
そうでもしないと話しは先に進まないだろう。
「…やっぱ、前の車が急にスピードダウンって手口なのか?」
「そ。…何だ、結構知ってるじゃん」
「それしかないだろ…」
この先の道を知ってりゃ、な。
と心の中で言葉を付け加える。
確かにあの道は細く、詰められたら回避のしようがない。
それは地元に残り、こっちで免許を取り、この街を走っていれば判る事。
あそこは、危険だ…
「ま、俺も逆の立場ならそうするな」
「っ?まさかお前…」
「やらねえよ、当たり屋なんてチンケな事は。…ただ、足止めなり車内の人間の拘束する場合、結果として同じような行動を取らないといけないだけだ。次元が違う」
「…」
またしても、ひどく現実離れした話が、浩太の口から素っ気無く発せられた。
普通に生きていて、走っている車を足止めする事態に、人を拘束するような事が必要となるケースは非常に少ない。というかまず無い。
しかし、浩太は違う。
それらの行動は別に普通、驚くような事でもなければ覚悟を決めるような事でもない。
ただ、それだけの事。
そう、2人の間に温度差が、それも非常に大きな温度差があっただけの事なのだ。
「…ん、あまりに現実離れしてて実感が沸いてない?」
「…ああ。何か悔しいが、言う通りかもしれん」
「別にいいって。それが普通だし、ここで変に慌てられても困る」
「そうか」
「そうだ」
そこで会話は途切れ、俺は運転に、浩太は前後の車両に一旦意識を集中させる。
おそらく浩太はこのまま会話を続けていても監視の目は疎かにならなかったに違いない。
これも何か意味が、俺を緊張させないとか、もっと別の思惑があるのだろう。
…問題の道へはあと僅か、時間にして1分強、という所か。
浩太の言う通り、俺は妙に落ち着いていた。
それはあまりにも現実感がないから。まるでドラマか映画、それでなければドッキリに出ているような感覚があった。
「緊張でガチガチになるのは勘弁だけど、ヒーロー気取りで出来ない事とか、すんなよ」
「ああ」
…上手く釘を刺されたようだ。
確かに調子に乗り、出来もしない事にチャレンジされては浩太もたまらないだろう。
「…で、もうすぐカーブだけど?」
「そうだな」
「…何か指示は?」
「必要な時に出す」
「いいのか?」
「前もって教えておくと余計な事を考えてしまう。こういう場合は反射的に動いてもらった方がいい」
「…そうか」
「…そうだ」
はいはい、判りました…と言わんばかりの俺。
頷いてくれてありがとう。…全然腑に落ちてないだろうけど、といった感じの浩太。
一見バラバラ、今から不協和音を奏でます的な雰囲気にも見える2人。
しかしそれは間違い。ここは昔からの付き合いが功を奏し、上手く事が運ぼうとしていた。
…次の瞬間、浩太の指示があるまでは。
「…てくれ」
「…は?」
…聞き取れなかった。
いや、正しくは理解出来なかった。タチの悪い冗談にしか、聞こえなかった。
「時間が無いんだ。…今から5秒後、そこの電柱に車体右端を当ててくれ」
「ちょっ、待てよ…!」
何だよ、当たり屋を上手く回避するんじゃないのかよ!
両者無傷で、せめてこっちだけでも無傷で事を運んでくれるんじゃないのかよ!
俺は「10秒後」が「5秒後」に変わっただけ、後は一字一句何ら変わっていない浩太のセリフに思わず噛み付く。
…そりゃないだろ浩太、何でそんなコトしないといけな―
「早くやれ!それとも俺が横からハンドルを回すか!?」
「…っ!」
ビクン、と身体が反応した。
そして、気付くと次の瞬間、俺はハンドルを切っていた。
キキィ〜ッ!
それはブレーキ音。俺は何もペダルを踏んでいないので、この音を出したのは前後どちらかの車になる。
…確か、記憶は曖昧だが、ハンドルを切るのとほぼ同時に、前の車のブレーキランプが点いた…ような気がした。
それは計画の発動、つまり俺に急ブレーキを踏ませ、後方を走る車に激突させるため…なのだろう。
対向車も、前を走る車もいない以上、それしか考えられない。
だが…
もしそうだった場合、こんな音が鳴るまで減速するか?
これじゃあ反応次第では前の車にぶつかってしまう。それでもいいのか?
俺は変な所だけ冷静に、他は色々と混乱して事態が掴めないでいるのに、ここだけは何故か落ち着いて考える事が出来ていた。
それはまるで時間の経過が極端に遅くなったかのように。
もしかしたら走馬灯というのはこれなのか?と思う程、時間が遅く流れているように思えた。
…じゃあ、この音は一体…?
後ろの車…なのか?それとも別の…?
…と、こうして別の事を、混乱してよく整理し切れなかった事を考えようとした瞬間、一気に時間の経過が元に戻ってしまった。
…ゴン、ガシャッ!
最初に感じたのは衝突のショック。次にライト回りを中心に車体が壊れる音。
そしてワンテンポ遅れでやってくるベルトの尋常ではない締め付けに、俺は思わず声を上げてしまう。
…いや、上げてしまった、完全に漏らしてしまったと思われた声は声にならず、ただただ痛みだけが身体を襲っていた。
これが、事故の衝撃か…
テレビで見た事のある、実験用の人形がフロントガラスを突き破る画が頭に浮かぶ。
…シートベルトって、いるな…
急激に痛み出す胸、そして腹部を押さえながら、考えるのはそんな事。
…気付くと、車はぶつかった電柱を起点にクルクルと回った後、道のほぼ中央で止まっていた。
「…大丈夫か?」
「あ、ああ。何とか…」
これが慣れというもの、経験の差なのか、さっきまでと何ら変わりない口調で浩太が聞いてくる。
同じ衝撃を受けたのに何で余裕なんだよ…、と思った。
「…悪ぃ、息を止めておけっていうの、忘れちまった。それだけで結構な差が出るんだよな、衝突の衝撃って」
「それは、是非言って欲しかった…」
「すまん」
怒りはない。
でも、やっぱりそれは事前に教えて欲しかった…
「…さて、と」
「お、おい…」
「ちょっと言って来るわ。…判るとは思うけど、黙ってそこで待っててくれよ?」
浩太はそう言うと俺の返事も待たずにシートベルトを外し、ドアに手をかける。
逆の手にはさっき見つけたタイヤ交換用のスパナ、視線は早くも当たり屋連中が乗っている車に向けられていた。
俺の車を挟むようにして走っていた2台は、俺が電柱に向かってぶつかった関係で順序が入れ替わり、後方を走っていた車が俺達の乗っていた車を追い越していた。
この動きは当然ながら向こうとしても全くの予想外だったらしく、ブレーキをかけていた前方の車に後方の車が接触。慌ててブレーキをかけたので大きな事故には至らなかったようだが、向こうの目論見が脆くも崩れた事に変わりはない…というのは後で聞いた浩太の弁。
とりあえず俺は当たり屋にぶつかられるよりは少ない被害で済んだ…らしいのだが、問題はその後。
浩太がスパナを背中に隠し持ち、2台の車に近付いた時、それは起きた。
バタン!
勢い良く空くドア、飛び出てくる男達。そして浩太に向かって一直線、すぐさま正面と左右の3方向を囲む。
姿を現したのは「やはり」というか「いかにも」といった感じの、明らかに堅気とは違う方々。
しかし浩太は一切臆する事も怯む事もなく、いつもの平然とした表情で相手を見ている。
…格が、違う。
何となくだが、そんな気がした。
そして、その根拠なき予想は、すぐに正解となり、目の前で展開される。
「…ッ、…ッ!?」
「…」
怒鳴りつける男、黙ってそれを聞く浩太。
実際に取り囲んでいる男は3人、リーダー格と思われる男はその後方で様子を見ていた。
…何を言われてるんだ?
俺はまだ自分の車にエンジンがかかっている事、手元の各種スイッチが稼動する事を確認し、恐る恐るではあるが窓を開けて向こうの様子を探ろうとする。
「どうしてくれんだコラ!あ!?」
「テメーが急に突っ込むからこっちもぶつかっちまっただろうが!」
「…」
「何だそのふざけた態度は!このクソガキが!」
「…」
大声で罵る男達とは対照的に、浩太は軽く息を吐いては俺には聞こえない小さい声で返答。さらに言葉も少なげ…というか「まるで眼中にない」と言った感じだった。
当然相手はさらに怒り、浩太を脅そうと躍起になって汚い言葉を連発する。
だがその効果は皆無、相変らず浩太は平然としているし、退く素振りなど微塵も見せない。
そして…
「…」
浩太が、何か喋った。
ここからでは全く聞き取れないが、構えにも似た足の動きから、少しだけ腰を沈めて右足を半歩前に出したその素振りから、それまでとはどこか違う空気を感じる事が出来た。
しかし俺でも気付けたその異変を、浩太を取り巻く3人は何も気付けていなかった。
唯一奥にいたリーダー格の男が事の異常に、それまでとは違う浩太の雰囲気を察し、注意を促そうとしたが、その時にはもう手遅れだった。
…スッ
背中に隠していたスパナが、一瞬のうちに握られ、そして振り下ろされた。
素早く、迷いもなく、動作に無駄もなく。
それは美しさすら感じる所作。剣豪の居合い切りにも似たものがそこにはあった。
…スッ、スッ
しかもその動きは2度、3度と続き、高速でスパナが振られる度に浩太を取り囲んでいた男達が倒れていく。
1人目は頭をガクリと横に倒し、2人目は肩から崩れるように。そして3人目は腰から不自然に身体を折り曲げ、糸の切れた操り人形のように無様で滑稽な倒れ方を見せる。
「…」
また、浩太が何かを口にした。
勿論、今回もどんな事を喋っているのか、俺には聞こえてこない。
ドアを開け、少し近付こうとも思った。
だが、どうしても動かなかった。動けなかった。
…浩太に動くなと言われたから?
いや、違う。
…怖くて腰が抜け、動けなくなった?
それも、違う。
行けなかった。
それが、的確な言葉だったかも、しれない。
違う。
この車の外で起きている、そしてこれから起きる出来事は、違う。
異世界。
同次元の中、目の前で起きていようと、それは異世界の出来事。
見えない壁、そんな使い古された表現も今は的確、真理とも取れる言葉に思えてならなかった。
「…」
また、何かを口にする。
それは残ったリーダー格の男に向けて、極力優しく、噛み砕くように説明しているように見えた。
「…」
今度は向こうが口を開く。
しかし浩太のそれとは似ても似つかない、ひどく怯え、ひどく慌ながら。
そして何より、発する言葉に、単語に、全く力がないように、感じた。
「…」
「…、…」
聞こえない会話。ここからでは話の一部、1つの単語さえ聞こえてこない。
だが、どういう状況か、強い者はどちらか、弱い者はどちらかは容易に見て取る事が出来た。
浩太は声を荒げるでもなく、手にしたスパナをこれ見よがしにちらつかせるでもなく、淡々と喋っていた。
それでも、圧されているのは、勝手に追い詰められているのは、向こうだった。
「…」
…パタン
浩太が男に近付き、何かを耳元で囁く。
するとまるで魔法か催眠術にかかったように男はその場に、力なくへたり込む。
それは絶対的な力量差を、次元の違いを、まざまざと見せ付けられた末に起きた、当然の結末のように見えた。
「…」
黙って見ているしか、なかった。
別に悔しくはない。だってそれは俺の介入する余地のない、俺を必要ともしなければ踏み込む事もないものだったから。
…やがて、浩太が戻ってくる。
電話を取り出し、何かを告げながら、ゆっくりと。
周囲はまだ騒ぎになっていない。
この一連の出来事を見ていた者はゼロ。それは色々な意味でよかったと思う。
根拠はない。
ただ、野次馬精神丸出しで見物を決め込もうとする人物がいたら、きっとこの後で何かが起きる…
そんな気がしてならなかった。
「…お待たせ」
「…お帰り」
戻ってきた浩太が声をかけてくる。
ドアを開けた時と、駅前で再会した時と何ら変わらず。
…いや、違うな。
その昔、この街を出て行く時と何ら変わらず、に訂正だ。
「…ふーん」
「な、何だよ」
「…さすがだね。何も言葉を返せないで黙っちゃう人、結構多いよ?」
感心したような言い方をする浩太。
きっとそれは本心からのもの、本当に黙ってしまう人が多いのだろう。
「まあ…仕方ねえんじゃねえの?」
「やっぱり?」
「俺はその…」
「その?」
「浩太を、よく知ってるからさ」
「…」
黙ってしまう浩太。それは俺の回答によるものか、それとも何か思う事があるのか、残念ながら俺には理解出来ない。
…だから、俺は、待った。
浩太が、次の一言を発するのを。
「よく、知ってる…か」
「ああ。何かおかしいか?」
「…いや、何も」
「ふーん」
嘘吐け、と思った。
そして、俺も嘘吐きだな、と思った。
よく知っているなら、そもそもこんなやり取りはしない。成立しない。
でも…、それでよかった。それでも全然構わなかった。
浩太が今さっき喋ったように、黙って何も言えなくなる人が多い中、俺は特に変わらずに接する事が出来た。
…だったら、それでいいじゃないか。
せっかく変わらずにいれたんだ、何もここから身構える必要はないだろう。小難しく考える事もないだろう。
「あー、それとさ」
「ん?」
「車、修理代は俺が払うから」
「…ん」
「何だよ、腑に落ちないって感じだな」
「まあな。…だってもしあの当たり屋にぶつけられてたら、この修理費より全然高い金が飛んでたんだろ?それを考えると…な」
「ああ?気にすんなって。これでも結構な高給取りなんだぜ?…それにだ」
「それに?」
「…」
珍しく浩太が言葉に詰まる。
しかし、それは何も答えを用意していない、回答が出ない訳ではなさそうだ。
…何となくだが、俺には判る。
そして、浩太が言いかけた、浩太の中にある回答も、何となくだが判っていた。
「ああもう、別に何でもいいだろ」
「ん?もしかして「…親友だろ?」とか言う気だった?」
「なっ…、そんなガキみてえなセリフ、この歳になって言うとでも思うか?」
「さあ?俺は言うかもな。…それにだ」
「それに?」
「言わなくても、声に出さなくても、俺は常にそう思ってる。…多分」
「…」
また、無言。
さっきまでは俺がそうだったが、今は浩太が黙っている。
これでイーブン、差し引きゼロ…にはならねえか。
ええっと、あと2回くらい黙らせればいいのか?
そんなくだらない事を考える俺。
「…多分、かよ。ったく、しまらねえセリフだな」
「うっせ」
そして軽口。浩太は極力軽い口調でそう言うと、わざと悪態を付く。
…きっとこの言い合いは、この言葉の応酬は、これからもきっと続くだろう。
そう思わずにはいられなかった。
「…あ」
「どした?」
「また忘れてた。俺の仕事、喋ってる途中だったな」
「…いいよ、もう」
「そう?」
「大体判ったし。それに知っててもどうしようもないっぽい」
「んー、そうだな」
「俺は俺、浩太は浩太。それでいいんだ」
「…そう、だな」
一瞬言葉に詰まり、また無言になりかける浩太。
しかし、今回は短いながらも言葉を返す。
そこには、いつもの浩太が、いた。
そして、いつもの俺が、いた。
―夏。
今も昔も暑い事に変わりはない。
交通手段が自転車から車になろうとも、苗字が変わろうとも、プールに忍び込む事がなくなっても、夏は夏である。
毎日会って遊んでいようと、数年に一回しか会えなくても。
相手の全てを知ってしても、知らない部分があったとしても。
一人称が「ボク」から「俺」に変わろうとも、コータが浩太に、リサが理沙になろうとも。
夏は夏である事と同様、本質的な部分に差は何も、ない。
―夏。
25回目を迎えるこの夏は特別で、それでいてやっぱりいつもの夏。
次は26回目、その次は27回目。
夏は当然のようにやって来て、それに合わせて歳も当然のように重ねていく。
そう、それが当然であり自然。
夏が暑いのが当然であり自然であるように、俺達が繋がっているのもまた当然であり、必然。
例え物理的に離れようとも、全てを知らなくとも。
当然と自然と必然は変わらない。
ただ、それだけの事。
そして…
今年の夏も暑いという事。
それも変わらない。
ただ、それだけの事―
「フレンドシップサマー」 END
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