「いきなりラブ・モード!」


登場人物

 大渕 駿(おおぶち しゅん)
 主人公。一見適当そうに見えるが、実は気の利くいいヤツ。

 水原 優菜(みずはら ゆうな)
 ヒロイン。明るくてノリのいい性格。駿とは幼なじみ。

 後藤 洋一(ごとう よういち)
 駿と優菜の共通知人にしてクラスメート。やや変人。

 後藤 美鈴(ごとう みすず)
 洋一の妹。やや暴走気味の元気キャラ。




 「いきなりラブ・モード!」



9月7日、月曜日の朝。
いつものように学校へと向かう俺。

天気は快晴、雲一つ無い空の下、
俺はいつものように歩いていた。

駿
「……」

そろそろ秋になろうかという風は心地よく、
済んだ空気を運んでくれる。

…が。

駿
「…眠い」

こんなに天気はいいのに、風はとても穏やかだというのに、
俺の頭の中にあるのは「眠い」の一言だけだった。

それもただの眠いではなく、意識を保つのもやっとの眠さ、
言うなれば「劇的に眠い」というヤツだ。

駿
「ね〜む〜い〜」

とりあえず今の気持ちを声を大にして言ってみたのだが、
残念ながら意識の改善は見られない。

…と、いうか余計に眠気が増してしまったかもしれない。
恐るべし睡魔、というヤツである。

優菜
「ホント、すっごく眠そうだね。さっきからフラフラしてるもん」

そんな俺の様子に、隣を歩いていた優菜が声をかけてくる。
見るとそこには俺とはうって変わり、超さわやかな顔があった。

この朝の清々しさに負けないさわやかフェイスの持ち主は水原優菜。
俺とはクラスメートであり、幼なじみでもある。

駿
「ああ、メチャクチャ眠い。…こんなコトなら映画なんか見ないで、
さっさと寝ればよかった」

そう言って俺は大きく両手を上げ、ぐっと背中を伸ばす。
これで少しは眠気が飛んだ…ような気がしないでもない。

優菜
「あ、映画見てたんだ。もしかして洋一クンのおすすめ?」

駿
「正解。マイナーでシュールな古い映画を2本見せられたよ。
…ふう、やっぱアイツの趣味はわかんねえや」

優菜
「う〜ん、洋一クンの趣味って少し変わってるからね」

苦笑いを浮かべながらも、俺の言葉に同意する優菜。
コイツも洋一の特殊な趣味・嗜好を知っているのだ。

ちなみにこの洋一という人物、2人の共通知人であり、
クラスメートでもある。

駿
「少し、じゃねえだろアレは。優菜も見てみるか?
オチもヤマ場もなくいきなり『Fin』って出て終わるぞ」

優菜
「うわ、それはイヤかも」

駿
「…まあ、ある意味『衝撃のラスト』なんだろうケド、
そんな衝撃いらねえっての」

優菜
「あはは…」

再び苦笑い…というか乾いた笑顔を見せる優菜。
だがそれも束の間、今度は少し心配そうな顔になる。

優菜
「駿ちゃん、もしかして今日は朝ごはん抜き?」

駿
「ああ、ギリギリまで寝てたからな」

優菜
「大丈夫?今日は体育もあるし…お昼までもちそう?」

駿
「ん〜、まあ何とかなるんじゃね?
昨日は夜食を作って食ったし、そんなに腹は減ってないよ」

優菜
「あ、そうなんだ。…ええっと、駿ちゃんが作る夜食ってことは…
やっぱり焼きうどん?」

駿
「まあな」

焼きうどん、それは俺の定番夜食メニューであり、
かなり前に優菜から作り方を教わった料理でもある。

料理はからっきしの3級品な俺だが、これだけは別格。
今では味のバリエーションも何種類かあるくらいだ。

優菜
「駿ちゃん、うどん大好きだもんね」

優菜はそう言ってニコリと笑い、うんうんと何度も頷く。
その表情はどこか安堵にも似たものだった。

駿
「…なあ優菜、確かに俺はうどんが好きだが…
なんでお前がそこまで安心するんだよ?」

優菜
「え〜、だって駿ちゃん、『ハラ減った〜』とか言いながら、
私のお昼ごはん食べようとするんだもん。それはイヤだよ」

駿
「う…」

優菜
「この前なんかメロンパンの外側だけ取って食べようとしたし…」

以前にあったことを思い出し、非難の目で俺を見る優菜。
その口は今にもブーブーと言わんばかりにとんがっていた。

駿
「いや、あれは優菜が半分あげる、って言うから―」

優菜
「だからって上下に2等分しなくてもいいでしょ!」

駿
「…スマン」

優菜の勢いに負け、素直に謝る俺。
まあ悪いのは完全に俺なので仕方ないのだが。

優菜
「ふう、まったくもう…。
それじゃあ駿ちゃん、今日はお昼までガマン出来るんだね?」

駿
「お、おう」

優菜
「私のお昼ごはんを食べない、洋一くんのお弁当に手をつけない、
美鈴ちゃんにパンを買わせにいかない…、約束出来る?」

駿
「…お、おう」

…くそ、さすが優菜。俺の行動パターンを熟知してやがる。

優菜
「あ、今返事まで少し間があった」

駿
「うっせえな、大丈夫だって言ったろ?
今日は何が何でも昼までガマンするって」

優菜
「うん、頑張ってね」

駿
「よ〜し、今日は学食でカツ丼とうどんだな。決定!」

優菜
「うわ、またうどん…」

駿
「何だよ、別にいいだろ。俺が無類のうどんマニアなのは、
優菜も十二分に判ってるハズだ」

優菜
「マニアって…。普通に好き、でいいじゃない。
あ、でも駿ちゃん、この前入ったお店のうどんは残したよね?」

駿
「!!」

優菜のその一言で、一瞬にしてフリーズする俺。
この前入った店…、それは俺にとって悪夢以外の何物でもなかった。

駿
「優菜、頼むから朝っぱらからあの店の話をするのはやめてくれ…
清々しい雰囲気がぶち壊しだ」

優菜
「あ、ゴメン。…そっか、やっぱり駿ちゃんでも、
あのお店のうどんはアウトなんだね」

駿
「当たり前だ…。茹で加減が違う麺が何種類も入ってるなんて、
どう考えてもおかしいだろ?」

優菜
「そうだね…」

駿
「しかも麺のコシがなくて、箸で掴むとブチブチ切れるんだぜ?
あんなのうどんじゃねえよ」

優菜
「うん、あれには私もビックリした。
…あ、あとさ、上に乗ってた具もすごかったね〜」

駿
「ああ、揚げすぎて真っ黒な揚げ玉と、戻してない乾燥ワカメだろ。
特にワカメ、食っても食っても汁を吸って増えてくんのな」

優菜
「普通のうどんであの量なのにさ、メニューの中に、
『ワカメうどん』があるんだよね。想像しただけで怖いよ」

駿
「極めつけなのが店の名前。なんてったって『ダビデ庵』だからな。
今になって思えば、よく入る気になったよな〜」

優菜
「のれんに魔方陣みたいな星のマークが入ってたよね…」

駿
「そうそう、ダビデと庵の文字の間に☆マークな。
あれを見た時、思わず頭の中でメリージェーンが流れたよ」

優菜
「?」

駿
「や、なんでもない。気にするな」

優菜
「う、うん…」

くそ、通じなかったか。
今まで話がガッチリ合っていただけにちょっと残念。

…ちなみにもう説明するまでもないだろうが、
今話していたうどん屋は、この前2人で入った店だ。

その日は休日で、買い物に行った帰りに寄ってみたのだが…
まあ結果は先の通り。2人が受けたダメージはかなりのものだった。

駿
「…はあ、今日はカツ丼だけでいいかな…」

思わず出てしまう、ため息混じりの弱々しい言葉。
さっきまであった俺のうどん欲は急激に萎えていた。

優菜
「ゴメンね、駿ちゃん」

駿
「いや、気にすんな。そう言う優菜だって少し顔色悪いぞ?」

優菜
「う、うん。…ちょっと山盛りワカメを想像しちゃってさ、
もう頭からその絵が離れないの…」

駿
「それは気の毒な…」

こうしてさっきまで元気に歩いていた優菜も俺と同様、
トボトボというかフラフラとした足取りになる。

と、その時だった。


「先パ〜イ、おっはようございま〜す!」

ふいに前方から声をかけられる俺達2人。
見るとそこには両手を大きく振っている女の子の姿があった。

ちなみにこの女の子、俺と優菜とは仲の良い間柄であり、
学校の後輩でもある。

そしてその後ろにはもう1人、
これまたよく見知った顔が涼しい顔で軽く手を振っていた。

優菜
「あ、美鈴ちゃん達だ」

駿
「相変わらず無駄にテンション高いな…」

優菜
「で、洋一クンも相変わらず冷静、と」

駿
「だな」

…そう、今の会話から判る通り、この2人の名前は洋一と美鈴。
さっきからちょこちょこと会話に出てくる人物だ。

一見クールでナイスガイ、だが実はおかしな趣味を持つ洋一と、
いつも元気でハイテンション、全身で感情を表現する美鈴。

一緒に登場、ということはカップル…かと思いきや、
この2人、全然似てないが兄妹という関係だったりする。

優菜
「おはよう、美鈴ちゃん」

駿
「よう、今日も不必要に元気だな」

パタパタと駆け寄ってくる美鈴に挨拶を返す俺と優菜。
それに対し、美鈴は敬礼をするようにビシッと右手を額に当てる。

美鈴
「どもっス!…って、アレ?どうしたんですか2人とも?
なんか元気なさそうですよ?」

駿
「ん、ああ。…まあ話せば少し長くなるんだが…
とりあえず俺達は元気だ。なあ優菜?」

優菜
「うん、別に具合が悪いとかじゃないよ。
…ただ、ちょっと沈んでたのはホントだけどね」

美鈴
「むむ?一体お2人の間に何が・・・?」

洋一
「ご懐妊、かな?」

ここで洋一が話題に参入。
開口早々、突拍子も無いコトを言い出す。

美鈴
「ええええ〜!?」

洋一
「俺達は元気、という今の駿の発言から察するに…
水原さん、お腹の子は大丈夫?」

美鈴
「逆子!?逆子っスか!?それじゃなきゃ早産!?
どうなんですか優菜先輩、…いや優菜ママ!」

駿
「んなコトあるか!このアホ兄妹!」

あまりに話を飛躍・展開させすぎる後藤兄妹を一喝する俺。
…全然似てない、という先の言葉は即刻撤回である。

駿
「洋一!いきなり話に入っておかしなコト言うな!
そして美鈴!洋一の言葉を真に受けるな!」

優菜
「あははは…」

俺の様子に早くも本日何回目かの苦笑いを浮かべる優菜。
…って、どうして少し頬を赤らめる?

駿
「ったく、優菜ママってなんだよ…」

美鈴
「面目ないです…」

洋一
「でもさ、語呂はいいよね。ね、そう思わない?駿パパ?」

駿
「パパって言うな!そして少しは悪びれろ!」

洋一
「…ちぇっ」

そう言って洋一は残念そうな表情を浮かべ、
わざとらしくいじけてみせる。

駿
「…今日は朝からイベント盛りだくさんだな。
さっきまで半分眠ってたのが嘘みてえだ」

優菜
「あはは、そうだね。今の駿ちゃん、目もぱっちりしてるし、
ツッコミも絶好調だもん。眠気が覚めてよかったね」

駿
「そういう問題かよ…」

全く、コイツはお気楽主義というか、楽天思考というか…
勝手に身篭ったことにされたのに笑ってますよ、この人。

洋一
「…で、何で2人はあんなにトボトボと歩いてたのかな?」

美鈴
「あ、それはワタシも知りたいです。あのヘコみっぷり、
遠くから見てても分かりましたよ?」

今まで散々話をややこしくしてきたと言うのに、
そんなことお構いナシで話題を元に戻す後藤兄妹。

そんな2人に対し、思わず「あのなあ…」と言いかけそうになるが、
どうせ何を言っても無駄と踏み、初めから説明を始めることにした。





駿
「…で、ここからは先月、優菜と行った店の話になるんだけど…」

…説明を続けながら4人で歩くこと数分、
話の内容はいよいよ例のうどん屋での体験話になろうとしていた。

駿
「そこの店、一応うどん屋なんだけど、もう全てがヒドイんだよ。
麺、つゆ、具…、どれも救いようがねえの」

優菜
「駿ちゃんが残したくらいだからね」

洋一&美鈴
「…」

駿
「店の名前もおかしいし…って、あれ?どうした2人とも?
さっきから急に黙り始めたぞ?」

この話にはきっと食いついてくると思っていた俺だが、
予想に反して2人の反応はイマイチ…というか反応が無い。

なんだろう、何かマズイことでも言ったか?
もしかしてあの店の常連?…いやいやまさか。

と、俺がそんなことを考えていると、2人はなぜか見つめ合い、
アイコンタクトで何かを確認。そして同時に頷くと…

洋一
「駿、もしかしてその店…」

美鈴
「『ダビデ庵』って名前じゃないですか?」

これぞ兄妹の成せる技、というヤツなのか、
2人は合図も無しに1つのセリフを分担して喋ってきた。

駿
「なんだよ、2人して…
まあ確かに店の名前はそれで合ってるけどさ」

見事な連携に少し驚きながらも、そう答える俺。
すると洋一達は『やっぱり』という顔になり、再度頷き合う。

駿
「なあ、一体どうしたんだよ、スゲー気になるんだけど…」

優菜
「うん、私もすっごく気になる。あのお店、何かあったの?」

さすがに俺も優菜も、意味深な2人の行動に少し不安を覚え、
恐る恐ると言った感じで問いただしてみる。

美鈴
「…ええっとですね、駿先輩と優菜先輩が入ったそのお店、
今度の『愛の赤貧大脱出』に出るみたいなんですよ」

駿
「え、あの司会がもんたのヤツか?」

…『愛の赤貧大脱出』というのはテレビ番組の名前で、
その内容は商売が下手でどうしようもない店を救う、というもの。

俺はあまり見たことはないのだが、本当にヒドイ店が出るらしい。
そうか、アレに出るのか…

洋一
「そうそう。…実は先週、僕達も買い物に出かけたんだけどさ、
ちょうどその時、撮影してるのを見たんだ」

駿
「なるほどな…って、それくらいならもっとスパッと言えよな。
2人して深刻な顔するからさ、スゲー焦ったぜ」

美鈴
「あ、それなんですけど、これにはまだ続きっていうか、
もっとスゴイことがありまして…」

優菜
「え?スゴイこと?」

美鈴
「はい。私達が撮影しているのを見つけた時、
お店の人がスタッフの1人に色々とお話してたんですけど…」

洋一
「何気なしに聞いてたらさ、『ここ1ヶ月で入った客は2人』
って店のオッサンが言ってたんだよね」

駿
「…お、おい、じゃあその2人の客って…」

優菜
「私…達?」

驚愕の事実、発覚。
そりゃあ洋一も美鈴もあんな反応見せるよな…

駿
「…う〜ん。改装前の最後の客、か。
なあ優菜、これってラッキーなことだと思うか?」

優菜
「微妙だね…。スゴイことかもしれないけど、
ラッキーな感じはあまりないかも」

駿
「そうだよなあ…」

美鈴
「え〜、私はラッキーだと思いますよ?
だっていい話のネタになるじゃないですか〜」

駿
「まあ、確かにそういう考え方も出来るな」

優菜
「あ、でもさ、改装した後の味と比べれるのはいいかも。
前の味を知ってる人って貴重なんじゃない?」

駿
「おお、言われてみればそうかもな。
…よし優菜、今度改装したら食いに行ってみっか?」

優菜
「うんっ」

美鈴
「あ、私も連れてって下さいよ〜」

…と、こうして俺達は改装後のうどん屋の話で盛り上がりながら、
学校へと続く道を歩いていった。





駿
「…それにしてもさ、この街にも全国ネットのTVって来るんだな。
番組のロケなんて全然縁がないモンだと思ってたよ」

4人で歩くことさらに数分後、
もう学校はすぐそこ、というところまで来ていた。

その間、話題はうどん屋を立て直す番組を中心に、
TV番組全体についての話になっていた。

美鈴
「ですねえ。私も初め見た時ビックリしましたもん。
もしかしたらTVに出るのなんて簡単なのかもしれませんね〜」

駿
「おいおい、俺達はマズイうどん屋じゃねえんだぞ?
ただの学生がフツーに生活してんだ、出れる訳ねえだろ」

美鈴
「うわ、つまんない答え…。ダメですよ先輩、
そんなんじゃ将来、面白くない大人になりますよ?」

駿
「うっせえ!」

美鈴
「あ〜あ。少しは会話を盛り上げようって気はないんですか?
ねえ優菜先輩からも何か言って下さい…って、優菜先輩?」

会話に混じってもらおうと優菜に話を振った美鈴だったが、
優菜は何も反応せず、前方をじいっと見つめていた。

洋一
「どうしたの水原さん?」

そう言いいながら優菜の視線を目で追ってみる洋一。
俺もつられて前方を見てみると、そこには…

洋一
「あれ?校門の前にすごい人だかりが出来てる…」

そう、洋一の言葉通り、俺達が通う学校の校門前には、
通学時に起きる混雑とは異なる人の集まりが出来ていた。

美鈴
「ホントだ。ええっと…、今日って何かありましたっけ?」

駿
「いや、何もないだろ」

イマイチ自信は持てないが、とりあえずそう答える俺。
今日は普通の日だったと思うのだが…

優菜
「TV局の車がある…」

その時、それまで黙っていた優菜が口を開き、
校門から少し離れた道端を指差す。

そこには優菜の言う通り、TV局のロゴが付いた車が数台と、
周囲には撮影クルーらしき人達が立っていた。

美鈴
「ホントだ。…ってことは、あの人だかりはTVの撮影?」

洋一
「…番組の撮影か、それとも何か事件が起きたか…
校長がわいせつ罪で捕まった、とかだったりしてね」

駿
「またお前はさらっとスゲーことを…
ま、微妙にあり得そうな感じはするけどな」

洋一
「よし。…美鈴、何が起きているのか調べに行こう」

美鈴
「はいな!」

ダダッ!

美鈴が返事をするのと同時に走り出す2人。
そして一気に人だかりの方向へと進んでいく。

洋一
「それじゃあ駿、水原さん、僕達はここで!」

美鈴
「後で報告に伺います〜♪」

途中、振り向き様にそう言い残し、
後藤兄妹は人だかりの中へと消えていった。

優菜
「…行っちゃったね」

駿
「ああ。2人ともああいうの大好きだからな。
ま、HR前には正確な情報を仕入れてくるだろ」

優菜
「うん、洋一クンと美鈴ちゃんの情報収集力はスゴイもんね」

駿
「…しっかし、それにしても何があったんだろうな?」

優菜
「ホント、何なんだろうね。
もしかして『スクトレ』の収録だったりして」

俺の問いにそう答える優菜。
その表情はとても楽しそうだった。

…今優菜が言った『スクトレ』とはTV番組の名前で、
全国各地の学校を紹介していく番組だ。

オモシロ素人キャラと青春系の企画がウリで、
結構人気があったりするのだが…

ちなみに正式な番組タイトルは
『スクールトレジャー〜発掘!青春爆発劇場〜』という。

…俺にはドえらくカッコ悪いタイトルに思えるのだが、
これでゴールデンの人気番組なのだから世の中分からない。

駿
「まさか、んな訳ねえだろ。…さ、行くぞ」

優菜
「は〜い」

優菜は残念そうな声を上げながらも、
歩き出した俺の後ろにピタリとついてくる。

…時刻は8時15分。俺達は混雑した校門付近を何とか通り抜け、
大体いつもと同じ時間に学校に着いた。





その後、俺と優菜はそのまま自分達の教室へ入り、
仲の良いクラスメートと挨拶を交わしながら席に着く。

HRが始まるまでの間、
周囲で交わされている会話は当然TV局のことばかり。

噂というか憶測、憶測というか希望・願望が飛び交う中、
あまり興味を持てない俺はボーっと正面の黒板を眺めていた。

駿
「…ん?」

その時だった。俺は何気なく見ていた黒板の斜め上、
チャイムが鳴るスピーカーに違和感を覚えた。

…何だろう、何か上に乗っているような…
俺はそう思い、確認しようと立ち上がる。

優菜
「あれ、どうしたの駿ちゃん?もう少しで先生来ちゃうよ?」

そんな俺の様子に気付いたのか、
一つ前の席に座っていた優菜が声をかけてくる。

駿
「いや、教室からは出ねえよ。
…ただ、ちょっと気になることがあってさ」

優菜
「?」

イマイチよく分かっていない顔の優菜をよそに、
黒板の前まで進む俺。だが手を伸ばそうとした瞬間…

ガラッ!

美鈴
「駿先輩、優菜先輩、大変です!大ニュースです!」

と、かなり慌てた様子の美鈴が登場。
…っておい、お前はクラスも学年も違うだろ…

駿
「なあ美鈴、いくら俺や優菜、洋一がいるクラスだからって―」

美鈴
「そうなんです!先輩達のクラスなんです!
これはスゴイことです、今週のビックリドッキリメカです!」

俺の言葉を遮り、とりあえず「スゴイ」を強調する美鈴。
…それにしても『今週の〜』は古いだろ。

洋一
「そうなんだよ駿、確かに美鈴は少しはしゃぎすぎだけど、
それくらいスゴイことがこのクラスで起ころうとしてるんだ」

そう言いながら今度は洋一が廊下から登場。
そして教室に入るなり、教卓の前に立って話を始める。

洋一
「さて、みなさんもご存知の通りかと思いますが、
本日、この学校にはTV局の撮影クルーが来ております」

いつもの口調でクラスメート全員に話しかける洋一。
コイツの得た情報の正確さは有名なので、みんな真剣に聞いている。

洋一
「え〜、気になる目的及び収録する番組名ですが、なんと!
『スクトレ』の撮影であります!」

優菜
「うっそ!?」

駿
「…マジかよ…」

おいおい、優菜の予想…というか理想が当たったよ。
俺は洋一の言葉に沸きに沸くクラスの中、1人唖然としていた。

美鈴
「しかも!…いいですか?聞いて驚いてください、
何とこのクラスの授業を1日中カメラが捉えちゃいます!!」

駿
「何ぃっ!?」

その言葉にさらに盛り上がるクラスのみんな。
さすがに今度は俺もみんなと混じって驚く番だった。

優菜
「スゴイ、スゴイよ駿ちゃん!
私の言ってたコトが本当になったよ〜!」

駿
「ああ…、スゲエよ。まさかこんなコトになるとは…」

美鈴
「へっへ〜ん、どうですか先輩?誰でしたっけね、
『ただの学生がフツーに〜』とか言ってたのは?」

喧騒の中、勝ち誇ったように話しかけてくる美鈴。
…くそ、何だこの敗北感。

駿
「…ん?そう言えば…」

美鈴に対し、何か言い返そうとした俺だが、
その前にさっきまでやろうとしていた事を思い出す。

駿
「このクラスの授業を捉える…ってコトは、
もしかしてあそこにあるのは小型カメラか?」

そう呟きながら俺は再度スピーカーに視線を向け、
何とか確認しようと背伸びをしてみる。

洋一
「あれ?駿ったらもうカメラの場所に気付いたの?
結構分かりにくいトコに設置されてたんだけど…さすがだね」

そんな俺の行動に気付いたのか、洋一が横から声をかけてきた。

駿
「ん、まあ偶然っていうか、ちょっとな」

洋一
「へ〜。あ、でもさ、覗き込むのはやめた方がいいと思うな。
あんまレンズに近付くと、バカみたいに映っちゃうよ?」

駿
「!」

洋一の言葉に慌ててカメラから離れる俺。
そういやTVでそんなアホ顔見たことあるぞ…

駿
「…サンキュー洋一。危うくヘンな顔を全国に晒すトコだったぜ」

洋一
「いえいえ。…おっと、もうそろそろ美奈ちゃんが来る時間だね。
みんな席に着いたほうがいいんじゃない?」

駿
「そうだな。おい美鈴、お前は自分の教室に戻れ」

美鈴
「はいな。…それではみなさん、頑張って下さいね〜!」

クラス全員に向かって手を振り、教室を出て行く美鈴。
だが廊下に出た所でパッと振り返り、思い出したように口を開く。

美鈴
「そうそう。美奈先生ですけど、何かスゴイことになってましたよ。
先生には悪いですけど、笑っちゃいました」

駿
「ん?なあ美鈴、それってどういう―」

美鈴
「ああっと、来ました!美奈先生が来ちゃいました!
そんな訳で私はこれで!先生に関しては見てのお楽しみです!」

美鈴はそう言うなり、急いでその場から逃走。
自分の教室へと猛ダッシュで駆けていった。

駿
「なんだ?美奈ちゃんがスゴイことになってるって…」

優菜
「見てのお楽しみ、って言ってたね」

洋一
「ははは、もうすぐ2人も分かるって。
さ、美奈ちゃんが来る前に早く席に着こうよ」

駿
「あ、ああ…」

少々腑に落ちないものの、とりあえず自分の席に戻る俺。
ま、洋一がもったいぶるくらいだ、かなりの面白さなのだろう。

…一応説明を入れておくと、さっきから会話に出てくる人物、
美奈ちゃんというのは俺達の担任を勤める教師である。

結構いい歳なのだが、顔付きが幼い&舌っ足らずなトコがあり、
みんなからはちゃん付けで呼ばれている。

…その美奈ちゃんが一体どうしたというのだろう?
俺がそんなことを考えていると、教室の外から足音が聞こえてきた。

駿
「お、美奈ちゃん登場か―」

ガラッ!

美奈
「み、みなさん、お、おはようございます〜」

駿
「な!?」

優菜
「美奈…先生?」

確かに教室に入ってきたのは美奈ちゃんだった…が、
そのあまりの変貌っぷりに、思わず言葉を失う。

それは周囲も同じようで、唖然というか呆然、という顔をしている。
服装はいつもの地味な格好なのだが…

駿
「美奈ちゃん、その化粧…ナニ?」

とりあえずそれを言うだけで精一杯の俺。
だがクラス全員がまず聞きたいことはこの一点だったと思う。

…今の美奈ちゃんの顔、これは何と形容すればいいのだろうか?
とりあえず…白い。しかも不自然なくらいに白い。

美奈
「はうんっ、いきなりそこを突きますか…
やっぱり、これはおかしいですよねぇ?」

俺の問いに対し、情けない声で答える美奈ちゃん。
そして1人でヘコんでしまった。

美奈
「せっかくTVに出るんだから、しっかり化粧をしなさいって…
うううぅ、鈴木先生にメイクをしてもらったのが間違いでした〜」

駿
「…ああ、なるほど…」

美奈ちゃんのその言葉で、俺は事情の大半を理解した。
この恐ろしいまでの白塗り、その子が絡んでやがったか…

鈴木先生、俺達の間では『その子』というあだ名で呼ばれ、
見た目・性格ともに恐れられている教師だ。

…ま、あだ名から容易に想像出来ると思うが、ヤツは白い。
とんでもなく白い。コントで粉を被った顔より白い。

優菜
「美奈先生、それでTVはちょっと…」

洋一
「うん、さらに婚期が遅れること必至だね」

美奈
「!!!!!!!!」

洋一の言葉に、目を見開いて驚く美奈ちゃん。
そのメイクでそんな顔されると怖いって…

美奈
「そ、そ、それは困ります!
ど、どうしましょう後藤君!?そうだ、モザイクを…」

…いやいやいやいや。なんでそうなる?

駿
「美奈ちゃん、落ち着け〜」

美奈
「は、はいっ。私もそろそろ結婚して落ち着きたいです!」

駿
「いや、そうじゃなくてさ…」

元々慌てやすい性格の美奈ちゃんだけど、
TVと聞いてさらに慌てっぷりが増してるな…

駿
「まずはそのメイクを落とそうよ?
美奈ちゃんまで真っ白になる必要ないって」

優菜
「そうですよ、よかったら私のメイク落とし、使ってください。
…落ちるかどうか分かりませんけど」

美奈
「ううっ、水原さん、ありがとうございますぅ〜」

…こうして俺は、優菜や洋一達と共に美奈ちゃんを落ち着かせ、
何とかHRを始めてもらうことにした。




…10分後。

美奈
「…以上で朝のHRを終わります。それでは次の時間から、
カメラが回るとのことですので、みなさん頑張って下さいね」

そう言って出席簿をパタンと閉じ、HRを終える美奈ちゃん。
この頃にはもうさっきまでの慌てっぷりは収まっていた。

美奈
「…ええっと、大渕君、ちょっと来てもらえますか?」

駿
「あ、はい…」

HR終了直後、美奈ちゃんに名指しで呼ばれる俺。
何だろう、と思いながら教卓へ向かうと…

ガシッ!

駿
「え?」

俺はいきなり手を掴まれ、そのまま廊下まで引っ張られる。
そして美奈ちゃんは内緒話をするように顔を近付けてきた。

駿
「ど、どうしたんスか?」

美奈
「お願いっ、大渕君の力を貸して欲しいの!」

駿
「は?」

美奈
「あのね、次の時間からスタッフさんが教室に入ってくる、
ってのはHRでも説明したよね?」

駿
「はい…。スピーカーの上にあるヤツとは別に、
もう1台のカメラで撮影するって聞きましたけど」

そう、何と俺達の教室を撮るのは固定カメラ1台ではなく、
ちゃんとカメラマンが付いて撮影をするらしいのだ。

美奈
「うん、実はそこで大渕君にお願いなんだけど、
クラスのみんなを取り仕切ってもらえないかな?」

駿
「ええっ!?でもそれは委員長の仕事じゃ…って、
そうか、委員長も緊張には滅法弱いヤツですもんね」

美奈
「そうなの。だからさ、みんなが暴走しそうになったら、
大渕君が上手く止めてくれないかな?」

駿
「暴走…っすか。確かに危険因子は多いですからね、このクラス。
みんな悪いヤツじゃないんですけど…」

さすがに言葉に詰まる、というか歯切れが悪くなる俺。
それだけウチのクラスには超個性派が多いのだ。

美奈
「うん、みんないいコなのは私が一番知ってるつもり。
…でも、学年主任からやんわりと釘を刺されちゃって…」

駿
「なるほど…」

そういうコトか。俺は美奈ちゃんの言わんとすることを理解し、
大きく頷いた。

駿
「わっかりました。なんとかやってみますよ」

美奈
「本当!?ありがとう大渕君〜」

俺の言葉に喜びまくる美奈ちゃん。
…これがさっきまでの真っ白メイクだったら怖かったな…

駿
「あ、そういや今日の2時間目、美奈ちゃんの授業でしたね。
一応聞きますけど…大丈夫ですか?」

美奈
「う…、それが結構不安だったりして…。
また朝みたいなことにならないか心配ですぅ〜」

駿
「そうっスか…」

…心配だ。とても心配だ。
こりゃあ2時間目は美奈ちゃんのフォローもしないといけないな。

美奈
「…あ、そろそろ1時間目の授業が始まっちゃう。
ええっと、そんな訳で大渕君、どうかお願いしますね」

駿
「はい、頑張ります」

美奈
「ありがと。…それじゃまた2時間目に」

駿
「ええ」

そう言って俺は美奈ちゃんと別れ、教室へと戻る。
…時刻は8時48分、1時間目が始まる2分前の事だった。





その後、程なくして教科担当と撮影スタッフが教室に登場。
軽く撮影に関しての説明がされた後、授業が始まったのだが…

駿
「おい岡村、常にカメラに映ろうとしない!」

駿
「はいそこ内山!いきなり早弁はやめろ!」

駿
「ちょっと待て江頭、頼むから今日だけは脱がないでくれ!」

駿
「田代、カメラマンさんに盗撮テクニックを聞くんじゃねえ!」

…と、こんなカンジである。
っていうかみんなさ、もうちょい落ち着けよ…

駿
「ふう、こりゃあ想像以上だな…」

絶えず周囲を見渡し、注意していくのがここまで大変だとは…
う〜む、さすがにちょっとキビしいかもしれない。

優菜
「大変そうだね、俊ちゃん」

そんな俺の様子を見て、優菜がねぎらいの言葉をかけてくる。
…ったく、みんな少しは優菜を見習えってんだ。

駿
「ああ。…今更こんなコト言うのもなんだけど、
このクラスってやっぱ凄い人材の集まりなんだな…」

優菜
「う〜ん、まあ今日は特別だよ。
みんなTVだからって張り切ってるみたいだし」

駿
「張り切る方向がおかしいんだよ…」

優菜
「あはは、確かに」

駿
「これがあと6時間も続くと思うと…って、
おい陣内!お笑い目指してるからってネタを披露しない!」

優菜
「…ホントに大変だね」

そう言って哀れむような目で俺を見る優菜。
…薄々感じてはいたが、やはりこの状況は同情に値するようだ。

洋一
「でもさ、駿以外には出来ないよね。こんなコト」

俺達のやり取りを聞いていたのか、ここで洋一も会話に参入。
一応フォローというか、なだめるようなことを言ってくる。

優菜
「うんうん、私もそう思う。駿ちゃん、まとめ上手だから」

駿
「んなコト言われても嬉しくねえよ…」

洋一
「まあまあ、そんなこと言わないで頑張りなよ。
ほら、もう一時間目の授業も終わるしさ」

そう言って洋一は時計を指差し、パチンと指を鳴らす。
するとその瞬間…

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

…まさにベストタイミング、洋一の言葉とアクション通り、
授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。

洋一
「ね♪」

駿
「…お前、やっぱスゲーよ」

さすがはこのクラスでも一目置かれる存在の洋一。
なかなか見事な芸当をさらっとやってのけやがる。

洋一
「いえいえ、それ程でも。…って、そんなことよりも駿、
この休み時間、大事にしたほうがいいんじゃない?」

駿
「そうだな…、そんじゃ洋一の言う通り、
貴重なこの時間、有意義に使わせてもらうか…」

俺はそれだけ言うと、バタッと机に倒れこむ。
…今は少しでも休んでいたほうがいいだろう。

優菜
「あ、そっか。次の授業、美奈先生の世界史だもんね」

駿
「そういうコト。…そんな訳で優菜、
俺は今から10分、ずっとこうして英気を養う―」

ガラッ!

俺の言葉はまだ途中だったが、
勢い良く開かれたドアの音で寸断されてしまう。

そして…

美鈴
「どうも、おっじゃましまっす〜!
で、どうでしたかみなさん?撮られました?映っちゃいました?」

美奈
「エヘヘ、まだ休み時間ですけど、来ちゃいました〜」

…と、ドアの音に続いて俺の耳に入ってきたのは、
メチャクチャ聞き覚えのある2つの声だった。

駿
「……」

その2つの声を聞き、机に伏したまま動かない俺。
…というか動きたくなかった。

優菜
「あはははは…」

洋一
「ねえ駿、さっきから固まったままだけど…もう諦めてるよね?」

駿
「…はい」

優菜の乾いた笑い声が聞こえる中、俺は力なく洋一の問いに答える。
それは俺にとっての敗北宣言以外の何物でもなかった。





キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪

美奈
「あ、あの、それではチャイムも鳴りましたし、
そ、そろそろ授業を始めますぅ〜」

休み時間終了のチャイムが鳴り、
同時に美奈ちゃんのへっぽこボイスが聞こえてくる。

結局あの後、俺は美鈴のやかましい質問攻めに答えつつ、
美奈ちゃんの不安を取り除くことに専念することに。

その結果、休み時間は本来の意味を全く果たさずに終了。
授業中とあまり変わらない時間を過ごすハメになってしまった。

駿
「……」

美奈
「お、大渕君〜、お願いですから起きて下さいぃぃ…」

…ムクッ

俺は美奈ちゃんに言われるまま、寝ていた身体を起こす。
だが正面を向いた俺の顔はかなり険しく、そして疲れきっていた。

美奈
「す、すいません〜。ううぅ…」

俺の顔を見るなり、それまで以上に萎縮する美奈ちゃん。
…そんな謝らなくていいから、俺に少しでも休みをくれよ…

駿
「はいはい、分かったからそんな泣きそうな顔しない!
…ったく、これじゃ完全に俺が悪者じゃん」

美奈
「は、はいぃ〜」

いつもの口調に戻りつつある俺に、ホッとした様子の美奈ちゃん。
とりあえずこれで授業は開始されそうである。

美奈
「ええっと、みなさんお待たせしました。
では昨日の続き、教科書125ページを開い…って、ひゃあ!」

それはカメラマンさんが美奈ちゃんを映そうと、
教卓の横に立ってファインダーを覗き込んだ時だった。

今から自分が撮られる、ということに気付き、
美奈ちゃんは言葉の途中で思わず声を上げてしまう。

洋一
「あ〜あ、これでもう1時間ずっと慌てちゃうね」

優菜
「美奈先生、顔が真っ赤…」

駿
「おいおい、開始1分でこれかよ…」

俺は大きくため息を吐き、頭をボリボリと掻きむしる。
…仕方ない、何とかフォローに回るか。

駿
「おい優菜、洋一、この時間だけはお前らにも協力してもらうぞ」

優菜
「うん、頑張る」

洋一
「了解。…それじゃまずこの状態を何とかしないとね」

…こうして俺は2人の助っ人と共に、
頼りなさ最上級の担任教師のフォローに徹することに。

この時、俺は『さすがに3人いれば何とかなるだろう』と思い、
磐石の態勢を築いたと多少安心していたのだが…

美奈
「そそそ、それでは教科書125ページですが、
こ、ここで一番重要な語句はですね…」

カッ、カツ、カツカツ…、ボキィッ!

美奈
「はうあっ、いきなりチョークがあぁ〜」

駿
「美奈ちゃん、肩にチカラ入れすぎ!もっと楽に!」

美奈
「は、はいっ」

カツッ、カッ、…バキッ!

美奈
「ああああ〜!」

駿
「…ダメだこりゃ。全身ガッチガチだ。
おい優菜、今のうちに予備のチョークを持って来てくれ」

優菜
「うんっ」

洋一
「あ、水原さん、出来るだけ多くね」

優菜
「分かった、3箱くらい持ってくる。…すぐに戻ってくるね」

優菜はそう言って静かに席を立ち、そっと教室を出て行く。
その言動と後ろ姿はとても頼もしく思えるのだが…

駿
「…いくら何でも3箱は多いだろ…」

洋一
「そうだね…」

駿
「もしかして優菜も少しテンパってんじゃ…って、
おい内山!のんきにデザートなんか食ってんじゃねえよ!」

洋一
「うわ、早速突っ込み開始だ…」

…と、のっけから忙しさはレッドゾーン突入。
そしてこの忙しさは、さも当然のように継続していく。

駿
「ハイそこ谷川と羽生!授業中に対局しない!
で、どうして隣のヤツも『十秒〜』とか言ってんだよ!止めろ!」

カツッ、カッ、カッ…パキィ!

美奈
「はうん、また折っちゃいました…」

駿
「だから田代、盗撮の話はもういいだろ!懲りねえ男だな!」

洋一
「大変だよ駿、北島が机の上ですき焼きを…」

駿
「コンロごと没収しろ!構わん、俺が許す!」

ガラガラ…

優菜
「お待たせ駿ちゃん、ハイ、これ…って、ああああ〜!
間違えて青色のチョーク持ってきちゃったよ…」

駿
「さっさと交換してこい!」

優菜
「ごめんなさ〜い」

洋一
「ダメだ駿、今度は山岡と海原がすき焼き対決を…」

駿
「その対決、至高の勝利!ハイ、さっさと終わらせる!」

美奈
「ああっ、もうチョークが無くなっちゃいました〜!」

駿
「早っ!」

…まさに混沌、修羅場と呼ぶに相応しい状況の中、
それでも俺達3人の努力は続く。

だが悲しいかな、この状況は2時間目が終わっても変わらず、
そのまま午前中の授業が終わるまでノンストップで突き進んだ。





キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪

…そしてようやく昼休み。
この時にはもう俺達3人は疲れ果て、机の上でぐったりしていた。

洋一
「これで少し休めるね、駿…」

駿
「ああ、休めるな…」

優菜
「私、疲れた…」

駿
「ああ、俺も疲れたよ…」

半分放心状態で会話を続ける俺と優菜と洋一。
その3人の顔は、戦いを終えた戦士のような顔になっていた。

駿
「…なあ、2人とも昼メシどうする?」

洋一
「あ、僕は今日お弁当なんだよね」

駿
「そうか…。おい優菜、俺達はどうするよ?」

優菜
「う〜ん、お腹は少し空いてるけど、学食はちょっと…
購買でパンを買って食べようかな?」

駿
「そうだな、この状況で学食に挑むのは無謀だな。
…よし、今日はパンにすっか」

そう言いながらヨロヨロと立ち上がる俺。
するとそれにつられるように優菜も席を立つ。

駿
「そんじゃ洋一、俺達はちょっと購買に行ってくるよ。
多分混んでると思うから、先に食べててくれ」

洋一
「うん、わかった」

駿
「さて、じゃあ行くか優菜」

優菜
「は〜い」

優菜はそう返事をしながらトテトテと近付き、
俺の横に並んで歩き出す。

優菜
「今日は何を食べようかな〜♪」

廊下に出たところでポケットから財布を取り出し、
鼻歌混じりで昼飯の構成を練り始める優菜。

駿
「何だ、やけにご機嫌じゃねえか」

優菜
「え、そうかな?」

駿
「ああ、さっきまで疲れた顔してたのに、今は別人みてえだ」

優菜
「う〜ん、忙しいのから開放されたから…かな?」

駿
「いやいやいや、優菜には5時間目以降も協力してもらわないと」

優菜
「え〜、それはイヤだよ〜」

それまでのウキウキ顔から一変し、優菜は本当に嫌そうな顔をする。
…ま、さすがにこれ以上の協力は頼めないか。

駿
「わかったわかった、今のは軽い冗談だ。
…それより優菜、買うものは決まったか?」

優菜
「う〜ん、ええっとね、チョココロネとクリームパン、
それに2色シュークリームと…オレンジジュース!」

駿
「相変わらず甘いモンだらけだな。しかも結構食う気だし」

優菜
「えへへ…。まあ疲れてる時は甘いものが食べたくなるしね。
でもどうしたの?いつもはそんなコト聞かないのに」

駿
「ん、まあアレだ。午前中の礼として、おごってやろうかなと」

優菜
「ホント?」

おごり、という言葉にピクリと反応&目を輝かせる優菜。
そして俺の目と財布の中身を交互に見た後、コクリと大きく頷く。

優菜
「うん、それじゃあ駿ちゃんのご好意に甘えちゃおうかな。
…実は今月、ちょっとピンチだったりして」

そう言って優菜はペロッと小さく舌を出し、
恥ずかしそうにテヘヘ…と笑う。

駿
「ふ〜ん、じゃあちょうどよかったじゃねえか。
で、買うのはさっき言ったヤツでいいんだな?」

優菜
「あ、えっと、ちょっと待って。
コロネをやめてカスタードパイ…、でもイチゴクリームも…」

俺が確認を取ろうとすると、優菜は慌てて考え直す。
どうやら微妙にパンのグレードを上げようとしているようだった。

優菜
「…よしっ、決まったよ駿ちゃん。
イチゴクリームクロワッサンとアップルパイ、それと―」

何とか食べるものを決定し、楽しそうに報告してくる優菜。
と、その時だった。

ドンッ!

優菜
「キャッ!?」

ちょうど廊下の突き当たりに差し掛かっていた俺達。
そこへ反対側からも人が現れ、優菜とぶつかってしまう。

駿
「おっと、危ねえ」

ガシッ、
俺は素早く手を伸ばし、倒れそうだった優菜を捕まえる。

優菜
「アイタタタタ…」

スタッフ
「す、すいません!大丈夫ですか!?」

そう必死に謝りながら優菜に駆け寄ってくるぶつかってきた人。
見るとその人はさっきまで教室にいたスタッフさんだった。

優菜
「あ、はい…、大丈夫です〜」

俺に抱きかかえられた状態のまま、問いかけに答える優菜。
本人が言う通り、どうやらあまり衝突のダメージはなかったようだ。

スタッフ
「大変申し訳ありませんでした…って、あれ?
お2人は確か撮影が入ってるクラスの…?」

それまでひたすら頭を下げ続けていたスタッフさんだったが、
ここでようやく俺と優菜の顔に気付く。

駿
「あ、どもっす」

優菜
「撮影、お疲れ様で〜す」

スタッフ
「は、はい、おかげさまで順調に進ませてもらってます。
あの…、ホントにどこも怪我してませんよね?」

優菜
「ええ、どこも痛くないです」

かなり不安そうに聞いてくるスタッフさんに対し、
ピンピンしていることをアピールする優菜。

駿
「…なあ、元気だったらまずちゃんと自分で立てよな。
お前がずっと寄りかかってるから心配されてんだぞ?」

優菜
「え、どういうコト?…って、あらま」

駿
「あらま、じゃねえよ」

優菜
「あはは、ゴメンゴメン」

言われるまでこの状態に気付かなかったのか、
優菜は照れ笑いを浮かべながら俺の腕から離れる。

スタッフ
「……」

そんな俺達のやり取りをなぜか真剣に見つめるスタッフさん。
しばらくそのまま何か考え事をしていたのだが…

スタッフ
「…あの、ちょっといいですか?」

と、少し改まった感じで俺達に話しかけてくる。
その表情は期待というか、何かを頼もうとしているように見えた。

駿
「あ、はい。何でしょ?」

スタッフ
「ええっとですね、この後の収録についてなんですけど…
お2人は『ラバーズリンク』ってご存知でしょうか?」

優菜
「え、知ってますけど…?」

駿
「確か『スクトレ』のコーナーですよね?」

スタッフさんの口から発せられた『ラバーズリンク』という単語、
これは俺が言った通り、『スクトレ』内のコーナー名である。

その内容はカップル限定のクイズで、2人にしか解らないものや、
2人の記念日や思い出なんかが出題されるもの。

ま、クイズとは名ばかりで、カップルのラブラブ度を計ったり、
不仲な部分を露呈させたりする部分に重きを置いているのだが…

スタッフ
「はい、そうです。…自分、ラバーズリンクの担当者なんですけど、
そのことでちょっとお願いしたいことがあるんです」

駿
「は、はあ…」

…何だろう、とてつもなくイヤ〜な予感がする。
俺は今日起きた一連の出来事を思い出し、思わず身構えてしまう。

スタッフ
「ええっとですね、それでは単刀直入に言わせてもらいますが…
お2人とも、ラバーズリンクに出演してもらえませんか?」

駿&優菜
「!!!!」

スタッフさんの発した言葉にすさまじい衝撃を受ける俺と優菜。
まさかとは思っていたが、俺達に出演依頼が来るとは…

優菜
「ど、どどどどどうしよう駿ちゃん!?」

優菜にとっては全くの予想外だったのだろう、
今まで見たことのない慌てっぷり俺に意見を求めてくる。

駿
「どうする…って、俺達は付き合ってる訳じゃないんだ、
ラバーズリンクに出る資格なんかねえよ」

優菜
「…あ、そっか。じゃあ出れないね。」

スタッフ
「ええっ、そうなんですか!?」

俺の付き合ってる訳じゃない発言に驚くスタッフさん。
…ま、そう見えなくもないのだろうが、違うものは違う。

優菜
「あはは…、よく間違われたりするんですけど、
残念ながらそういう関係じゃないんですよ」

駿
「スイマセン、期待に添えなくて…」

スタッフ
「いえ、こちらこそ勝手に決めつけちゃって申し訳ないです。
…そうですか、違ったんですか…」

スタッフさんはそう言ってガックリと肩を落とし、
腕時計に目を向け、頭を抱える。

スタッフ
「…まいったな。今からもう一回探しに歩くか、
それとも…。ああっ、時間が無い!」

こりゃあかなり切羽詰まってるみたいだな…
スタッフさんの様子からそう察し、少し同情する俺。

多分優菜とぶつかったのも、カップル探しで急いでいたのだろう。
…っていうかあのコーナー、そんなに面白かったか?

駿
「…なあ優菜、ラバーズリンクって、どんくらい人気あるんだ?」

優菜
「う〜ん、かなり人気は高いんじゃないかな?」

駿
「そうか…」

俺はあまり見てないので優菜に聞いてみたのだが…
う〜ん、そんだけ人気があるなら中止にも出来ないだろうな。

スタッフ
「…ダメだ、これじゃどう頑張っても収録に間に合わない!」

しばらく腕時計とにらめっこをしていたスタッフさんだったが、
どうやら完全に行き詰ったらしく、お手上げのポーズを取る。

…が、それもほんの一瞬のことだった。
次の瞬間、スタッフさんはいきなり俺達の前に立ち…

ダンッ!

スタッフ
「お願いです!お2人がカップルでなくても構いません、
どうかラバーズリンクに出てください!」

駿&優菜
「えええっ!?」

…なんとスタッフさんのマジ土下座が炸裂。
先程の出演依頼に続き、またしても同時に驚く俺達。

スタッフ
「自分は朝から今まで出演者を探していたのですが、
お2人以上のカップルを見つけることが出来ませんでした!」

頭を深々と下げたまま、必死に喋り続けるスタッフさん。
その様子はまるで代官に直訴する農民のようだった。

駿
「ちょ、ちょっと待って下さい。
いくらなんでも無理ですよ。それにウソだってバレたら―」

スタッフ
「その仲の良さ、今まで見てきたカップルの中で一番なんです!
なのでどうかお願いします、この通りっ!」

俺の言葉をかき消すように続けられるスタッフさんの懇願。
ここまで必死に言われると、何とかしてあげたくなるのだが…

優菜
「…どうしよ、駿ちゃん?」

それは優菜も同じ気持ちらしく、俺に判断を委ねてくる。

駿
「どうしよ、って言われても…」

ここでの『判断』という言葉が意味するもの、それは非常に大きい。
…決して嫌な訳ではない、ただ…

駿
「スイマセン、ちょっと考える時間をくれませんか?
…この昼休みが終わるまでには答えを出しますから」

優菜
「駿ちゃん…」

スタッフ
「は、はいっ!わかりました!」

駿
「…それじゃあ俺達はこれで。回答は5時間目の前にお話します。あ、それと一応ダメだった時のことも考えておいて下さいよ?」

スタッフ
「ええ、今から他の候補者を探しに行きます」

スタッフさんの言葉に軽く頷き、今度は優菜に視線を向ける俺。
そして手短に、用件だけを伝えるために口を開く。

駿
「…優菜、屋上でいいか?」

優菜
「う、うん…」

こうして俺は優菜が頷くと同時に歩き出し、そのまま屋上を目指す。
その後ろを優菜がついてくるが、間隔はいつもより離れていた。

駿
「……」

優菜
「……」

一定の距離を保ったまま、無言で階段を上り続ける2人。
その間、聞こえてくるのはお互いの足音だけだった。





ガチャッ、キィィィ…

歩き出してから数分後、2人はついに屋上へ到着。
秋特有の高い空の下、俺達はある場所に向かってさらに歩く。

駿
「……」

優菜
「……」

2人はまだ口を閉ざした状態ではあったが、
あまり焦燥感や息苦しさは感じなかった。

そうこうしている間に俺と優菜は共にこの学校で一番好きな場所、
周囲と近隣の街並みが一気に見渡せるポイントに着く。

ここは入学当初からよく2人で訪れ、
昼飯を食ったり景色を眺めたりしていた。

学校内で大事な話をするのなら、この場所以外に考えられない…
俺はそう思ってここに来た。そしてきっと優菜も同じ思いだろう。

駿
「…天気が良くてよかったな」

優菜
「そうだね」

意外なまでに普通に、すんなりと始まる2人の会話。
それはさっきまで無言だったと思えない程、自然なものだった。

駿
「人もいないし」

優菜
「うん、ちょうどよかったね」

駿
「…さて、と」

優菜
「……」

俺が本題に入ろうとしたのを察したのだろう、
微妙に優菜の雰囲気、周囲の空気が変化する。

だが、それは話を切り出した俺自身も同じである。
なので俺は極力いつもの調子で喋り始めることにした。

駿
「…なあ優菜、俺が勝手に話を進めたこと、怒ってるか?」

優菜
「ううん、多分ああ言うんじゃないかな、って思ってた」

駿
「そうか…」

優菜
「でもね、もしあの時にすぐ答えを出してたら怒ってたよ」

駿
「ああ、そんなコトしたら優菜は怒るだろうな、って思ってた」

優菜
「あはは、そうなんだ。…同じだね、私達」

駿
「同じ、か…」

優菜
「うんっ」

駿
「…そうだな、結構前から優菜とは同じだったのかもしれないな。
まあ、これだけ一緒にいればイヤでもそうなるか」

優菜
「あ、イヤなんだ」

優菜はわざと悪戯っぽい口調でそう言うと、
これまたわざと拗ねた様子で俺の顔を覗き込んでくる。

駿
「…まさか。好きなヤツと一緒なのがイヤな訳ねえだろ」

優菜
「え…」

俺の発した言葉を聞き、固まってしまう優菜。
だがその時にはもう顔は俺の間近まで迫っていた。

そう、それは俺が少し顔を動かせばぶつかってしまう程。
息づかいも、体温も感じ取れるくらい近かった。

駿
「…なあ優菜、俺はお前のこと、かなり好きだと思う」

スッ…

俺はそう言ってゆっくりと優菜の肩に腕を回し、
そっと自分の身体の方に近寄せる。

駿
「ここに来るまでの間…って、そんな長い時間じゃないけど、
メチャクチャ頭を使って、自分なりに色々と考えてみたんだ」

優菜
「……」

駿
「俺は優菜が好きだ。そ、その何だ?…あ、愛してるってヤツだ。
多分、どのくらい時間をもらってもこの考えは変わらないと思う」

うわ、言っちゃったよ俺…
自分でもそんなガラではないことは承知の上だったが…

優菜
「駿ちゃん、顔が真っ赤だよ。…あはは、らしくな〜い」

駿
「うっせえ!」

…と、やはり面と向かって『らしくない』と言われると、
例え相手が優菜であっても恥ずかしかったりする。

なので俺はいつものように、それこそ今日も何度か言ったように、
優菜に向かって悪態をつく。

普段だったらこの俺の一言で話題は終了となり、
どちらかが別の話を振るかしていたが、今日だけは違っていた。

優菜
「…あはは、ホント、らしく…な、い…」

ポロッ

優菜はそう言って、笑顔を浮かべたまま大粒の涙を流す。
そしてその涙が頬をつたってこぼれ落ちようとした時…

スッ…

俺は優菜の頬にそっと手を当て、優しく涙をすくい取る。
…勿論これもガラじゃないのは分かっていた。

優菜
「…だから、こういうコトは駿ちゃんには似合わないって…」

そう、俺は優菜に笑ってもらうため、言葉を発してもらうため、
あえてガラに合わない行動を取ったのだ。

駿
「うるせ。…それに、こうでもしねえとお前は泣いてばっかだろ。
俺は優菜にずっと笑っててもらいたいんだよ、分かったか!」

優菜
「…う、うんっ!」

ギュッ!

返事をすると同時に思いっきり抱きついてくる優菜。
そして優菜は思いっきり泣き、思いっきり顔を押し付けてきた。





AD
「はいっ、本番終了で〜す!
みなさん、お疲れ様でした〜っ!」

パチパチパチパチ…

ADさんの声が響き渡り、周囲から拍手が起きる。
その拍手の中心にいるのは他でもない、俺と優菜だった。

AD
「それでは最後にもう一度、大渕君と水原さんに拍手〜ッ!」

パチパチパチパチパチパチ…

優菜
「エヘヘ、ちょっと恥ずかしいね…」

駿
「ああ?抱き合った後にディープキスまでしといて今更何を…
来月には全国ネットで放送されんだぜ?」

優菜
「ううっ、それを言われると…
だってあの時はホントに嬉しかったんだもん、仕方ないよ〜」

そう言って優菜は照れ笑いを浮かべ、
少し顔を赤らめながら腕を絡めてくる。

優菜
「…だからかな?もう何をしても恥ずかしくないかも。
ホラ、だからこんなコトだって♪」

駿
「お、おい…」

優菜はさらにべったりと俺に密着し、
うっとりした表情で頬擦りしてくる。

すると拍手は一段と大きくなり、
さらにそこへ歓声や口笛が加わる。

駿
「…おい優菜、一緒に頭下げるぞ。
こんなに拍手してもらってんだ、しっかり礼はしとかないと」

優菜
「あ、うんっ」

そう言って俺達はまず撮影スタッフさん達に、
続いて観客として見てくれていた学校のみんなに頭を下げる。

優菜
「ありがとうございま〜す♪」

手を振りながら大声で感謝の気持ちを伝える優菜。
その横で俺は何度も頭を下げ、拍手に答えていた。


…屋上での告白の後、俺達はスタッフさんに参加の意を伝え、
ラバーズリンクの収録に挑んだ。

勿論それはニセモノではなく、本当のカップルとして。
…まあ正式に付き合って2時間ではあるが、それでもカップルだ。

ちなみに収録が始まったのは放課後なのだが、
それまでの間、俺達は緊張でガチガチになっていた。

正直、午後の授業のことはあまり覚えていないのだが、
どうやら洋一が上手くやってくれたようだ。…感謝。

で、放課後になり、収録が始まる訳なのだが、
この時にはもう俺達は開き直っていて、緊張はどこかに飛んでいた。

実はこの開き直り精神、緊張をほぐしただけでなく、
クイズの回答時にも大いに効果を発揮してくれた。

そのカップルしか分からない問題が出されるこのクイズ、
付き合って間もない俺達には劇的に不利な展開が予想された。

…が、『付き合って』の概念を『出会って』にしてしまえばド楽勝、
答えが存在しない問題でも、相手の考えを読んで正解にした。

例えば『初デートの場所は?』という問題。
正解は「まだしたことがない」なのだが、さすがにそうは言えない。

なので俺達はお互いが初めて出会った「近所の公園」と書き、
見事正解。幼なじみパワーの勝利である。

他にも『初めて作ってもらった手料理は?』という問いや、
『相手の部屋の間取り』なんかも同様に正解してきた。

…ま、さすがに『告白の言葉は?』はついさっきのことなので、
難なく答えることが出来た。…恥ずかしさはあったが。

こうして俺達は何の問題も無くクイズに答え続け、
気付くと超が付く程の好成績を収めていた。

そして収録の最後、さっきの会話にもあった通り、
舞い上がった優菜が抱擁&キスをした、という訳だ。


優菜
「…あ、ねえねえ駿ちゃん?」

駿
「ん、どうした優菜?」

一通りお礼も言い終え、少しずつセットの撤収が始まる中、
何やら嬉しそうに話しかけてくる優菜。

見るとその手にはいくつかの包みが握られており、
優菜はそれらの包みを俺の目の前に突き出し、ニコッと笑う。

優菜
「これ、どうしたらいいかな?」

…そう言って優菜が俺に見せたこの包み、
中身は全てラバーズリンクのクイズで得た賞品である。

番組の参加賞やスポンサーからの賞品など、
俺達はかなり色々なものをもらっていた。

その中でも一番すごいのが、クイズの成績に応じてもらった優秀賞。
何と俺達は30万円分のお食事券をゲットすることが出来たのだ。

駿
「う〜ん、まあ基本は2人で分ける、でいいんだろうけど…」

優菜
「けど?」

駿
「とりあえずクラスのみんなでメシ食いには行きたいよな。
焼肉とか焼肉とか焼肉とか」

優菜
「要はみんなで焼肉に行きたいんだね…」

駿
「おう」

優菜
「だったら素直にそう言おうよ…。何で連呼するかなあ?」

駿
「ま、それだけ行きたいってコトだ。
洋一は勿論だけど、みんなにもかなり応援してもらったからな」

優菜
「うん、そうだね。…でもさ、クイズに出るってみんなに話した時、
あんなに驚かれるとは思わなかったよね〜」

…昼休み終了間際、俺と優菜はクラスみんなの前で、
交際宣言とラバーズリンク出演の話をしていた。

数時間後には嫌でも知られるとことになるのだが、
やはりみんなには自分達の口から、ということで発表したのだが…

付き合うことになりました、と俺が言った瞬間の盛り上がり、
あれは後にも先にも体験出来ないだろう、という程のもの。

歓声と奇声、賛辞と冷やかしの声で一杯になる教室内、
俺達は危うく婚約会見までさせられそうになった。

その時の様子を思い出したのか、
優菜はそう言ってクスクスと笑い出す。

駿
「いや、あの時のみんなの反応はクイズがどうこうじゃなくて、
俺達が付き合い始めたことに対する驚きだろ?」

優菜
「あはは、そうだね」

駿
「…ま、そんな訳で、この食事券はクラスのみんなのため、
パ〜ッと盛大に使うことで決定!」

優菜
「いえ〜い♪」

もらった食事券の使い道で盛り上がる俺と優菜。
そして決まった案を知らせるため、俺達はみんなの元へ向かう。

本来であればとっくに全員帰っている時間だが、今日だけは特別。
俺達が戻って来るまで待っている、とみんなに言われていたのだ。

優菜
「…ねえ駿ちゃん、みんなどういう反応するかな?」

駿
「う〜ん、とりあえずメチャクチャ騒がれるんじゃねえか?
…っていうかそれ以外に考えられない」

優菜
「あ、やっぱり?」

そんな会話をしながら、収録現場となった体育館を後にする俺達。
渡り廊下を通り抜け、昇降口へ向かうと…

洋一
「あ、きたきた」

美鈴
「駿先輩、優菜先輩、お疲れさまです〜!」

…と、そこには洋一と美鈴の姿が。
どうやらここでずっと俺達を待っていたようだ。

駿
「悪い、待たせちまったな」

優菜
「ゴメンね、2人とも」

美鈴
「あ、違いますよ優菜先輩。『2人とも』じゃないですよ。
ホラ、みなさんあそこで先輩達を待ってるんですから」

美鈴はそう言って昇降口の先、校門がある方向を指差す。
そこには美鈴の言葉通り、クラス全員が集まっていた。

クラスのみんな
「…!〜ッ!」

俺達がみんなの存在に気付いたのが分かったのか、
一斉に騒ぎ出すクラスメート達。

それぞれ大きく手を振ったり、俺と優菜の名前を呼んだりと、
かなり熱の入った歓迎っぷりを発揮してくれていた。

優菜
「みんな…」

駿
「確かにこりゃ『2人とも』じゃねえな…」

洋一
「そういうこと。…さ、それじゃ僕と美鈴は先に行ってるから、
駿と水原さんはもうちょっとここで待っててね」

駿
「ん?どういうコトだ?」

美鈴
「まあまあ、こっちも歓迎の準備があるんですよ。
それじゃ私達はもう行きますデス!」

洋一
「僕達が合図をしたら2人も来ていいから。ではでは〜」

そう言って洋一と美鈴は俺達の返事も聞かず、
みんなの元へと走っていく。

優菜
「行っちゃったね…」

駿
「ったく、何を考えてんだあいつら…」

優菜
「ちょっとドキドキものだね」

駿
「そうだな。…お、何か美鈴が仕切り始めたぞ?」

俺達が喋っている間に洋一と美鈴はみんなと合流、
すぐさま美鈴が先頭に立ち、何やら指示を出し始める。

優菜
「ホントだ。…あ、みんな輪になった」

優菜の言う通り、1つの輪を形成するクラスのみんな。
続いて洋一がジェスチャー混じりに説明をするのだが…

駿
「…おい、あれってもしかして…」

始めはリズミカルに両手を挙げているだけのように見えたが、
あの腕の反動の付け方はただのバンザイではない。

優菜
「胴…上げ?」

自問自答するようにポツリと呟く優菜。
イマイチ自信のない喋り方だが、実はこれが大正解。

その直後、洋一の後に続いてみんなが同じ動作をするのだが、
それは誰が何と言おうと胴上げの動きだった。

駿
「はい、優菜さん正解〜」

優菜
「わ、当たっちゃった…って、もしかして今から私達…」

駿
「ああ、間違いなく空を舞うことになるな。しかも何回も」

優菜
「あはは…、やっぱり?」

まいったなあ、という顔を浮かべる優菜。
が、すぐにいつもの笑顔に変わり、俺の腕をぐいっと引っ張る。

優菜
「ね、早く行こっ」

駿
「…容赦なく上げられるぞ?」

優菜
「うん、たくさん上げられようよ。
だってホラ、みんなあんな楽しそうな顔してるんだもん」

そう言って優菜は一旦言葉を区切り、視線をみんなに向ける。
確かに優菜の言う通り、みんな劇的に楽しそうな顔をしていた。

優菜
「あんな顔見ちゃったら、もう胴上げしてもらうしかないよ。
…ね、駿ちゃんもそう思わない?」

駿
「ああ、そうだな」

俺は優菜の言葉に頷き、1つ大きく息を吐く。
そして「よしっ」と一言気合を入れ、みんなの元へと歩き出す。

するとちょうどその時、洋一がこちらに合図を送ってくる。
さすが洋一、タイミングはバッチリである。

駿
「よ〜し、行くぞ優菜!」

優菜
「うんっ!」

ダダッ!

俺達は同時に足を踏み出し、みんなの元へと走り出す。

優菜
「ねえ駿ちゃん」

駿
「ん、何だ?」

早くも歓声が上がる中、横を走る優菜が俺に話しかけてくる。
その顔は今まで見てきた中で一番の笑顔。

そして…

優菜
「私、駿ちゃんが大好き!」

それは俺が今まで見てきた中で一番可愛い顔だった。


                                  <「いきなりラブ・モード!」 END>







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