「パーセンテージ0.5」

あらすじ

見た目はどこからみても人間、しかし実は精巧に造られたロボットの主人公。普段は高校生として普通の人間に混じって学校に通っているが、それはあくまで表の顔。その正体はお世辞にも治安がよいとは言えない舞台となる街を守るための警護ロボット、というのが真の顔。

主人公の大きな特徴としては、左腕が簡単に着脱でき、用途・状況に合わせて様々な種類のアームに変えれる、ということ。一般生活用のアームの他、マシンガンを仕込んだもの、火炎放射機能を持つものまである。そのため主人公が住む部屋(限りなく自然に見せるため、主人公はマンションで1人暮らしをしている)のクローゼットには服のかかったハンガーの横に、ずらりとアームが並んでいる。

物語はそんな主人公がいつものように学校に向かうところから始まる。1人で歩いていると、同じクラスの女の子が現れ、親しげに話しかけてくる。言葉の抑揚、心拍数などから人間の気持ちを察する機能を持つ出来る主人公は、この女の子が自分に好意を抱いていることを知っているが、自分がロボットだということが足枷になり、その気持ちに答える事が出来ずにいた。

その日の放課後、主人公の元に事件の知らせが。すぐに現場に向かおうとする主人公だが、タイミングの悪いことに知らせを受けた時、主人公は彼女と一緒にいた。主人公はなんとかその場を取り繕い、彼女から離れて現場に向かうが、なんと彼女が後を追って着いてきてしまう。そして事件現場にまで来てしまった彼女は、犯人につかまり、人質に。それを見た主人公は必死に彼女を助けようとするが、ロボットであることを隠そうとするあまり、本来の力を出せずに苦戦する。だが最終的に主人公は時分の正体を明かす代わりに彼女を助けることを選び、嫌われることを覚悟で力を発揮する。

本気を出した主人公の活躍により、事件は無事解決。そんな中、主人公は彼女に近付き、今まで正体を隠していたことを詫びる。すると彼女はロボットでも好きな気持ちは変わらないと言い、主人公に抱きつく。その彼女の素直さ、真摯さ、純粋で強い気持ちを受けた主人公は、彼女の気持ちに答えるように優しく抱きしめ、ハッピーエンド…、というのがおおまかな流れです。

ちなみにタイトルの「パーセンテージ 0.5」というのは物語冒頭で、主人公が「もし自分の正体がバレても彼女が自分を好きでいてくれる確率」を計算した時に出た確率が0.5%だった、というところから来ています。「とても低い確率だけど、0パーセントじゃない」という部分を前面に出したかったのでこのタイトルにしました。



登場人物

・碓氷 慎二(うすい しんじ) 本作の主人公。
見た目は普通の学生だが、その正体は街の治安を守るロボット。
その身体には最先端の技術が詰め込まれており、碓氷1人で相当数の警官と同じ成果を挙げる。
特徴は脱着可能な左腕。様々な機能に特化したアームパーツがあり、それらを駆使して凶悪犯罪者から市民を守っている。

・坂崎 玲(さかざき れい) 碓井のクラスメート。
以前から密かに碓井に恋心を抱いている、優しくて純粋な性格の女の子。
感情が表情に出やすく、見ていると思わず微笑んでしまうような魅力を持っている。










 「パーセンテージ 0.5」


―オープニング、場面は夜中の埠頭から始まり、周囲一帯の映像から1つの倉庫にズームアップしていく。

―バンッ!…パアァン!
 それまで静寂に包まれていたところから一転、銃声が鳴り響く。
―シュンッ、ダダッ!
 間髪入れずに地面を蹴る音が鳴り、次の瞬間、ドサリという鈍い音が。
「…うう…」
「なんだ、今のは…?」 
 ピストルを構えていた2人の男はそう言って気を失い、動かなくなる。

―ここで視点が変わり、主人公である碓氷の視点に。そしてピピッ、という効果音と共に倒れた2人をマーキング、様々なグラフが現れ、「状態:戦闘不能」という表示が出る。
「な、何者だコイツ…」
 その時、奥にいたもう1人の男が声を上げ、怯えた表情で碓氷を見る。
「…」
 無言で男を見つめる碓氷。
「た、助けてくれ! お願いだ、おとなしく捕まる、だから…」
 そう言って両手を挙げる男。ここで再び主人公視点に変わり、男をスキャン。心拍数、声の抑揚などを数値化し、最終的に「注意:言動に虚実有り」という表示が出る。
「…」
 碓氷は無言のまま戦闘態勢を解き、ゆっくりと近付く。すると男はニヤリと笑い、素早く腰から銃を取り出す。
「バカがぁっ!」
 そう言って男はトリガーを引こうとするが、それより早く主人公が銃口を手で押さえる。そしてブウウン…、という音が碓氷の左腕から鳴り、次の瞬間、バチバチッ!という電気が流れる音が。
「ぐあああああっ!」
 叫び声を上げ、バタリとその場に倒れる男。
「…」
 無言で倒れた男を見つめる碓氷。その左腕は人間の腕ではなく、肘から先がスタンガンのような機械になっている。そして少しの間を置き、携帯電話を取り出し、電話をかける。この時、周囲は静けさを取り戻し、遠くから汽笛や波の音が聞こえてくる。
 「…もしもし、碓氷です。はい、そうです。…では後はお願いします。」
 そう言って電話を切る碓氷。そして近くに置いてあったバックの元へと歩き出し、おもむろに左肩に手をかける。
 「ふう、この程度ならわざわざ『腕』を変えるまでもなかったかな…」
 呟くような口調でそう言い、ガチャッという音と同時に腕を引き抜く。そしてバックから普通の腕を取り出し、装着する。
 「…」
 装着後、動きを確認するように肘を何度か曲げ、指を動かす碓氷。そして軽く頷き、バックを肩にかけ、その場を後にする。
―この時、暗闇を歩く碓氷の画と共に独白が始まる。
 
 …僕の名前は碓氷慎二、職業は一応学生。でもそれはあくまで表の、そして仮の身分。本当の姿、役目はこの街の治安を守ること。そして何より、僕はロボットだ。見た目は普通の人間だが、中身はこの国におけるロボット、そして科学技術の全てが詰まっている。
 お世辞にも治安がよいとは言えないこの街を守るには、人間の力だけでは難しい。だが「いかにも」な警備ロボットを配置することは住民にかえって不安感を与えるだけ…。そんな理由により、僕は人間に混じって生活しつつ、この街の治安を守っているのだ。
 昼は学校、夜は仕事。そんな生活を続けてからもう1年以上が過ぎていた。夜の街は相変わらずの犯罪件数だが、それだけにやりがいを感じている。慣れるまで多少苦労した学校生活も、今ではとても楽しく過ごしていて、僕は充実した毎日を送っていると言えるだろう。

―ここで場面転換。碓氷が住むマンションに変わる。
 カチッという音と共に明かりが付き、部屋の全景が明らかに。綺麗に片付けられた部屋の中を進み、碓氷はクローゼットを開ける。そこにはハンガーに掛けられた学校の制服や私服の横に、様々な『腕』が並んでいる。ロケット砲やマシンガンが仕込まれたものや、ドリルや刃物が付けられた腕がある中、碓氷はバックにしまっていた腕を戻し、扉を閉める。

―ここで暗転、序章が終わり、ここから本編へ。場面は次の日の朝から始まる。
 窓から太陽の光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる中、学校の制服に身を包んだ碓氷が部屋を出て行く。そしてしばらく歩き、大きな駅の前に出たところで、碓氷に向かって1人の少女が駆け寄ってくる。
「おはよう、碓氷くん」
「あ、おはよう、怜(れい)さん」

―碓氷の独白が始まる。
 …この人はクラスメートの坂崎怜さん。去年も同じクラスで、学校の中では1番話す機会が多い人だ。…と、いっても僕から話しかけることは少なく、いつもこうして怜さんのほうから声をかけてくる。今のように朝会った時、休み時間、そして放課後と、学校のある日は必ず何度かお喋りをする怜さん。どうしてこうまで僕に話しかけてくるかというと…

―ここで視点が碓氷のものに変わり、怜をスキャン。すると心拍数や頬の赤さ、緊張の度合いが次々と表示されていき、最後に「心理状態:好意」と出る。事実、碓氷を見る怜の顔は少しの緊張と照れが混じったような表情。そして再度碓氷の独白に。
 …実は怜さんは僕に好意を抱いているのだ。ここまでデータとして顕著に現れたるようになったのは去年の冬、風邪をこじらせて倒れそうになっていた怜さんを助けたことから。
 …助けた、と言っても普通に保健室に連れて行き、先生がいなかったので簡単な手当てをしただけなのだが、それから怜さんは前にも増して僕に話しかけてくるようになった。
 苗字ではなく、名前で呼ぶのもその時期からで、怜さんからどうしてもとお願いされたため、こうして下の名前で呼んでいる。始めは少し抵抗があったのだが、今ではもうすっかり慣れていた。
「あれ、どうしたの碓氷くん? 私の顔に何かついてる?」
―不思議そうに碓氷を見る怜。すると少し慌てた様子で碓氷が顔を振る。
「あ、ごめん。そんなんじゃないんだ」
「そう? それならいいんだけど…」
「それより怜さん、少し急がないと学校、遅れちゃうよ?」
「そだね、じゃあ行こっか」
―腕時計をちらりと見た後、怜はそう言って碓氷の横に並ぶ。それから2人は学校に向かって早足で歩き出し、駅前を後にする。    

―場面は駅前から学校近くの住宅街へ。
「もう遅刻は無さそうだね〜」
 一緒に歩いていた怜がそう言って碓氷を見る。
「だね。ちょっと早く歩きすぎたかも」
「あ、それじゃあさ、ここからはゆっくりお喋りしながら行こうよ。せっかく碓氷くんと一緒なのに、今日は全然お話してないじゃない?」
―そう言って怜は碓氷との距離を少し縮め、嬉しそうに話かけてくる。
「碓氷くんは昨日の夜、何してたの?」
「え…」
―言葉に詰まる碓氷。少し固まる表情、そして心境セリフに。

 …さすがにここで「昨日は港で密売の現場を〜」とは言えないな…。無難にTVを見ていた…、いや、だめだ。深い話題になるとごまかしきれなくなってしまう。よし、こういう場合は…
「なになに? 言えないようなコトでもしてたの?」
 なかなか喋ろうとしない碓氷に怪しい目つきになる怜。
「や、そんなんじゃないって。…昨日は音楽聴きながら部屋の掃除、後は溜まってた服を一気に洗濯…かな?」
「あ、そっか。碓氷くんって1人暮らしなんだよね〜」
 碓氷の言葉に納得顔の怜。そして今度は逆に碓氷が怜に質問する。
「怜さんは昨日の夜、何してたの?」
「え、私? あはは…」
 怜は乾いた笑いを浮かべ、頭をかく。その反応に碓氷は「ん?」という表情になる。
「ええっと、私はずっとTVを…。なんか恥ずかしいな〜、碓氷くんがお掃除してる時に私は寝ながらTVだもん」
「あ、寝ながらだったんだ」
「ああ〜! 言わなくていいコトを〜!」
 そう言って怜はアタフタしながら真っ赤になる。そんな怜を見て微笑む碓氷、そして心境セリフに。

 …表情豊かで純粋、怜さんはとても魅力的な人だと思う。そしてそんな魅力的な人が自分に好意を持ってくれている…
 それは本当に嬉しい。でも僕は怜さんに隠し事を、決して言えない秘密を持っている。怜さんが僕を見る目は当然、「人間」としてのもの。だが僕はロボット、しかも対人間用の戦闘プログラムが組み込まれている、いわば「兵器」に近い存在だ。そんな自分に向けられる、怜さんの真っ直ぐな気持ち…
 正直、僕は怖い。いつしか自分のせいで、自分の存在がばれることで、怜さんを傷付けてしまうのではないかと。

―ここで碓氷の視点になり、気付かれないように怜をスキャン。先程と変わらぬ「心理状態:好意」の表示が出る中、再び碓氷の心境セリフに。

 …もし自分がロボットであることがばれた時、それでも怜さんが僕に対して好意を持ち続ける確率は…
―碓氷視点に「計算式算出」の文字が出現、「Q、主体判明時の心理状態」「Q、…」と、何個かの項目が連続で出た後、「算出完了。正体判明後、対象者「怜」が好意を持ち続ける確率 0.5%」の表示が。
 …これが現実。どんなに人間に近付こうと、ロボットと人間の間には越えられない「壁」がある。…0%じゃないのがせめてもの救いか…

―ここで場面転換。歩いている2人の先に校門が見えてくる。この時にはもう怜も落ち着きを取り戻していて、表情はいたって普通。一方の碓氷も計算の結果を引きずることなく、
怜と並んで歩いている。
「時間、ちょうどだね〜」
 そう問いかける怜にコクリと頷く碓氷。そして何かを思い出したように怜に話しかける。
「あ、そういえば1時間目の古文、たぶん怜さん当てられるよ」
「えええ〜!?」
「だってほら、あの先生はまず初めに曜日で当てる列を決めるでしょ? で、そこから将棋の「桂馬」の動きで…」
「そんな法則が!?」
「うん」
 初耳だ、と言わんばかりの怜に対し、冷静に答える碓氷。
「うう〜、私、古文苦手なんだよ〜」
「怜さん、これもたぶんだけど、今日当てられるのは教科書67ページの訳だと思う。だから学校に着いたらー」
「ありがとう、碓氷く〜ん!」 
 碓氷の言葉を遮り、怜はそう言いながら碓氷の腕に抱きつく。そしてすぐに何かを思いついた顔になり、碓氷の腕を引っ張って学校へと急ごうとする。
「え、ちょっと、怜さん?」
「お願い碓氷くん、手伝って」
「う、うん。わかった。だから引っ張るのは…」
 そんな碓氷の言葉をスルーし、どんどん突き進む怜。そしてそのままの状態で2人は教室へと入り、古文の予習を始める。

―ここで場面が変わり、古文の授業に。ちょうど怜が指されているところで、多少あせりながらも、何とか訳文を言い終える。
「…はい、いいでしょう。それでは次のページを…谷口さん、お願いします」
「はい」
―次の生徒が立ち上がって答える中、碓氷に向かってニコッと笑い、小さく手を振る怜。そして口パクで「ありがとう」と言い、それに対し、碓氷も怜に軽く手を振り返して答える。

―ここから放課後まで、各授業の風景や、昼休みの光景がダイジェストのような形で展開される。
 難問を当てられるが、完璧に答える碓氷。そして周囲に「お〜」と言われる、といったシーンや、小テストに一生懸命取り組み、かなり考えた後に「あ、解った!」という顔になってペンを走らせる怜、お互い別の友達と楽しく喋っているシーンなどが展開。そして場面は放課後へと進む。

―夕暮れの校舎、チャイムの音、校門から生徒達が出て行く画が流れた後、昇降口で靴を履き替えようとしている碓氷の画に。
「じゃあな碓氷〜」
 近くにいた友人の言葉に軽く手を挙げて答える碓氷。その後、他の生徒達に混じって昇降口を後にするのだが、少し歩いたところで校門の前に立っている怜の姿に気付く。
 …あれ、怜さんだ。誰かを待ってるみたいだな… もしかして僕…かな?
 と、碓氷の心境セリフ。その言葉の通り、怜は校門に寄りかかりながら誰かを待つようにキョロキョロと周囲を見ている。
「…!」
 碓氷の心境セリフの直後、怜も碓氷を見つけ、駆け寄ってくる。
「碓氷くん、今帰り?」
「うん、そうだけど…」
「あ、あのさ、一緒に帰ろうよ? で、もしよければどこか遊びに…なんて思ってるんだけど…」
 照れ笑いを浮かべながらそう聞いてくる怜。だが心の中ではかなりドキドキしている感じ。
「う〜ん、そうだな…。うん、いいよ。」
「ホント? やった!」
 碓氷の言葉に満面の笑顔になり、怜はピョコンと飛び跳ねて碓氷の横に並ぶ。

 …ここまで喜ばれるとこっちも嬉しくなるな。
 心の中でそう呟き、穏やかな顔付きになる碓氷。
「それじゃ行こっか。えっと、怜さんはどこか行こうとしてた場所とかあるの?」
「ううん、特には。碓氷くんは?」
「僕も別に。そのまま家に帰ろうかなとか思ってた。」

―そんな会話をしながら2人はゆっくりと歩き出し、学校を後にする。そして暗転などをすることなく、場面は登校時に通った道に。
「あ、そうだ。あのね、私ちょっと寄ってみたいお店があるんだけど、いいかな?」
「いいよ、どんなお店?」
「なんかね、友達から聞いたんだけど、駅前の通りに輸入雑貨のお店が出来たらしいの。安いもの、珍しいものとかが沢山あるんだって」
「へ〜、いいね。じゃあとりあえずそこに行こっか」
「うんっ!」
 そう言って怜はそれまでより少しだけ碓氷に近付き、目的の店へと向かう。

―ここで場面転換。2人は雑貨店に到着、早速店内を見て回ることに。
「いらっしゃいませ」
 落ち着いた感じの店員が2人に向かって挨拶、怜がペコリと頭を下げる。店内は北欧調のセンスの良い造りで、雑貨や小物の他、瓶詰めなどの食料品が並んでいる。
「うわ〜、なんかこう、思わず手にとってみたくなるもの満載だね〜」
 眼を輝かせながら棚を見て歩く怜。そのすぐ後ろに碓氷が続き、楽しそうに怜の言葉に答える。
「ははは、満載なんだ」
「うん。…あ、これいいな〜」
 そう言って怜が手に取ったのは色鮮やかな石鹸。
「400円…うん、買う」
 値札を確認し、購入を即決する怜。
「あ、その石鹸、気に入ったんだ?」
「えへへ、キレイな色といい匂いにやられちゃいました」
 ペロッ、と少しだけ舌を出し、怜が笑う。
「石鹸、か…」
 ポツリと呟くように口を開く碓氷。そして心境セリフへ。
 …そういえば家には生活用品、特に消耗品の類はほとんどないな…。
「あれ? どうしたの碓氷くん?」
 考え込むような仕草をしていた碓氷、それを見た怜が声をかけてくる。
「いや、家に石鹸の買い置き、あったかな〜って」
 少し慌てながらも上手く言葉を返す碓氷。するとそれを聞いた怜は納得顔で頷く。
「そうなんだ。そういえば朝も少しそんな話になったけど、1人暮らしってやっぱり大変?」
「う〜ん、どうだろ? …慣れ、なんじゃないかな?」
 碓氷の言葉にこれまた納得顔で頷く怜。そしてさらに質問をする。
「じゃあ碓氷くんはもう平気なんだ?」
「だね」
「む〜、さすがは碓氷くん。きっと家事とかもそつなく出来て、部屋もきれいに片付いてるんだろうな〜」
 羨ましそうな視線で碓氷を見る怜。それに対し、碓氷は苦笑い。
「や、そんなんでもないよ。って言うか怜さんのほうこそテキパキ出来そうな感じがすんだけど…」
「ええ〜、それは無いよ〜」
 手をパタパタと振り、怜は碓氷の言葉を否定する。
「そうかな? う〜ん」
 と、言いながら碓氷は怜を見る。
「そうなの。もう、碓氷くんは私のことをよく見すぎだよ〜」
 碓氷に見つめられ、顔が赤くなる怜。そして怜は何とか話題を変えようと、売り場に目を向ける。
「あ、あそこにあるスリッパ、可愛いかも〜」
 そう言って怜が指差した方向には、光沢のある羽毛素材のスリッパが。
「うわ〜、フサフサだ〜」
 怜は少し離れたところに陳列されていたスリッパを手に取り、碓氷によく見せようと持ってくる。
「どう、碓氷くん? お客さん用とかによくない?」
「お客さん用…」
 怜の言葉に再び考え込むような仕草を取る碓氷。
「あれ、また考えてる?」
「あ、ゴメンゴメン。…いやね、そういえば来客用に何か買う、なんてしてことないなと思ってさ。で、よく考えたら今までウチに誰も上げてないや、と」
「ふ〜ん、そうなんだ…」
 そう言った後、怜は「あ…」と何か考えついたような顔になり、少し照れながらも上目遣いで碓氷に話しかける。
「じゃ、じゃあさ、今度、私、碓氷くんの部屋に遊びに行ってもいいかな?」
「え…」
怜の仕草と言葉に固まる碓氷。

―ここで画面が変わり、碓氷の頭の中で展開されるビジョンに。まず自室の全景が映り、続いて各部屋の風景が展開。そして映像はクローゼットのアップを経て、中にズラリと並ぶアームパーツの画に。すると次の瞬間、画面は「マズい!」という碓氷の表情のアップに変わり、画面は元の店内へと戻る。
「…」
―無言の碓氷。ここで心境セリフに。
 …さすがにアレを見られるのはよろしくない。と言うか非常にマズい。
「ええっと、その…」
 上手い言葉が見つからないが、それでも何かを伝えようとする碓氷。
「ああ〜! 碓氷くんゴメン、やっぱ今のナシ、忘れて!」
 碓氷の表情と歯切れの悪い言葉から何かを察したのか、慌てて自分の提案を取り下げる怜。
「…ごめん、怜さん…」
「いいよ、気にしない気にしない。いきなり言われても困るもんね〜」
 そう言って笑顔を見せ、碓氷に気を遣わせないように立ち振る舞う怜。それを見た碓氷は一瞬だけ申し訳なさそうな顔になるが、すぐに口元を緩ませる。そして心境セリフに。
 …明るくて優しいだけじゃなく、強い人なんだな、怜さんは。
―先の怜のセリフから碓氷の心境セリフまで、画面は怜の買い物をしている姿が展開。棚にある他の品物を手に取っては楽しそうな顔をしたり、「何に使うのかな?」みたいな表情、値札を見て「うわ、高っ!」と驚く、といった怜の感情豊かな面が見て取れる画に。

―ピピピ、ピピピッ!
「…ん?」
―怜の買い物風景がひとしきり流れた後、碓氷の携帯が鳴る。
「…!」
 電話を取り出し、画面を見た碓氷の顔が急に真剣なものに変わる。
「ゴメン怜さん、ちょっと離れるね」
 碓氷はそう言うと、誰もいない場所へと早足で歩き出す。
「あ、うん」
 後姿の碓氷に返事をする怜。この時、怜は特に気にする様子もなく、再び並んでいる商品に目を向ける。
―ピピピ、…ピッ
「はい、碓氷です。すいません、出るのが遅くなりました」
 と、電話に出る碓氷。電話の相手は警察の人間で、碓氷が裏の仕事をする時の連絡役。ここから2人の会話になる。
『学校はもう終わったか?』
「はい、今は駅前にいます」
『そうか、そいつはちょうどいい。…すまんが頼めるか? 少々厄介なことになってるんだ』
「まさか抗争…ですか?」
『ああ。ったく、まだ真っ昼間だっていうのに、何をしてくれてんだか』
 そう言ってチッ、と舌打ちをする電話の主。その後ろからは慌しい物音(電話が鳴る音や喧騒など)が絶えず聞こえている。
「それで、場所はどこですか? 現場の状況は?」

―ここで碓氷は再度、周囲に人がいないことを確かめ、さらに細心の注意を払って小声で話す。
『場所は元町の繁華街、現場に駆けつけた人間からの報告によると、2軒のビルを挟んでの衝突が起きているらしい。今はまだ目立った動きはないが、いつドンパチが始まってもおかしくない状態だそうだ』
「そうですか…」
『住所は元町2丁目、番地は1ー7。…これで場所はわかったな?』
「はい、大丈夫です。それでは今から急いで向かいますので」
『頼むぞ。俺もすぐに出るが、場所を考えるとそっちのほうが早く着きそうだ。それまで現場の指揮は全て碓氷に任せる』
「はい」
『何か起きた場合、現場は野次馬でごったがえすはず…。なんとか一般人の被害だけは出さないようにしてくれ』
「了解です」
―ここでピッ、と電話を切り、碓氷は固い表情のまま、怜の元へ戻る。
「あ、碓氷くん」
 自分に向かって歩いてくる碓氷に気付き、声をかける怜。その手には店の名前が書かれた紙袋がある。
「今の間にお会計、済ませてきちゃった。…それでね、この後、私のオススメの喫茶店でお話でもしようかな〜、なんて考えてるんだけど…」
 そう言って怜は少し緊張した様子で碓氷を見つめる。
「…」
 その様子を見た碓氷は少しの沈黙の後、本当に申し訳なさそうな表情になって口を開く。
「…ゴメン怜さん。急用が出来て、これからちょっと行かなきゃいけない場所があるんだ」
「あ、そう…なんだ…」
 碓氷の言葉に残念がる怜。だがすぐにパッと明るい表情になり、碓氷に話しかける。
「じゃあ碓氷くんの用事が済んだら…じゃダメかな? 私、今日はずっとヒマだし。あ、もしよければ一緒に付いて行―」
「ゴメン、それは出来ない」
 少し強い口調で怜の言葉を遮る碓氷。 そして少しの間の後、再度碓氷が口を開く。
「…それじゃあ僕はもう行くね」
「う、うん…」
 沈みきった表情と声の怜。ここで碓氷の心境セリフが入る。

 …本当にごめん、怜さん。でも怜さんを危険な目に遭わせる訳にはいかない、辛いけどこれだけはしっかりと言わないと…
―ぎゅっと唇と噛みしめ、拳を握る碓氷。そしてそのまま怜から離れようとするが、何歩か進んだところで怜に呼び止められる。
「あ、あの!」
 何かを思いつめたような口調の怜。その声に碓氷が振り向く。
「ま、また今度、買い物とか、遊んだりするの、付き合ってもらえるかな?」
一見軽そうな内容の怜のセリフ。だがその言葉には不安や遠慮など、どこか複雑な感情が込められている。
「…もちろん。今度は僕から誘うよ」
 そんな怜に対し、碓氷は笑顔でそう言って安心させる。
「…う、うんっ、ありがとう!」
 パアッと表情が晴れる怜。それを見て碓氷はホッとした顔になる。
「じゃあ怜さん、僕はもう…」
「うん、じゃあね碓氷くん。また明日」
 怜の言葉に軽く手を挙げて返し、碓氷は足早に店を出て行く。

―ここから画面は碓氷を追ったものと怜を追ったものの2つが交互に展開されていく。
 まず初めは店の中で1人、碓氷の後姿を見送る怜の画面に。
「…バイバイ、碓氷くん」
 微笑みながらそう呟く怜。

―続いて場面は碓氷が駅前を急いで歩いている場面になる。人通りの多い道を上手く縫うように歩く碓氷、そして心境セリフに。
 …時刻は…
―ここでちょうど歩いている碓氷の目の前に街頭時計が。チラリと目を向けると、時刻は4時40分辺りを指している。
 …もうすぐ5時か… これからますます人通りが増えるな、現場に着いたらまず周囲に警備を置いて、完全に人の行き来を遮断しないと…
―と、そこまで喋ったところで碓氷は赤信号に捕まり、横断歩道の前で立ち止まる。渡ろうとしている道はかなり大きく、交通量も多い感じ。

―ここで場面転換、怜の行動を追ったものに変わる。場面は雑貨店の中、怜が碓氷を見送った場所から始まる。
「…あ」
 それまでその場に立っていた怜だが、やがて手に持った紙袋を見て声を上げる。そしておもむろに袋を空け、中を覗き込む。するとそこには買うと言っていた石鹸の他に、もう1つ同じものが。
 …そうだ、私、後で渡そうと思って、碓氷くんの分も買ったんだ。
 と、石鹸を見つめながらの怜の心境セリフが入る。
―この時、先程の碓氷が電話に出る場面が「怜を主観とした回想シーン」という形で流れる。
 電話に出るため、怜に一言ことわりを入れてから遠くへ行く碓氷。それを見た怜は手にしていた石鹸と売り場を交互に何度か見つめ、「そうだ、いいことを思いついた」的な顔になり、石鹸を2つ手にしてレジに並ぶ。
 そして会計を済ませ、まだ碓氷が戻ってきていないことを確認、少しホッとした様子で元の場所に立つ…と、ここまでが怜の回想シーン。
「…」
 回想を終え、何かを考えるような怜。そして「うん」と大きく頷き、ここで再度心境セリフに。
 …この石鹸、碓氷くんに渡しに行こう。さっき出て行ったばっかりだから、急いで追いかければまだ間に合うはず…。碓氷くんは行くところがある、って言ってたけど、その前にこれを渡すくらい、大丈夫だよね。
「…うん、行こっ」
 怜は心の中の言葉に対してそう言うと、急いで店を出る。
「ありがとうございました〜」
店員の挨拶を背に、外に出る怜。そしてキョロキョロと周囲を見渡した後、碓氷が向かった方向へと歩き出す。

―ここで場面転換、碓氷サイドに変わる。青になった横断歩道を先頭で渡り終え、そのまま真っ直ぐ目的地へと向かう碓氷。
 ピピッ
 効果音と共に画面は碓氷視点になり、地図が表示される。そしてすぐに事件現場であろう場所に赤色で「×」マークが付き、次に今自分のいる場所が黄色い点で表示。さらに目的地までの最短ルートがはじき出され、道順にラインが引かれる。
「…」
 道順を確認し、地図を閉じる碓氷。そして心境セリフに。
 …現場に近付いてきたな。…通行人の状況は…
 ここで一旦言葉を止め、碓氷は目だけを素早く左右に動かして周囲の通行人を見る。
 …あまり変わりは無いな。と、いうことはまだ大きな動きは起きていないのか…
 その時、碓氷に向かって、つまり現場の方向から歩いてきた若者2人の会話が碓氷の耳に入ってくる。
「なあ、やっぱさっきの何かあるぜ?」
「ああ、俺もそう思う。なんか尋常じゃねえ雰囲気だったもんな」
「…!」
 2人の会話にピクリと反応する碓氷。そしてそのまま聞き耳を立てる。
「変に周りに警官もいたし、それ以上に見るからにヤバそうな人種が多かった…。っていうかアレ、完全にそのスジの人でしょ?」
「多分な」
「最近こういうの、増えてきたな〜」
「…〜、〜」
 と、ここで碓氷と若者2人はすれ違い、これ以降の会話を聞き取ることが出来なくなる。
「…」
 その場に立ち止まり、チラリと若者2人の後姿を目で追う碓氷。だがすぐに視線を戻し、再び歩き出す。そして心境セリフ。

…今の話からして、現場はまだ硬直状態、睨み合いが続いている…、ということか。このまま事態が収縮してくれればいいんだけど、わざわざこんな時間に動いてるんだ、すんなりとはいかないだろうな…
 碓氷は心の中でそう言うと、キッと目的地の方向を見る。

―ここで場面転換、怜サイドに。碓氷の後を追い、街中を歩く怜。場所は先程碓氷も引っかかった横断歩道の手前、怜が歩行者信号に目を向けると、ちょうど青から赤に変わろうと点滅をしている。
「あ…」
 一瞬「まだ急げばいけるかな?」という顔になり、歩く速度を上げるが、残念ながら間に合わず。怜は同じく信号待ちの通行人と一緒に横断歩道の前で立ち止まる。
 …まいったな〜、この信号、長いんだよね〜
 と、怜の心境セリフ。この時、怜はぼんやりと横断歩道の先、道路の反対側を眺めている。
―ここで場面はしばらく怜が人ごみの中、ポツンと立っている画に。そして怜の心境セリフが入る。
 …うう〜、こんなに人が多いんじゃ、碓氷くんを見つけれないよ〜 
 そこで怜は手にした紙袋に視線を移す。
 …どうしよう、渡せるかな、コレ。
 少し不安そうな顔になる怜。だがそんな弱気な気持ちを払拭するように、「よしっ」と言わんばかりの勢いで気合いを入れる。
 …うん、私は碓氷くんに渡したい、そう思ったから追いかけてる。それでいいんだ、例え見つけれなくても、渡せなくてもいい、ただその前にあきらめるのはダメ!
―ここでようやく信号が青に変わる。決意を固めた怜は凛とした表情で横断歩道を渡り、そのまま迷うことなく直進、感だけで碓氷の後を確実に追っていく。

―場面転換。碓氷サイドに変わる。
「あそこだな…」
 目的地であるビルを目視で確認できるくらい近付いた碓氷。そこからさらに少し歩いたところで、近くにいた警官が碓氷を見つけ、駆け寄ってくる。
「お疲れ様です!」
 警官は碓氷の前に立ち、そう言って敬礼をする。
「あ、どうも。」
 軽く会釈をする碓氷。そのやりとりから、この警官とは過去に何度か面識がある様子。
「…それで、現場の状況は? 何か動きはありましたか?」
 そう言いながら碓氷はビルに向かって歩き出す。すると警官も横に並び、歩きながら報告をする。
「は、今のところ目立った動きもなく、こちらも静観している状態です」
「そうですか…。ちなみに今、現場にいる警官の数は?」
「はい、付近交番から6名、ちょうど近くにいた交通課の者が3名、あとは管轄署からの応援が6名、それともう少しで本庁の応援部隊が着くとの連絡がありました」
―この警官のセリフ中、道端にいた白バイ隊員と会い、無言で挨拶、敬礼をする。
「交通課の方には交通整備に就いてもらっているようですね」
「はい」
「ではそろそろ一般車両の規制をかけてもらうようにして下さい。それと、今動ける警官の半分を通行人の整理、退去に回してください。人通りが多いので大変かと思いますが、迅速にお願いします」
「はい、わかりました!」
 そう言って警官は走っていく。
「…」
 考え込む碓氷。そして心境セリフに。

 …これで動ける人間は6人、とりあえず2つのビルに均等配分して、本庁からの応援を待つか…
―この碓氷の心境セリフの途中から、画面は碓氷視点に変わり、現場の地図が表示。警官の数だけアイコンが増え、車両規制にあたる者、通行人の規制にあたる者、ビルを取り囲む者…と、それぞれ地図上に散らばる。
―キキキキィィィッ!
 と、その時、道路からタイヤの擦り切れる音が聞こえてくる。碓氷がその音のする方向を見ると、ちょうど碓氷の前を黒塗りの車がすごいスピードで通り過ぎていく。
―キキキィ、…ドゴオォン!
 そして少しの間の後、ビルの方向から再度タイヤの音が聞こえ、ワンテンポ遅れて爆音が周囲に響き渡る。
「!!」
 瞬時に爆発音に反応する碓氷。見るとビルの下から煙が。この時、碓氷とビルとの距離はあとわずか、というところ。だが、ちょうど手前のビルと街路樹で死角になっていて、しっかりとは見えていない。
「…なんだ、今のは?」
「車がすごい勢いで…」
「ちょっと、あそこ! 煙が出てる!」
 碓氷の周囲にいた通行人が騒ぎ始め、立ち止まって喋り始める。
「くっ、始まったか!?」
 碓氷はそう叫び、ダダッと走り出す。そしてすぐにビルの正面に着き、その場にいた警官の元へと駆け寄る。
「あっ、碓氷さん!」
 駆け寄ってくる碓氷に気付く警官。その表情は救世主を見るような目つき。
「あの、た、大変です! いきなり車が縁石を乗り上げて…」
 まだ碓氷との間に距離があるが、警官は慌てて状況の説明を始める。だが碓氷は立ち止まることなく、そして説明を遮るように警官に向かって少し強い口調で話しかける。
「怪我人は?」
「は、はいっ、幸い通行人に怪我人はなく、負傷したのは車に乗っていた者だけかと思われます!」
 警官の言葉にコクリと頷く碓氷。そして炎上している車にチラリと目を向け、警官に向かって指示を出す。
「消防と救急に至急連絡を!」
「はっ!」
 警官が返事をしたその時、後ろから先程会った警官が現れる。
「碓氷さん、言われた通り、車両と通行人の規制に人員を回しましたが…」
 碓氷が出した指示についての報告をする警官。その口調からは「何人かこっちに回したほうがいいですか?」という感情が見て取れる。
「ええ、わかりました。今、救急と消防を呼ぶよう指示を出したので、こっちは大丈夫です。それより今の爆発で野次馬が増えるかもしれません、すいませんが残りの警官も通行人の規制、退去に回してください」
「は、はい…。ではここは?」
 一応返事はするものの、警官は不安そうに質問してくる。
「本庁からの応援が来るまで、自分1人でなんとかしてみます」
 碓氷はそう言って、車が突っ込んだビルの方向を見る。
「…恐らく今のは末端の人間が突発的に起こした、言わば暴走のようなもの…、もう車での玉砕攻撃はないでしょう。そろそろ外に出ても大丈夫、中にいる人達はそう思っているはずです」
 碓氷の言葉通り、ビルの入口にはいくつかの人影が見え隠れしている。
「…予期せぬ事態にしろ、これが引き金となり、本格的な抗争が始まるでしょう。そうなった場合、ここはあまりにも危険です。…だから、ここは自分に任せてください」
「で、ですが、私たちも警察の人間、危険だからと退く訳には…」
 警官としての使命感、正義感があるのか、そう言って食い下がろうとする警官。すると碓氷はそれまでにない重い口調で警官の言葉を遮る。
「お願い、します」
「っ…」
 その真剣な目に警官の口が止まる。そして少しの間の後、観念したように口を開く。
「…わかりました。この場は碓氷さんにお任せします。どうかくれぐれもお気を付けて。…それでは自分は与えられた持ち場に戻ります」
 そう言って警官は敬礼し、頭を下げて走っていく。
「…よし、行くか」
 誰もいなくなったところで碓氷はそう呟き、持っていた通学用のカバンをその場に置く。そして制服の上着に手をかけ、ガバッと脱ぎ捨てる。

―この脱ぎ捨てた上着が画面を覆うようにして暗転、場面は怜サイドに変わる。
 時間的には少し戻り、車の爆発音が聞こえたところから怜サイドのシーンが始まる。
―…ドオン!
 やや遠くから聞こえる爆発音、それに怜は周囲の人間と同時に反応する。
「え…、何、今の?」
 怜はそう呟き、同じような反応をしている通行人の中で立ち止まる。だが何か嫌な予感を感じたのか、「ハッ!?」という顔になり、それまで急いで歩き出す。
 …なんだろう、この嫌な感じ… よくわからないけど、急がなきゃいけない、そんな感じがする…
歩きながらの心境セリフ。その先には爆発で起きた煙が見えている。

―ここで場面転換、碓氷サイドに変わる。
 上着を脱ぎ、戦闘態勢に入った碓氷。それと時同じくして、双方のビルから大勢の男が飛び出してくる。真っ黒のスーツにサングラスをかけた者、どこから見てもチンピラのような者など、その風貌は様々だが、共通して言えるのは堅気の人間ではない、ということ。そしてその大半が手にピストルや刃物の類を持ち、集団の奥には火炎瓶を持っている者も。
「うおおおっ!」
「行けぇぇッ!」
 そんな声があちこちから聞こえ、あまり広くないビルとビルの間の道路は、一気に混戦状態になる。
「…」
 ダッ!という地面を蹴る音が鳴り、碓氷は叫び声と銃声、そして刃物がぶつかる金属音の中に飛び込んでいく。

―ここから場面はしばらくの間、碓氷の孤軍奮闘っぷりを映したものに。手刀を相手の首筋に打ち込んだり、手に鋭い蹴りを入れて武器を飛ばす、といったシーンや、素早い正拳をみぞおちに喰らわせ、相手をその場にうずめる、背後から襲ってきた相手にひねりの効いた裏拳を打ち込む、といった少々荒っぽいシーンが展開される。
 この時、画面は基本的に戦っている碓氷を描いたものだが、時折碓氷視点に変わり、相手をスキャンしたり、ターゲッティング時の効果音が鳴ったりする。

―ここで場面は怜サイドに。早くも集まってきた野次馬をかき分け、なんとかビルの近くまで進む怜。この時にはもう警官による通行人の整理や、現場周辺の立ち入り規制が敷かれていて、ビルから一定の距離でロープが張られている。
「おい、さっきから聞こえてくるの、ピストルの音じゃねえ?」
「車がビルに突っ込んだんだって」
「ええ〜! あのビルってヤクザの事務所でしょ?」
「だからだよ」
 と、いった野次馬の声が聞こえる中、怜は無言でロープの先を見つめている。
「…」
 その時、怜の脳裏に一瞬だけ碓氷の姿が浮かび、そして消える。
「!」
 …碓氷…くん?
 そう心の中で呟くと、怜は碓氷の姿を探すかのようにビルの方に視線を向ける。そして心境セリフに。

 …まさか、この向こうに碓氷くんが…? でも、そんなことって…
 その時、近くに立っていた警官に無線が入る。
―ザザッ
『こちら後藤、こちら後藤、西通りは異常なし、どうぞ』
「おっと」
 警官はそう言いながら無線機を手に取り、応答する。
「はい、こちら関、駅方面も異常ありません、どうぞ」
―ザッ
『駅方面異常なし、了解。…あ、関さん、そっちからビルの様子、見えますか?』
「いえ、音が聞こえるだけです」
「…」
 初めのやり取りに比べ、少し雑談のような口調になる2人。それを怜は何気なく聞いている。
―ザッ
『それにしても、あの人数を1人で相手にするなんてすごいね〜』
「ああ、碓氷さんだろ?」
「!?」
 警官の口から碓氷という言葉が出た瞬間、怜の顔が変わる。そして心境セリフ。
 …碓氷くん!? あの人数を相手に…って、そんな…! 
―この心境セリフの後、怜は少しロープの奥を見つめた後、何かを決意したような顔になり、一旦その場を離れる。そして人ごみをかき分け、野次馬もいなければ警備も手薄なビルの裏側へと回る。

―ここで場面はビルの裏側に。ただし転換、という形ではなく、物影に身を潜めたり、死角になるような場所を上手く移動している怜を追いながら次第に場面移動していく、という感じ。そして怜はビルの真裏に辿り着く。
「…」
 張られたロープを見つめる怜。そして周囲に見からないように左右を確認、人の多いところに人員を多く回したため、警官はかなり遠くに1人いるだけ。
―バアンッ!
 その時、ビルの正面の方向から、大きな破裂音が聞こえてくる。その音に警官が反応、少し持ち場を離れて見に行こうとする。
 …今だ!
 そう心の中で声を上げた後、キュッと唇を噛みしめ、怜はロープをくぐり抜ける。そして素早くビルの隙間(ロープの先には問題のビルの他、隣接する別のビルがある)に入り込み、姿勢を低くしたままゆっくりと進んでいく。そして心境セリフに。

 …碓氷くんが言っていた急用って、このことなの…? だったらどうして? なんで碓氷くんが…?
心の中で答えの出ない問いかけを繰り返す怜。だがその考えを払拭するように軽く頭を振り、目の前を見据える。
 …どんな理由でも、碓氷くんが今、大変なことになっているのは確かなこと… だったたら私は、私は…
「碓氷くん…」
 少しでも役に立ちたい、碓氷を危険な目に遭わせたくない、そんな思いを秘め、碓氷の名を口にする怜。だが…

―この時、画面は怜の後姿を映したものに。そして怜は全く気付いていないが、後ろから人影が近付いてきている。その人物の顔、身体は全く見えないが、怜の真後ろまで近付いたところでスウッと手が伸びてくる。
「…キャッ…ンンッ!?」
 手が自分の身体に触れる間際、気配に気付き、振り向く怜。だが時遅く、声を出す前に口を塞がれてしまう。そしてこの時、手にしていた紙袋が地面にポトリと落ちる。

―と、ここで場面転換。口を押さえられた怜のアップから暗転、戦闘中の碓氷へと変わる。
―ドカッァ!
「ぐうっ!」
 画面に向かって倒れかかってくる男。その後、男が画面から外れると、蹴りを放った格好の碓氷が映る。
―ピピッ
「!」
 効果音が鳴り、素早く反応する碓氷。すぐに違う方向に構え直し、敵を見据える。
―ここで碓氷視点に変わり、相手をスキャン。全身図が出た後、すぐに右手部分が拡大、赤く点灯する。
「くたばれぇ!」
 赤く点灯したのは相手が持っていたピストル。相手はそのピストルを構え、碓氷に標準を合わせる。
―パァンッ!
「フンッ!」
 銃声と同時に素早く上半身を反らし、銃弾をかわす碓氷。
「な、何っ!?」
 碓氷の行動に驚きの声を上げる男。そして次の瞬間、碓氷が勢いよく地面を蹴りつける。
―ダッ
 一瞬にして男の懐に入り込み、そのまま碓氷は拳を突き出す。
―ドゴォ!
「う…」
 短いうめき声の後、男はその場に崩れ落ちるように倒れる。
「…ふう」
 軽く息を吐くも、すぐに周囲に視線を向ける碓氷。すると近くにいた数人の男達がギクリとした表情になり、後ずさりをする。
 …苦戦、とまではいかないけど、さすがに数が多いな…。それに…
 と、碓氷の心境セリフ。そしてチラリと自分の左腕を見つめ、再び心境セリフに。

 …この一般生活用のアームしかない、というのが少し痛手だな…。せめて戦闘用のアームが一本でもあれば、もっと早く鎮圧出来るのに…
「くそぉッ!」
 その時、1人の男が碓氷の背後から襲いかかってくる。男は手にはドスのような刃物を持ち、碓氷の肩口を狙って斬りつける。
―…サッ、ブンッ! 
 だが碓氷はその攻撃を難なくかわし、刃物は空を斬るだけに終わる。
「!?」
 完全に碓氷を捉えたと思っていたのか、自分の攻撃がかわされたことに驚く男。そこに攻撃をかわすと同時に身体を男の方に向けていた碓氷の反撃が炸裂する。
―スス…、バシッ、ドカッ!
 沈むように体勢を低くして足払い、そしてバランスを崩した上半身に回し蹴りを放つ碓氷。その連続攻撃を喰らった男は宙に舞った後、地面に叩き付けられる。

―この時にはもう2つの勢力の抗争、という形ではなく、ほぼ「碓氷対全員」の図式に変化。碓氷を中心に男達が何重かの輪を作って取り囲っている。
「…」
 十分に間合いを取りながら、全方向に視線をめぐらす碓氷。と、その時、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「本庁からの応援か…」
 ボソリとそう呟く碓氷。そしてそのセリフの直後、何台ものパトカーや機動隊の車が出現、次々と止まっては中から警官、機動隊員が出てくる。
―ガチャ、バタンッ、ダダッ!
 ドアが開閉する音、足音が鳴り、車から出てきた警官達は素早く包囲体制に入る。そして体制が整うと、ハンドスピーカーを持った指揮官らしき1人の男が現れ、碓氷に向かって声を上げる。
『碓氷、待たせた!』
 その声は怜と買い物をしていた時に電話をかけてきた人物のもの。
「…」
 声の主に対し、無言でコクリと頷く碓氷。ただそれだけのやり取りだが、碓氷と指揮官の表情からは、2人がお互いに信頼を置きあっていることがうかがえる。
『よし、全員かかれ! 1人残さず捕まえろ!』
 高々とハンドスピーカーをかかげ、指示を出す指揮官。その言葉に合わせ、一斉に警官達が動き出す。

―ここから画面は少しの間、碓氷に警官隊を加えての捕物劇に。それまで碓氷が1人で相当数の人間を無力化していたため、事態はすぐに鎮圧化に向かう。
―ストッ!
「う…」
―乱戦、混戦の中、画面は手刀を叩き込み、相手の気絶させる碓氷の画に。
「…」
 時分の近くにいる相手をあらかた片付けたところで、改めて周囲を見回す碓氷。するとあちこちで警官が男達を取り押さえているのが見える。まだ完全制圧ではないが、もう警官達に任せても何ら問題ないところまで来ている。それは碓氷も感じているようで、「もう大丈夫だな」みたいな顔になり、戦いの場の中心から離れ、指揮官の元へと歩いていく。 

―ここで場面転換。画面はパトカーが止められた道端、指揮官が立っている場所に碓氷が着いたところから始まる。
「よう、お疲れさん」
 碓氷の背後で展開されている現場の様子を見ながらも、自分に近付いてくる碓氷に声をかける指揮官。
「お疲れ様です」
 そう答える碓氷。手には戦闘が始まる前に手放したカバンと上着を持っている。
「…で、これからどう動くよ?」
 碓氷に次に取るべき行動を聞く指揮官。だがその口調は碓氷に頼りっきり、というものではなく、参考までに碓氷の意見を聞いている、という感じ。
「…そうですね…」
 そう言いながら碓氷は手にしていた荷物を近くの植込み、レンガで出来た花壇の上に置く。そして振り返り、指揮官の方を向いて言葉を続ける。
「…外が完全に片付いたら、すぐにビルの中に踏み込みましょう。向こうは自分1人でなんとかしますので、もう一方はみなさんでお願いします」
 碓氷はそう言って、車が突っ込んだ方のビルに視線を送る。
「…了解。ま、そう言うと思ったぜ」
 自分の頭の中にもあった案なのか、指揮官はそう言いながら口元を緩ませる。
「あ、それと…」
 と、何か言い忘れたことがあったのか、碓氷が口を開く。
「わかってる。全員で行かず、逃亡防止用に何人かを裏口に回せ、って言うんだろ?」
「…はい」
 言いたいことを全て先に言われ、「さすがですね」的な顔になる碓氷。

―ちょうどその時、ビルの前での制圧が完了。最後の1人を数人がかりで押さえ込んだのを見た指揮官が声を上げる。
「よし、片付いたな…」
 そう言うと指揮官はパトカーのボンネットに置いていたハンドスピーカーを手に取り、ゆっくりと歩き出す。
「…さ、行きますか。」
「…」
 口調はふざけ気味だが、瞳は真剣な指揮官。これが普段の姿らしく、それを知っている碓氷は特に何も言わず、一緒に歩き出す。
『よ〜し、ご苦労さん』
 そう言いながら指揮官はぐるりと警官達を見回し、的確な役割分担を始める。
『…とりあえずここはカタが付いたが、もう一頑張りしてもらうぞ。…では4班はここに残って逮捕者の収容、3班は裏口の警備、1班と2班は合流し、向こう側のビルに潜入、建物内部の制圧に向かってくれ』
「はっ!」
 指揮官の言葉に大きな返事を返す警官達。そしてすぐに3つの班を形成し、素早く散っていく。
「…それじゃあ碓氷、お前も頼んだぞ」
「はい」
 碓氷が返事をすると、2人はクルリと反対側を向き、お互いが向かうべき方向に歩き出す。この時、画面は前面に向かっている碓氷と奥に進んでいく指揮官、という構図。そして碓氷アップの後ろで、指揮官は前を向いたまま軽く手を上げる。

―ここで画面は変わり、車が突っ込んだ方のビルに碓氷が向かっている場面に。
「…」
 無言でビルに向かう碓氷。そのバックでは倒れた男を運ぼうとしている警官や、傷付きながらも警官に逆らおうとしている男の画が展開。それらの様子を横目でチラリと見た後、碓氷の心境セリフが入る。
 …これでもう外での衝突、戦闘は無くなったな。…今のところ、一般人の被害は報告されていないし、抗争に関わった人間にも死者は出ていない。

―ここで心境セリフを一旦止め、碓氷はビルの入口を見据えて左の拳を握り締める。そして再度心境セリフに。
 …残るは2つのビル、このまま事態を最良の形で収束させるためにも、僕が頑張らないと…
―ザッ
 ちょうど心境セリフが終わったところで、碓氷はビルの入口に着き、足を止める。
―ピピッ
―ここで画面は碓氷視点になり、ビルの入口付近にどの位の人数がいるかを調べる。
スキャン画面はまずビルの外壁を取り除いた図を表示し、続いて生命反応がある場所に赤色でチェックが入る。その情報から、相手は物陰や入口から見て死角になる場所に上手く隠れ、待ち伏せをしている、ということが判明する。
「…攻め込みにくい配置だな…」
 碓氷はそう呟き、険しい表情になる。そして心境セリフに。

 …おそらく中にいるのはかなり場慣れている人間、これはさっきのようにはいかないかもしれないな…。しかも相手はまだ奥にもいるはず…
「…」
 ビルを見つめる碓氷。
―…ダダッ! …パン、パアァン!
 その時、後ろから銃声と喧騒が聞こえてくる。碓氷が振り返ると、向こうのビルではもう機動隊の突入が始まっていた。
「…遅れを取る訳にはいかないな…」
 碓氷はそう言い、覚悟を決めるように前に一歩踏み出す。そしてグッと膝を曲げて体勢を低くし、一瞬のタメの後、ビルの入口に向かって凄まじい速さで走り出す。
―シュンッ、スタッ、タタッ!
 数段ある入口前の階段を一気に駆け上がる碓氷。そしてその勢いのまま、入口のガラスを体当たりで破り、中へと飛び込んでいく。

―ここで画面はビル内部に切り替わり、割れるガラスと共に碓氷が飛び込んでくる画に。ちなみにこの時、ビルの中は明かりが点いておらず、少し薄暗い。
―パリッ、バリバリッ
 床をゴロゴロと転がり、床に散らばったガラス片をさらに細かく割る碓氷。そしてフロアの中央付近まで進んだところでスッと立ち上がり、迷うことなく大きな柱の陰に隠れていた男に向かっていく。
「う、うおっ!?」
 突然の碓氷の侵入、そして間髪入れずに自分が攻撃の照準にされたことに驚く男。手にはピストルを持っていたのだが、構える間もなく碓氷の間合いに入ってしまう。
―バキッ、ゴガッ!
 碓氷の右フックが頬に、えぐるようなニーパットが腹部にヒットし、男はその場にドサリと倒れる。
「…っ!」
「な、何っ!?」
 その一瞬の出来事に、他の場所に隠れていた男達が思わず声を上げる。
―ササッ!
 碓氷は声が聞こえた方向に一瞬だけ顔を向け、敵が隠れている場所を確認。そして先程倒した男が隠れていた柱の陰に身を潜める。
「チィッ!」
「野郎!」
―ダダダダッ! パン、パァン!
 始めは驚いていた男達だが、すぐに気を切り替え、罵声と共に手にしていた銃を撃ってくる。その数は4人で、武器はマシンガンが1人とピストルが3人。
―ガガガッ、ビシッ、チュイィン!
 発射された弾が次々と着弾、碓氷が隠れている柱や、さっきまで立っていた場所に大量の弾痕が付く。
「くっ」
 激しい銃撃に対し、それまで以上に身体を柱に潜める碓氷。
 …狙撃の腕も並以上…。最初の1人は奇襲で何とか無力化することが出来たけど、もう同じような手は使えないな…
 と、碓氷は冷静に相手の力量を分析し、状況を把握する。そしてこの心境セリフが終わる頃には少し攻撃の手が緩まり、柱の陰から出てこない碓氷に対し、銃撃は威嚇や牽制程度のものになる。
―パアァン、…パンッ!
「だとしたら…」
 取るべき行動が決まったのか、碓氷はそう言って少しずつ外側に移動する。そして肩が柱から出るか出ないかのところで一旦止まり、すうぅ…と息を吐いた後、覚悟を決めて飛び出て行く。
「正面から攻める!」
 碓氷は飛び出すと同時にそう叫び、一番近くにいた男に向かっていく。男がいるのはフロント、普通の会社なら受付嬢が座っているような場所で、カウンターの下に隠れながら碓氷の動向を探っていた。
―ダダダッ! パアンッ、パキュン!
 碓氷が姿を現したことで、一気に激しさが増す銃撃。その中を碓氷は全力で目標に定めた男の元へと進み、近くまで来たところで大きくジャンプする。
―ダッ! …パンッ、ダダダッ、パァン!
 碓氷が床を蹴り上げて飛んだ直後、その場は銃弾で蜂の巣に。まさに紙一重、一瞬の差で碓氷は怪我を負わずに済む。だが碓氷の危機はこれで終わった訳ではなく、今度は碓氷の正面、つまり今から攻撃を仕掛けようとしていた男が碓氷に銃口を向ける。
「テメェッ!」
―パアァン!
 男はかなり近い距離からピストルを発射、弾は碓氷の顔面に向かって飛んでくる。
「ッ!」
―この時、画面は必死に弾を避けようとする碓氷のアップに。そして碓氷は勢いよく頭を横に傾ける。
―ブンッ! …チッ!
 素早い反応を見せ、最大限まで首を曲げたため、弾は碓氷の頬をわずかにかすめるだけに終わる。
「なっ!?」
 至近距離からの銃撃をかわされ、驚きの声を上げる男。それに対し、ピンチを乗り切った碓氷は思いっきり腕を振り上げ、男の顔面に強力なパンチを放つ。
―ブンッ、ドガァッ!
「ぐあぁッ!」
 体重を乗せ、威力を増した碓氷のパンチが炸裂。男は吹き飛ばされ、背後の壁に叩き付けられる。
―スタッ
 ここで碓氷は床に着地、そのまましゃがみこみ、カウンターに身を隠す。
「…」
 壁に背中を預け、相手の出方を見る碓氷。またしても激しい銃撃が始まるかと思いきや、碓氷がカウンターに隠れてからは一発も撃ってこない。

 …妙だな…。弾切れでもなさそうだし、逃走ということも考えられない…
と、碓氷の心境セリフ。そして少しの間の後、相手の行動が読めたのか、呟くように声を出す。
「と、いうことは…」
―ピピッ
―この効果音と共に画面は碓氷視点に変わり、ビル内部の見取り図が表示される。次に図は碓氷のいる位置と、残り3人の男の位置を表示。ちなみに相手3人の位置は、1人がやや離れたところに、あとの2人は固まって碓氷の近くにいる。
「…」
 その位置関係を確認、把握する碓氷。そして心境セリフに。

 …今の位置関係のままだと、相手は上手く攻めることが出来ない…。だけど…
―ここで画面は再び碓氷視点、お互いの位置が表示されたものに変わる。そしてここから碓氷の心境セリフと共に、想定される相手の行動が予測イメージとして表示、展開されていく。
 …この奥にいる1人が前に移動すると、残りの2人と挟み合う形になる…
―図上の相手アイコンが動き、予想図は碓氷の言葉通り、敵に挟まれる形になる。
 …さらにこの2人が散らばり、3方向から攻められると、逃げ場は完全に絶たれてしまう…
―予想図は3人が碓氷を包囲する形に変化。後ろは壁、残り3方向に相手アイコンと、予想通りに動かれると、碓氷にとってはかなり厳しい状況になる。
 …そうなってしまう前に、こっちから動かないとな…
―この心境セリフが終わったところで碓氷視点、予想イメージ図の展開も終了。画面は何かいい案を思いついたような表情の碓氷に変わる。
「…」
 周囲を見渡し、何かを探す碓氷。すると近くに転がっていたイスが視線に入ったところで碓氷の目が止まる。
「…よし」
 そう言って碓氷はイスを掴み、グイッと引き寄せる。そして大きさや重さを確認し、軽く頷く。

 …これが上手くいけば、この場を一気に打破することが出来る…。頼むぞ…
 そう心の中で呟いた後、碓氷はギュッ、とイスの足を握り、少し身体を浮かせる。
「…」
 いつでも動ける体勢に入り、真剣な顔になる碓氷。そして次の瞬間、手にしていたイスを大きく放り投げる。
―ブンッ
 …今だ!
―ダッ! ガッシャーンッ! 
 イスが宙に舞った後、ワンテンポ遅れて飛び出す碓氷。するとちょうどその時、投げたイスが天井の照明に当たり、大きな音と共に派手に割れる。
「!」
「な、何だッ!?」
 その音に反応し、天井を見上げる男達。碓氷はこの時に生じた一瞬の隙を使い、同じ場所に固まっていた2人の元へ飛び込む。
―タッ、スタタッ!
 隠れていたカウンターの上に足をかけ、そのまま2人に向かっていく碓氷。男達がその動きに気付いた時にはもう遅く、碓氷は2人の目の前まで来ている。
「ハッ!?」
「し、しまっ…」
 そう言ってピストルを碓氷に向けようとする2人の男。だがそれより先に碓氷の攻撃が2人を完全に捉える。
―バキィィッ! ガシッ、…ドガァッ!
 まず碓氷の右腕から放たれた渾身の一撃、斜め上方へ突き上げるアッパーが男の1人にクリーンヒット、碓氷の拳がアゴにめりこむ。そして間髪入れずにもう片方の男を左腕で掴み、勢いよく床に叩き付ける。
「ううう…」
 全身を強打し、うめき声を上げる男。そして碓氷はここで止まることなく、残りのマシンガンを持った男に攻撃の焦点を定める。
「行くぞ…」
「チ、チクショウがぁっ!」
 一気に飛びかかろうと、少しかかんで両足に力を溜める碓氷と、やられっ放しでたまるかと言わんばかりの男。
―ダッ! カチャッ
 碓氷が床を蹴るのと同時に、男もトリガーを引く。
―ピピッ
「!」
―ダダッ、キュッ! スッ…、ダダッ!
 効果音が鳴り、碓氷は銃口の向き、相手の腕の動き、視線などから弾道を素早く察知。真っ直ぐ進んでいたところで急ブレーキ、そして大きく横に跳び、そこから再度ダッシュを始める。
―ダダダダッ、ダダダダッ!
「クソがあぁ!」
 碓氷の素早い動きを捉えきれず、苛立ちを見せる男。マシンガンから発射される弾は常についさっきまで碓氷がいた場所を撃ち抜いていく。
―ダッ、キュッ、ダダッ、サッ!
 ジグザグに走りながらも、確実に間合いを詰めていく碓氷。男も近付かれていることに気付いていて、次第に焦りの表情になっていく。
「クソッ、なんで当たんねえんだッ!」
―ダダダッ、ダダダッ!
 毒づきながらも銃を撃ち続ける男。慌てているのか、少し標準がおろそかになっていく。

 …よし、仕掛けるなら今だ!
 素早く動きながらも、冷静に相手を見ていた碓氷はそう心の中で叫び、攻撃に転じる。
―スタタッ、…ピタッ
「!?」
 それまで方向はバラバラだったが、一定の距離を走ってはターンを繰り返していた碓氷。しかしこの時はいつもの半分も走らないうちにピタリと止まり、男に向かって殴りかかる動作を取る。それに反応してしまった男はビクリと身体をこわばらせ、銃撃を止めてしまう。しかしこれは碓氷の仕掛けたフェイントで、実際はその場から動いていない。
―スウッ…、ダダッ!
 男が自分の仕掛けたフェイントにひっかかったのを見た碓氷は、殴りかかるモーションを素早く解き、男に向かって一直線に走り出す。
「う、うあぁっ!」
 やられる、と察したのか、高速で迫ってくる碓氷に対し、男は情けない声を上げるだけ。
―シュッ、ドゴッ!
 碓氷の攻撃が男に炸裂。初めにマシンガンを左手で払いのけ、そこから右ストレートをみぞおちに決める。
「ぐ…」
―バタッ、…ガシャッ
 男が倒れるのと同時に、叩き飛ばされたマシンガンも床に落ちる。
「…ふう」
 大きく息を吐き、戦闘態勢を一旦解く碓氷。

―これでこの場にいた敵は全員倒したことに。この後、碓氷は周囲を見渡し、倒した男達が気を失っていることを確認。そして碓氷は奥のフロアに続いているであろうドアを発見、そこに向かって歩いていく。
―ドカッ、ガシッ!
「!?」
 碓氷が数歩進んだ時、ドアが向こう側から蹴り破られ、体格のいい2人の男が勢いよく飛び出してくる。
「…」
 新手の登場に再び戦闘の構えを取る碓氷。するとその2人の後に、もう1人の男がゆっくりと部屋に入ってくる。その態度、見た目から、男は碓氷が戦っている集団のボスであることが容易に予測出来る。
「…チッ、ガキが…。よくも今まで、好き勝手にやってくれたな…」
 口調は冷静だが、かなり怒っている感じのボス。
「見たところ普通の警官じゃあねえが…。ま、警察の犬には違いねえだろう」
 ボスはそう言って碓氷を睨みつけ、その後不敵な笑みを浮かべる。
「…さて、テメエが強いのは今ので十分に解った。だが…」

―ここでボスは軽く右手を挙げ、奥の部屋に向かって合図を送る。するとそこから肩にマシンガンをかけた1人の男が出てくるのだが、その男の腕には捕らえられた怜の姿が。
「!」
 怜の登場に驚く碓氷。そして信じられない、といった感じで大きな声を上げる。
「れ、怜さん!?」
 そう言って碓氷は捕らえられた怜の姿を凝視、間違いなくさっきまで一緒にいた怜であることを確認する。
 …ど、どうして怜さんがここに!? まさか僕の後をずっとつけて来たのか? …いや、そんなことは…

―この碓氷の心境セリフの後、画面は雑貨店での別れ際シーンが短くカットイン。怜が立ち止まったまま碓氷の後を見送る映像を使い、「怜が碓氷を尾行してここまで来たのではない」ということを強調する。
「う…碓氷、くん…」
 碓氷の声に、怜は申し訳なさそうな声で碓氷の名前を呼ぶ。するとその2人のやり取りを聞いていたボスがニヤリと笑う。
「ほう、知り合いか…。それはいい、こっちは普通に人質として使おうとしたんだが、ただの民間人より効果がありそうだな」
 セリフの後、ククク…と笑いを漏らすボス。 
「く…」
 悔しそうな表情を浮かべ、歯を食いしばる碓氷。
「ごめんね、碓氷くん…。私、私…」
 自分の取った行動が軽率だった、結果的にこうして碓氷に迷惑をかけることになった事に対し、涙を浮かべながら謝る怜。この後も何か必死に謝ろうとするが、詰まってしまい言葉にならない。
「おうおう、涙ぐましいねえ。…だがお嬢さん、お喋りはそれまでだ」
 ボスはそう怜に言うと、碓氷の方を向きなおす。
「…さて、碓氷、とか言ったな」
「…」
 ボスの問いかけを無言で睨みつけることで返す碓氷。その表情は「汚いぞ、貴様ら」と言わんばかり。
「フッ、そう睨むな。」
 そう言って肩をすくめるボス。そして少しの間を置き、再び口を開く。
「…ま、言わなくとも解るだろうが…、少しでもヘンな真似してみろ、コイツの命はねえぜ?」
 このボスの言葉に合わせ、怜を押さえていた男は怜の腕を握り、グッと後ろに曲げる。
「痛っ!」
「…くっ」
 それまで隙あらば飛び掛ろうとしていた碓氷だが、痛がる怜を見て動きが止まる。
「…フッ、しかし何だな。お前ら警察側の人間ってのは、こういう事態になると本っ当に弱いもんだな。なあ、そんなに人間1人が大事か?」
「…ゲスが…」
 ボスの言動に対し、小さい声ではあるが、碓氷にしては珍しく汚い言葉を口にする。
「さてと、今まで散々テメエ1人にやられてきたんだ。少しはお返しさせてもらわないとな」
 そう言って初めに入ってきた男2人に目配せをするボス。すると2人の男は即座に碓氷の左右に立ち、腕や首をバキバキと鳴らす。
「…」
 2人の男を交互に見つめる碓氷。男はどちらも下品な笑いを浮かべている。
「…さ、お前ら、たった1人でここまで来た客人だ、存分にもてなしてやれ」
 勝ち誇ったような口調のボス。その言葉が告げられると、2人の男はニヤニヤしたまま頷き、碓氷に向かって暴行を始める。
「オラァ!」
「ヘッ、このクソガキがあッ!」
―バキッ、ゴガッ、ドムゥッ!
 顔面への正拳、腹部への蹴りなど、2人は無抵抗の碓氷に次々と攻撃を加える。 
「…くっ」
 短く、漏らすような声を出す碓氷。攻撃によるダメージは大してないが、それ以上にこの状況が悔しくてたまらない、といった感じ。
「う、碓氷く、ん…」
 容赦なく繰り返される暴行に対し、もう見ていられないと言わんばかりの怜。瞳には大粒の涙を浮かべ、床に何粒もこぼしている。
―ガシッ、バキィ!
「…ッ、…!」
 頬に、みぞおちに、下腹部にと攻撃を受ける碓氷。そしてここで心境セリフが入る。

 …くっ、このままじゃどうすることも出来ない…。
 ここで碓氷はチラリと横目で2人の男を見る。そして再度心境セリフ。
 …この2人を瞬時に無力化することは決して不可能じゃない…。でもその場合、いくら早く片付けたとしても、残り2人までは手が回らない。そうなると怜さんが危険に…
「…くっ」
 どうすることも出来ない状況に思わず声を上げる碓氷。
 …どう考えても『現状』での事態の解決は不可。打破するには…
 そう心の中で呟き、碓氷は自分の左腕を見つめる。
―バシッ、ドゴォ、ガンッ! 
 一連の心境セリフの間にも男達の攻撃は続き、この頃になると碓氷の衣服にはやぶけた部分が目に付くように。そんな中でも碓氷は自分の左腕を見つめ、真剣な顔付きで考え込む。
 …この腕は一般生活用に作られたノーマルアーム…。でも、出力を最大限まで上げれば戦闘用アーム並の威力を出すことが出来る…。 

―ギュッ
「…」
 無言のまま拳を握り締める碓氷。だがその表情には迷いとためらいが見える。
 …戦闘用アームなら、この2人だけでなく、怜さんの横にいる2人も瞬時に無力化することも十分可能。…だけど無理な負担をかける分、最大出力で戦える時間は持って十秒…。そしてその後、間違いなくアームは故障、最悪の場合、身体から切り離さないといけないかもしれない…
―ドゴッ、ビシィィ!
「何だコイツ、全然こたえてねえぞ!?」
「チッ、バケモノがっ!」
 いくら攻撃をしてもあまり反応を見せない碓氷に苛立つ男達。だが碓氷は全く気にせず、状況打破を考える。
 …どうしよう…。この際、アームの損傷は問題じゃない。何より問題なのは…
 碓氷はそう心の中で呟くと、捕らえられている怜を見る。

 …怜さんに僕の正体が、僕がロボットだということが完全にバレてしまう…。僕を人間として、あれだけ好意を持って接してくれた怜さん…。僕はその怜さんの想いをこういう形で、踏みにじるような形で終わらしてしまうのか…?
「クッ!」
 目を閉じ、それは嫌だと言わんばかりに首を振る碓氷。するとその時、怜の悲痛な叫びが。
「う、碓氷くん!」
「!?」
 怜の声に気付き、顔を上げる碓氷。するとさっきまで横にいた2人の内、1人がその場を離れ、近くにあった金属製のゴミ箱に手をかけ、碓氷の頭部に当てようと持ち上げていた。
「碓氷くんッ、逃げて! 私はどうなってもいいから、碓氷くんだけでも逃げてぇ!」
「!?」
 怜の声にビクンと反応する碓氷。そして心境セリフに。

 …自分がどうなろうとも助かってほしい…。それは僕も同じこと、僕はどうなってもいい、例え腕だけでなく、この身体が壊れようとも、そして怜さんに正体がバレようとも…
「…僕は、怜さんを助けたい…」
 消え入りそうな碓氷の声。それは誰に発せられたものでもなく、自分自身に言い聞かせるような口調。
 …どうして、こんな単純なことに今まで悩んでいたんだろう…。僕は人間を守るために造られた存在、そして今はそんな存在意義を抜きにしても目の前にいる人を、怜さんを守りたい…

―ここで画面は碓氷視点に変わり、自分の左腕をスキャン。すると現在のアームの能力値を計るようなグラフが何本も表示される。そのグラフの幅、値はどれも限界値の半分以下。
「…怜さん…」
 ボツリと、だがしっかりとした声で怜の名前を呼ぶ碓氷。
「…え?」
「…ゴメンね、怜さん…。僕は今まで、怜さんに隠し事ばかりしてきた…。でも、もうそれもこれで終わり…」
「碓氷、くん…?」
「…」
 碓氷が何を言いたいのか、何を伝えようとしているのか解らない怜。しかし碓氷は怜の声に答えず、黙ってしまう。
「何ブツブツ言ってんだコラァッ!?」
 その時、ゴミ箱を手にした男が大声を上げ、碓氷達のやり取りを遮る。そしてそのままゴミ箱を大きく掲げ、碓氷の頭部を狙って投げ付ける。
「くたばれぇッ!」
「碓氷く〜んっ!!」
―ブンッ!
 男の声と怜の声が重なる中、金属製の重いゴミ箱が碓氷に向かって飛んでくる。
「…」
 …出力、最大限!
 碓氷はそう心の中で叫び、左腕に力を込める。

―ここで画面は碓氷視点に変わり、先程の左腕の能力グラフが表示される。そしてそこに「命令:最大出力」という文字が現れ、グラフは一気にゲージマックスまで上がる。するとその直後、画面全体が赤く点滅し、「危険」と「警告:アームパーツ過剰付加」の文字が交互に出現する。
「うおおっ!」
―ブウゥンッ!
 叫び声を上げ、強大な力を得た左腕を思いっきり振る碓氷。
―ガッゴオォォォンッ! 
 ラリアットのような形で振られた碓氷の左腕がゴミ箱に炸裂。ちょうど真ん中に腕が当たり、ゴミ箱は中心から真っ二つに割れる。
「うがああッ!?」
 碓氷の攻撃の威力は男にも伝わり、直接腕が当たった訳でもないのに、遠くに吹き飛ばされていく。
「な、なにぃッ!?」
「碓氷くん…!」
 その様子を見ていたボスと怜が驚きの声を上げる。ちなみにこの時、声は出さないが、怜を捕らえていた男も驚いた表情を見せている。
―ギロッ
 続いてもう1人の男を倒そうと、キッと顔を男に向けて睨む碓氷。
「ヒイッ!?」
 黙って攻撃を受けていた時とは全く違う鋭い目付きに情けない声を出す男。
―ドッゴオッ!
 重く、タメの効いたパンチが男のボディに決まり、男もまた遠くに吹き飛ばされる。そして次の瞬間、碓氷は残る2人の方を向き、一直線に駆け出していく。
「くっ、くそぉっ!」
―バンッ
 向かってくる碓氷に対し、それまで怜を人質に取っていた男が声を上げ、怜を横に押し倒す。
「キャアッ!?」
―バタッ
 いきなり押され、膝から床に落ちる怜。この間に男は肩にかけていたマシンガンを手にし、素早く碓氷に標準を合わせる。
「この野郎オォッ!」
―ダダダダダダッ!
 マシンガンを乱射する男。向かってくる碓氷と男の距離はかなり短く、弾をかわすのはまず不可能、という状況。だが碓氷は臆することなく、真っ直ぐ男に向かって走っていく。
「碓氷く〜ん!!」
 ダメ、こっちに来ちゃ、という思いが込められた怜の叫び。しかしそれでも碓氷は止まらず、全てを払拭するような大声を上げる。
「うおおっ!」
―ブウウゥゥンッ!
 碓氷は自分を打ち抜こうと飛んでくる無数の弾丸に向かって全力で左腕を振る。
―ゴオォッ!
 腕を振り切った瞬間、その反動によって碓氷の目の前に大気の渦が出現。発射された銃弾は渦の中に入った途端に威力を失い、その場にフワリと浮かんだ後、ポトリと床に落ちる。
「う、嘘、だろ…」
―カラン、カラカラ、カラン…
 次々と落ちていく銃弾。その光景に男は信じられない、と言わんばかりの声を上げる。
―ピーッ、ピーッ
 その時、碓氷の腕から警告音が鳴り、バチバチッという音と共に煙が上がる。
「クッ!?」
 そう言って少し顔をしかめる碓氷。だがすぐに気持ちを切り替え、腕を振り切ったために一旦は落ちたスピードを再び上げ、男の元へと突き進む。
「ヒ、ヒイッ!」
 マシンガンを投げ出し、逃げようとする男。その顔は完全に戦意を失っている。それは隣にいたボスも同じで、怯えた表情を浮かべている。
―ザッ、…ドガァッ!
 碓氷は男の目の前で足を止め、そこから素早く左腕を上げ、そのまま振り下ろす。
「うう…」
 男は肩口から首元の辺りに重い攻撃を受け、静にその場に崩れ落ちる。
―バッ!
 そして碓氷はすかさずボスの方を向き、拳を握りなおす。
「く、来るなぁっ!」
「…」
―シュンッ、…ババババッ、ドゴオォッ!
 貴様の言葉など聞く耳持たず、という表情で碓氷は瞬時にボスの前に移動し、高速で何発もパンチを打ち込み、最後に渾身の一撃を顔面に打ち込む。
―バタ…
 碓氷の攻撃を受けたボスは立ったまま気を失い、そのまま後ろに倒れていく。
「…」
 無言でボスの一連の動きをじっと見つめる碓氷。この時、左腕は完全にショートしてしまい、ジジジ…という音を出しながら、ダラリと垂れている。
「碓氷…くん…」
 その様子を碓氷の背後から見ていた怜。その口調は、声をかけてもいいかどうか迷っている感じ。
「…怜さん」
 怜の方には振り返らず、そのままの体制で怜の名前を呼ぶ碓氷。そして少し首を下げ、ギュッと瞳を閉じ、ゆっくりと口を開く。
「…怪我はない?」
「う、うん…」
「よかった…」
 碓氷はそう言うと、少し間を置き、何かを決心したような顔になる。
「怜さん…。見ての通り、僕は人間じゃない…」
「…」
「僕は、この街の治安を守るために造られたロボット…。ただ、それだけの存在なんだ。…それなのに、そんな僕に怜さんは好意を持って接してくれた…」
「…」
「…怜さんがどのくらい僕のことを想ってくれていたか、僕は知っていた。それはとても幸せなこと、とっても嬉しいこと…」
 ここで碓氷は一旦言葉を止め、小さく息を吐く。そして少し間を置いた後、再び口を開く。
「でも、僕は人間じゃない。…ロボットなんだ」
 碓氷の懺悔にも似た告白。その言葉に怜は黙って、そして悲しげに聞いている。
「今まで黙っていて、隠していて、本当にゴメン…」
「…碓氷、くん…」
「…」

 …ゴメン、怜さん…
 心の中でもう一度謝る碓氷。そして心境セリフに。
 …やっぱり、ショックだろうな。…でも、こうするしかなかった…。
「…」
「…」
 碓氷と怜、お互いに無言。そんな中、碓氷の心境セリフが続く。

 …これで、怜さんの僕に対する好意は消える…
 悲しい、というより、申し訳ない、という顔になる碓氷。
 …でも、怜さんが無事だった、僕の手で助けることが出来た、それで十分じゃないか。…僕は人を守るために造られたロボット。それ以上でも、それ以下でもない、ただそれだけの存在―
 と、ここでふいに碓氷の心境セリフが途切れる。
―ガシッ!
「!?」
 驚いた表情の碓氷。その背中には怜が抱き付き、碓氷の身体に顔をギュッと押し付けている。
「れ、怜さん…?」
「…」
 小刻みに震える怜、そしてそれを肌で感じる碓氷。
「…そんなの、関係、ないよ…」
「え…?」
「碓氷くんがロボットでも、人間でも、そんなの関係ないよ。碓氷くんは私を助けるために一生懸命になってくれた、すごい必死になってくれた…」
「…」
 今度は碓氷が無言になり、怜の言葉を黙って聞くことに。
「…私、碓氷くんのこと、前から好きだった。いつも優しくて、楽しそうに私の話を聞いてくれて…」
 抱きついたまま話を続ける怜。碓氷も動かず、ずっと怜の話を聞いている。
「…でも今、こうして碓氷くんが自分のことを話してくれて、私、もっと碓氷くんのことが好きになった…」
「…怜、さん…」
 好きになった、という言葉が怜の口から出た瞬間、何かに射抜かれたような表情になる碓氷。そしてここでようやく碓氷は怜を見ようと振り返り、怜もまた抱きしめていた腕を緩め、碓氷と顔を向け合おうとする。
「…」
「…」
 そして2人は顔を合わせ、じっと見つめ合う。

―ここで画面は碓氷視点に変わり、怜の顔をスキャン。そして物語冒頭もにあった、心拍数や頬の赤さ、緊張の度合いが次々と表示されていき、最後に「心理状態:好意(非常に強い)」と表示される。
「…怜、さん…」
―スッ…、ギュッ
 そして次の瞬間、画面は正面から抱きしめ合う2人の画に。
「0.5%、か…」
 怜を抱きしめながらそう呟き、口元を緩ませる碓氷。そしてポツリと心境セリフ。

 …ゼロじゃ、なかったな…

―ここで場面が変わり、2人はビルの外に。周囲は事後処理などに追われ、多くの警官が慌しく動いている。その中を寄りそうに歩いていると、前から指揮官が現れる。
「よお、お疲れさん。…聞いたぜ、お友達、いや、彼女さんが大変な目に遭ったらしいじゃねえか」
「か、かの…」
 指揮官の言葉にいち早く反応し、赤くなる怜。
「ははは、照れなくてもいいぜ、おねーちゃん。今の2人、どっからどう見てもいいカップルだったぜ?」
「あ、あの、その…」
 さらに赤くなり、アタフタし始める怜。
「可愛いコじゃねえか、碓氷」
「はい」
 指揮官の言葉に対し、素直に答える碓氷。すると横にいた怜は「わ、素直に頷いてるよ〜!」という顔になる。
「で、身体は大丈夫なのか?」
 ここで指揮官は少し真面目な顔になり、碓氷の身体を見る。
「ええ、ボディに大した損傷はありません。…ただ、無理をさせたアームパーツは…」
 そう言って碓氷は自分の左腕をチラリと見た後、指揮官に頭を下げる。
「すいませんでした」
「…おいおい、何を謝ってるんだ?」
「え?」
「テメエの彼女が目の前で大変なことになってるんだぞ? そこで無理しねえでいつ無理すんだ、え?」
 口調は多少乱暴だが、熱い心のこもった指揮官の言葉。それを聞いた碓氷は穏やかな笑顔を見せ、再度頭を下げる。
「…ありがとう、ございます」
「…ふっ、まったく、律儀なヤツだな。…まあいい、腕に関してはすぐに新しいものを用意させる。その辺は心配せず、全てこっちに任せてくれ」
「はい、わかりました」
 そう言って頷く碓氷。するとその直後、奥から1人の警官が現れ、指揮官に話しかける。
「すいません、確認を取って頂きたいものが押収物に…」
「ああ、わかった。今行く」
「はっ」
 警官は返事をすると同時に敬礼し、足早に去っていく。
「…悪いな、もう少し喋っていたかったんだが、これでも結構忙しくてな」
 指揮官はそう言いながら警官が去っていった方向をチラリと見る。
「それじゃあ碓氷、今日は本当にご苦労さん。…おねえちゃんも疲れたろ? 今日は早めに寝て、しっかり休んでくれ」
「は、はいっ」
 指揮官の言葉に素直に頷く怜。その元気な返事と表情に指揮官は口元を緩ませ、穏やかな笑顔を見せる。
「…さ、行くか。…そんじゃな、お2人さん」
 だがそれも束の間、指揮官はそう言ってクルッと後ろを向き、軽く手を上げながら去っていく。
「…」
 無言で見送る碓氷。その横で怜は後姿の指揮官に向かってペコリと頭を下げている。

―ここで場面転換、最終シーンへ。画面は指揮官と話していた場所から少し離れ、ビルに近い場所を2人が歩いているところから始まる。
「あのさ、怜さん」
 歩きながら口を開く碓氷。すると怜は「なに?」という顔で碓氷を見る。
「1つ聞きたかったんだけど、どうやってここまで来たの? 僕の後ろを着いてきた訳でもないし、帰り道とは逆方向だよね?」 
「う、うん」
 少し歯切れの悪い返事をする怜。
「もしかして…偶然? それともこっちに来る用事があったとか?」
「どっちも…かな」
「?」
「ええっと、確かに碓氷くんに会えたのは偶然。でも、碓氷くんに会いたい、会えたらいいな、と思ってこっちに来たから、用事があったになるかも…」
「…え、じゃあ怜さんは、どこにいるのか分からない僕を探しに来て、ここまで…?」
「うん、そうなるね。だから会えたのはホントに偶然…、すごいね」
 テヘ、と笑いながら答える怜。
「本当にすごいよ…」
 そう言って碓氷は感心と驚きが混じったような顔になる。

―ここで画面は碓氷視点に変わり、駅前からビルまでの地図が表示される。そして碓氷と怜が歩いてきた道にラインが引かれ、続いてその途中にある全ての分かれ道、交差点などにチェックが入る。その後、様々な計算式と数字の列が次々と出現。最後に「算出完了、対象者「怜」が「碓氷」と同じ道順を選択する確率 0.5%」という文字が表示される。
「…」
 算出された数字を見て言葉を失う碓氷。だがすぐに口元を緩ませ、笑顔を見せる。そして心境セリフに。

…偶然、ゼロじゃない…か。…0.5%、あなどれないな…
「あれ? どうしたの碓氷くん?」
 そんな碓氷の様子に怜が気付き、顔を近付けて聞いてくる。
「や、なんでもないよ。ただこんな偶然もあるんだな、って思ってただけ」
 そう答えた後、碓氷は「あ、そうだ」と何かを思い出したような顔になり、怜に話しかける。
「そういえば怜さん、僕に会いに…って言ってたけど、何か用事があったんじゃ?」
「あ、そうだ!」
 碓氷の言葉を聞き、ハッとする怜。そしてパタパタと走り出し、ビルの裏へと進んでいく。
「どうしたんだろ…」
 そう言いながらも怜の後を追いかける碓氷。すると少し歩いた所でしゃがみ込んでいる怜を発見。そこはビルの裏口付近、怜が男に捕まった場所で、怜は地面に落ちていた紙袋を見つめている。
「…」
 無言で近付く碓氷。そしてちょうど怜の隣まで来た時、怜が呟くように言葉を発する。
「…よかった」
 瞳に少し涙を浮かべながらそう言い、紙袋を手にする怜。
「怜さん、それは…?」
 しゃがんでいる怜の横から優しく声をかける碓氷。すると怜は紙袋を大事そうに胸元に抱え、スッと立ち上がって碓氷の方を向く。
「あの、これ…」
 そう言って紙袋を碓氷に渡す怜。
「開けて、いいの?」
「うん…」
―ガサガサ…
 怜の返事を聞いた後、袋の開けてみる碓氷。
「…石鹸? あれ、だけどこれって怜さんが使うって言って買ったんじゃ…」
「うん。…でも私が使うのは1つだけ。もう1つは碓氷くんにプレゼントしようと思って買ったの」
「僕に?」
 碓氷が聞き返すと、怜はコクリと頷く。
「…ええっと、その、おそろいで使えたらいいな、って…」
 そう言ってエヘヘと可愛く笑う怜。
「…」

 …このために、これを僕に手渡すために、怜さんは僕を探しにここまで来て、そしてあんな危険な目に…
 と、碓氷の心境セリフ。そして思わず、といった感じで碓氷の口が開く。
「怜、さん…」
 今まで怜の名前を呼んだ中で一番重く、一番優しい声を出す碓氷。そしてその後、碓氷は怜の瞳を見つめ、ゆっくりと頭を下げる。
「ありがとう…、大事に使うよ」
「碓氷、くん…」
 怜はそれだけ言うと、瞳にジワッと涙を浮かべる。
「…あ、そうだ」
 少しの間の後、手にした紙袋を見ていた碓氷が何かを思いつき、声を上げる。すると怜は「どうしたの?」という顔で碓氷の顔を見つめる。

―この時、画面は雑貨店でのやり取り、怜が「碓氷の家に遊びに行きたい」と言って上目遣いになる場面が回想シーンとして一瞬流れる。その後、画面は戻り、少し恥ずかしそうに口を開く碓氷の画に。
「…あのさ、とりあえず今度、ウチに遊びにおいでよ」
「…!」
 碓氷の言葉にハッと表情を変え、「雑貨店で喋ったこと、覚えててくれたんだ」みたいな顔になる。そして…
「うんっ!」
 満面の笑顔で大きく、元気に頷く怜。その怜の笑顔のアップで物語は終了、めでたくハッピーエンドとなり、画面にも「HAPPY END」の表示が出る。



                                    〈「パーセンテージ 0.5」 END〉





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